第三十戦 VS峰打ち

 森に大きな影が差した。それがすぐに人だと判別できるわけもなかった。二メートル以上の身長。丸太のような太い腕。服を筋肉の形に押し上げている筋骨きんこつ隆々りゅうりゅうの肉体。食物連鎖の頂点に君臨くんりんする風格。他者をひれ伏させる威圧感。

 一歩一歩、重厚じゅうこうな地響きを鳴らしながら堂々どうどうと姿をあらわしたのは、右手に巨大な逆刃刀さかばとうを所持している巨漢きょかんだった。

 鬼に金棒かなぼう。素手で熊を殺せそうな巨漢が武器を所持している。これだけで、実力をはかるには十分だった。


「……強者きょうしゃか」

「おう、強者だぜ?」


 巨漢はゆっくりと両手で握った逆刃刀を振り上げる。右足を前方へスライドさせ、頭上に高く振り上げた逆刃刀をまっすぐ俺めがけて振り下ろしてきた。

 例えば、これが剣道少女の振るった木刀だったら、初速が速すぎて見て避けるなんて行為はできなかっただろう。

 巨漢自身の重さと逆刃刀の重さもあいまって、初速は大したことはない。逆刃刀の軌道を見切って、加速する前に横へ転がって避けると、逆刃刀は大きな音をたてて地面にめり込んだ。

 呆然ぼうぜんとする。あれを直接、一撃でも喰らったらどうなるのか。猿でもわかる。


「……俺を、殺す気なのか?」


 にやりと、巨漢は口の端を吊り上げた。


「まさか。俺の能力は『みねちで相手を殺さない能力』だぜ。こうして全力で逆刃刀を振るった所で、相手を殺しちまう心配はないのさあ!!」


 地面から逆刃刀を引き抜くと、再び右足で踏み込み、今度は横凪ぎに振るってくる。

 ごう!! とすさまじい風切り音が鼓膜こまくを打つ。巨大な鉄塊が目前にせまってくる。


「ぐっ……!?」


 とっさにしゃがんで避けた。頭上すれすれを鉄塊が過ぎ去っていくのがわかる。しかし、今度の攻撃はそれで終わりではない。一振り、二振り、三振りと、続けざまに逆刃刀は振るわれた。初速で見切って俺は全てを避け続ける。白い歯を見せて笑う巨漢は楽しげだ。


「全力で鈍器どんきを振るえるってのは気持ちがいいものだな~」

「そのよう、だなっ!」


 横凪よこなぎに振られた逆刃刀をしゃがんで避けると、俺の背後にあった木の幹に峰がめり込む音がした。幹から峰を引き抜く前に、前蹴りを巨漢の膝に喰らわせてダメージを蓄積ちくせきさせようとする。だが、背後からの音が鳴りやまないのに気づき、とっさに斜め前方へ退避たいひした。

 木が、強引に真っ二つに叩き斬られて倒れていた。ぶつけたのは刃ではなく、峰だというのにも関わらずに。一体、どれだけの豪腕ごうわんなんだこいつは。

 圧倒的なパワーで木を叩き折る。この状況で思い当たるのは。


「まるで、怒りで強くなるあいつと同じだな……」

「呼んだか?」

「ッ!?」


 ぴたり、と逆刃刀が振るわれるのがやんだ。その隙に十分な距離を取ると、声の主の方を振り向いた。そこには返答の通りに、あの子供が獰猛どうもうな笑みでこちらを見つめている。


「みぃーつけた」

勘弁かんべんしてくれよ……」


 前門の虎。後門の狼。絶対絶命の窮地きゅうちとはまさにこのことなのだと思い知らされた。

 俺は深呼吸を一回すると、冷静に思考を回していく。


「あんたの能力は、『峰打ちで相手を殺さない能力』」

「おう、そうだぜ?」

「そしてお前の能力は、『怒りでパワーアップする能力』」

「だから何だよ。つか、人の能力勝手にばらしてんじゃねーぞ」

何故なぜ、ばらせるんだと思う?」

「あ? そんなもん、てめーがおれの能力を知ってるからで…………ぁ?」

「気づいたようだな。そう、俺の能力は『相手が自分の能力をペラペラとしゃべりだす能力』だ」

「「!?」」


 二人は一様に驚愕きょうがくの表情を浮かべる。そして納得したようにうなずいた。


「はっはあ。どおりで逆刃刀を振るうのがやけに気持ちいいわけだ。俺の能力を知ってるやつに振るうのと、知らない奴に振るうのとじゃ全然違うからな」

「……なるほどな。何のメリットもねーのに話しちまったのには合点がてんがいったぜ。で?」

「で? とはなんだ」

「今さらてめーが自分の能力を話したところで何になる?」

「決まっているだろう。――時間稼ぎだ」


 そうして俺は、意味深いみしんに森の向こうを見る。


「「!?」」


 二人が同じ方向を向いたところで、俺は全力で反対方向に走り去っていった。


 ◇◇◇


「……一体いったい、なんだったんだあ?」

「……! まさかあいつ、一度ならず二度までも! また逃げやがったのかぁああああ!?」


 子供の身体からだから赤いオーラが炎のようにメラメラと立ちのぼり始める。


虚仮こけにしやがって……逃がさねえ……今度という今度は逃がさねえぞ、三下さんしたァアアアアアアアアア!!」


 地面を蹴って、ナナシの後を追いかけようとした所で、巨漢が目の前をさえぎってきた。


「おいおい。あいつは俺の得物えものだぜ?」

「どけ。てめーの相手はあいつをぶっ飛ばしてからだ」

「どけねえなあ。あいつは俺の能力を知ってる貴重きちょうな奴だ。いくら気持ちがいいからって、敵にペラペラと自分の能力を話すわけにもいかねえしよ。だからあいつは俺の能力を知ってる最後のやつに――うん?」


 白い歯を見せつけて笑う。


「そうだよ。お前も俺の能力を知ってるじゃねえか」

「……これが狙いか」

「がっはっは! こいつは一本取られたな!」

「ちっ……!」


 二人はいったん距離を取る。周囲の空気が張りつめていく。巨漢はゆっくりと逆刃刀を頭上にかかげ、右足を前へスライドさせると――振り下ろす。


「オオオオオオオオオオッ!」


 轟! と空気が切り裂かれていき、巨大な逆刃刀は子供を真っ二つにせんと突き進んでいく。


「……気に入らねーなぁ……」


(あいつ、おれが逆刃刀をよけると思っていやがる。実際、他の有象無象うぞうむぞうはそうだったんだろう。だがおれはちげぇ。真正面ましょうめんから来られたらよ、真正面から叩き潰さねえと、虫唾むしずが走るんだよぉ!!)


「アアアアアアアアアアッッッ!!」


 迫り来る逆刃刀を、全力で右拳で迎え撃つ。


 今ここに、決勝戦と言っても差しつかえのない戦いの火蓋ひぶたが切られた。


 ◇◇◇


 周囲一帯の木々のほとんどがぎ倒され、地面のあちこちがえぐれている。両者は身体のいたるところから血を流しており、荒い呼吸を繰り返している。少しして、巨漢が口を開いた。


「なあ、引き分けにしねえか?」

「あ? ここまできて、なにほざいてやがる」

「俺が思うによ。お前は最強の能力者だ。お前は俺をどう思う?」

「能力はともかく、実力だけなら最強の能力者だな。それがどうした?」

「俺とお前との決着は、決勝戦でつけるべきだ」

「……」

「お互い、それまで休戦といこうや」


 構えた逆刃刀を降ろすと、右手を差し出し握手を求めた。

 子供は溜息をつくと、燃え上がっていた赤いオーラが小さくなっていく。仕方ない、といったていで歩いていき、その手を握りしめた。


「そのとしで、たいしたもんだな。お前はまだまだ強くなれるぜ」

「やめろよ。おっさんにめられてもうれしくもねえ」


 頬を軽く染め、子供はそっぽを向いた。


「隙あり!!」

「ぐぱぁ!?」


 ミシミシと、骨が折れる音が響き渡る。オーラをまとっていない子供はただの子供だ。そんな子供に対し、巨漢は手加減なしで胴体に逆刃刀を叩き込んだ。


「安心しろ。峰打ちだ」

「てめー……卑怯ひきょう……だぞ……」

「覚えておけ。大人は卑怯な生き物なんだ」


 激痛で意識がとおのいていく。手放しそうな意識をなんとか怒りでつなぎとめる。


「ウ、ォオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」


 もう立ち上がれない子供は、その怒りを地面に叩きつけた。地にひびが入り、一瞬で大きなクレーターが出来上がると、その中心に向けて巨漢の身体が吸い込まれていった。


「おいおい、嘘だろ!?」


 ゴッ!! と。巨漢のあごが最後に放った子供の一撃に打ち上げられる。その巨体が数メートル上空まで持ち上げられたあと、大きな音を立てて背中から落下し、地面に後頭部を強く打ちつけた。


 ◇◇◇ 


「……共倒ともだおれ、か」


 天使たちに天高く運ばれていく二人を森の中で見上げる。


「ま、この勝負……生き残った俺の勝ちだな」


第三十戦 勝利

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