第三十一戦 VS主人公と屋上
「貴様ッ! 見ているなッ!?」
ばばっ、と
「
そう宣言を終えると、素早くかつ美しいフォームで走り去ろうとして――地面にうずくまった。
「がぁあああッ!?
円形にくり抜かれた真下の地面が巨大なスプリングと共に飛び出すと、陸上選手は
少年は、
「やれやれ。肉離れを起こさせる能力? 違うよ。僕の能力は、もっともっと、大きな運命だ。能力範囲は、この世界の全て。人一人に作用する能力なんかと一緒にしないで欲しいな」
少年は、
「ああ――
◇◇◇
長かった夜が明け、朝を
『参加者が残り二人になったよ。最後の相手は、今現れたステージの屋上で君を待っている。行くか行かないかは、
主催者の脳内アナウンスを聞き終えると、ぐるりと森を見回す。すると、今までなかった建物が森の中に出現していた。現実ではよく見かける建物。俺が見かけたことしかない建物。
「学校……か」
しばらく眺めていたが、ただ見ているだけでは何も始まらない。わざわざ相手が用意してくれた舞台だ。何を考えているのかはわからないが、それを確認するためにも乗り込むしかないだろう。
◇◇◇
屋上の扉を開ける。まばゆい朝日が
扉から最も離れたフェンスに背を預ける少年が一人、こちらを見つめていた。
俺が近づいていくと、少年も近づいてくる。ある程度近づいたところで、少年は立ち止まって口を開いた。
「これが僕の二つ目の能力、『学校の屋上を開放する能力』だよ。どうやら学校関係者ばかりみたいだし、最終戦の舞台としてふさわしいかと思ってね」
「俺は学校に行ったことがない」
「あれ、そうなの? ごめんね。別の場所に変えようか?」
「ここで構わない」
「……お前の、一つ目の能力は何だ」
「
やはり、最後まで生き残るだけあって運命系能力を持っているか。だが、それならなぜ教えた? 運命系能力は『相手が自分の能力をペラペラとしゃべりだす能力』に抵抗できるはず。抵抗はできても嘘はつけない。一つ目が『主人公補正を得る能力』なのは確かだろう。
余裕か、
「これから戦いを始める前にね。ちょっとした
「余興だと?」
「ここまで生き残ってこれたんだ。僕だけじゃなくて、君にも強い運命があると思うんだよね」
「……俺は、運命系の能力を持っていない」
「それなら、なおさら気になるね。どうやって君は、ここまで生き残ってこれたのか。これから始める余興に、はたして君は生き残れるのか」
「余興に付き合ってやるとは、まだ一言も言っていないぞ」
「この屋上に足を踏み入れた時点で、余興の
ぱちん、と少年は指を打ち鳴らす。
「例えば、高い所から落ちても落下先が森なら助かるんだよね。僕の『主人公補正を得る能力』なら。『学校の屋上を開放する能力』、解除」
「あはは! 生きていたらまた会おう!」
そう言い残した少年は、俺とは反対方向の空へと吹き飛ばされていった。
どこまでも続く青空が、俺の目の前に広がっている。スカイダイビングなんて初めてだ。
このままだと、地面に激突して死ぬか、幹にぶつかって死ぬか、太い枝にぶつかって死ぬか、枝に刺さって死ぬ。よくて重傷だ。枝や葉がクッションになって無傷で助かるなんて幸運が俺に
「『男女を平等に殴れる能力』」
俺は自身の頬を殴りつける。幸運次第で助かるということは、正しい選択肢を選び続ければ助かるということだ。身体への被害を最小限に抑える
どんな原理で動いているのかはわからない。だが俺の能力だ。俺は俺の能力を信じる。
まず、細い枝に足をついた。その枝はたやすく折れた。次に、細い枝に手を伸ばす。このとき、なるべく直接握らないように、葉っぱ越しに握り込む。この枝も簡単に折れる。
折れやすい枝を自動で選別し、踏み、折り、
どんっ!! と大きな音を立てて地面に着地した。足が
「生き残った……か」
ほぼ無傷で
身体が勝手に動いている間。
◇◇◇
「オラァ!」
『ぐふっ!?』
村の
『面白いから許すけど、次はないよ』
「すまなかった」
身体をくの字に折って、頭を下げる。数秒経ってから頭を上げると、銀髪女に
「あの少年について、一つ質問したい」
『おいおい。私は主催者だぞ? 君という一参加者に肩入れできるわけないじゃないか』
「あいつは面白いか?」
しばらく、間があいた。満面の笑みになると、銀髪女は答えた。
『つまらない』
「そうか。ありがとよ」
主人公補正の攻略法がわかった俺は、学校に向かって歩き始めた。
◇◇◇
とある教室の一室。そこに少年は優雅に
「やあ、ずいぶんと遅かったね。おかげでこうして、僕の主人公補正を最大限生かせる環境作りをさせてもらっていたよ」
バリケードの向こうで、少年は余裕そうにくつろいでいる。教室の椅子の一つに座って、図書室から借りてきただろう文庫本を片手に持っている。タイトルは『鉄拳制裁の愛』と書かれている。
「お前が、せっかく余興を
「へえ、いったいどんな?」
「俺が今まで出会った
「強敵? あはは! 僕たち以外はみんな負けちゃったんだから
俺は、息を吸い込むと脳内ランキング上位五組について語り始めた。
「一見、小学生に見える高校生の子供がいた。子供の能力は『怒りでパワーアップする能力』。俺が思うに、このバトルロワイアル最強の能力だ。正直、奴がやられたことには驚きだった。
息を吸い込んで、次へ。
「子供の次に出会ったのがハーレムだ。イケメン一人に美少女五人。正式名称はわからないが、イケメンの能力は女を惚れさせる能力だ。こっちも正式名称はわからなかったが、女の中に俺の耳を聞こえなくさせる剣道少女がいてな。『相手が自分の能力をペラペラとしゃべりだす能力』を持つ俺にとってまさに
息を吸い込んで、次へ。
「しばらくして、『筋肉を膨張させて服を破る能力』と『オカマを強キャラにする能力』を持つオカマに出会った。正直、オカマのことは思い出したくもない。俺が唯一、完全敗北した敵だった。白衣の少女が助けてくれなければ、降参を宣言するところだったよ」
息を吸い込んで、次へ。
「最後に、その少女だ。『クロロホルムで眠らせる能力』と『気配を消す能力』を持つ白衣の少女に、俺は助けてもらったんだ。あいつは俺の持つ情報が目当てで、助けてくれたのも、傷の手当てをしてくれたのも、楽しそうに話してくれたのも、全部が全部、俺を油断させるための計算だった。さすがはIQ180の超天才児だよ」
息を吸い込んで、腹に巻いてある包帯に触れる。
「でもよ。始めて、人に手当てしてもらったんだ。あいつが頼んでくるなら、仲間にだってなった。優勝するための手助けをしてやりたかった。……不意打ちで眠らされた俺は、二つ目の能力を拡大解釈して動き出した。起きたときにはもう、あいつは退場した後だった」
拳を強く握りしめた。
「もしあそこで敗退していたら、俺はあいつにとってその他の大勢でしかなかった。だから、たとえ敵として立ちはだかってでも、あいつの心に残りたかった。……初めて惚れた女の名前くらい、とっとと
がしがしと、
「あはは。大変だったんだね」
「ああ。大変だったよ」
俺は深呼吸を一度行い、思考を切り替える。
「お前はどうだ。俺に語れるような強敵とは出会ったのか?」
「……えっ?」
ここにきて初めて、奴は
「まさか、一人もいないのか?」
「ま、まさか! 僕もこうして二つ目の能力を手に入れたさ! そ、それまでの道のりは長かったもので」
「長さじゃねえよ。強さだ。――お前はその主人公補正を、強敵に出会わないことに使ったんじゃないのか?」
奴は震える。目を
「……な……なにを
「根拠ならあるさ。それならお前が余興とかふざけた理由で、俺を屋上から叩き落とせる能力を手に入れたことにも説明がつく。いくらお前が弱い敵としか出会わなくても、どうしても最後は強い敵に出会っちまう。お前は最後に残った俺が恐かったんだ。この周りのがらくただってそうだ。俺を近寄らせないための、自分の身を守るための、
「ぼっ……僕の能力は最強だ!! びびる必要なんてどこにもない!!」
少年は精一杯の
「確かにお前の『主人公補正を得る能力』は最強クラスだろう。だがこのバトルロワイアルにはどんな能力者がいるかわからない。お前には相手の能力がわからない。自分よりも強い能力があるかもしれない。主人公を殺せる能力があるかもしれない。――〝自分よりも主人公らしい能力者〟がいるかもしれない」
「……っ!!」
少年は顔をひどくゆがめる。それは、自分の急所を突かれた証拠。
「お前の能力は『主人公補正を得る能力』。『主人公』が『補正を得る』能力。主人公は常に一人だ。もし、お前が自分よりも主人公らしいと感じる相手と出会ったとき……その時点で、お前の能力は使えなくなってたんだろ。それがお前の能力の弱点だ」
「は、ははは……そんなはずは、僕は主人公だ、僕が主人公だ、僕が、僕が――」
積まれた机の一つを引き倒す。ガラガラと音を立てて机と椅子のバリケードは崩れていき、道が開けた。
握りしめた拳で、顔面を殴り抜く。たったの一撃で、少年は気絶して地面に倒れた。そんな少年に
「お前は、今まで出会ってきた中で最弱の能力者だよ」
第三十一戦 勝利
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます