第二十八戦 VS筋肉とオカマ

 風に乗ってきた香水の匂いが鼻孔びこうをくすぐる。イケメンチーム以来だな。まだ、女が生き残っているとは思わなかった。


 草木をかき分け、匂いをたどってそこへ辿たどり着く。

 筋肉質きんにくしつな肉体。均整きんせいのとれた肢体したい。自信ありげな表情。濃い化粧けしょう。草木をかき分ける音で気づいたのだろう、その女はこちらを振り向くと、野太のぶとい声で言った。


「あらやだ! いい男じゃない!」


 女じゃなかった。オカマだった。あまりの恐怖に身の危険を感じたため、思わず能力も確認せずに逃げ出そうとした。

 しかし、回り込まれてしまった。


「ちょっとちょっと! なによ人を怪物かいぶつみたいに! 失礼しちゃうわ!」

「こっちへ来るな。ぶっ殺すぞ」

「やだ、こわい!? そ、そんなするどい目つきでにらまれたら、あたし、あたし……」


 ぶるぶると身体からだをわななかせ、おもむろに後頭部に両手をえてボディビルのポージングであるアブドミナル&サイをきめると、筋肉がみるみるうちにふくれ上がっていき全身の服が破け散った。


興奮こうふんして、全裸ぜんらになっちゃうわ!!」

「おまわりさーん!! こいつです!! いや違う!! 主催者しゅさいしゃこいつ何とかしろ!! 恐い!!」

「もう、これでもれっきとした能力なのよ? 『筋肉を膨張ぼうちょうさせて服を破る能力』。どう? 感想は」


 ムキムキになった肉体にくたいを見せつけるように様々さまざまなボディビルのポージングをきめ始める。

 ……正直、すきだらけだ。直視ちょくししたくはなかったが、これも戦いだと割り切って、せめてすぐに戦いが終わるようにとボディビルのポージングのモストマスキュラーで前屈まえかがみになった瞬間をねらって、全力で後ろ回し蹴りを側頭そくとうに叩き込んでやった。

 ずぱぁん!! と盛大な音が森に反響はんきょうしていく。過去最高の一撃。ここまでの威力を出せたのは、防衛ぼうえい本能ほんのうによるものもあるだろう。

 手ごたえはあった。オカマは避けるそぶりもふせぐそぶりも見せずに、まともに蹴りを頭に受けた。だが。


 オカマの太い首の筋肉が、平然へいぜんと俺の最大の一撃を受け止めていたんだ。


「残念だけど、この筋肉はホ・ン・モ・ノ♪」

「ちっ……!」


 オカマは攻撃するそぶりを見せずに、モストマスキュラーをきめたままだったため、今のうちに蹴りをあらゆる箇所かしょに叩き込んでやった。

 その全てにオカマはまるでこたえない。仕方なくきんりを狙ったが、やはり読まれていたようでひざを閉じて防がれた。


「いやねぇ。あたしのタマタマを潰して身体までオンナにするつもりかしら」

気色悪きしょくわる野郎やろうだ……!」


 駄目だめだ。こいつには勝てない。『筋肉を膨張させて服を破る能力』……一見いっけんふざけている能力だが、その実力は本物……いや、そうか。やっぱりふざけた能力だ。

 ボディビルのポージングであるオリバーポーズに移行いこうし始めたオカマから、俺は脱兎だっとのごとく逃げだした。


「あらやだ。また逃げられちゃった。この身体、攻撃と防御はもうしぶんないんだけど、筋肉が重すぎて移動に向かないのよねぇ。解除解除、っと」


 オカマの筋肉はだんだんとしぼんでいき、元の体形へと戻った。しかし服は元に戻らずに、全裸のままだ。


「陸上選手の男の子には速すぎて逃げられちゃったけど、あの子くらいのスピードならあたしでも追いつけるかしら。あら?」


 俺はオカマが元に戻ったことを確認すると、きびすを返してオカマのもとへと戻ってきた。


「どうしたの? あ、もしかしてこっちの姿の方が好みなのかしら? やだ、嬉しい! ありのままのあたしを愛してくれるなんて!」

「『筋肉を膨張させて服を破る能力』。つまり服を着ていなければ発動できない能力だ。全裸のお前は服を着るまで、能力を再発動できない」

「あらやだ! なんであたし、自分の能力をしゃべっちゃったのかしら? ああ、もしかしてあなたの能力ってそういう?」

「そうだ」


 精神的にひどく疲れた。全裸なことに目をつぶれば、ようやくまともに戦える。俺は接近すると、腰を入れた右拳を顔面に喰らわせようとした。


 ぱしん、と。左手で右拳を、軽々と受け止められた。


「……は?」

「残念ねぇ。もっと前に出会っていたら、あたしを倒せたかもしれないのに」


 つかまれた拳を引っ張られる。オカマは腰に構えた拳で、正拳突きを放ってきた。



「これがあたしの二つ目の能力――『オカマをきょうキャラにする能力』よぉ!!」



 ずん、と拳が身体にめり込んだ。肺の中の空気が押し出される。俺の身体は紙屑かみくずのように吹き飛ばされ、背中を木の幹に強く打ちつけた。


「がはぁっ……!?」


 意識が、一瞬飛びそうになった。受け身も取れずに、地面にうつぶせに倒れ込む。

 たったの一撃で、俺は立ち上がることができなくなっていた。


「こんな格言かくげんを知ってる? 男は度胸どきょう、女は愛嬌あいきょう、オカマは最強さいきょう。あなたに始めから勝ち目なんてなかったのよ」


 なんとか顔を上げる。疑問が脳内を渦巻いている。納得いかねえ。口に出さずにはいられなかった。


「その、二つ目の能力があるなら……初めから、筋肉を膨張させる必要はなかっただろうが……!」

「『筋肉を膨張させて服を破る能力』よ? 筋肉の膨張はあくまでオ・マ・ケ。服を破って、あたしの肉体美を見せつけるために決まっているじゃなぁい!」

「こいつ、最低だ……!」


 地面を叩いて、思わず悪態あくたいをつく。

 しかし、脳内には一つの疑問が残っていた。


 なぜ、あいつは一つ目の能力を話したとき、続けて二つ目の能力をペラペラと話さなかった?

 たとえ二つ目の能力だろうが、それが能力である限り俺の能力は適用されるはずだ。例外はないはずだ。

 だって今まで、俺の能力によって能力を話さなかった相手なんて――


 一人、いた。


 ハーレム戦のとき。イケメンだけは自分の能力を話していなかった。どんな能力なのかは大体だいたいわかってたから、あのときは気にもめていなかった。


 あいつの能力のうりょく候補こうほは二つだ。女に出会う能力か、女を惚れさせる能力。前者の能力なら女の前で話しても問題はない。問題が起きるのは後者だ。あの話の流れで「僕の能力は女を惚れさせる能力だ」なんて言ったら空気がぶち壊しになる。

 能力によってイケメンに惚れたのだと知れば、惚れさせる能力があってもあの女たちからは嫌われる可能性が出てくる。

 イケメンは自分の能力をあの場で言わなかった。『相手が自分の能力をペラペラとしゃべりだす能力』を無効化した。――運命の筋書すじがきに、俺の能力ははじかれたんだ。


 このバトルロワイアルには、運命系の能力がいくつか存在している。


『懐に入れておいた物のおかげで命拾いする能力』

『勝率が1%以下で0%でないとき100%勝利できる能力』

『仲間になった強敵がかませ犬になる能力』


 おそらく、イケメンの能力もその運命系の能力に分類ぶんるいされる。あれだけの人数の女と序盤じょばん遭遇そうぐうできたことへの説明がつくからだ。それを偶然だとはんずるなら別だが。

 いや、偶然を引き起こしたというのなら、それはまさしく運命だろう。


 『オカマを強キャラにする能力』。これもただの身体強化ではない。イケメンと同じく、運命に干渉かんしょうする力だ。

 思考を終えた俺は、深く嘆息たんそくした。


「……運命系の能力なら……俺の能力に抵抗できたのか……」

「あら。勝つのは諦めちゃった? 諦めの悪い男も好きだけど、諦めのいい男も好きよ。つまり男なら、誰でもウェルカムッ!」


 一糸いっしまとわぬ姿で両腕を大きく開き、勝利に酔う。舌舐したなめずりをしながら、俺の全身を舐めまわすように見てきた。


 ――ここまで、か。

 俺は降参を宣言しようと、息を吸い込んだ瞬間。



「残念だったね。ボクなんて一人称を使ってはいるけれど、ボクは女の子なんだ」



 突然――オカマの背後にあらわれた白衣の少女が、オカマの鼻と口をハンカチでおおった。


「もががッ!?」


 どさっ、と意識を失ったオカマの肉体が地にしずむ。寝息ねいきを立てながら、地面に沈み込んでいった。


「これはバトルロワイアルだよ? 第三者による背後からの奇襲に注意しないと、ね」


 ととと、っと小走りで俺のもとに駆け寄ると、おでこの広めな少女が声をかけてきた。


「大丈夫? まだ動けそうかい?」


 明るくにこやかに問いかけてくる。俺はそれに、不信感をありありとぶつけた。


「……なぜ、俺を助けた。俺が倒されてから、あいつを眠らせればよかっただろ」


 白衣の少女は不敵ふてきに笑うと、人差し指を立てた。


「これでキミはボクに一つ貸しができた。違うかい?」

「……何を、返せばいい」

「情報だよ。この先に病院があるんだ。話しがてら、ついでに傷の手当てもしてあげるよ♪」


第二十八戦 勝利 by白衣の少女

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