第二十四戦 VS回想シーン

 開口一番かいこういちばんに、ねじり鉢巻はちまきを頭に結んでいる学生はこう言った。


「俺の能力は『回想かいそうシーンに突入とつにゅうする能力』だ。過去をあばかれたくなかったら降参しな」

「過去を暴く、か。やってみな」

「いいだろう。望みどおりにしてやるよ」



 ▼▼▼


 俺には、名前がなかった。「お前」などの代名詞だいめいしで呼ばれていた。

 主観しゅかんというものがなかった。自分がそこにいるという感覚がまるでない。いてもいなくても同じ。俺は必要とされていなかった。

 目的もなく、ただ生き続けてきた。暴力を振るわれることが仕事だった。適応てきおうするために、身体だけは鍛え続けてきた。

 成長し、身体ができあがってきた十七歳の夏。鍛えてきた肉体と経験を駆使くしして戦った結果、ようやく勝つことができた。

 勝利と共に、俺は家を追い出された。行く当てもなく、やることもない俺は、やがて空腹で倒れ込んだ。

 夢を見た。やることがないなら、バトルロワイアルに参加しろと。学校に所属していないが、学校の近くで倒れていたついでに連れていってやると。

 こうして、俺の異能力バトルロワイアルが始まった。


 ▲▲▲



「……なかなか、悲しい過去じゃないか。だが、俺の過去ほどではない。次は俺の回想シーンだ。悲しい過去に同情どうじょうして、勝ちをゆずってもらう」



 ▼▼▼


 文献ぶんけんによると、この国にはきのこ派とたけのこ派による熾烈しれつな争いがあったらしい。

 あまりにも死傷者ししょうしゃが出過ぎたため、きのこ派、たけのこ派の代表による合議ごうぎの結果、この話題を二度と口に出すことを禁ずる、という法律が制定されたため終戦し、しばらくこの国は平和に包まれていた。

 しかし、人が人である限り、戦争というものはなくならない。次に争いの火種ひだねとなったのは、そばとうどん、どちらがすぐれているかという話題だった。

 過去の戦争から学んでいた国民は、表立って争うことはなかった。多少の流血りゅうけつ沙汰ざたはあったが、戦争レベルとまではいかなかった。

 かといって、それが平和かといったら、国民は首を横に振るうだろう。

 表面的な争いはなくとも、やはり、水面下すいめんかでの争いはあった。足の引っ張り合い。揚げ足取り。嫌がらせ。情報操作。とにかく血の流れない方法で、熾烈しれつな争いが何年にも渡って続いていたのだ。

 俺はその中でも幸せな方だったのだろう。そば派でもなく、うどん派でもない中立派ちゅうりつはの両親から生まれた俺はやはり中立派の子供として育ち、幼稚園、小学校、中学校においてもいじめや勢力争いに巻き込まれることはなかった。中立派に対し、自分の陣営に勧誘するといった、過度な干渉かんしょうをしてはいけないという暗黙あんもくのルールがあったからだ。

 ただ、中学三年生の夏休み。そばとうどん作りに挑戦した俺に、とんでもない事実が判明することとなった。

 俺には、うどん作りに対する圧倒的あっとうてきなまでの才能があったのだ。

 それからというもの、うどん派による訪問と電話がひっきりなしにうちにかかってくることになった。

 君はうどん派の星になれる。報酬ほうしゅうはいくらでも出そう。中立派なんてもったいない。君自身の才能を生かすべきだ。

 初めは耳ざわりのいい言葉だけを並べ立てていた。それでも俺が断り続けると、やがてにくまれ口を叩くようになってきた。

 お前はうどんだけ作っていればいい。そばなんて作る必要はない。そばは害悪だ。そば派に洗脳せんのうされているのか。

 あることないこと吹き込んでくる大人たち。度重たびかさなる訪問、電話、張り紙の連続に、俺の両親はノイローゼを起こしてしまった。

 俺に、うどん作りの才能があったために。才能が、俺を、両親を苦しめている。

「もう、うどん派になりましょう、あなた……」

「そうだな、うどんは、最高だ……そばは害悪だ……」

 ついに両親がうどん派に洗脳された。俺もいつかは、こうなってしまうのかと思ったら、ても立っても居られなくなった。

「父さん。母さん。話があります」

 俺は、日本一を誇るそば職人育成のための学園都市。通称つうしょうそば学園に入学することを決意した。

 うどん作りの才能がある俺は、そば作りの才能も少し持っていた。入学試験をなんなくパスして、そば学園の敷地しきちに足を踏み入れた俺は、ようやく一息つくことができた。

 全寮制ぜんりょうせいのこの学園で暮らす限り、うどん派の魔の手は伸びてこない。かといって、そば作りが異様に上手いというわけでもない俺にそば派の魔の手も伸びてこない。他の才能ある生徒たちに、そば派の大人たちは興味を示している。

 俺はこの学園では目立たない、一生徒として暮らし、ゆくゆくはこの学園の食堂でのんびり働いて生涯しょうがいを終えることを望んでいる。

 期待を胸に、学園生活が始まった。


 ◇◇◇


「うどんとかだっせー!」

「やーい、うどん県! 香川に帰れよ!」

 油断していた。この学園でも中立でいられると思ったのが間違いだった。

 この学園は日本一のそば職人養成学校。中立派は誰もいなかった。

 中立派というだけで、クラスで俺は迫害はくがいされ続けていた。

 それでも、俺はそばもうどんも好きであることをやめなかった。うどんの魅力もあるんだと、頑張ってそば派の生徒たちに伝えようとした。

 ことごとく、ひどい扱いを受けた。先生もそば派だから、助けてはくれない。それどころか、白い目で見てきた。まるで空気のように、扱われていた。

「わたし……うどん、食べてみようかな」

 学園のアイドル的存在の女の子。学園で一、二を争う美貌びぼう。そば職人の名門に生まれ、一年生の生徒代表に選ばれるほどの優等生。

「うん、おいしい。わたし、うどんって食べたことなかったんだ。ほら、うちはそばの名門だから。家が厳しくてね」

 そういって、はにかむ笑顔を見た瞬間。俺の心は彼女に奪われていた。初めて、恋をした瞬間だった。

 それからというもの、彼女がうどんを食べたという事実で学園中がその話題で持ちきりとなり、やがて俺のりょうの部屋に長蛇ちょうだの列ができるようになった。

 彼女のように、うどんを食べたことがないという生徒が多かったのだ。それもそうだ。そば派の両親が、子供にわざわざうどんを食べさせるはずがない。

「おいしい!」

「うどんもいけるじゃん!」

「でも、私はそばの方が好きかな?」

「あたしはうど――むぐむぐ」

「ばか! この学園でそれ言ったらだめでしょうが!」

「ふむ。これだけおいしいのは、君の才能でもあるんじゃないかな?」

 そば派しかいなかった学園に、ちらほらと中立派の生徒が生まれるようになってきた。先生や大人たちは難色なんしょくを示していたが、そば職人の星となる才能を持つ彼女の機嫌きげんそこねたくなかったらしく、黙認もくにんしてくれた。

 それからの学校生活は楽しかった。友達ができ始めた。彼女とうどん作りとそば作りを教え合った。学園祭で隣り合った屋台を出し、うどん作りの才能とそば作りの才能で売り上げ人数をきそいあった。結果は、あまりの盛況せいきょうぶりにどちらも材料切れでドローだったり。

 平和。それは長く続かないことが歴史で証明されている。

 学園にまぎれこんでいたうどん派のスパイが俺に接触してきた。この学園でなら、安全だったはず。そう、安全だったのはそば派だけしかこの学園にいなかったからなのに。

「中立派を……うどん派に仕立て上げる計画……?」

 俺が、間違っていたというのか。俺はただ、うどんのおいしさをそば派の人たちにも知って欲しかっただけなのに。

 人は、戦争をやめることができない。人が、人である限り……。

 俺を利用し、日本一のそば職人養成学園都市を、うどんで染め上げる計画。

 そう、この時はまだ、あの、きのこたけのこ戦争の悲劇が繰り返されるだなんて夢にも思わなかったんだ……。


 ▲▲▲



なげえよ!!!!!」

「ぐぱぁ!?」


第二十四戦 勝利

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