第四戦 VS憤怒

 森の奥から冷たい気配がした。圧倒的あっとうてき重圧じゅうあつ身体からだにのしかかる。身体が冷や汗をき始める。勝てない。きびすを返すべきだ。今ならまだ、逃げられる。

 そう、脳裏のうりに一瞬よぎったが俺は考えを振り払った。


 能力も確認せずに逃げるなんて、つまらないことはできない。

 バトルロワイアル。三戦味わってみた感想は、言い表せないほどの楽しいという感情だった。ここまで感動するのは、初めて炭酸飲料を飲んだ時以来だ。

 勝つのはついで。まずは楽しむこと。それでいい。


 草木をかき分けて見つけたのは、背の低い子供だった。このバトルロワイアルには、小学生も交じっているのか?

 俺と邂逅かいこうした子供は、俺の手にあるものを見て開口一番かいこういちばんこう言った。


「あー? おいてめー、何飲んでやがる」

「コーラだ」

「どこで手に入れた?」

「勝利特典だ。コーラ以外で良ければまだあるぞ。向こうに放置ほうちしてある」

「まじか。おれ方向音痴ほうこうおんちでよー、今まで誰とも遭遇そうぐうできなかったから疲れてのどかわいてんだよ。連れてってくれ」

「いいぞ。ただし、ジュースを飲んだら降参しろよ。小学生がバトルロワイアルに参加するなんて危険すぎる」

「――あ?」


 ぞっ、と。さっき森で感じた悪寒おかん背筋せすじを走る。

 まずい。おそらく地雷じらいを踏んだ。こいつの年齢は――!


「おれは高校生だ……ああ駄目だめだ、疲れてイライラしてるせいか怒りをおさえきれねえ……てめー、覚悟かくごしろよ?」


 子供がそばにある木をつかむと、メキメキと、木の幹に指が食い込んでいくのが見える。


「おれの能力は……『怒りでパワーアップする能力』だからよぉ……!」


 子供は腕を振るった。根っこから引き抜かれた木が地面に叩きつけられる。その衝撃で、大量の土煙つちけむりが周囲をおおいつくした。

 逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。いや、能力確認したし逃げよう。俺は背中を見せ、土煙にまぎれてダッシュした。


「逃げてんじゃねぇぞ三下さんしたがぁあああああ!!」


 道行みちゆく木々が次々となぎ倒されていく。土煙が空高く舞い上がり、視界を悪くする。だがこの状況下では有利に働いた。


(パワーもスピードも向こうの方が上だが……キレている分、狙いがおおざっぱだ。といっても、飛んでくる木や風圧をうまくかわさないと転んだ後にとどめを刺される。圧倒的にこちらが不利だ。勝てる要素が見つからない。このままじゃジリひんだな)


 『怒りでパワーアップする能力』。なら、怒りをしずめれば元に戻るわけだが……その方法が思いつかない。頭を冷やさせるには……冷やす? そうか。その手があったか。

 俺はある地点に向かって進路を修正した。


 しばらく攻撃をかわしながら走り続けていると、目当てのものが見えてくる。迷わず、俺は頭から飛び込んでいった。


 ◇◇◇


「なっ……川だと!?」


 子供が辿たどり着いた先には、川があった。急いで川をのぞき込むと、ナナシはすでに下流かりゅうに向かって潜水せんすいで泳いでいた。流れる川の水に触れた子供は舌打ちをした。


「……泳げねえことはねえが、こんな深夜の冷たい水の中に入ったら、頭が冷えちまうじゃねーか。……考えたな、クソが」


 だが、それなら川沿かわぞいを走っていって、息継いきつぎのために頭を出した瞬間に木で頭をぶっ叩けばいい話だと考えた。下流の先にあるだろう、海か湖まで逃げられたらそれ以上追えなくなるが、それまでにけりをつければいい。


 そう思って、走り出そうとした瞬間、何かがつま先に当たった。


「あん? ……缶ジュース?」


 それは、炭酸飲料の缶だった。表記を見ると、ドクターペッパーと書かれている。


「逃げる途中で拾ったのか……これもおれの怒りをしずめる一貫いっかんってわけだな。仕方ねえ。今回は見逃してやるよ」


 土まみれだったため、川で丁寧ていねいに洗ったあと草むらに座ってプルタブを開けた。

 当初の目的通りに、やっと喉をうるおせると喜んだのもつかの間だった。


 ぶっしゅぁああああああ!! という凄まじい効果音と共に内容物がほとばしり、子供の髪と服にべとべとした甘い液体が降りかかった。


「――よし、ぶっ殺す!!!!!!」


 子供は今までで最高の速力で川沿いを駆けていったが、辿り着いた先は海で、目標を完全に見失ってしまった。


第四戦 引き分け

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