03:全教科満点だと!?

(私は必死で勉強してるのに……)

 家に帰ったら、予習、復習。テスト前日は前髪はヘアーバンドで全部あげて、後ろ髪もくくり、打倒笠置を掲げて眠気覚ましのコーヒーを啜りながら猛勉強。


 それなのに、あいつはいつも希咲の上を行く。

 目の上のたんこぶ。まさに宿敵!


「あいつ地味なくせに頭だけはいいよなぁ」

「なんか、一度見たら覚えられるんだって。写真記憶だっけ? 写真を撮ったみたいに、教科書を『文』じゃなくて『面』で覚えてるんだよ。だから必要とあれば頭の中でページをめくればいいんだとさ。おれら凡人には無理な覚え方だよなー」


 あはははは。

 彼らは笑いあって、話題を別のものへと変えた。今週のジャンプがどうだの、流行のアニメがどうだの。


(……くそう、笠置め。あいつがいなければ私はこの学校でもナンバーワンだったのに……女王の如く皆から傅かれ、褒められ、讃えられたのに……っあいつのせいで私のプライドはずたずただわ!!)

 膝に置かれた手が引き絞られ、スカートに小さく皺が寄った。と、そのとき。

「希咲、おはよう」

 友達の吉岡理緒よしおかりおが歩み寄ってきた。


「あら、理緒。おはよう」

 希咲は頬杖を解いて背筋を伸ばし、優雅な微笑を浮かべてみせた。その所作を遠巻きに見ていた男子が惚けるほどの完璧な笑顔。

 しかし理緒は失礼なことにぶっ、と噴き出して、小声で警告してきた。


「顔面筋肉痛みたいな顔してたよ? いけませんよお、男子生徒の憧れの的がそんな顔しちゃあ。気品溢れるやまとなでしこが台無しよ」

 彼女は中学時代からの親友だった。中学校では生徒会長を務め、皆から羨望の眼差しを浴びていた品行方正な『立花希咲』は並々ならぬ努力で作られた偽りの姿だと知る唯一の人物だ。


 夕方のタイムセールで卵を買うために付き合ってもらったこともある。並み居るおばちゃんの群れを掻き分け、本日の激安商品を幾度となく入手できたのも彼女の協力があってこそだった。目玉の激安商品は基本的に1人1品までである。


「忠告どうも」

 希咲も笑顔を維持したまま、決して男子生徒には聞こえない声量で答えた。

「今日だもんね、一学期末の実力テストの総合結果が出るの。また笠置くんに負けるから憂鬱なの?」

「別にそんなんじゃないわよ。というか、負けると決まったわけじゃないでしょ、結果が出る前から決め付けないで」

 希咲は軽く睨みつけてから、ふふんと笑ってみせた。


「それにね、今回は自信があるの。聞いて驚きなさいよ、世界史も古文も数学も満点。間違えたのは化学の1問、つまり失点は全教科で2点だけ! 前回のテスト、あいつは失点7だったわ。つまり今回こそは私がトップ……」


「おお、今回も笠置がトップかー。全教科満点ってお前、どういう頭してんだよ」

「いや、たまたまだよ」

「謙遜するなよー。いやー、惜しかったなー立花さん」

「~~~~~!?」

 クラスの後ろから聞こえてきた声に、希咲は愕然と振り返った。


 この学校ではプライバシーが問題となる現代には珍しく、実力テストの結果が学年の上位100名まで掲示板に張り出される。


 いつの間にか教師がやってきて張っていったらしく、皆がわらわらと掲示に群がって騒いでいるが、希咲は確かめようとは思わなかった。


 クラスメイトの数人が気遣わしげにこちらを見ていれば、嫌でもさっきのやり取りは真実だとわかってしまう。


(全教科満点……だと……!? そんな怪物じみた結果を出せる人間が存在するのは漫画の中だけだと思ってたのに)

 呆然と今回も1位の座に輝いた人物を見る。

 眼鏡の奥の目と視線が合うと、彼はなんだか申し訳なさそうに顔を伏せて、自分の席に戻ってしまった。


 彼は目立つことが嫌いらしく、いつも個性を消して『クラスメイトその1』の端役に収まっている。同窓会で『そんな人いたっけ?』と聞かれる人間の典型だと思う。


「……今回も残念だったみたいだねー」

 ぽん、と理緒が肩を叩いてきたが、なんの慰めにもならなかった。

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