2:高性能アンドロイド?
「あいつって実は高性能アンドロイドなんじゃないかしら」
「なんじゃそりゃ」
放課後。
下校途中にあるファミリーレストランで、希咲は理緒と雑談に興じていた。
理緒が「笠置に負けた悔しさを食欲に変えて晴らしてしまえ」と誘ってきたのだ。
気遣いはありがたいが、太るのは嫌なのでコーヒーだけ頼んだ。
それに、お小遣いはバイト代から捻出している。
バイト代で生活費を賄っているのだから、無駄遣いはできなかった。
「まあ、疑いたくなる気持ちもわかるけどねぇ。全教科満点って凄いよね。あたしとしてはクラスに二人も秀才がいて嬉しいけど。クラスの平均点が高いと先生もうるさくないもの」
チョコレートパフェをぱくつきながら、理緒。
(おいしそうだなぁ)
希咲も大抵の女の子の例に漏れず、甘いものは好きだ。
アイスクリームの上に乗ったホイップクリームやチョコチップが誘惑してくるが、我慢我慢と自分に言い聞かせ、コーヒーに口をつけた。
「でもねえ、今日笠置くんと同じ中学だった子が気になることを言ってたんだよね。あいつには近づかないほうが良いって」
「なんで?」
辺りを見回し、同じ高校の制服を着ている子がいないのを確認して、ミルクと角砂糖を二つ投入する。
出来る女はコーヒーもブラック、が持論なのだが、実は苦すぎて嫌いなのだ。
しかしいま知り合いは誰もいないので、砂糖たっぷりのコーヒーが飲める。
「……そんな、徹底しなくても。コーヒーがブラックだろうが糖度120%だろうが、誰も気にしないのに。あんたの虚栄心って相当だよね」
「なんとでもいってちょうだい。外では理想の私として振舞う、これは私のポリシーなの」
コーヒーをかき混ぜながら言い、「それで、噂って?」と脱線した話を元に戻す。
すると、理緒はもったいぶったように頷き、声を潜めて言った。
「あいつ、人の心が読めるんだって」
「は?」
あまりにも荒唐無稽な話に、希咲は調子外れな声を発した。
理緒が軽く肩を竦める。
「あたしもなんじゃそりゃって突っ込んだよ。でもさ、本当のことらしいよ。笠置くんと同じクラスだったある男子が別クラスの女子と付き合ってたんだけどね、笠置くんが『その子は他の男子と二股かけてるから別れたほうがいい』って言ったんだって。男子は嘘だって突っぱねたんだけど、後日笠置くんがケータイで証拠写真を撮って見せたんだって。それからは修羅場で、結局別れたらしいよ」
「それって、ただ単に笠置が偶然浮気現場を見ただけでしょ? 心を読む、なんてできるわけない。天才の上に超能力者? 止めてよね。どんだけハイスペックなのよ。そこまでいくと同じ人類なのか疑いたくなるレベルだわ」
随分と甘くなったコーヒーを飲む。
うん、おいしい。やはりコーヒーはこうでなくてはいけない。
「うん、でもさあ。これは内緒なんだけど、って前置きして、その子はなくした物の行方も言い当ててもらった、って言ってたよ。誰にも言わないって約束して聞き出したんだから、口外は駄目だからね」
両腕で『×』印を描いて、理緒は念を押してきた。
「うん。それはいいけど……紛失物の所在までわかるの? そこまでいくと超能力者どころか魔法使いね」
理緒が噂話や恋話が大好きなのは知っているが、今回ばかりはあまりにもくだらなすぎて、希咲は失笑した。
理緒は不満そうに頬を膨らませた。頬袋をいっぱいにしたハムスターみたいだ。
「なによお、人がせっかく教えてあげたのに」
「はいはい、ありがとう。でもはいそうですか、って信じられるほど、私の頭はおめでたくないからねえ」
「あっそう。もう希咲には教えてやんないっ」
理緒はすっかりへそを曲げてしまった。
怒りの形相でチョコレートをぱくつき始める。
「ごめんってば、機嫌直してよ」
「じゃあ信じる?」
「…………」
視線を逸らす。
「もういいっ。人がせっかく笠置くんのとっておきのネタを仕入れてきたのにさあ、失礼しちゃう」
「わかった。信じる。信じるから。ごめん理緒」
それから彼女の機嫌が直るまで、希咲は謝り続けたのだった。
「ああああああああああああどうしよう」
屈辱の実力テスト2位確定の夜、自室で希咲は頭を抱えていた。
宿題の数学のプリントを学校に忘れてしまったのである。
最悪なことに数学の授業は1時間目、プリントは5枚もあって、朝早めに出て片付けようにも時間が足りないのは目に見えていた。
それに、必死で宿題を片付ける自分の姿なんてクラスメイトに見せられない。
立花希咲は皆の羨望の的、常に完璧でいなければいけないのだ。
笠置までとはいかなくとも、希咲も教師から一目置かれる優等生であることに変わりはない。プライドに賭けて宿題を忘れるなんてありえない。
もしそんなことになったら教師も見る目を変えるだろう。
「え、立花さん宿題忘れたの」「優等生だと思ったのにショックー」「意外と不真面目なのね」「お前には失望した」……等々、非難するクラスメイトや教師の顔が思い浮かんで、希咲は顔面蒼白になった。
(それが嫌なら取りに行くしかない……けど……真っ暗な夜の学校に一人で……)
怖い。
非常に怖い――そう、希咲は怖がりなのだった。
小学生のとき、友達と一緒にお化け屋敷に入ったときも泣き叫んでパニックに陥り、入り口に駆け戻って係のお兄さんに抱きついたという過去がある。
そのときの希咲の狂乱ぶりがよほど凄かったのだろう、友達はもう二度とお化け屋敷には誘わなくなった。
この家にいる住人には頼めない。宿題を忘れたから一緒についてきてくれ、なんて口が裂けてもいえない。
彼らは遠縁にあたる親戚で、家には置いてやるが迷惑をかけないでほしい、といつも言われている。
問題を起こせば家から放り出されてしまう。そんな危うい関係。
希咲は覚悟を決めて、外出着に着替え、部屋を出た。
階段を下りて玄関に向かい、靴を履いていると、
「こんな時間に出かけるの?」
廊下の向こうから扉越しのくぐもった女性の声が聞こえた。顔は覗かない。
「はい。すぐに帰ってきます」
「そう。ならいいけど」
短いやり取りだった。彼女の娘が外出するときは、玄関先まで飛んできて心配そうに見送るのに、随分な違いだ。寂しいような気がしたが、希咲は笑顔を作り、「行ってきます」とリビングに届くように声をかけ、家を後にした。
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