21:死闘の合間の一幕

「はっ」

 リングリールはマリアの忠告を鼻で笑った。

「どうしたのよ殺戮人形。前のあんたなら容赦なく首を撥ねたでしょうに。やっぱり重度の平和ボケみたいだねぇ」

「マリア!!」

 昴の悲鳴じみた声が割って入ってきた。

 何事か、と思う暇もなく、リングリールが叫んだ。

「降り注げ/爆裂閃光弾ライトニング・ブレッド!!」

「っ!?」

 凄い勢いで手にしていた鎌が引っ張られ、右手で握っていた鎌の感触が消えた。

 奪い取られたと認識した次の瞬間に、身体のあちこちで衝撃が弾けた。

 頭上から雹のように降り注いできた無数の何かが服を破って身体を抉る。

 ひときわ大きなダメージを受けた肩口は爆ぜてラバーがめくれ、金属繊維が吹き飛び、内部構造が剥きだしになった。

 左足から力が抜けて、がくんと身体が揺れる。

 中枢部分が壊れてしまったかもしれない。

「これで終わりよ機械人形っ!!」

 嬉々とした叫びに死を覚悟した。

 その瞬間、脳裏をよぎったのは血塗れで倒れ伏す三人の姿。

 大戦の中ではそれは日常風景だった。

 何度も見た。何度も何度も、飽きるほどに見てきた悪夢。

 けれど、それはもう、

 彼らは機械人形でしかないマリアを受け入れてくれた。

 リュカも昴たちもマリアの家族、かけがえのない存在なのだ。

 突然襲来してきた過去の悪夢の使者に奪われるなんて、許せるものか。

(私が死んだらみんな死んでしまう――)

 鎌が到達するまで一秒。

 この後自分がどうなるかは考えもしなかった。

 ただ、致命の一秒が経過するよりも先に、口が動いていた。

魔力解放レイズっ! 超加速アクセラレータ!!」

 限界を超えた魔力を解放した瞬間、マリアの身体速度は爆発的に跳ね上がった。

 襲い掛かってきたリングリールの鎌を片手で打ち払い、強烈な前蹴りを叩き込む。

 彼女が超スピードで走ってきた勢いも利用した蹴り。

 肺を抉る一撃を受けてリングリールが目を剥いた。

 吹っ飛んだその身体に駆け寄って追いつき、足を振り上げ、回転しながら側頭部を蹴り付ける。

 小柄な身体が描く軌道は狙い通りに変更され、地面から突き出した岩に頭から激突して沈んだ。

(やった、か……?)

 勝利を思ったが甘かった。

 沈黙したのは短い間で、彼女は呻きながら頭を起こした。

 赤い雫が額から頬へと流れる。

 彼女は荒々しい手つきでそれをぬぐって、凄い目つきでこちらを睨んできた。

 視線で人を――この場合は機械人形を――殺せるのなら、マリアは十回死んでも足りなかっただろう。

(さすがに手強い……)

 並みの魔族なら最初の一撃で内臓に深刻なダメージを受けて死んでいるはずなのだが。

 あの速度で頭から岩に激突しても動けるとは、彼女の身体強度は半端ではない。

(私は全力だったのに。超加速を維持できるのは20分……いや、15分にも満たないかもしれない)

 マリアは身体能力を魔法で飛躍的に向上させる超加速アクセラレータなんて使える状態ではない。

 だから、彼女がとったのは禁断の方法だった。

 つまりは、生命維持に使っているエネルギーをそのまま魔力として消費する。

 何十年も先だったはずの機能停止が迫ってくるのを感じる。

 だが、それでも構わない。

 何よりも大事なあの子が、愛弟子たちが逃げる時間さえ稼げればそれで良い。

 この一ヶ月間で伝えるべきことは全て伝えた。

 あの子ももう一人ではない。

 あの子が歩く未来に、マリアがいなくても大丈夫だ。

 信頼できる人間が二人もいるのだから。

(『大戦』でスクラップになってしまった姉や妹たちよりも、私は50年も長く生きました……それでも死にたくないと思うのは我儘なのでしょうね)

 こちらを睨んだまま仁王立ちし、リングリールは動かない。

 彼女を取り巻く緑の魔力の光が爆発的に膨れ上がっていく。

 あの輝きが臨海に達したとき、彼女は仕掛けてくる。

 最速で最大威力の攻撃を放ってくるだろう。

 持って15分。

 どんなに頑張ってもそこで魔力は切れる。

 多分それでマリアの生命は、終わる。

 視界の中央にリングリールを捕らえて、マリアは言った。

「スバル様、行ってください。あなたにはあなたのやるべきことがあるでしょう。行って、リュカ様とキサキ様を守って」

「でも!」

「私も一つ言い忘れたことがありましたわ。手遅れにならないうちに言っておきますね」

「え?」

 リングリールの膨大な魔力の輝きを見て、焦燥に駆られた様子の昴は、マリアが顔を向けると面食らったような顔をした。

 マリアが作り物ではない、心からの笑顔を浮かべていたからかもしれない。

「マリアという名前、とても気に入っておりましたの。素敵な名前をつけてくださって、ありがとうございました」

「……っ」

 昴が言葉を詰まらせた――見えたのはそこまでだった。

 リングリールが強化された視界の中にあっても目にも留まらぬ速さで飛び出してきたため、意識の対象を切り替えざるを得なかった。

「ぶっ壊してやる、ガラクタがぁぁ!!」

 怒りに任せて、それでも物凄い速さで縦横無尽に振り下ろされる鎌をいずれも紙一重で避けながら、マリアは腹の底から叫んだ。

「行って!!!」

 昴は逡巡するように留まっていたが、その叫びを聞いて意を決したらしく、走り出した。

 右に左に激しく位置を変えながら戦うマリアの視界に昴の姿が映ったのは、ほんの一秒にも満たない間。

(どうかあの子をお願いします)

 一直線にリュカたちのいる家に向かうその背中に、最後の祈りを捧げて。

 マリアは気を抜けば一瞬で破壊されてしまう強敵との戦いに集中した。


 ◆      ◆      ◆


 マリアがリングリールと死闘を繰り広げているとき。

 希咲は近所で有名な洋菓子店の1日20個限定・究極のフルーツタルトを食べる夢を見ていた。

 このケーキは開店前から列ができるほどの人気商品で、どんな味がするのかと毎日想像しながら通学路である店の前を通りすぎていた。

(ああ、1ピース1200円もするフルーツ特盛タルトが食べられるなんて! 私はなんて幸せ者なのかしら)

 夢の中で希咲は女王様だった。

 頭に王冠を戴いた女王なのに何故か高校の制服姿で贅沢の限りを尽くした食卓につき、豪奢な飾りがついた椅子に腰掛けている。

 夢に辻褄を求めてはいけない。

 背後には甲冑を着込んだ兵士が槍を持って控え、壁際にはおそろいのエプロンドレスを着た召使いたちがずらりと並んでいる。

 そしてその中にはマリアもいた。

「どうぞお召し上がりください、キサキ様。全てあなたのものでございます」

「うむ」

 マリアに促され、希咲は女王らしく尊大な態度で頷いた。

 満面の笑顔で「いただきまーす!」と口を開き、いざ頬張ろうというその瞬間に、

「いー加減起きろ希咲!!」

 すぱーん!! と思いっきり頭をはたかれた衝撃で目が覚めた。

 がばっと跳ね起き、辺りを見回して恋焦がれたケーキがないことを悟る。

 絶望的な気分で希咲は開口一番叫んだ。

「わらわのフルーツタルトがあぁぁぁ!!」

「この非常事態に盛大に寝ぼけてんじゃねえええ!!」

「ひゃんっ」

 聞いたことがないような昴の激しい怒声に希咲は身を竦めた。

「え? 昴?」

 目をぱちくりさせてみれば、照明を落とした暗い部屋に昴がいた。

 闇の中で仄かにその右眼が輝いている。

 彼は焦りと不安がない交ぜになったような顔で立っていたが、夜に彼が部屋にいるという事実にパニックになった希咲には気づく余裕などなかった。

「ちょっとなんでいるのよ!? ノックもなしに夜に女の子の部屋を訪れるなんてマナー違反でしょ!?」

「ノックしたけど起きなかったのはそっちだろ!? 何回声かけても幸せそうな顔でぐーすか寝こけやがって、なんかもう首絞めたくなったぞ!?」

「何よそれ――いやそれより」

 これほど彼が取り乱しているところなんて初めて見たが、希咲には追及するよりも優先すべきことがあった。

 慌てて毛布を引き上げて身体を隠す。

 希咲は寝るとき下着をつけない派だった。

『檻』の中は春のように暖かいので、寝るときに身にまとっているのは薄いシャツ一枚とスラックスだ。うら若き乙女の無防備な姿など見られては困る。

 慌てふためく希咲には構わず、昴は声のトーンを落とし、真剣な口調で言った。

「マリアが外で交戦してる。相手は先代魔王の娘のリングリールだ。寝ぼけてないで早く降りろ、このままだとマリアは死ぬぞ」

「……えっ? なにそれ? どゆこと??」

 急な話に頭がついていかなかった。

 寝耳に水、とはまさにこのことである。

 旅立ちに備えて今日はゆっくり眠りなさいとマリアに言われたはずなのに。

 魔王の娘? なんのことだ? なんでそんなのがここに?――などと、疑問だけがぽんぽん浮かぶ。

 寝起きでいまいち緊迫感がなく、呑気に首をかしげた希咲に昴が切れた。

「説明してる暇はないんだよ、いいから降りろって!!」

「ぎゃー!!」

 強引に腕を掴まれてベッドから引き摺り下ろされそうになり、悲鳴をあげる。

 必死で掴まれた右腕を引き戻して抵抗しつつ、毛布で身体の前面を隠す。

 今日のシャツの色は不運なことに白、確実に透けてしまう色である。

 この暗闇の中では見えないだろうが、部屋の外に連れ出され、ランタンの明かりに照らされてしまったら――想像するだけで恐ろしい!!

「わかった! 急いで支度するから頼むから出てって!!」

「支度なんて悠長なこと――」

「あんたは私のノーブラ姿が見たいってわけ!!?」

 赤面しながら怒鳴りつける。

 予想だにしなかった言葉だったのだろう、昴は呆けた顔をした。

 騒々しかった部屋が水を打ったかのように静まり返る。

「……え、いや、あの」

 と何やらもごもご言いつつ、怯んだ彼の両手から右腕を引っこ抜き、そのまままっすぐ横に伸ばす。

 そして、びしっと人差し指で開けっ放しの扉を差した。

「変態の汚名を着せられたくないなら出て行く!!」

「はい」

 昴は素直に退散した。

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