22:託された者の闘い(1)

「マリアを置いたまま逃げるなんて嫌だ! 我は行かぬ!」

「馬鹿、狙いはお前なんだぞ!?」

「だからこそだ! 交渉の余地があるとしたら我しかいまい!?」

「交渉なんてできる相手じゃない! 俺はマリアに二人を守れって頼まれてるんだ」

「余計なお世話だ! マリアを見捨てて逃げるくらいなら死んだほうがマシだ!! 我は50年ずっとマリアと共に在ったのだ! マリアはただの機械人形かもしれんが、肉親よりもずっと近しい存在だったのだ。それを失う辛さに比べれば右手を失うことなどなんでもない! どうせ長いこと封じられてろくな力も出せんのだ、それでマリアが助かるというなら腕の一本くらいくれてやるわ!!」

 昴に強引に連れ出された家の外で、リュカは涙を浮かべてそう言った。

 昴がどんなに言葉を重ねようと、頑として拒否し続けている。

 再び、視界の端で炎と光が瞬いた。

 家を出てから、幾度となく繰り返されている光。

 昴と落ちた花畑で、いまもマリアたちは派手な戦闘を繰り広げているらしい。

 あの光が続く限りマリアはまだ生きているということだ。

 だがその奇跡はいつまで続くのだろう。

 リュカはその方角を見つめ、口元を一文字に引き結んだ。

「逃げたいならお前たちだけで逃げれば良い! 我はマリアの下へ行く!!」

「待て!!」

 走り出そうとしたリュカを昴が後ろから羽交い絞めにした。

「放せ!! お前はしょせん他人だからそう言えるのだ!! 置き去りにされたことなどないのだろう!?」

「あるさ」

 暴れていたリュカが、驚いたような顔をして動きを止めた。

 これまで激しい言葉の応酬に口を挟む余地がなく、傍観するしかなかった希咲も思わず彼を見た。

 二人の視線の交点で、昴は真顔で繰り返した。

「ある。だから、森で置き去りにされたっていうお前の痛みもちょっとはわかるつもりだよ。そして、孤独の日々から救い出してくれたマリアの尊さも。俺にとってもマリアは大切な恩人だ。あんな戦闘狂に殺されるなんて絶対ご免だし、お前らを逃がしたら戻るつもりでいたんだけど……どうも何を言っても聞く耳を持たないみたいだな。リュカも、その顔を見る限り、希咲も」

 昴はリュカの肩に手を置いたまま苦笑した。

 彼の腰には剣が下げられている。

流水の神剣アクアブレイド》――その名の通り、水の加護を与えられた神の剣。マリアが彼に託した伝説の剣が。

「もちろんよ。なんのために地獄のような訓練に耐え抜いたのよ。私だって役に立てる……とは言わないけれど、自分の身くらい自分で守れるわ!」

「我もだ! 邪魔にならんようにするくらいはできるぞ!」

 べしべしと尻尾で地面を叩いてリュカは胸を張った。

 あまり自慢できるような発言でもないのだが。

「了解、負けたよ。じゃあ行くぞ」

「うむ!」

「うん!」

 リュカと同時に返事をし、三人で一斉に走り出す。

 この一ヶ月、徹底的に鍛え上げられた身体は羽根のように軽い。

 視界が後方へと流れていく中、昴はこちらに顔を向けた。

「希咲。大げさでもなんでもなく、相手は本当に化け物だよ」

「うん」

 幾度となく組み手で希咲を地面に這わせたマリアが死を覚悟した相手だ。

 悔しいが自分では太刀打ちできない。

 昴でも敵うかどうかわからないが、引くつもりはないとその目が物語っていた。

「俺は全力で戦うことに集中する。他のことに気を配ってたら絶対負ける。だから、マリアとリュカは頼むな」

「うん、任せて!」

 走りながら、希咲はどんと胸を叩いてみせた。

 着替えたこの服はマリアが布一枚から作ってくれたワンピースだった。

 もちろん、念のために下にはスパッツを装着済みだ。

 彼女は希咲の服だけではなく、昴の服もたくさん作ってくれた。

 あの家で彼女はまさに母親マリアだった。

 おいしい食事を作り、毎朝掃除をし、訓練で汚れた服を文句一つ言わずに洗ってくれた。

 何よりも深い愛情を以って接してくれた。

 だから、あの家にも、リュカにもマリアが必要なのだ。

 マリアはいつでも微笑んで「お帰りなさい」と迎えてくれた。

 あの笑顔が永久に奪われるなんて、我慢ならない。

「マリアさ、最後に名前をありがとうって微笑んだんだ。それ聞いて、俺はこれが俗に言う死亡フラグってやつかと納得した」

「そうなんだ……雪ちゃんがやってたRPGでも似たような場面があったわ。魔王との決戦のために主人公が旅立つとき、恋人に『帰ってくるよね?』って言われて少し止まった後、『当たり前だろ』って振り返って最高の笑顔を見せるの。案の定、彼は魔王と相討ちになって死んでしまったわ。マリアも同じ心境だったんだろうなぁ……」

「嫌だぞそんなの! 死ぬなんて我が許さん!!」

 マリアのことが心配になったのだろう、リュカは走る速度を上げた。

 もう花畑は目と鼻の先で、戦闘音も直に耳に届く距離だ。

 ようやく二人の姿が見えた。

 草の絨毯の上にうずくまったマリアの前に一人の幼い娘が立っていた。

 大鎌を手にした、緩やかに波打つ髪を長く伸ばした美少女。

 あれがリングリールという娘だろう。

 娘の纏う禍々しい気配がここまで伝わってきて、冷たい汗が背中を流れた。

 本能がこの場から逃げるよう金切り声で叫んでいる。

 話に聞くのと実際に見るのとは全然違う。

 全身に鳥肌が立ち、身体が小刻みに震え出す。

(昴の言うとおり、あれは本物の化け物だ)

 リュカも希咲も、恐怖に挫けて立ち止まった。

 意思とは裏腹に、身体が硬直してしまった。

 事前にリングリールと相対していた昴だけがただ一人、平静を保っていた。

「なあ希咲、知ってる?」

「……なによ?」

 緊張で応じる声は震えた。

 顔を強張らせている希咲を見て、昴は微笑んだ。

 こんなときだというのに、胸がどきんと鳴った。

 だってその笑顔は間違いなく、希咲を安心させるための笑顔だったから。

 いくらハイスペックの持ち主とはいえ、彼も普通の人間だ。

 彼だってあんな化け物相手に戦うなんて怖いに決まっている。

 それなのに彼はリュカの想いも希咲の想いも背負い、こうして励ましてくれている。その純粋な優しさが胸を打った。

「死亡フラグってのはへし折るためにあるんだよ。――魔力解放レイズ!」

 直後、彼の身体を見たこともないような膨大な魔力の輝きが覆った。

(えっ!?)

 彼自身が発光体になってしまったようだ。

 彼の周囲だけ太陽に照らされたように明るい。

 あまりにも常軌を逸した魔力に希咲は目を剥いた。

 リュカも隣で唖然とし、本当に人間か、と呟く声が聞こえた。

「ちょっと昴、なにその魔力量!? 聞いてないわよ!? 訓練のときとは桁違いじゃないの!!」

「うん。その顔が見たくてつい」

「なっ」

 ――つまり昴は、ただ希咲を驚かせたいだけでわざとこれまで抑えていたのか?

(ええ、私はさぞかし間抜けな顔をしてたでしょうよ。ぽかーんとした私のアホ面が見たいなんて、どんだけドSなのよこいつ!!)

「何よそれぇ!?」

「あははっ」

 昴がしてやったり、とでもいいたげな笑い声をあげたのはほんの一秒。

 怖いくらいの真剣な顔になって、彼は単身、戦場へ突っ込んでいった。

(あいつはそう、いつだって私の上を行く超人だもの。だから大丈夫。たとえ相手が誰だって)

 両手を胸の前で組み、彼の武運を祈る。

(きっと昴なら、マリアの死亡フラグをへし折ってくれるわ!)


 ◆      ◆      ◆


 勝算があるかと聞かれたら軽々しく「ある」なんて言えない。

 模擬戦は散々繰り返してきたが命を賭ける実戦は初めてだ。

 殺さなければ殺される、その緊張感と不安で心臓は縮み、剣は途方もなく重く感じる。

 希咲の前では強がってみせたが、本当はプレッシャーで潰れそうだった。

(そもそも、初めての対戦相手が魔王の娘っていうのも酷いよな。RPGでいうならラスボス一歩手前……いや、ラスボスが魔王ならリュカってことになるんだろ? じゃあもうラスボスじゃんか。無茶苦茶だな。ゲームバランスも何もあったもんじゃない)

 うずくまったマリア目指して暗い戦場を駆ける。

 マリアの前に立つリングリールが鎌を振り上げて、その首めがけて振り下ろそうとしているのが見えた。

 絶望的に悟る――ただ走るだけでは間に合わない。

 リングリールが何か話しているからまだ猶予はあるが、本当に少しの間だ。

 すべてはリングリールの気分次第で決まる。

 楽観しても5秒と経たずその鎌はマリアの首を撥ねるだろう。

 首がなくなってもまた繋げられるかもしれないが、胸の《核》を破壊されたら最後だ。

(初めてで成功する……か?)

 不安は大いにあった。この魔法は使ったことがない。

 ランクSS、しかも特殊魔法なので初心者には早すぎるし、何より肉体的負荷が大きすぎるとマリアが教えたがらなかったのだ。

 そういう彼女だから、理不尽に殺されるなんて許せない。

 柄を握る手に力を込めて無理やり震えを殺し、雑念を振り払って魔導式を描く。

 対応する呪文は知らないから強いイメージで以って臨むしかない。

 マリアが書き記していた魔導式を脳内で展開していく。

 本という二次元では掴めなかったイメージをフォローするのは、さきほどマリアが空間に投射した例。

 ほんの一秒に満たない時間でも、その魔導式を昴は克明に記憶していた。

 自分にできることが何もないのが悔しくて、せめて戦場にいる意味を自分に与えようと思い、大鎌を持ったリングリールがどう動くか、マリアがどんな戦い方をするのか――必死で覚えていた。

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