30:旅立ち(2)
悶々としている希咲には気づいたそぶりもなく、昴は厳かに言った。
「
いつもならば、この言葉をきっかけに昴の身体から青いオーラが立ち上る――はずなのだが。
「……あれ?」
希咲は目を瞬いた。
たとえ仄かであっても必ず青いオーラは可視化するのに、今回は全く変化がない。
昴も驚いたような顔で自分の身体を見ている。
「え……まさか、リングリールとの戦闘で魔力を使い切った、とか?」
珍しいことだが、過去にはそういう例もあるとマリアが言っていた。他にも肉体的・精神的なショックを受けた場合は一時的、または永久に魔法が使えなくなることもある、とも。
「そんな馬鹿な」
昴は否定したが、繰り返してもやはりなんの変化も起きなかった。
乾いた風がひとつ、吹き抜けた。
「…………。ちょっ……と? 待てよ?」
狼狽している昴に、希咲はぱちんと両手を合わせた。首を傾げてにっこり笑う。
「わあ、これで昴も魔法を使えない凡人の仲間入りね。ごめん、正直いって良い気味だったりする♪ ちょっとは凡人の気持ちを知ればいいのよぉ~」
うふふふふ……と不気味さ満載の笑い声をあげていると、昴はげんなりした顔をした。
「お前、実は魔法使えないのめちゃくちゃコンプレックスだったんだな……」
「当たり前でしょ!? どんなに努力しても使えないのよ!? なのにあんたは遠慮なく私の傍で大魔法を連発して、挙句の果てには究極魔法まで!! なんなのよあんたは化け物か!? たった一ヶ月修行しただけの人間が王国軍の精鋭部隊でも敵わなかったリングリールを単独撃破するなんておかしいわよ! 絶対あんたは人類のカテゴリに入れちゃいけない! ハイスペックの一言で済ませてたまるもんですか、このチートめ!!」
びしっと人差し指を向ける。
「だーもう、そんなこと言ってる場合か!? もし本当に魔法が使えなくなったんだとしたら、一生この『檻』から出られないってことだぞ!?」
「うっ!?」
「この先またリングリールみたいな化け物がきたら誰が対処するんだ!? 言っとくけど
「えっ!? それは困る! どうしよう!?」
事の重大さを思い知って、希咲は慌てた。
妹の死を知った姉たちが復讐に来たら今度こそ全滅の危機である。
「だから困ってんだろ!?」
昴はやけになったような口調でもう一度叫んだ。
「
途端に、いままでの無反応が嘘だったかのように身体からオーラが吹き上がった。
「あ、復活した! 良かったー」
希咲はほっと胸を撫で下ろし、それから首を傾げた。万々歳のはずなのに、昴は怪訝そうな顔をして止まっている。
「どうしたのよ?」
「いや……もしかして」
「?」
さらに深く首を傾げた希咲の手を、昴が掴んだ。
その瞬間、彼の身体から立ち上っていたオーラが消えた。
「へっ? なんで?」
わけがわからず困惑する。だが、昴は納得したような顔で呟いた。
「……やっぱり……そうか。だからお前はこの右眼でも視えないんだ。リングリールたちでさえ破れなかった『檻』に穴を開けられた理由もこれで納得がいった」
「え? どういうことなの?」
「希咲。お前は特異体質なんだよ」
昴はこちらに向き直り、真剣な顔で言った。
「とくいたいしつ??」
聞き慣れない言葉に、頭の上に浮かんでいる疑問符がさらに追加された。
「つまり、お前には魔法や能力を無効化する力があるんだ。俺と一緒にこの世界に落ちて『檻』に激突したとき、お前が『檻』に触れたことで穴が空いたんだ。どっちがチートだよ……こんな反則的な力があるんなら庇わなくて良かったな。遠慮なく下敷きにすれば良かった」
さっきの仕返しなのか、昴は悔しそうな顔をした。
「ちょっとお!?」
「冗談だって」
昴はおかしそうに笑い、首を竦めた。
「とにかく、それなら話は早いよ。わざわざ風の魔法で飛ばなくたって、お前が『檻』に触れたら自動的に魔法は解ける。なーんだ、そういうことだったのか……お前が魔法を使えないっていう時点で気づけばよかった」
「……だとしたら、私、古の封印とかなんでも解除できるのかな?」
「確証はないけど、多分」
「…………」
「なんだよ黙り込んで。どうした?」
「……あのさ、マリアは『ゲーティア』っていう空中遺跡で発見されたって言ってたよね。そこには魔法で封印されてる区画があった、とも」
「うん」
何が言いたいのかわからないらしく、昴は不思議そうな顔をしている。
希咲はきらーんと瞳を輝かせ、拳を握り締めた。
「もしいまもまだその謎の封印区画があったとしたら、私がそこに行けば盗掘し放題じゃない!? やだ、異世界で大富豪フラグが!?」
「おいこら」
両手を頬に当てて妄想していると、冷ややかな突っ込みが入った。
二人して振り返ると、呆れたような顔をしたリュカがいた。
「ちょっと離れた間に悪巧みか? 盗みはいかんとマリアも言っていたぞ」
「リュカ。……もう大丈夫なの?」
声のトーンを落として問う。
「うむ。どんなに嘆いたところでマリアが生き返るわけではないし、何よりそんな姿を見たらマリアが悲しむ。だからもう平気だ。平気ではないかもしれんが平気だ」
泣き腫らした目で、リュカは強がってみせた。昴と顔を見合わせ、微苦笑する。
「……それよりも、その。本当に我も行っていいのか?」
リュカは上目遣いに尋ねてきた。
尻尾が一度だけ不安そうに揺れた。
「え? 何よいまさら」
「我は魔王だ。一緒に行くことで迷惑がかかるかもしれん」
「魔王ったって名ばかりだろ? マリアが勝手にそう祭り上げてただけで、お前に仕える魔族がどこにいる? 封印されて何の力も出せない右手を見せたところで、誰も平伏なんてしないよ。先に言っとくけど、これから先魔王と名乗るのは禁止な。痛い人だと思われるだけだし、俺も一緒にされて寒い目で見られるのは嫌だから」
「う……」
たじろいだリュカに、昴はずけずけと容赦なく指摘した。
「お前はただのドラゴン、いや、火も吹けないしろくに飛べないことも考えると並みのドラゴン以下だ。腕力も俺よりちょっと上くらいで怪力ってほどじゃないし、荷物持ちとしても役に立たない。魔王どころかただの足手まといの人型ドラゴンだってこと、ちょっとは自覚しとけよ」
希咲は「ちょっと」と昴の袖を引っ張って止めさせた。
リュカの目に涙が滲んでいる。
普段は偉そうに振舞っているが、実は意外と打たれ弱いのだこの子は。
――本当はリュカ様は泣き虫で、気弱な子なんですよ、とマリアは言っていた。
母親に捨てられたことですっかり自信を失ってしまって、出会った頃は私の顔色を窺ってばかりの可哀想な子でした。私がもっと図々しく生きなさいと魔王っぽく振舞うことを教えたせいであんな尊大な態度を取るようになったのですが、それは全て私のせいなのです――
「でも、面倒を見る覚悟はできてる。『女神の右手』を持っていようとなんだろうと、そんなの全部ひっくるめて気にしなくていいよ」
「…………」
恐る恐る、といった様子で顔を上げたリュカに、昴は微笑みかけた。
「外の世界がどんなものか、自分の目で見て、聞いて、感じて。たくさんのことに触れて、たくさんの人と関わって――その過程で新天地を探せばいい。マリアもきっとそれを望んでる」
「そうよ。目的地は違うかもしれないけど、リュカが気に入る場所を見つけるまで、それまでは一緒に旅をしよう。新しい世界を見に行こう!」
「……うむっ!」
リュカは目元を荒っぽく拭って、希咲が差し出した手を掴んだ。
明るい声で尋ねてくる。
「では風で飛ぶのだな?」
「ああ、それなんだけど。ここに便利な全自動魔法無効化少女がいてさ――」
何よその言い方、と抗議しながら、希咲は『穴』から覗く空を見上げた。
空は突き抜けるように青く、旅立ちを祝福しているかのようだった。
全てを優しく包み込むような空にマリアの笑顔を重ねて、小さく微笑む。
(――行ってきます)
希咲たちの旅は、始まったばかりだ。
異世界トリップしたんですが私ではなく彼のほうがチート気味です。 星名柚花 @yuzuriha
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