12:天才と凡人

 魔法を使うためには手順がある。

 まずは精神を集中し、心から雑念を追い払う。

 そして、身のうちに眠る生命エネルギーたる魔力を呼び覚ます。

魔力解放レイズ

 呟いた昴の身体から、呼応するように神秘的な青いオーラが立ち上った。

 これは可視化した魔力であり、何色のオーラになるかは個人によって異なる。

 人に個性があるように、魔力にも様々な色があるそうだ。

 青いからといって氷魔法が得意とか、そんなことは特にない。

「清浄なる光よ/闇を払い/行く先を照らせ」

 朗々と紡ぎ上げられる呪文。

 どんな魔法にも呪文は存在するが、重要なのは呪文そのものではなく、呪文を紡ぎながらイメージして構成する魔導式。

 呪文を唱える昴の周囲にはきらきらと青い光が踊り、不思議な紋様を描いていた。

 この紋様こそが魔法を使うために必要な魔導式。

 魔法を習いたての素人は『望む現象を唱えることでイメージを確定させる』ために呪文が必要だが、一流の魔導士は簡単な魔法なら詠唱を省略し、一瞬で魔導式を構築して発動呪文だけで魔法を使うらしい。

 ゲームでスキルの熟練度が高くなると発動までの時間が短縮されるのと同じである。

 そして魔導式が完成したら、仕上げの発動呪文。

 魔導式の構成・魔導式に載せた魔力の量・魔導式の安定度――その全てが完璧でなければ魔法は発動しない。

灯火ライトニング

 昴の周囲に展開されていた魔導式が一気に結合し、光り輝く魔法陣を描き出した。

 中央に五芒星が描かれたこの魔法陣は世界と平行して存在する異世界が繋がった証、いうなれば異世界への『扉』だ。

 異世界に繋がった魔法陣は魔導士が紡ぎ上げたイメージに従って超常現象を引き起こす。

 ぱあっ、と魔法陣が輝き、すぐに何事もなかったかのように消えた。

 その後には、昴の真横にふわふわと白い光の球が浮かんでいる。

 ちょうどピンポン玉くらいの大きさだ。

「……こんなものでどう?」

 直立していた昴が肩から力を抜いて、視線を向けると、希咲の隣で正座していたメイド――昴命名・マリアは立ち上がり、惜しみない拍手を送った。

「素晴らしいですわぁぁぁ!! 魔導式の構成、適正な魔力の消費量、発動までに要した時間、どれをとっても完璧、いえ、それ以上です! スバル様には才能があるとは思っていましたが、たった一週間でこれほど自在に使いこなせるようになるなんて! 普通の人間ならばどんなに簡単な魔導式でも構成するだけで一ヵ月はかかるというのに――ああっ、私はスバル様のような優秀な弟子を持てて幸せです!!」

「大げさな。ランクEの初級魔法でしょ?」

 ぱちん、と昴が指を鳴らすと、白い球は消えた。

「えええええええええいま動作で、『指ぱっちん』だけで魔法を還しましたね!? どうやってそんな技を身につけたんですか!? 言霊ではなく動作で消すなんて教えてませんよ!?」

「なんとなく」

「なんとなくで!? ああもうなんてことでしょう、スバル様はいますぐ学術都市に行って魔導学院の門戸を叩くべきですわ! 初日で特待生に認定された挙句飛び級で卒業し、名誉ある宮廷魔導士筆頭の道を爆走されるお姿が目に浮かびます!! ああでも剣士の道も捨てがたいものがありますわね、既に私と同等の技量を身につけられましたもの。こうなったら剣と魔法、両方極めておしまいなさい! この世界に名を轟かせ、スズキタロウ様のように英雄になるのです、スバル様ならできますわ!!――」

「いやでも――」

 気乗りしないらしい昴に、マリアがきゃあきゃあと騒いでいる。

 希咲は盛り上がる二人――といっても盛り上がっているのはマリアだけだが――を前にしても、その場から動かなかった。

 白い花が落ち、葉が茂るばかりになった花畑にぽつんと寂しく座り、俯いて地面に「の」の字を書き続ける。

 この一ヶ月間、昴と一緒に希咲は剣と魔法の修行をした。

 修行は本当に大変なものだった。

 初日は延々とランニングさせられ、筋肉痛に悩まされた。

 筋肉痛で起き上がれない希咲にマリアは『超回復による筋力アップ』と題した講義を説き、飴と鞭のつもりなのか、おいしい食事を作ってくれた。

 筋肉痛が治ってからは毎朝ランニングした。

 もちろんメニューはそれだけではなく、腹筋・背筋・腕立て・スクワット・うさぎ飛び・山登りetcをやらされ、週に二度は遠い湖まで連れて行かれて水泳までやらされた。オリンピック選手も真っ青なトレーニング量をこなしたと思う。

 なんだかもう『苛めですか?』と突っ込みたくなるくらいに過酷な日々だった。

 それでも、昴に負けたくない一心で希咲は耐え抜いた。

 マリアは筋力トレーニングの間に、50年前の知識だがと前置きして、この世界の歴史や地理、出来事を色々と教えてくれた。

 おかげで文字もだいぶ読めるようになり、読書という実益を兼ねた娯楽もできた。

 何しろここはテレビもネットもない世界なのですることがない。

 必然的に希咲の興味は本に向かった。

 ちなみに、文字の書き練習のときに知ったのだが、昴が書くのは癖のある、右上がりの文字だった。

 元の世界では何もかも負けっぱなしだったが、字は希咲のほうがうまいのだなとひそかな優越感を抱いた。

 しかし、その小さな優越感も基礎的な身体造りを終え、本格的に魔法を習い始めたときに崩れ去った。

 何故ならば、希咲には魔法が使えなかったからだ。

 全く才能のない者は魔法として形を成してなければ魔力を見ることすらできないが、希咲はさきほど昴の身体から立ち上ったオーラも、周囲に展開された魔導式も見えた。

 だから一応、初歩の初歩である『魔導士見習い』程度の才能はあるらしい。

 だが、どんなに頑張っても、何度呪文を唱えても、『魔力を体外に放出』することができなかった。

 魔力が見えても扱えないのでは意味がない。

 マリアも、彼女の優秀な弟子たる昴も、根気よく自分の訓練に付き合ってくれて、色々とアドバイスもしてくれたが、どうしても。

 何をどうやっても無理だった。

 何の進歩もなく三日が経ち、マリアから『残念ですがキサキ様には才能がないようですね』と言われ、昴からも『諦めたら?』と言われた。

 要するに、見放されてしまった。

 それでも希咲は粘り、一人で特訓を重ねてきたのだが――とうとう諦めた。

 進歩の兆しすらないのでは諦めるしかなかった。

 一方で昴はマリアの熱血指導の下、めきめきと実力をつけていった。

 そして今日は修行開始からちょうど一ヶ月となる日だった。

 恒例のランニングが終わって帰宅すると、マリアは「お二人の修行の成果を見せていただきます」と宣言した。

 まず最初に組み手、その次に剣に見立てた棒を使って二人で模擬対戦したのだが、両方ともあっさり昴に負けた。

 次に行われた魔法のテストでは同じ土俵にすら立てない有様で、その偉業を「スゴイデスネー」と讃えるしかない。

(やっぱり私は何をしても彼には敵わない運命なのかしら……)

 なんだか全てが虚しくなってきた。

 緑の薫る畑に体育座りして、空を見上げる。

 自分たちが空けた穴から覗く空は悲しくなるくらいに美しい。

 陽光を浴びて、きらりと希咲の目の端に浮かぶ涙が煌いた。

(なんで魔法が使えないのかしら……魔法を習い始めたときの理想では、私は魔法を究めて、ゲームの中の大魔法使いみたいに手を突き出してさ)

 片腕で膝を抱えたまま、右腕を前に突き出し、それっぽいポーズをしてみる。

(格好良く呪文を唱えてさ。でっかいドラゴンに向けて大魔法を放っちゃうわけよ。どかーんと)

 どかーんっ!!!

 実際に物凄い音が響き、びっくりしてそちらを見やる。

 いつの間にか移動していたらしく、二人は少し離れた場所に立っていた。

 昴が突き出した手の先にあった巨大な岩が、何らかの魔法を受けたらしく派手に粉砕されていた。

 しかも表面が真っ赤に燃えている。

 崩れた岩の破片が音を立てて地面に落ちていった。

(……なにあの威力? いまの魔法も習い始めてたった一週間の昴が放ったっていうの? そんな馬鹿な。いくらなんでも無茶苦茶でしょ――)

「いまの見ました!? 見ましたよね!? キサキ様!!」

 呆然としていると、マリアが駆け寄ってきた。彼女は興奮しきった様子で、大げさに身振り手振りを交えて話しかけてきた。

「いまの『火炎弾ファイアーボルト』はランクDの魔法、しかし、スバル様は類まれなる才能と魔力の量にモノを言わせてランクBの『火炎陣バーストフレア』に匹敵する威力を叩き出しましたよ!? なんなんですかスバル様って、学問にしても体術にしても、教えたものの習得力が半端ないですよ!? 元の世界でも全てにおいてこんなに非凡な才能を発揮されていたんですか!?」

「うん。彼はなんでもできるぱーふぇくとな男なのよ。勝手に宿敵なんて思ってごめんなさい、私はあなたの足元にも及ばない凡人でした……」

「何言ってんの?」

 歩み寄ってきた昴に頭を下げると、彼は怪訝そうな顔をした。

 あれだけの高レベルな魔法を使ったというのに息も乱さず、平然としている。

 マリアが言っていた通り、昴が持つ魔力量は半端ではないらしい。

 それは『女神の右眼』の加護が多少あるとしても、何より大きいのは彼自身の天性の才能だそうだ。

(ふ……しょせん、凡人は天才には敵わないということか)

 しかも、彼が優れているのは体力や魔力の面だけではない。

 容姿でもそう。

『檻』の中の住人には能力が働かないので目を合わせても平気だし、トレーニングには邪魔だからと彼は長すぎる前髪を切った。

 ついでに髪も整えたのだが、改めて見るとはっきりと美形だった。

 漆黒の髪に瞳、そして右眼は輝く青。

 その左右非対称な瞳が強烈な印象を与える。

 端正な相貌に、一ヶ月の修行の甲斐あってか、均整の取れた細い身体。

 希咲は作られた美少女だが、彼は天然の美少年だ。

 ありとあらゆる面で神の寵愛を受けたとしか思えない。

「私はあんたを同じ人類だなんて認めない」

 きっぱりと告げる。

「だから、なんの話だよ。仕方ないだろ、できるからできるだけで」

 しれっと放たれた言葉に、ついに堪忍袋の緒が切れた。

 泣きながら立ち上がり、彼の胸倉を掴んで上下に激しく揺さぶる。

「その飄々とした態度がムカつくのよお私はせめて剣の腕だけでもあんたに勝つために死に物狂いで修行に励んだのにあんなにあっさり負かしておいてえええ!! しょせん天才に凡人の苦労はわかんないのよ元の世界でだって私がどれだけ頑張ったか知らないくせにあんたはいっつも涼しい顔で私の上を行きやがってぇぇぇ!! あんたばっかり才能に満ち溢れてずるいわよお天が二物も三物も与えたんなら1つくらい私に寄越しなさいよぉぉ!!」

「ちょ、くる、しっ、」

「キサキ様、いけません! 止めてくださいっ!?」

「止めないわよっ! こいつのせいで私のプライドはずたずたなんだからうわああん!!」

「首に手をかけては駄目ですっ、殺す気ですかっ!? ああっ、スバル様が無反応にっ!? スバル様しっかりっ!? 気を確かに持ってぇぇ!!」

 マリアに力ずくで引き剥がされるまで、希咲は泣き喚いたのだった。

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