43:そのとき空から降ってきたモノ
「これは国の上層部でもごく一部の人間しか知らない事実です。まさか女神の寵愛を受けた能力保有者の目や腕を切り落とすなんて倫理にもとる真似、誰もしたことがありませんでしたから。この事実が広まれば新たな争いの火種になりかねません。だから国はリュカ様を隔離したのでしょう」
「……そうか……」
昴はそれだけ言って、自身の右眼を片手で覆った。
残酷で重い話題に、空気までも暗くなってしまった。
「……リュカ様には袖の長い服を着るようにと注意しておきました。スバル様も眼帯で隠すなりなんなりして対策を講じるべきかと」
「……隠すっていうのもな……視界が狭まるし……でも、そうするべきなのかもな……」
「いえ、嫌なら良いですわ。さきほども言った通り、この事実はごく一握りの人間と魔族しか知りません。もし敵が現れても、あなたならきっと返り討ちにできます」
ぽんぽん、と肩を叩いて笑う。
馴れ馴れしいかと思ったが、これ以上彼に暗い顔をして欲しくはなかった。
心配のあまりアドバイスしてしまったが、彼は強い。
その辺にうろついている魔物程度なら鼻歌混じりに殲滅できるだろう。
そんなに過敏になる必要はないのだ。
励ますように、マリアは言葉を重ねた。
「大丈夫ですわ。なにせあなたは私の自慢の弟子ですからね」
「……うん」
頷いて手をおろし、昴が不意に立ち上がった。
左右の色の異なる瞳でマリアを見下ろし、微かに笑う。
「俺が短期間で強くなれたのは、マリアのおかげだよ」
見上げた彼の、遥か頭上には白銀の満月。
満月に照らされて彼の輪郭が神々しく浮かび上がり、輝いている。まるで月の光に祝福されているかのようだ。
(……本当にスバル様はお綺麗な方ですわ。キサキ様が嫉妬せずにいられないのもわかります。常人とは雰囲気が違いますもの)
吹き抜けた風にささやかに揺れる髪も、仄かに輝く右眼も、なんと美しいことだろう。まるで名画を見ている気分で、マリアは彼の姿に釘付けになった。
「なんか、マリアって母親みたいだったよ。俺のこと色々心配してくれてありがとう。本当に世話になったな。楽しかったよ」
「……いいえ、どういたしまして」
マリアは立ち上がり、彼に向き合った。
心からの笑みを浮かべる。
「こちらこそ楽しかったですわ。どうかおげ――」
お元気で。
という言葉が中途で切れたのは、頭の中で猛烈に嫌な予感が膨れ上がったからだった。
戦闘のために作られた兵器としての本能が告げるまま、顔ごと視線を跳ね上げる。
満月の中央に、黒い点が浮かんでいた。
(何?)
何かが障壁の穴の真上から、重力のままに凄まじい勢いで落下してくる。
見る間にその何かは拡大していく。
小さなゴマが豆粒ほどの大きさになり、近づくにつれて曖昧な輪郭がはっきりと人影の形を取った。
その人影を正確に捉え、それが誰であるかを認識した瞬間、マリアは極限まで目を剥いた。自分の目に映るものが信じられない。
(あれは――まさか――)
大きな鎌を持って落下してくる人影。
狂気の笑みを浮かべたその少女は落下地点、障壁に空いた穴の真下に立つ昴を狙っていた。
首を刈り取るつもりなのだろう。
生物が息をするように、意味もなく理由もなく彼女は人を殺す。
だからこそ、彼女たちはいずれも魔女と呼ばれ恐れられた。
魔王の娘、リングリール。
十二の町を滅ぼし、国の精鋭部隊をも壊滅させた災厄の末娘。
身の丈よりも大きな鎌を操り、その不気味なシルエットから、彼女は死神と呼ばれていた。
冒険者ギルドの討伐難易度を照らし合わせるなら間違いなくランクSS。
彼女を殺すならば国の一個師団は必要だ――
「――スバル様っ!!!」
マリアは渾身の力で昴を突き飛ばした。
「――っ」
即座に自分も離脱しようとしたが遅すぎた。
振り下ろされた鎌は昴を逃すべく伸ばしたマリアの左腕を容赦なく切断した。
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