24:悪夢のような

 ◆      ◆      ◆


 希咲たちは安全圏から昴の戦いを見ていた。

 安全圏といっても元いた場所から十メートルも移動していない。

 昴が戦いながらうまくリングリールを引き離してくれたおかげで、重い機械人形を担いで移動する距離は短くて済んだ。

 リュカはマリアに寄り添って膝をつき、ちぎれた彼女の腕を繋げるべく手で支えている。

 座り込み、身体の接合途中にあるマリアは不安げな目をしていた。

 大きく抉れた傷が痛々しい。

 最も酷く見えるのは顔の大怪我だが、他にも全身にたくさんの傷を負っていた。

 武器を持った相手に素手で戦ったのだ、当然の結果だろう。

 むしろよく生きていてくれた。

「大丈夫? マリア。つなげられそう?」

「はい、時間を、かければ、恐らくは……でも、私よりも、いまは」

「うん」

 呪文詠唱の声とともに、また視界の端で光が瞬いた。

 希咲はマリアの右足に手を添えたまま、昴の戦いに注意を戻した。

(出る幕がない、っていう言葉はこういうときのためにあるんだろうな)

 瞬きするほんのわずかな間に打ち合わされる刃の悲鳴が鼓膜を叩く。

 並みの魔物や人間ならばそれだけで葬れるであろう必殺の一撃。

 それを互いが息つく暇もなく連続して繰り出している。

 広い畑を縦横無尽に駆けながら二人は刃を切り結び、同時に魔法の撃ち合いさえ行っていた。

火炎陣バーストフレア!」

 リングリールが闇夜を赤く染めるほどの炎を出現させれば、昴は即座に対抗魔法を紡ぐ。

氷壁の盾フリーズ・ウォール!」

疾風乱舞ウィンド・ブレイズ!」

 氷の盾に炎を阻まれても、続けざまにリングリールは風の魔法を使った。

 馬鹿げた大きさの風の刃が連続して昴に襲い掛かる。

疾風乱舞ウィンド・ブレイズ!」

 それでも昴は怯むことなく全く同じ魔法を紡ぎ上げ、真っ向からぶつけて相殺させた。

 彼の尋常ではない反応速度とその魔法の精度に、リングリールの表情から余裕は消えていた。

 目の前にいる人間を侮りがたい難敵と認め、ほとんど特攻といってもいい全力の速さで鎌を振り回している。

 それでも昴は刃が打ち合う耳障りな金属音を鳴らせながら見事に捌ききり、反撃に転じた。

「……凄い」

 感嘆と共に呟く。

 身の丈よりも大きな鎌を軽々と振り回し、強力な魔法を乱発するあの化け物のような少女と昴は互角に渡り合っている。

 彼が才能に溢れているとは知っていたが、まさかここまでとは思わなかった。

 リングリールはかつて王国軍の精鋭部隊を全滅させたと聞いた。

 だとすれば、昴の強さはどれくらいだというのだろう。

「本気で人類最強を名乗れそうね、あいつ」

「スバルさま、は、無理、して、いるんです、よ」

「え? どういうこと?」

 希咲と全く同じ心境だったらしいリュカもマリアに顔を向けた。

 マリアは戦う二人から目を外さず、深刻な様子で言う。

「リングリール、の、速さに、対応、する、ために、彼は、超加速、という、魔法を、使って、います。でも、あれは、身体に、大きな、負担を、かけ、る、諸刃の、刃。持続、できる、のは、せいぜい、5分……いえ、その、傍らで、続けざまに、強力な、魔法を、使っている、ことを、考えれば、1分か、そこら、でしょう。それ以上、使えば、彼の、身体のほうが、持ちません」

「えっ!?」

 がぎぃんっ、という、ひときわ大きな金属音が弾けた。

 武器を弾き飛ばしたような音。

(まさか、昴)

 慌てて視線を戻す。

 だが、心配した事態にはなっていなかった。

 むしろ逆だった。

 昴が尻餅をついたリングリールの首に剣を突きつけていた。

 リングリールの手からすっぽ抜けた大鎌があさっての方向へ回転しながら飛んでいき、地面に落ちた。

 ――勝負あり。

(やった……)

 ほっと胸をなでおろす。

 リングリールは忌々しそうに昴を睨み上げ、昴は冷たい瞳で少女を見下ろしていた。

 暗闇の中で右眼が青い燐光を放っている。

 怖いくらいの無表情。

「……っくしょう、なんなのよあんた! 人間のくせに魔法でもリングと互角なんて生意気よ!!」

 リングリールは幼稚であけすけな怒りを剥き出しにして叫んだ。

 十二の街を灰燼にした少女がたかが人間一人殺せない。

 それが悔しくて堪らないのだろう、歯軋りしている。

 そんなリングリールを、昴は冷笑した。

「遺言はそれだけ?」

 昴は首に触れるぎりぎりまで刃を少女の首筋に接近させた。

 ぎらりと握った刃が月の光を浴びて輝く。

(怖い)

 見ている希咲でさえ背筋が寒くなった。

 リュカたちも固唾を飲んで見守っている。

「…………っ、わかった、わかったわよ、リングの負けよ! 魔王のこともあんたの目も諦める、おとなしく帰るわ! それでいいでしょう!?」

「いいわけないだろ。マリアにしたこと、土下座して詫びろ。這い蹲って額に地面にこすり付けなきゃ土下座とは認めないから」

(人格変わってる……)

 マリアを無残に破壊されて、昴は本気で怒っている。ここまで怒り狂った彼をはじめて見た。

 リングリールは屈辱に顔を赤く染め、やけになったような口調で喚いた。

「……わかったわよ! やればいいんでしょうやれば! だからさっさとこの刃をどけなさいよ!」

「負けた癖に随分な口を利くね。やっぱり殺そうか?」

「ちょっ、ごめん、謝るってば!! わかったわよごめんなさい!!」

 昴が本当に刃を首に押し当て、首筋から血が流れたため、リングリールは慌てて謝った。

 魔族も命は惜しいらしい。とてもわかりやすい変わり身。

 昴は「最初からそう言え」と吐き捨て、剣を下げた。

 リングリールは彼の動きを警戒するようにゆっくりと立ち上がり、服についた泥を払った。

 完全にふてくされた顔でこちらに歩いてくる。

 希咲はリングリールよりも、その場に佇んでいる昴のほうが気になった。

 なんだかとても辛そうな顔をしている。

 そして彼は剣を地面に突き刺し、座り込んだ。

 やはり相当無理をしていたのだろう、剣の柄に手をかけ、支えみたいにして俯いた。

(大丈夫かな……)

 心配している間に、リングリールが希咲たちの前に着いた。

 マリアやリュカの気配が強張るのを感じる。

 目の前に立つ少女の存在に、希咲も身を硬くした。

 リングリールは俯いて、ぼそぼそ言った。

「……ねえ機械人形。あんたに言いたいことがあったのよ」

「……何です?」

 マリアが刺々しい声で言う。

 謝罪だろうかと考えた一方で、リングリールの背後が仄かに明るいことに気づいた。

 小柄な身体の輪郭がはっきりとわかる。

(なんで明るいんだろう?)

 明るいのはそこに光があるからに決まっている。

 背後に彼女を照らす光がある。

 でも、なんの光だろうか。

 俯いていた昴が希咲よりも先に回答に辿り着いたらしく、弾かれたように顔をあげるのが見えた。

 彼が目を見開いた理由。それは、

(――魔導式)

 思い当たって希咲は愕然とした。

 でも、逃げる暇も皆に警告を発する暇もなかった。

 リングリールは顔をあげ、満面の歪んだ笑みを浮かべて、

「あんたたちってほんとに激甘の大馬鹿ねっ!! 追い詰めといてトドメを差さないとかほんっとありえない!! 後悔はあの世でたっぷりしなさいねぇ、切り刻め/狂気の剣戟メテオブラスト!!」

 その言葉が引き金となり、彼女の背後で密かに紡がれていた魔導式が一斉に希咲たちの周囲を取り囲んだ。

 これまで散々強力な魔法を駆使してきた昴が驚くほどの膨大な光。

 その輝きで辺りが昼間のように明るくなった。

 そして、直径三メートルはあろうかという大きな魔法陣が目の前に開く。

 逃げようのない真正面――

「…………っ!!」

 声にならない悲鳴をあげた直後、

 魔法陣の遥か向こうにいた昴の姿が消え、

 マリアが怪我を負っているとは思えない素早さで希咲とリュカの前に立とうとし、

 何故かマリアはいきなり横から殴られたみたいに吹っ飛び、

 希咲もまたほとんど同時に突き飛ばされて、

 視界がぐるぐる回り、天地の感覚を失って、

 ――そこで、ようやく激しい炸裂音。

 全てが一瞬の出来事だったのに、色んなことが起きたせいで遅く感じた。

 炸裂音は、いままさにリュカとマリアと団子状態で地面を転がっている希咲の真横から聞こえた。

 地面を転がり終えて、マリアの上に折り重なるようにして倒れていた希咲は勢いよく跳ね起きた。

 隣でリュカも慌てて起きる気配がする。

「……昴っ!?」

 自分たちがいた、まさにその場所でうずくまっている彼を見て、希咲は悲鳴をあげた。

 あの一瞬でどうやって移動したというのか、彼は魔法が発動する寸前で割り込み、三人をまとめて突き飛ばしたらしい。

 自分の身の安全より何よりも、三人の回避を優先したせいで彼の右半身は血に濡れていた。

 右肩から腹部にかけてざっくりと裂け、夥しい血が服を濡らしている。

 間接が外れてしまったのか、だらんと垂れた右腕を左手で庇いながら、脂汗を滲ませていた。

 一瞬で駆けつけるという無茶が祟ったのか、傷のせいなのか、彼が俯いて血を吐いた。

「昴!」

「スバル様!?」

 マリアが立ち上がろうとし、大きくバランスを崩した。

 突き飛ばされた衝撃のせいで、彼女の右足の関節は完全に外れてしまっていた。片手片足のない状態で勢いよく立とうとすれば転ぶのは道理だ。

 リュカが慌てて彼女を抱き止めるように支え、蒼白な顔を昴を向けた。

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