31:一緒に行こう
彼は人間と竜の間に生まれた子らしい。
どちらの種族にも疎まれて、母親に森に置き去りにされ、泣いていたところを人間に拾われたそうだ。
その人間はリュカの右手に浮かぶ魔王の『徴』を見て、リュカを王城へ連れて行った。
王城でリュカは王から辺境に設置した『檻』の中で一生を過ごすように言われ、お供にマリアをつけられた。
機械人形のマリアは胸部の《核》がある限り半永久的な稼動が可能で、人間より長い寿命を持つ竜の子の世話係として都合が良かった。
それに何より、危険な魔王の傍に人間を置いておくわけにはいかない。
もし魔王が暴走してマリアを殺したとしても、人形が壊れただけのこと。
ただ『損失一』と数えれば良く、人間よりも後処理が簡単――その話を聞いたとき、希咲は当時の王様を殴りたくなった。
この魔法障壁はただリュカを閉じ込めるためのものではなく、リュカの膨大な魔力を封印する機能もあるそうだ。
希咲たちが穴をあけたせいで力が少し戻ったらしいが、50年という封印期間に対し、障壁に穴が開いたのはたった一ヶ月前。
しかもその穴も魔法障壁の大きさに比べればごく小さなものなので、やはりほとんど魔力は使えず、せいぜいマッチ程度の火しか起こせないらしい。
そして彼はドラゴンの血を引きながら火も吹かず、飛行能力も低く、頑張っても5分くらいしか飛べない半端者。
母親である人間にも、父親である竜にも捨てられた挙句、『檻』の中に閉じ込められた可哀想な子ども。
家族同然に過ごしてきたリュカをこのまま『檻』の中に置き去りにすることなんて、希咲にはどうしてもできなかった。
「……ねえリュカ。私たちは学校にあった『鏡』に吸い込まれるようにしてここに来たって話はしたわよね。それが鈴木太郎さんが寄贈したものだっていうことも」
「……それがどうかしたのか?」
椅子から下り、屈んで目を合わせると、少しだけ顔を上げて、リュカが訊いてきた。
「まだ一つ言ってないことがあったの。その『鏡』には不思議な噂があったのよ。『ここから出して』って泣く子どもの声が聞こえるって……あれはきっと、リュカの声だったのね」
リュカは否定せず、口元を引き結んでまた俯いた。
顔を覗き込むようにしながら、言葉を重ねる。
「リュカも出たいんでしょ? なら、行こうよ。王様が何か言ってきたら、私も一緒に抗議するわ。前の魔王がどれだけ酷いことしたのか知らないけど、リュカは何もしてないじゃないって。旅の同行者として悪さはさせないって約束する。大丈夫よ。私がいた世界ではこんな格言があるの。赤信号、みんなで渡れば怖くないって」
「それは格言じゃないし交通違反だ。どさくさに紛れて子どもに変なこと吹き込むな」
リュカの両肩に手を乗せて説いていると、昴が言ってきた。
共に過ごして一ヶ月も経てばお互い遠慮もなくなり、無愛想だった昴も最近ではかなり表情を表に出すようになってきた。
クラスメイトがいまの彼を見れば驚くだろう。
他人の発言に容赦なく突っ込むなんて以前の彼には考えられないことだった。
その変化はとても好ましい。
「まあともかく、行きましょうよ。ね?」
「……しかし……」
リュカはちらっとマリアを見た。
つられて見ると、マリアは無言でこちらを見ていた。
背筋を凍らせるほどの、怖気を催す無表情。
希咲は本能の命じるまま、反射的に彼女から距離を取った。
どん、と背中が棚にぶつかって止まる。
狭いリビングでは離れるにも限度があった。
彼女は瞬きすらせず、冷たい半眼でこちらを見据えて、
「その提案は許可できません。魔王が逃亡を企てた場合は即座に殺す命令を承っております故に。幇助するなら同罪です。あなたもまとめて殺しましょう」
いかにも機械人形らしい一定のトーンで紡がれる警告は、一切の反抗を封じていた。
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