35:あなたにこそ託したい

「……。わかった。そうしよう」

 リュカは頷いて、それからマリアに人差し指を向けた。


 きょとんとしているマリアに向かって、

「でも、やはりマリアだけずっと『檻』の中というのは納得ができん。50年前の戦争がどれだけ悲惨だったか知らんが、いまの世界にはマリアが希望を持つに足るモノがきっとある。我はマリアの代わりにそれを探そう。居を構えるに相応しい新天地を見つけたらすぐに報告に戻るからな。そのときはマリアも共に来い。これは命令だ。拒否権はないぞ」

 いかにも偉そうな台詞だが、リュカはただ伝えたいだけだ。


 マリアが見限ったこの世界にも救いはある。

 だから絶望して『檻』に閉じこもってしまわないで。

 光は自分が探すから、共に明るい未来を歩んで欲しい――と。


 その思いが伝わったのだろう。

 マリアは泣き笑いのような表情を浮かべた。


「……リュカ様が私の代わりに、ですか。まあ……メイド冥利に尽きますわね」

 感じ入ったようにマリアは胸に手を当てて目を閉じ、それから恭しく一礼した。

「命令ならば仕方がありませんわ。謹んでお受けしましょう、我が主」

「本当だな!? 約束だぞ! この二人が証人だ!」

 リュカは頬を上気させて、尻尾でべちべちと床を叩いた。

 マリアは「はいはい」と笑いながら頷いた。


(……良かった)

 一時はどうなることかと思ったが、うまく落着してくれた。

 希咲は心の底から安堵し、二人のやり取りを微笑ましく見守った。


「では私は明日、皆様のために特大のお弁当を作りますね。こんなこともあろうかと保存食を作っておいて正解でした。出来る限り薬も調合しておきますわね。今晩は忙しくなりそうですわ」

 マリアはにこにこしながら手を打ち合わせ、昴を見た。


「そうそう、旅立たれる前に、スバル様には餞別としてお渡ししたいものがあります。少々お待ちください」

 言うが早いか、マリアは自室へと引っ込んだ。

 ほどなくして戻ってきた彼女は、両手に一振りの剣を抱えていた。鞘に入ったままの剣。


(わ、なんか凄く綺麗な剣ね)

 剣の柄には青い宝石が埋め込まれ、鞘にも精緻な彫刻が成されていた。

 一目で名剣だとわかる。ただの武器にしては強烈な存在感があった。


「これは?」

「ふふ。存分に驚いてくださいませ――これぞ50年前に私が王から分捕った幻の逸品。スズキタロウ様も振るった人間が女神に賜りし神剣、《流水の神剣アクアブレイド》ですわ!」

 マリアは剣を鞘から抜き放ち、誇らしげに振った。

 抜き身となった刀身は窓から差し込む陽光を浴びて白銀に輝いている。刃こぼれ一つない刀身は美しく、両刃だった。

 不思議なことに、光の加減で仄かに青く輝いているようにも見える。


「えええええええ!!? これがあの、伝説の!?」

 神話の時代に四柱の神が人間に預けたという神剣のうちの一つ。

(なんでマリアがそんなの持ってるの!?)

 あまりのことに、希咲は震撼した。


「……俺はそれよりも『王から分捕った』ていう台詞が気になるんだけど」

 伝説の剣を前にしても、昴の感動は薄かった。少なくとも、表面上はそう見えた。

「あら、私は大戦で魔王の縁者を始めとして数多の魔族や魔物を葬った功績があるのですよ? 機械人形であるが故に貶められ、歴史の表舞台にこそ出られませんでしたけれど、私も救国の英雄なのです」

 マリアは不満たっぷりに頬を膨らませてみせた。


「それなのに王様ときたら、私に魔王様と一緒にこの『檻』の中に入り、面倒を見ろなんて命令されるのですもの。あんまりだとは思いません? スズキタロウ様が魔王討伐を成し遂げたときは大げさなくらいにその偉業を褒め称え、国を挙げての盛大な宴やパレードを行ったくせに、私が魔王妃を倒したときは『ご苦労』の一言で終了ですよ? あの戦いで私の姉も妹も機能停止してしまって、生き延びたのは私だけなんですよ? あの命令を受けた夜はさすがに自棄酒ならぬ自棄オイルに走りましたわっ」

「そ、そうか……大変だったんだな」

 ぷんすか怒っているマリアに、昴が苦笑する。


「ええ。あんまりな仕打ちですわ。見返りとして神剣の一つや二つ、要求したって罰は当たりませんでしょう? 宝物庫で眠らせるだけなら宝の持ち腐れですもの」

 話しているうちに怒りの熱は冷めてきたらしく、マリアは落ち着きを取り戻し、微笑んだ。

「でもあのとき無理を言って良かったですわ。この剣はスバル様たちの旅路に役立つはずです。《神剣》の名に相応しく、この剣には普通の剣にはない特別な力があります。使い方はこれから教えますので、どうぞ受け取ってください」

 マリアは鞘に納めた剣を昴に差し出した。


「……いいのか? 俺がもらって」

「もちろんですわ。スバル様こそこの剣を託すに相応しい方です」

 マリアは優しく微笑んだ。

(いいなあ)

 羨ましくはあるが、ここでそれを口に出すほど希咲も野暮ではなかった。

 何より、仄かに青く輝くあの剣は、特別な青い目を持つ昴にこそ似合う。

 まるで彼のために作られたかのように、その手にぴたりと嵌るのだ。


 あの美しい剣を振るう彼の姿は、それはそれは絵になることだろう――


「あなたは私の自慢の愛弟子ですもの。この剣でキサキ様とリュカ様をお守りください」

「……。うん。ありがとう。大事にする」

 昴は微笑を返し、マリアの手から神剣を受け取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る