27:死闘の後で(1)

 事件から二週間経った朝。

 希咲がトレーニングを終えて帰ると、リビングにはみんなが集まっていた。

 リュカが眠そうな顔であくびしている。

 寝ぼけていたのかシャツのボタンを掛け間違えていた。

 希咲の視線で気づいたらしく、リュカは「む」と声をあげてボタンを直した。

 小さな子ども――といっても希咲より年上なのだが――のそんな姿は微笑ましく、つい口元が緩んだ。

「どうしたの? みんなお揃いで」

 希咲が席に着くと、マリアは待っていたように胸を張って答えた。

「はい、あのゴスロリ馬鹿のせいで延期になってしまいましたが、明日発たれるのでしょう。今日こそ本当の送別会を開こうと思ったのですが、この身体では準備するにも色々と不自由で。申し訳ないのですが、素敵な送別会が開けるよう、皆様にもご協力をお願いしたいのです」

「えっ、マリア、どうしたの。凄く綺麗な発音じゃない」

 話の内容よりも、希咲は彼女の喋り方にこそ驚いた。

 ゴスロリ馬鹿――リングリールのせいで発声機能に障害が残り、これまでずっと途切れ途切れに言葉を紡いでいたのだが、今朝は信じられないくらい流暢に話している。

 片手は綺麗に繋がったものの、片足――右足の膝関節から下は残念ながら繋がらず、移動するときは杖が手放せなくなってしまった。

 顔の大きな傷も塞がることはなく、彼女は顔の半分を包帯で覆い隠していた。

 夜中に見るとだいぶ怖い容貌なのだが、彼女もそれをわかっているらしく、暗いところでは近づく前に話しかけて心の準備をさせてくれる。

 もう五体満足で活発に動き回っていた姿を見ることはできず、片目は塞がれたまま。

 それでも彼女は表に出している半分の表情で、朗らかに笑んだ。

「ふふふ、ご心配おかけしましたが、ようやくエラー塗れだった言語機能も復旧したのですよ! スバル様の『生還おめでとう祝い』も兼ねて、盛大な送別会にしましょう!」

「生還て。」

 マリアお手製の焼きたてパンを食べながら昴が突っ込んだ。

 二週間を休養に注ぎ込んだおかげで、彼も自力で動けるようになった。

 彼はどうも自分のことをないがしろにする悪癖があるので心配なのだが、大丈夫と言い張るので大丈夫なのだろう。多分。

 ちなみに彼が寝たきりの状態のときはマリアが手厚く看護し、どこにあったのか尿瓶すら持ち出して全力拒否されるすったもんだもあったのだが、それはまた別の話である。

「だってスバル様、本当に死に掛けたじゃないですか。あの後は丸一日意識不明で、キサキ様はそれはもう、見ていて可哀想になるくらい心配されてましたよ? スバル大丈夫よね? って半泣きで――」

「うわああああちょっとちょっとぉ!? 何言い出すのよ!?」

 大声を上げてマリアの台詞を遮る。確かに彼が昏睡状態の間はずっと傍で回復を祈り続け、食事すらろくに喉を通らなかったが、

(何も本人の前で言わなくても良いじゃんっ!!)

「あら、私ったら失言でしたわ」

 てへっとマリアは可愛らしく言って舌を出してみせた。

 絶対からかって楽しんでいる――殴りたい衝動に駆られ、希咲はテーブルの下で拳を震わせた。

「へえ? そうなんだ?」

 昴が何が楽しいのか、笑みを浮かべてこちらを見た。

 ぐっと言葉に詰まり、視線をさまよわせる。

「ええと、いや、だってその……私たちのために怪我をしたんだもの。そりゃあ、心配するし、責任を感じるじゃない」

 もごもごと言いながら、マリアが注いでくれた牛乳を飲む。

 この牛乳も、食卓に並んでいる卵も、マリアが庭に柵を作って世話をしている家畜からとれたものだ。

 とれたての牛乳は本当に甘くておいしくて、最初に飲んだときは感動し、いままで飲んできたものはなんだったのかと唸らされた。

 昴に「もう加工せずにこのまま売っちゃえばいいのに」と話すと「現代日本では食品衛生法上、加熱殺菌してない牛乳は販売してはいけない」と言われた。

 それでも、と食い下がると「中にはお腹を壊してしまう人もいるし、危害防止と品質の安全性を保つためには仕方ない」と、彼は実にクールに言ってのけた。

 反論できず、不満たっぷりに黙り込んだ希咲を見て「でも本当にうまいよな」と慰めるように笑った。

 そんなふうに、彼はいつだって希咲の上を行くのだ。知識も、度量の深さも。

 今も彼はわかったように笑ってこちらを見ているから――もう何も言えなくなって、希咲はやけ食いみたいにサラダを口いっぱいに頬張った。



 マリアの送別会に対する気合の入れようは半端ではなかった。

 テーブルの花瓶に色とりどりの花を活け、皆で飾りを作ってリビングを華やかに飾りつけた。

 前のときもここまではしていなかったのだが、今日のマリアは一味違った。

 まるでそうすることが自分の使命だといわんばかりで、背中に炎の幻影が見えるほどだった。

「今度こそ本当に明日から一人になるから、彼女も寂しいのかもしれないな」

 昴がそう言ったので納得し、皆も彼女の理想通りの送別会ができるように協力した。

 そして、リビングの飾り付けがすっかり終わった夕方。

「ではサラダを作りましょうか。私はドレッシングを作りますので、キサキ様はそこにある野菜を水洗いして皿に盛り付けてください」

「はーい」

 マリアは豪勢な夕食を作ると決めたらしく、張り切って作業していた。

 流し台に身体を預けて片足で立ち、鼻歌を歌いながら瓶を取り上げ、ボールに入れる。さらに調味料や油を追加。

 ドレッシング作りが終わったら、傍らに積んだじゃがいもを手にとって皮むき。ポテトサラダも作るらしい。

 次は何をすると頭の中で計画が組みあがっているらしく、その手つきにはよどみがなかった。

 さすが50年もの間メイドとして働いていただけのことはある。

 料理、裁縫、掃除、なんでもござれだ。

 家庭菜園や家畜の世話までしているのだから、まさに万能メイドである。

「手伝おうか? することないし」

 昴がのれんをくぐって顔を覗かせた。

「気持ちだけありがたく受け取っておきますわ。スバル様はどうぞリビングで休んでいてください」

 マリアは爽やかに笑顔で断った。

「そうよ。怪我人はおとなしく座ってなさい」

 希咲はびしっと人差し指でリビングを差し、「帰れ」と言外に告げた。

「希咲だって怪我しただろ」

「重症度が違うでしょ。私は三日で直ったもの。いいから、ここは私たちに任せて待ってなさいってば。それとも力ずくで追い返されたい?」

「……はーい」

 両手を胸の横で動かしてみせると、昴は渋々といった様子で引き下がった。

 彼がリビングに座ったのを確認して、ため息をつく。

「もー、完治してないくせに、あいつはなんでああなのかしら。余計なことに気を回してないで休んでればいいのに。手伝われるよりも早く全快してくれたほうが嬉しいのにさ」

「うふふ。キサキ様は本当にスバル様のことが大好きなんですねぇ」

 続いて野菜の皮を剥きながら、マリアがにこにこ顔で聞き捨てならないことを口にした。

「へっ!? いや、違うのよ!? 言ったでしょ、あいつが怪我をしたのは私たちのせいなんだから、早く治ってくれないと責任感じちゃうのよ! あいつのためじゃなくて私のために治ってほしいの!」

「うふふふふふふ。青春ですわねー」

「……もういいわよ」

 何を言っても無駄だと悟り、頬を膨らませて洗った野菜の水を切る。

 できるだけ見栄えが良くなるよう、一口サイズに切った野菜をふんわり盛る。

(うん、おいしそう)

 ミニトマトの配置も完璧。

 満足してから皿を離れた場所に置き、今度は揚げ物に取り掛かる。

 鳥のから揚げはリュカの好物なので欠かせないとはマリアの弁。

 半分ドラゴンの血を引いているせいか、リュカは肉料理が好きだった。

 中でも好きなのが鳥の唐揚げとハンバーグ。

 確かこれらは子どもの好きなおかずベスト10に入ったような気がする。

「キサキ様とスバル様は同じ学校に通うことでお知り合いになったんですよね。どんな学校なんですか?」

「どんなって言われてもね……普通の進学校よ。といっても、難関大学の進学率が高くて全国でも有名だったりするけど」

 ちょっぴり自慢も含めてみると、マリアは感心したようだった。

「では成績が優秀な方が集まる学校なんですねぇ。スバル様は新入生代表挨拶、とやらをしたんでしょう? 一番頭が良くないとできないとか」

「……そうよ。私は頭がいいと言われてたし、実際その評価に見合うだけの努力をしてきたつもりよ。入試だって間違えたのは全教科合わせても数問だったし、新入生代表は私以外の誰がするのって思ってた……なのに、壇上に立ったのはあいつなの。その悔しさがわかる? あいつは入学したときから私のライバルだったわ。同じクラスになって、あいつを意識しない日はなかった……まあ、過去の話だけどね。いまはもう、あいつは本当に凄い奴だって認めてるもの。ていうか、認めざるを得ないわ」

 衣をつけた鶏肉を油に投入し、揚がるのを待ちながら肩を竦める。

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