28:死闘の後で(2)
「では、キサキ様は入学当初からスバル様のことが好きだったのですね」
マリアは頷いて、また斜め上のことを自信たっぷりに言った。
「だから違うんだってば」
「いいえ、違いません。意識しない日はなかった――それはつまり、好きだということでしょう? そろそろ認めてはどうですか? 『命短し、恋せよ乙女』とスズキタロウ様も仰っていましたよ。私はずっとこの『檻』の中でのんびり暮らせると思っていたのに、行動予測不能のゴスロリ馬鹿がきたせいで死に掛け、いまはこんな有様ですし。人生、何があるかわからないものです。旅に出た矢先に、金髪巨乳美女がスバル様のハートを射止めたらどうします?」
「金髪巨乳美女って」
「いえ、スバル様の嗜好はひょっとしたら貧乳かもしれませんが、それはデータ不足ですね。私としたことが、失敗です。彼の好みの女性像をそれとなく聞き出しておけばキサキ様のお役に立てたのに……!」
「いやそれはどうでもいい。突っ込みたいのはそこじゃない」
何やら拳を握って悔やんでいるマリアにいやいや、と手を振る。
「もし彼が誰かを好きになったとしても、別に私は……」
「ほう? 構わないのですか? スバル様が現地妻を作って『じゃあ俺この人と結婚するわ』とあっさりお別れを切り出しても良いのですか?」
「……それはその、昴の自由だし。私が口出しすることじゃないでしょ?」
そう言いつつも、想像するとなんだか胸がもやもやした。意味もなくぶすぶすとトングで出来上がった唐揚げを刺していると、マリアがため息をついた。
「あのですね、キサキ様」
いつになく真顔で言われて、思わず希咲も背筋を伸ばした。
まっすぐに片目で自分を見据えてくるメイドを、狼狽しながら見返す。
「な、なに?」
「この際本音をぶっちゃけます。いい加減見ていてじれったいのでさっさとくっついてください」
盛大に希咲はコケて、床に額を強打した。
「……はい?」
ぶつけた額を押さえつつ、なんとか上体を起こして聞き返す。
マリアは切々と語った。
「ですから、お二人を見ていると苛々します。ガラスを爪でぎーってしたくなるんです。私の精神衛生上よろしくありません。なのでレッツ告白。ゴー!」
「ちょっとぉ!? ゴーじゃないっ!」
立ち上がった途端、マリアにがっしと両肩を掴まれ、思いっきりリビングに向けて押し出された。
彼女が五体満足であれば本当に強制連行されていたかもしれない。
危ないところである。
「もおー。お二人が思い合っているのは丸わかりだというのに、これだけ言っても駄目なんですか?」
駄々っ子を見る母親のような顔で、マリアはやれやれ、と首を振った。
腰に手を当てて、
「仕方ありません、ではこのマリアが一肌脱ぎましょう。寝ている間にキサキ様を担いでスバル様のベッドに入れておけばめでたく既成事実の完成です。全く、片足を失った機械人形にそんな重労働をさせるとは」
「しなくていいっ!? 本当にマジ止めてよね!?」
泡を食って言う。マリアは「はいはい、冗談です」と楽しそうに笑った。
「もうっ。言葉が流暢に喋れるようになったと思えばまたこんな話題? マリアはなんでいっつもそうなのよ」
「すみません。でも、お二人を思うが故ですよ。キサキ様にはスバル様が、スバル様にはキサキ様が必要なのです。いまではないにしても、お二人で幸せな家庭を築いてくださいね。お二人は私の命の恩人です。お二人の幸せが、マリアの幸せなのです」
返す言葉に迷った。
何を大げさな、と笑えばいいのか、うん、と肯定すれば良いのか。
迷った末に、なんとか言葉を捻り出す。
「……マリアが一番幸せになって欲しいのはリュカでしょ?」
「はい。それはもちろん」
マリアは即答した。
なぁに、私たちは二番なの?――そうして笑って、いつもの雰囲気に戻そうとしたのに。
「けれど」
彼女は痛々しく包帯が巻かれた頭を少し傾げるようにして、優しく微笑んだ。
その微笑みは希咲の胸を強く打ち、何もいえなくなった。
用意していた台詞が瞬時に溶けて消える。
彼女が浮かべたのは、そういう笑顔だった。
「同じくらいお二人の幸せを願っております。忘れないでくださいね」
「……。うん。ありがとう。でもさ、そういうことあんまり真剣に言わないでよ。今生の別れじゃあるまいし」
限りなく透明な笑顔から目を逸らし、黙々と揚げ終わった鶏肉をトレーに移し変えていく。
元の世界に帰る手段が見つかったら報告に戻るつもりではあるが、一ヶ月以上も共に過ごしてきたマリアと別れるのは寂しいのだ。
そんなことを言われたら泣いてしまいそうになる。
(泣かないって、決めたのにさ。反則でしょ)
「うふふ、そうですね。変なことを言ってしまってすみません。それでは楽しい送別会のために引き続き張り切ってお料理しましょう! 主人と客人に最高の笑顔を浮かばせるのがメイドの務め! さあ、健気なメイドに胸を打たれたら助手も頑張るんですよ!」
「助手扱い!?」
――その日の送別会は、とても楽しいものになった。
誰もが笑顔を浮かべ、マリアを除く誰もがおいしい料理をお腹いっぱいになるまで食べた。
夢のような時間が過ぎた、その夜。
マリアは全機能を停止した。
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