第2話 人間、どんな状況でも笑えるもんさ
俺はじっとおっさん憲兵を睨みつけていた。
俺は無実だ!冤罪だ!と声高々に言えない程度には自覚はあるので、せめて少しでも分かってもらえるようにと言い訳もしている。
「お前さんよぉ。ルロイデン公の所のテオバをぶん殴っておいて五体満足じゃいられないんだぞ?」
「殴ってないですって憲兵の旦那!ちょっと転がしただけですってば!」
おっさんはため息をして牢屋の鉄格子に顔を近づける。
「お前、本当に分かっているのか?お前がしでかした事の意味を」
意味?なんのことだ?
「意味も分かってないのか・・・・。お前は、ジーグスラント帝国の貴族ルロイデン公の子息に暴行を加えたということで拘束されてるんだよ」
「へー貴族ねぇ・・・ん?貴族?」
俺が首を傾げるとおっさんは頭を押さえて少し呻いた。
「お前、本当にどっから来たんだ?何をして育てばお前みたいになるんだよ・・・・」
どっから来たって日本だけど。ま、通じないんだろうな。なんかそんな気がするよ。
「黙ってれば貰い手にも困らなかったんだろうになぁ。ご両親は可哀そうだ」
なんで俺おっさんに泣かれてんだ?ほんと意味分からん。
「なぁおっさん。その偉い人のご子息様に暴行を加えちまった俺はこれからどうなるんだ?」
「あ?まぁ順当に行けば死刑だ。良くて一生ここで暮らすことになるだろう」
俺は思わず鉄格子にしがみ付いた。だってこのおっさんが言ったことが信じられなかったから。
「死刑!?俺は苛めを止めたのに!?」
「ただの子供たちなら問題なかったが相手が悪かった。お前には同情するよ。それじゃあな。次会うときは刑場だ」
おっさんは席から立った。そのまま廊下を歩いて行ってしまう。
「待ってくれ!おい待てったら!」
廊下に鳴った軍靴の残響が俺のやってしまった事の顛末を暗示しているようだった。
牢屋の中には壁に吊るされたベッドと何に使うか分からない瓶が一本。それ以外に何もない。
と思っていると向かいの牢屋から誰かが俺に声を掛けてきた。
「お前さんもなかなか愉快な理由で捕まったな。あの世に行くまで大した時間も無いだろうが仲良くやろう」
そう言って奥から白髪だらけのジジイが出てきた。だがその顔、口調から若々しく感じられた。
「俺の名前はミニエーと言う。科学者の端くれなんかをやってる」
「科学者?」
科学者なんて初めて見たな。しかも牢屋で。あまり嬉しくはないけど。
俺があんまりにも微妙な顔をしたのが気に入らないのかミニエーは出来る限り身を乗り出して何かを俺のいる牢屋に投げてきた。
俺はおっかなびっくり、鉄格子の微妙な隙間から手を出して牢屋の中に入れる。
「紙?何か書いてある」
「俺の研究成果ってやつだよ。これがありゃハルザスとの戦争なんかあっという間
に終わってる。だが俺がコイツを書き上げて軍に提出する前に凡才どもがありもしない罪をでっち上げて俺を牢屋に入れやがった」
ミニエーがそれはもう恨めしそうに言う。
俺はパラパラとそのミニエーの研究成果とやらを眺める。
全然読めない。何このミミズが躍ってるみたいなの。字なの?
「すいません。俺、字が読めなくて・・・」
するとミニエーの隣の牢屋から若い男がぬっと顔を出してきた。
「でも爺さんなら罪状にあること本当にやっちまいそうだけどなぁ。鉄嫌いの精霊に鉄砲玉を打ち込むくらいは」
「罰当たりが。本当にやっちまうのはそれこそ俺を牢屋に入れた奴らだ」
「ふうむ。そうかねぇ」
ミニエーはそう言い、若い男は適当に相槌をうっていた。
「ま、そっちの君もよろしくね。この爺さん色々うるさいけど頭だけは良いらしいから」
「らしいは余計だ。そら出来た。これを使いながら読むといい」
もう一枚、ミニエーから紙を渡される。それには基本的な文字の解説のような物が書いてある。
「どうしてこんな・・・」
「ジジイの暇つぶしぐらい付き合え。俺は死ぬまでこの中なんだ」
なるほど・・・。
「爺さんのおかげでこの牢屋にいるゴロツキ共は全員字が読めるんだぜ?それだけでもありがたいよ」
若い男が軽い口調でそう言った。
「だが、どの生徒も出来が悪くて俺の研究の三分の一も理解出来てなかったがな」
「それを言われると頭が痛いな」
そこまで話したところで看守が牢屋の見回りに来た。するとミニエー達は牢屋の奥に戻ってしまった。
俺もそれに倣って奥に身を隠す。夜目が効いてるのかミニエーから貰った文字のメモははっきりと見えた。
何かの映画で見たような光景が俺の目の前でいくつも繰り広げられる。
獄中の朝は看守の点呼で始まる。
「おい、出ろ」
寝ぼけ眼を擦って目が慣れるのを待っていると看守が牢屋の中に入ってきて、俺の腕を掴んだ。
「痛い痛い!」
全くなんで俺がこんな事になってるんだっけ?クソが。嫌な朝だよ畜生。
廊下に出されると他の罪人達がずらっと並らばせられていた。
俺が最後の一人だったらしく看守が列の端っこに俺を並べた後に大声で囚人達に点呼をさせる。
反対側の端から一、二、三と男達の声が聞こえる。その声が次第に近づいてくる。
「・・・十?」
「よろしい。全員いるな。全員戻れ」
これだけかよ!あぁもうイライラするなぁ、おい!
他の囚人もずらずらと戻り始めるので俺も戻る。汚いベッドに腰かけてぼーっとする。
これからどうなるんだ俺・・・おっさんには死刑とか言われるし。つーかそもそも俺カップ麺食おうとしたらいきなり訳のわからない所につっ立ってるし・・・・。何がどうなってるのか説明しやがれってんだよ・・・・。
「・・い、おいったら・・・・」
「あ?」
誰かと思ったらミニエーだった。
「お前さん、昨日のあれは読んだか?」
昨日の・・・あぁ。
「いや、文字はまだ読めないですよ・・・」
昨日は寝れなくてずっとあのメモを眺めていたけれど。
「文字ってのは書いて覚えるもんだ。ほらペンと紙だ」
ミニエーからまた紙とペンが渡される。
しかしなんでこんなに紙やらペンを持ってるんだ。牢屋ってそんなもん?
「あの、どうしてそんなにペンとか紙を持っているんですか?」
「それは俺の研究成果を残すために決まってるだろ?」
そういうことじゃなくて。
「それはね、爺さんが看守を脅したのさ。紙とペンを寄こさなきゃ一日中歌ってやるからなってな」
あの若い男がまた顔を出した。なんでも説明してくれるのねん・・・。
「まさか本当に一日中歌うとは思わなかったがな・・・・」
俺の隣の牢屋の奴も話に入ってきた。というかそこまで酷いのか・・・。
「ま、そんなわけでご近所さんから苦情を貰った憲兵殿が爺さんに特別に紙とペンを用意したのさ」
なるほど・・・・。嫌な爺さんだな。
「やかましいわ。まぁいい。ほらその紙で書き取りでもやっとれ」
言われるままに書き取りをしてみる。
う~ん・・・小学一年生に戻った気分だ・・・・。
この牢屋に来てから一日と数時間。
テオバのガキが牢屋の前に立っていた。
「おいお前、死刑になるんだってなぁ?今どんな気分だ?死ぬのは嫌だろ?うん?」
クッソ腹立つけど触らぬ神に祟りなし。無視無視。
「あまりの悲しさに声も出せないか?庶民が貴族に手を出すからこんな事になるんだ!地獄に落ちながら自分がやった事を反省するんだな!」
わめくなガキ。
俺はテオバに背を向けてひたすら書き取り練習をする。
「そういえばツェルストの娘、今日もたくさん可愛がってやったよ。それでお前を死刑にしてやるって言ったら泣いて謝ってきたなぁ。あの顔は見ててとっても面白かったよ」
書き取りの手を一瞬止めてしまった。その一秒にもみたない俺の挙動でテオバの糞野郎は俺を鼻で笑った。
「お前の死刑執行のときはツェルストの娘用に特等席でも作ってもらおうか?俺って優しいな!なぁジイ!」
テオバは一緒に来た執事っぽい燕尾服の爺さんに自己承認欲求を満たしたいが為に大声で同意を強要する。
「坊ちゃん、長い時間こんな所にいては要らぬ病を貰ってしまいます。それに今日は高名な魔法使いの方がお見えになりますので、旦那様からあまり寄り道はするなと釘を刺されております」
魔法使い?
「わ、分かった・・・。それじゃあな庶民!次会うのは断頭台の上だ!」
「坊ちゃん、外に馬車を停めております」
執事がそう言うとテオバのクソジャリが偉そうに歩いて行った。
二度と来るな!
「そうそう、旦那様からあなたに言伝があるのでした。旦那様は寛大な心をお持ちです。その旦那様は今回の件を坊ちゃんの一種の人生経験として受け止めておられます。ですからある意味恩師と言えなくもないあなたの処分は穏便に、と。憲兵方にも同じ話をしておりますので。それでは御機嫌よう」
執事もまた歩き去っていった。
「囚人番号十番!牢屋から出ろ!」
牢屋にぶち込まれて二日目。あの執事が言っていた通り、俺は出所の運びとなりました。
「おう、死刑にならなくて良かったな。そいつらは餞別だ。お前にくれてやる」
ミニエーから研究のレポートと文字の解説メモ。それを看守の目の前で受け渡ししてるけど・・・いいの、これ?
「なんだロッゾ。文句あるのか?」
「い、いえ・・・」
看守に口答えさせないのか・・・流石古株・・・。
「お前さん、人間は諦めなければどこでだって生きてける。俺はもう三十年ほどこの牢屋にいるが、こうやってどうにか楽しく生きてる。お前も希望を捨てることだけはするな。現実を見ても理想を追え。これが人生を楽しく生きるコツだ」
見ず知らずの俺に文字どころか研究のレポート、それに人生の教訓まで・・・・。こんな優しい人は今までに見たことがない・・・!
「ミニエーさん、世話になったな」
「お前みたいなじゃじゃ馬には貰い手の一人も無いとは思うが、まぁ長生きしろや」
ん?貰い手?なんの?まぁ・・・いいや。
俺は二日の間世話になった囚人達に手を振って出口に続く廊下を歩く。
全く知らない所に来たり、牢屋に入れられたりと訳の分からないことばっかりだったが、ミニエーの言ってた通り、頑張って生きていこう。うん!
出入り口には夕日が差し込んでいた。オレンジの夕日はどこに行っても変わっていないようだった。
久しぶりに見た夕日で目が痛い。
夕日がガチで眩しい外。
新鮮な空気を満喫しようとしていた俺の目の前に一人の少女が立っていた。あの少女だ。
その娘が俺に頭を下げる。くしゃくしゃになった
「私ルノア・ツェルストと申します。この度は私のせいであなたにご迷惑をおかけしました!」
「いいよ、いいよ。俺もカッとなって手出しちゃったから。別に気にしなくてもいいよ?」
「そういう訳には参りません。何かお礼を・・・困っていることは無いですか」
気にしなくてもいいんだけど・・・・。でもまぁくれるって言うなら貰っておこうか!
しかし困ってること・・・困ってることか・・・・。大体今置かれてる状況に一番困ってるけど。ふむ・・・そういやこれからどうするかなんて一切考えてなかったな。どうしよう・・・。
「俺、これからのこと全く考えてなかったんだけど・・・・」
「お金に困っているということですか?」
「いや・・・お恥ずかしながらお金以外にも・・・・衣食住に困っています」
年下の女の子に何言ってんだろうねこの男は。いやお恥ずかしい!
「そうだったのですか・・・。ならウチで働きませんか!お父様には私から掛け合って住み込みで働けるように!」
「ほ、ほんと!?働きます働きます!なんの仕事ですか?力仕事だってなんだって馬車馬のように働きますよ俺!」
降って沸いた好条件!日本じゃこんな路上で就職なんか決まらないぜ!?
「あなたには我が家のメイドとして働いてもらいます。よろしくお願いしますね!」
ん?メイド?メイドってあのメイド?
「どうされました?」
「俺、男ですけどいいんですか?」
生まれてこの方二十年。立派な九州男児の父に育てられた大和男児なんですが?
男と申告するとルノアはお淑やかに笑んだ。
「前に会ったときもそんな冗談を言っていましたよね。でもメイド服がとってもお似合いの男性を私は見たことがありませんよ」
え?メイド服?いや待て、この娘は何を言っている?
「あの~ルノア様?鏡か何かを持ってない?」
「鏡でしたらここに」
ルノアはボロボロのカバンから小さな手鏡を取り出して俺に渡した。
少しばかり震える手で手鏡を持って覗き込むとそこには・・・・・
黒い髪を肩口で切り揃えられた美少女が鏡面に映り込んでいた。
その娘の顔は俺と同じように引き攣っていて、俺が苦笑いすると同じように苦笑いの顔になる。
俺は鏡をルノアに返して空を見上げる。立ちくらみがした。
「は、ははは・・・ははは・・・!」
もし日本へ手紙を送れるなら俺は親父に手紙を書きたい。
拝啓親父、生まれてから二十年。俺、メイド服が似合う女の子になってたよ。
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