第16話 メイド、平和を謳歌する
毛布を被っていても肌寒いと感じるような冬の日。
目を閉じていても分かるくらいに飼いならされた俺の感覚が起床の時間が来たということを告げる。
起きないと・・・・。
そうは思うが毛布の中は
毛布がはだけるとすぐさま冷気が俺の肌を撫でた。
「うぅ・・・寒いよぉ・・・・」
ベッドから起き上がって寝間着のよれよれのシャツのボタンに手をかける。
「うぅ・・・」
ボタンを一個外すごとに体温が奪われるような感覚にとらわれてしまう。
早く着替えてしまおう・・・。
若干赤くなってみえる手でクローゼットを開ける。その中の右端を取り出していそいそと身に着けていく。
着終えて皺になっていないか、どこかほつれていないかを確認しいつも通りの完璧なメイド服であることを確認して化粧台に移る。
鏡の中には眠そうな俺の顔。大して面白みも無いので手早くブラシで髪を梳いて寝癖を直す。
「これでよしっと・・・・んっ!」
頬を軽く叩く。あまり痛くはないが衝撃が脳に届いてたちまち体が覚醒していった。
いつも通りに身支度を終えて、俺の部屋を出る。
冬の寒さはますます厳しくなり、川の水さえ凍ってしまう。そのせいで川で洗濯が出来ないのでメルヴィさんと一緒にお昼頃に洗濯をすることになった。
「だから別にもう一時間くらい寝ててもいいんだよねぇ・・・」
習慣付けされて勝手に起きちゃうんだけども。
「健康生活も問題・・・・う~ん・・・」
カーテンを開いて、窓から外を見ると目が痛いほど真っ白な世界が広がっている。どうやら雪は降っていないらしいが通路の端の方はツルツルに凍っていた。
見ていると時折新聞配達のバイト達が滑っていくのが見えた。
「そうだ新聞取りにいかないと・・・」
思い出せてよかった。転んだ彼らに感謝感謝・・・っと。
新聞は部屋のポストに入ってあった。
「毎朝ご苦労様です」
新聞にそう言って部屋のソファに座り込んで新聞を広げる。
派手な見出しから見ていくと嫌な文字が目に入ってくる。
「ハルザス共和国がポリモコ戦争に介入・・・」
ポリモコ戦争とは東側の小国家群の小競り合いのことだ。それにハルザス共和国が参戦したらしい。
戦力比は圧倒的・・・ポリモコ戦争はハルザス共和国軍の侵攻によって終結、戦争を行っていたポリード王国とモコー公国はハルザス共和国の属国に。
ビルギッタの言う通りになった。ハルザス共和国が東側に侵攻して、力を蓄える。きっとこれからどんどんと戦争が広がっていくのだろう。それは素人の俺でも分かった。そしてルノア様の安寧が無くなっていくことも。
「帝国、連邦はこの事態に対しハルザス共和国に抗議文を送りつけた、か・・・」
これがどれほどの効果があるのかは知らないが朝から嫌な気分だ。
溜め息をついて次のページをめくる。
お、魔法科学院の記事がある。えっと・・・?エリオネル・グレゴリー?誰だっけ?聞き覚えがある気がするんだけど・・・・。
「え~なになに?彼は歴代生徒の中で初の新魔法系統の開発に成功・・・その名も雷魔法・・・へ~凄いんだかよく分かんないけどきっと凄いんだろうな・・・・ルノア様載ってないかな」
記事と一緒に写真も付いている。
ほんと魔法って便利って言うか家電みたいな魔法が多くない?
写真は魔法科学院生徒会室にて、と書いてある。画面の中央には大きく少年の顔があった。コイツがエリオネルなんだろう。
「頭よさそうな顔してるしな・・・」
なんて写真を見ていると、よくよく見たら画面の端に誰かが映っているのが見えた。
まぁ生徒会室らしいから他の人がいるのは当たり前か。
分かったのは少女で何かの書類を持って一生懸命働いていること。綺麗な金髪で小動物みたいな愛らしさというか庇護欲を掻き立てる容姿をしていて、まるで―――
「ルノア様みたい・・・というかルノア様!?」
どれだけ小さくても俺には分かる。これはルノア様だ。この金髪だって大きな瞳に小さな顔だって。どこから見てもルノア様である。
「そっか・・・あたしには話してくれないけど生徒会に入っていたんですね・・・・あの人見知りのルノア様が・・・」
いけない、目から汗が・・・。
知らないうちに娘の成長を知った親の気持ちが分かった気がする。
親父も俺のことをそんな風に思ってたり・・・・無いな。誕生日すら忘れる飲んだくれだった。
「さ、時間潰しもここら辺にして・・・そろそろ朝食を作りましょうかね」
新聞を畳んでいつものようにテーブルに置いて立ち上がる。そうしてからキッチンに向かおうとするとルノア様の部屋の扉が開いた。
「おはようございますルノア様・・・起こしてしまいましたか?」
もしかして聞かれていたり?
「おはようサシャ。違いますよ、今日は学院祭ですから準備をしないといけなくて・・・」
寝ぼけ眼をくすぐってあくびをしながらリビングに入ってきたルノア様。貴族っていうのは大体早起きに慣れていない。
「学院祭、ですか?」
というか学院祭って何?俺何も聞かされてないんだけど?
「はい、今日は一般の人にも学院が開放されるお祭りの日なんです。びっくりさせようと思って言わなかったんですが・・・驚きました?」
驚くっていうか保護者のつもりをしてたから言われてない事に焦ったんですが・・・。
「な、何か準備する物とかは無いんですか?あるんなら今すぐ買ってきますから!」
「大丈夫ですよ、一か月前から準備をしていたんですから」
そんなに前から・・・。ん?これから準備をしに行くんだよな?だとするともう朝食を作らないといけないんじゃ・・・。
「・・・?どうしたんですかサシャ?」
「ルノア様、今度朝早く出る時には前日にお知らせいただけるとありがたいです・・・」
メニュー、考えてたのに簡単な物に変更しないといけないじゃんかよぉ・・・・!
「それじゃあ九時頃に学院の校門に来てくださいねサシャ。私がお祭りの案内をしますから!」
「はい、行ってらっしゃいませルノア様」
手を振るルノア様に頭を下げる俺。
九時か。それまでに皿洗いと洗濯はやってしまおう。掃除は・・・。
時計を見るとまだ九時まで時間がある。
掃除は出来そうだったらやってしまおう。
「しかし学院祭か・・・学校の文化祭みたいな感じなのかな?」
ルノア様も楽しそうだったし、きっと楽しいんだろうから、やることはやってしまおうか!
キッチンのシンクには使用済みの皿とコップ。
俺は手にスポンジを持って皿を掴む。油汚れにスポンジを当てて擦る。汚れが取れたと思ったら水で濯ぐ。
次にコップ、これは一度水で濯いでからスポンジをねじ込んでぐるっと一周回して洗う。最後に水でもう一度濯いで完了。
手短に皿洗いを終わらせて、水に濡れた手を布巾で拭きとる。
「次は洗濯!」
洗濯籠の中にはきのうの分の洗濯物が入っている。洗濯籠を持って寮一階のメルヴィさんの部屋に向かう。
メルヴィさんの部屋には洗濯が出来る洗濯場があって、パイプを通って水が出る。
「おはようございますメルヴィさん」
「おはようサシャちゃん。さ、私の分はもう終わってるからお好きにどうぞ」
俺の何倍の量も朝飯を作ってから洗濯しているはずなのに俺より仕事が早いのは流石だと思う。年の功ってやつか。
「それでは失礼して・・・」
いつものようにルノア様の服、下着と洗っていく。
最近の物は厚手の物が多い。洗い方も変わってくる。
「ほつれているのは無いね・・・よし」
次に俺の服だ。全部メイド服なんだけども。
こっちも手早く洗ってしまって、乾燥機の中に濡れた洗濯物を入れる。
「サシャちゃん、紅茶を飲んでいかない?今日のはレモンティーなんだけど・・・」
「すみませんメルヴィさん、今日はちょっと予定が立て込んでいて・・・」
「・・・あぁ!今日は学院祭だものね!学院祭は凄いのよね毎年。去年は確か・・・ドラゴンの調教なんかをしていたのを見たわねぇ・・・。まぁ、たまのお祭りなんだから楽しんできなさいな」
「ドラゴン・・・?」
一体どんな祭りなんだ・・・?
俺の頭にはたくさんの疑問符が浮かぶ。
戸締りよし!火元も確認した!
最後に寮の部屋の鍵をきちんと閉めて寮を出る。
時刻は九時前、十分前には場所に着くような時間だ。
十分前行動は基本。古事記にも・・・・。
「服装ってこれでいいのかな・・・」
俺の服装はいつものメイド服だ。というかコレしかない。
メイド服しか無いからコレ以外に着替えられないのだけども、やはり少し不安になる。
今日は学院祭だし、生徒会にも所属されているルノア様に恥をかかせたりしないだろうか?
ふと窓から大通りを見るとメイド服や燕尾服姿で学院に向かって歩いていく人々がちらほら。
問題ないらしい。
「よかった・・・。それじゃあ行こうか!」
校門に到着したが、ルノア様の姿は無かった。
まぁ九時前に来たのだから当たり前か。
俺は校門の塀の前でルノア様を待つことにした。
メイド、執事、メイド、執事。そんな感じで学院に入っていく。
お、あれは・・・パンを咥えて走っている男子生徒がいる!ベタだ!
間違ってもルノア様にはぶつからないように気を配りながらその男子生徒を眺めていると聞きなれた女性の声が聞こえた。
「おはようございますサシャさん。サシャさんも学院祭に?」
「おはようございますリーラシッタさん。はい。ここでルノア様をお待ちしているんです」
「なるほど、ウチと大体同じですね。あぁ来たみたいですよ?」
リーラシッタさんがそう言って指さしたところからルノア様とフィオーラ様がやってきた。
「なんだ、もういるのかリーラシッタ」
「当たり前ですお嬢様。従者が主人を待たせるなどあり得ません」
そうなんだ、なんてやり取りを聞き流して――
「お待たせしてすみませんサシャ。それでは行きましょう!沢山見て回る物があるんですよ!」
ルノア様が俺の手を引いて学院の中に入っていく。
「ちょ、ルノア様?転んでしまいますから!」
いつもよりも楽し気で興奮気味のルノア様、きっとこの学院内に漂う空気に当てられたのだろう。
学院内は活気に満ち満ちていた。
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