第15話 荒れる情勢、メイドの心

 真っ白な皿にスクランブルエッグを盛る。そしてそのうえにトマトケチャップをかける。

 トマトはあったんだね。リーラシッタさんに貰うまで見たことも聞いたこともなかったから。これで料理のレパートリーが増える!

 そして焼いたソーセージものせる。羊の腸に肉と香草を混ぜて詰めた物だ。色は少し白っぽい。

「あ、あの・・・サシャ?な、なんでビルギッタ・アホライネン陛下がここに・・・?」

「ご本人に聞かれた方がよろしいかと・・・」

 ビルギッタのやつ、なんで帰らねえんだよ!

 寝起きに憧れの人にあってしまったルノア様が豆鉄砲を喰らったような顔をされる。

「うむ!お前がルノア・ツェルストだな。私は・・・まぁ知っているらしいが名乗ろう。それが礼儀という物だ!私はビルギッタ・アホライネン。ヴァラスクジャルブ連邦の盟主と魔法科学院の最高責任者なんかをやっている」

 あぁ、ルノア様の目がアイドルを見た少女の目に・・・。

「ど、どうして私のことを知っているんですか!?えっとえっと!聞きたい事がいっぱいで!?」

「落ち着け後輩よ。朝は静かに過ごすものだ」

 興奮するルノア様をビルギッタがなだめるという珍風景が広がっていた。

「あっ、えっと・・・はい。それで・・・どうしてここに?」

「あぁ、ちょっと友に用があってな」

 え、俺達って友達だったの?

 俺は買い置きのパンを取り出す。

 作り立てがいいんだけど、流石にパンを作る暇が朝は無い。残念だ・・・。非常に残念。

「友?水麗のリューディア様のことですか?」

「水麗?リュードのやつ、そんな風に呼ばれてるの?って違う違う。まぁ友って言っても私が勝手に思っているだけだ。向こうは私が呼び掛けても無視するような奴だしな」

 こっちみんな。

「そんな人間がいるんですか?魔道を極めたビルギッタ様を無視するなんて・・・許せないです」

「そうだよなぁ、許せないよなぁ?」

 ルノア様!?

 ショックの余り牛乳の入った瓶を床に落としそうになる。それを間一髪拾ってコップに中身を注ぐが俺の手は震えていた。

「ま、メイドに仕返しをするのはここらにするとして・・・ほれ早く朝食を持ってこないか。私を待たせるのは不敬だぞー」

「は、はいただいま・・・」

 誰のせいで一人分多く用意しないといけなくなったのかコイツ分かってんの?

 俺はスクランブルエッグが盛られた二枚の皿をルノア様、ビルギッタの席に並べる。

「ほう・・・スクランブルエッグなんて食べるのは百年ぶりくらいか。どれ味の方は・・・」

 ビルギッタがフォークを口に運ぶのを横目に見ながら牛乳を注いだ二つのコップをテーブルに置く。

「まぁ誰が作ってもスクランブルエッグはスクランブルエッグだな。ソーセージは美味しい」

 かなりイラッとするが、まぁ確かに少し普通すぎるかもしれない。もっとレシピを考えるか・・・・。

「私は美味しいと思いますよサシャ。いつもありがとう」

「あ、はい!この身にあまるお言葉、お気遣いありがとうございます!」

 ルノア様はそう言うと黄色の卵をケチャップに付けてフォークを口に運んだ。

「牛乳は嫌いなのだが・・・、ルノアよ。魔女王がお前に牛乳を下賜かししよう」

 コイツ・・・嫌いだからってルノア様に押し付けやがった・・・・。

「ビルギッタ陛下、好き嫌いはよくないかと思いますが」

「メイド、これは違うぞ?牛乳をルノアに与えるのはルノアの成長を願ってこそ。そら加護もくれてやろう。何がいい?永遠の美貌でも豊胸でも。私に出来ないことはほぼ無いぞ」

 牛乳一杯にそんな付加価値をつけるんじゃねぇよ・・・・。

「いえ、私には既に御身から学びの場を与えられていますから、それ以上は結構です。それでは頂戴いたしますね」

 ルノア様がビルギッタから牛乳のコップを受け取る。

「謙遜は美徳、なんてのは田舎者の言だがなぁ・・・まぁお前がいらぬと言うなら無理強いはしない。ソーセージをおかわりだ」

「はぁ・・・」

 コイツ、俺にもう一本分焼けって言うのかよ・・・。

 ルノア様の手前、拒否することも出来ず。俺は渋々フライパンを火にかけた。




 太陽がようやくヴァラスクジャルブの街並みを照らしきった八時頃、余裕を持って学校に着くようルノア様はこの時間には寮を出る。

「それでは行ってまいります」

「行ってらっしゃいませルノア様」

「おう、しっかり学べよー」

 ルノア様が扉を開けて部屋から出ていく。最近は特に寒くなったからマフラーに手袋を装備したルノア様。防寒は完璧である。

「というかお前も学校行けよ最高責任者だろ」

 なんでコイツが未だにこの部屋で寛いでいるんですか。

 するとソファに寝転がっていたビルギッタが緩慢に起き上った。

「社長出勤ならぬ校長出勤だ。というか式典以外で私には仕事が回らない様に調整してある。問題は一切ないのだ。紅茶ちょうだい、あと新聞」

 コイツ・・・。

「今朝の新聞はテーブルの上にある。紅茶は・・・」

「温かいやつだぞ」

「はいはい」

 俺が適当に返事をするとビルギッタは満足そうに新聞を読み始める。

 ビルギッタは読み進めるときに「ほー」だの「はえー」だのと呻いていた。

「もう少し静かに読めよ・・・。ほら紅茶。あたしも朝飯食べるかな・・・・」

 安くて固いパンと残りのスクランブルエッグを一枚の皿に盛ってテーブルに着く。

「ハルザス共和国、という国家をメイドは知っているか?」

 パンを口に運ぼうとする手が止まった。止めてしまった。ビルギッタは新聞を依然として新聞を睨んでいる。

「そりゃあ、ヴァランシは帝国とハルザスの国境沿いにあるからな」

 喉が渇いた気がして、紅茶を口の中に流し込む。

「この新聞によればハルザスでクーデターがあったらしい。今までは軍事政権とはいえ文官をトップとして王に代わって政治をまわしていたが、その文官もとい三人の総裁が身柄を拘束された」

「へ、へぇ・・・・」

「政治は軍部が握った。これからはもっと分かりやすい動きを取るぞコイツらは」

 パンがいつもよりも固く、味気なく感じた。

「帝国に北を押さえられ、南を見ればターリア王国、西には十字領。どれも古くから力を振るっていた国だ。だが東は小国家が生まれては滅んで、滅んでは生まれてを繰り返す地域。ハルザスの正義がどこまで正しいかは分からないが、古来から正義は力で示す物だ。だが新制ハルザスには力が無い。どの国も貿易を打ち切ったからまともな行動は取れていなかった。腹ペコの状態が続く中、東に美味しそうな木の実がわんさか成っていて、しかも互いに絡み合って自分達では動けないと見えたら、喰いつくのが人間というもの」

 魔女王が起き上る。

「近いうちに大規模な戦争が始める。大陸全土を飲み込む戦争がな」




 戦争が始まってしまったらルノア様はどうなってしまうのか。ヴァランシに戻って指揮を執り戦争に参加してしまうのだろうか。

「この新聞の四コママンガは秀逸だな。あとで褒美でも取らせようか!」

 紅茶を淹れたカップの表面には俺の顔が映っていた。

「特にこのビルギッタちゃんという美少女がいいな!コイツは誰だ?おっと私だったー!」

 あんな思いは一度で充分だ。

「ふぅ・・・堪能した。お?これは・・・なかなかに面白いクロスワードだ。どれ私が看破してやろう」

 あの夢がクーデターの時のことだったとしたら・・・。

「なんだこのクロスワードは!誰が考えたんだこんなの!全くふざけているな!作るんならビルギッタ陛下バンザイとかそんな感じで隠れメッセージみたいな物の一つ入れて見せろ!」

 いや駄目だ。仕事をしよう。俺の存在価値はそれだけだ。考えてもどうしようもないじゃないか。

 立ち上がって空の皿とカップを持ってシンクに向かう。

 まずは洗い物をしよう。

「紅茶おかわりだ」

 コイツは・・・・。

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