第14話 メイドの長い朝

  ルノア様が魔法科学院に入学してから早三ヶ月。

 いつもより多く雪が降る冬日、朝の四時はまだまだ暗く夜と言っても遜色がない。

「いつも早起きねぇサシャちゃん。こんな雪の日くらいお洗濯は中でやったら?」

 そういうメルヴィさんも毎朝この時間に起きてますよね・・・。ジジババって早起きなのかしらん。

「いえ、最近分かったんですが川の水の中って外より温かいんですよ・・・」

 川の水は凍ってないから絶対に水温は零度じゃないし。まぁ体は寒いんだけど。

「まぁぱぱっとやってらっしゃいな、紅茶入れてあげるから」

「はーい」

 俺は洗濯籠を持って寮を出る。

 外は当然寒い。一歩歩くたびに雪の軋む感触が足に伝わる。今日の雪は水分が多いらしい。

 夜と言っても変わらない銀世界の中、洗濯籠を持って川に向かう俺。世界観ぶち壊しも甚だしいよね。

 大通りの路面には雪が積もっていない。これは道路に魔法が掛かっていて積雪、凍結を防いでるんだとか。

「まぁすぐに川原の方に行っちゃうんだけど」

 大して魔法の恩恵を受ける暇もなく、いつもの川原に足を踏み入れる。

 この前ここで滑ったんだよなぁ・・・。腰がまだ痛いし・・・。

「さ、ほい!ほいっ!?」

 あ、あぶねぇ・・・、転ぶところだったぜ・・・!


 無事に川の近くまで辿り着けたところで一息ついて、洗濯籠を置いて俺も腰を下ろす。

 洗濯籠の上から取っていく。俺が手に取ったのは白いパンツだった。

「なんかこういうのって手揉みがいいって思うんだあたし・・・」

 あぁ寒い。

「うむ、私もそう思うな!」

 あぁそうですか、あなたもそう思いますか・・・ってん?

「同士メイドよ、だから私にそのパンツをくれないか?」

「いいわけ、ないでしょビルギッタ陛下」

 とりあえずルノア様のパンツを欲する不敬な女王に川の水をぶっ掛ける。しかし本人に届く前に水は蒸発して気体に変わってしまっていた。

 この女王、容姿が完全に幼女のくせしてもう百年も生きている年増である。よく美しいと言われてる銀髪もただの白髪だと俺は思っている。

「チッ」

「聞こえてるぞ~。というかメイドの分際で私に舌打ちとか不敬じゃない?処す?」

 聞こえる様にやったんだけどなぁ・・・。

「あたし、忙しいんですが」

「私だって忙しい。魔法科学院の運営もあるが、国家の運営もあるからなぁ」

 じゃ、なんでここに居んだよ。

「別に王になりたくて都市国家滅ぼしたわけじゃないんだよなぁ・・・、なんでこうなったんだっけ?もう百年経ってるから、よく思い出せないし・・・・」

 勝手に自問自答を始めたし・・・。アホらし、洗濯、洗濯。

 俺は洗濯籠に手を伸ばす。しかし俺の手は空を掴んだ。

「あ?」

「ま、話しを聞けメイド。ほら怖い顔をするな、笑顔だ笑顔」

 ビルギッタがニコリと微笑む。

 殴りたいこの笑顔。

 だが、まぁ堪えて笑顔を作る。

「痛っ!?笑顔で殴るなメイド!そっちの方が怖いぞ!」

「文句が多い陛下ですね・・・。で、今度はどんな下らないことがあったんです?あたし洗濯しながら聞いてあげますから」

 洗濯籠をひっぺ取って洗濯物を取り出して川の水につける。

「昨日なぁ?会議が怠くて媚薬作ってたわけだ」

 突っ込まない、突っ込まないからな・・・。

「まじで私って大臣を信頼してるから、上がってくる書類にハンコを押すだけなんだけど会議に出ろってさぁ・・・。んでその会議中に、私の考えた最強の媚薬をだな・・・」

 次は・・・っと。

 洗濯籠から次の洗濯物を取る。

「そう!その媚薬って私の嫁に使ったやつの改良した奴なんだよ。それを使った時のアイツは可愛かった・・・・」

 あ、ここ虫に喰われてる。戻ったら直さなきゃ。

「それで!私の考えた最強の媚薬を作っていたんだが、暇だったから私と目が合った数と同じ数だけ追加効果を付けようと思いながら作ってたらなぁ?」

 こっちは布が痛んでる・・・でも俺のだからいいか・・・。何着かあるし。

「匂いを嗅いだだけでエロエロな気分になって人間の穴から液が漏れるようになったり、大変なことになっちゃってな・・・」

 よし、これで最後っと。さ、戻ろ戻ろ。

「大臣全員が私にメロメロになっちゃって、国家経営がままならないんだけどどうしたらいいと思うメイドよ!」

「ん~、とりあえず素数でも数えればいいと思います」

 さ、メルヴィさんの所で乾かしてもらって紅茶を飲もう。

「素数とな?ふむ・・・」

 川原の斜面をのぼって舗装された道に出る。

 行きよりも重くなった洗濯籠を持って寮に戻る。

 心なしか肩こりと頭痛がしてきたんだけどなんでなんだろ。俺のおっぱい大きくなったかな。

「メイド、素数が国際情勢に関係あるんだろうか?なぁなぁ!」

 室内でなんだか不思議そうな顔をしているメルヴィさんに手を振って、寮の扉を開けて中に入る。

「なぁメイド―ギャッ!?急に扉を閉めるなよ!後ろに私がいるんだぞ!私が!」

 俺はメルヴィさんのいる部屋の扉を開ける。

「ただいま戻りましたー。乾かしてもらっていいですか?」

 やっぱりメルヴィさんは不思議そうな顔をしている。

 どうしたんだろ?

「乾かすのはいいんだけど・・・そ、そちらの方は・・・?」

「そちらの方・・・?誰かいるんですか?」

 俺が後ろを振り向くと、銀髪の幼女が涙目の上目遣いで俺を見ていた。

「誰もいないですけど?」

「いる!いるから!私がいるから!」

 どうしたんだろメルヴィさん疲れてるのかな・・・。

「あ、これいいですか?」

「え、えぇ・・・」

 乾燥機の蓋を開いて洗濯物を入れていく。その間何かに頭やら肩やらを叩かれている気がしないでもない。

「後はボタンを押すだけ・・・」

 ポチッ。動かない。

「無視するなよ」

 ポチッ。動かない。

「私を認識するまでこの乾燥機の魔力の流れを阻害し続けるからな」

 ポチッ。ポチッ。ポチポチポチポチポチ。

「お、おい・・・そんなに私の存在を認めるのが嫌なのか・・・?」

「ふんっ」

 ポチッ。

「ギャー!?つむじ押した!今コイツ私のつむじを押したぞご婦人!下痢になるんだぞ!お腹が下るんだぁ!」

「え、えっと・・・・」

 ポチッ。あ、やっと動いた。

「ビルギッタ陛下、仕事の邪魔はするなって会うたびにおっしゃっていますよね?」

「ひいっ!?逆ギレだ!最近のキレやすい若者だ!笑顔でキレてる!」

 あぁ、無視するはずが反応してしまった・・・・。

「サ、サシャちゃん?今この娘のことをビルギッタ陛下って・・・」

 一人、状況が分からない様子のメルヴィさん。

「はぁ・・・。この方が暇を持て余してあたしみたいなメイドと戯れられているビルギッタ・アホライネン女王陛下です」

「女王、陛下・・・?あ、あぁ・・・・」

 急にメルヴィさんが倒れてしまう。

「メルヴィさん!?」

 俺が抱きとめるが、そのまま気を失ってしまった。

 紅茶・・・・。

「陛下のせいですからね」

「人のせいにするんだ!今時の若者だ!ゆとり世代なんだ!」

 それはもういいよ・・・・。




 紅茶は飲み損ね、ビルギッタは俺に付いて部屋まで来てしまう。

 もう嫌な気しかしない。

「ほえ~、ここがメイドの部屋か~」

「違います。ルノア様の部屋です」

 俺がついでなんだ。間違えんな!

 俺が時計を見ると時針は五の文字を指す。

 俺は鍋に水を張って、火にかける。

「メイド~、喉乾いた~」

 勝手に付いてきたくせに、ウェルカムドリンクを寄こせというのかこのロリババア・・・!

「・・・牛乳でいいですか?」

「酒がいいな。お前のとこ、確かブリュン・グラーネ帝国だろ?ビールがいいなぁ」

 あるか!この部屋には未成年しか住んでいないんじゃ!つーか朝っぱらから酒を飲もうとするなよ国家元首・・・。

「どうぞ・・・」

 牛乳をコップに入れて出してやる。するとビルギッタは露骨に嫌そうな顔をした。

「金色じゃない・・・泡がない・・・・」

「これだって帝国産なんだよ!」

 疲れる・・・。コイツのペースに巻き込まれてばっかじゃないか・・・。

 まな板、包丁を取り出しながら溜め息をつく。

「メイド~暇」

 冷蔵庫の中からジャガイモを取り出す。

 一応水で洗って、汚れを落とす。

「暇だ~」

 ジャガイモの芽の部分を包丁で切り取る。そうしてからジャガイモの皮を剥く。

「メイド、私は暇なのだ」

「黙れ」

 はぁ・・・。いつまでいる気なんだ・・・帰らないかな・・・・。

 剥き終ったジャガイモを置いて、新しいジャガイモの芽を取って剥く。

 ビルギッタはなにを考えているのかは知らないが俺の手をじっと見ている。

「それじゃ黙るから紙とペンをよこせ」

「なんで人に物を頼むのに上から目線なんですか・・・。陛下の向こうの棚の一番上の引き出しの中に入ってます」

 ビルギッタの次のセリフ、実際偉いからな・・・なんて。

「実際、偉いからな。私は。普通の国だったらメイドなんて即死刑だぞ・・・お、あった」

「知ってる」

 二個目が剥き終った。




 ビルギッタに出会ったのはあの悪夢を見た日だった。酷い顔をしながら洗濯をしていると空から降ってきた。


 あの日、かなり重い空気を朝から出していた俺の上に銀髪の幼女が降ってきて、川底まで一緒に落ちて行った。


 びしょ濡れになりながらビルギッタが自己紹介をし始めて、最初はかなり驚いたのだが話を聞いているうちにコイツが馬鹿であることが判明した。


「火を足から噴くと、本当に空を飛べるのか証明したかったから」

 馬鹿だろ。


 でも俺はこんな奴にあの夢のことをしゃべってしまった。今思えば、あの時の俺はどうかしてた。悲劇のヒロイン気取ってたね。


「呪いは術者の想いの強さで威力が変わるから、もしかしたら解呪を掛けた者の力に勝ってしまったのかもしれないな」

 完全にストーカーじゃねぇかジャック。俺、男宣言したのに諦めてねぇって・・・それは・・・。


「ここで一緒に濡れ鼠になったのも何かの縁だ。どれ額を出せ」

 言われるままに俺は額に掛かる黒い髪の毛を手で除ける。

 すると、ビルギッタは俺の額に唇をつけた。

「なるほど、な・・・。ふむ、これでお前の呪いは軽減出来るだろ。それではな」


 この日はそう言ってどこかに飛んでいったのだが・・・。

 ビルギッタのやつ、この日以来ちょくちょく俺の前に出てくるようになっては馬鹿話をして去っていくようになりやがった。しかも洗濯中だ。朝四時の川に現れては馬鹿話をして去っていく女王。この国は大丈夫なのだろうか。


 コイツ、決まってパンツを洗う時に来やがるし。同士ってなんだよ。俺はパンツが好きなんじゃねぇよ。ルノア様のパンツだから愛おしいんだよ!

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