第17話 平穏の残光

 国立魔法科学院のグラウンドには生徒が運営する出店が立ち並び、国中から集まった観光客で賑わっている。

 だが、俺の手を引くルノア様は出店には目もくれずに校舎の中へ入っていった。

「ルノア様、学院祭ではどんなことをやっているんですか?」

「ん~と・・・基本はクラスや部活動ごとに学院祭には参加することになるんです。私のクラスは展示をしてますし、部活動の方だと実演もしてるんですよ」

 クラス展示か・・・。なんか懐かしいな、高校の文化祭を思い出す。クラスの手伝いを一切しないで出店で売り上げ勝負をやってたなぁ。俺率いる柔道部の焼きそばとサッカー部のたこ焼きでデッドヒートを毎年繰り広げてたっけ・・・。

「まずはクラス展示を見に行きましょう。私的には一組と三組の展示に興味があって!」

 あぁこんなにも目を輝かせて・・・可愛らしい限りです・・・!

「あたしは・・・ルノア様の展示が気になりますね。どんな展示なんですか?」

「私のは・・・サシャに見られるのは少し恥ずかしいというか・・・・」

「そんな意地悪言わないで見せてくださいルノア様。あたし、ルノア様が毎日どんなことを勉強されているのか興味があるんですよ?毎日ルノア様の部屋には難しそうなレポートがあって、あたしには何がなんなんだか分からないんですけれども、知りたいなぁって」

 例え意味が分からなくたって、それを説明してくれるルノア様の姿を見ることが出来ればそれだけで嬉しい。きっと親ってこんな気分なんだろな。

「そ、そこまで言うなら仕方ありませんね。ひとまず一年棟に行きましょうか」

「はい、ルノア様」




 クラスの中にはそこそこ人がいて、クラスの壁に展示の紙が貼ってある。

 すごく文化祭っぽいよね。手作り感がして。

「私のはこれです」

 ルノア様が指をさした展示には白い紙を埋め尽くすほどにびっしりと文字が書いてあった。

 他の展示が、なんかスペースを埋める為に絵とか描いてあるのに対して全て文字で埋めてある。

 こ、これは・・・・なかなか・・・。

「私の研究のテーマは天候を完全に掌握して操作することなんです。これは私が考えたその方法、アプローチの仕方ですね。実験室内の行使実験ではほぼ成功しているんですが、実際に屋外で行使しようとすると大気中の魔力と私の魔力が反発しあって成功率ががくっと下がってしまうのが問題なのですが、それを踏まえて私の考えた克服法と、このアプローチとは別のアプローチの仕方も記載しているんです。それでまず一つ目のアプローチの方法なんですが―――」

 あ、ソースのいい匂いがするなー・・・・。



「この方法だと前もって大量の魔力を大気中の魔力の中に浸透させなければいけないのです。だから魔力タンクのような物をあらかじめ用意しておいて行使時に私の魔力に置換できるような式を開発出来れば、天候操作は制御出来るんです。私は将来、天候操作の魔法を机上の空論ではなく、実用的な魔法として人の役に立てる様にしたいんです!」

 ルノア様がそう言って説明を締めると、クラス中から拍手が巻き起こった。それもこれもルノア様の天候操作の魔法に対する考察やら熱意やらに心を打たれたからだと思う。

「すごい!すごいですルノア様!きっとルノア様なら実現できるとあたしは信じています!」

 きっとすごいんだろう、うん。ルノア様だもん。




 クラス展示の後はルノア様が所属している部活動の方に行ってみることに。

 部活棟は一年棟を出て大階段の方から行かないといけないらしく、俺はルノア様に付いて歩いている。

 廊下を歩いていると、どこかしこから食べ物の匂いがしてくる。どうやらクラスの中で飲食店をやっているところもあるらしい。

「ここのエリアは生徒会の許可を取って屋内で調理しているんです。調理器具がたくさん必要だとかで」

「へぇ~、いいですね。あたしも何か買って食べようかな・・・・」

 ターリア料理、ヴァラスク料理、グラーネ料理・・・・etc.

 外国の料理の店が多いのが気になった。

「それぞれ郷土料理研究部があるんです。あ、でも海外から来た人達の郷土料理もなかなか面白いんですよ?細い棒を二本使って、料理を挟んで食べる風習があるらしくて。なかなか食べられなくて料理が冷めちゃったりとか・・・サシャ?」

「そこのお店に行ってみましょうルノア様!」

 もしかしたら・・・もしかするかもしれないぞ!

「わ、分かりました。それにしてもサシャがそんなに興味を持つとは思いませんでした。でもサシャの料理は美味しいですから、新しい料理の研究だったりするんでしょうか?」

「そんなところ・・・ですかね」

 ルノア様は首を傾げつつその店まで案内する。クラスを三つ行ったところでルノア様が止まった。

「ここですよサシャ。人は・・・・そうでもないですね。入れそうです」

 ルノア様が扉を開けて入っていく。俺も続いて中に入るとクラスの中には、

 着物を着た黒目黒髪の少女達が働いていた。

「いらっしゃいませ!二名様ですね?お席はあちらになります!」

 着物にしては袴がミニスカートみたいな服装のウエイトレスに案内されて席に移る。

 席に着いたところでウエイトレスの生徒がメニューを見せてきた。

「ルノアちゃん、来てくれたの?嬉しいなー。ゆっくりしていってね」

「うん、ありがとうございますチヨちゃん。私は・・・このアンミツでお願いします」

「はーい、アンミツね。それで・・・そっちの従者、かな?あなたは?」

「あっ、えっと・・・ルノア様と同じ物を」

「はーい、アンミツ二つっと。それじゃ少々お待ちくださーい」

 チヨ・・・さんがメニューを抱えて厨房に入っていった。

「そういえば、チヨちゃんみたいサシャも黒目に黒髪ですよね」

「そう、ですね・・・」

 やっぱり日本人か?でもアンミツとかメニューにお品書きとか書いてたし、日本はあるのか?今更戻る気もないけれど、単純に気になるな・・・・。

「・・・・サシャ!これを食べたらどこに行きたいですか?こう見えても私、生徒会の書記なんです!少しは偉いんですよ?」

「あぁ・・・やはり生徒会にお入りになっていたんですね」

 書記か。書記って偉いんだろうか。いや、ルノア様ならきっと蝶よ花よと愛でられて偉いんだろう。

「やはり?サシャ、知ってたんですか?」

「いえ・・・今日の新聞に、エリオネル・グレゴリー様のインタビューの写真に小さく映っていたので。生徒会でも頑張っていらっしゃるんですね、あたし誇らしいです」

「え!?映ってたの!?どうしましょう・・・恥ずかしい・・・・」

 この反応は写真に写っていたことに気づいてなかったのか。忙しそうに働いていたしな。

「ふふ、大丈夫ですよ。いつも通りに可愛らしい姿でしたから」

「そんな・・・可愛らしいなんて・・・・確かインタビューの時はちょうど学院祭の書類受理の日だったから・・・」

 おうおう、ルノア様がみるみる青くなる。思い出したくないことでもあるのかな?先輩に怒られたとか?まさか好きな人がいて、忙しくしている姿を見せたくなかったからとか?

 そういや旦那様から悪い虫は何が何でも追っ払えと旦那様から申し使っていたような・・・・。

「はーい、アンミツ二つ。お待たせしましたー」

 あれ、でもアンミツが三つあるんですが・・・・。

 チヨさんはそのままルノア様の隣の席に座った。

「従者さん、名前はなんて言うんです?」

 なんだコイツ、馴れ馴れしいな。最近のJKもかくやだよ、知らないけど。

「サシャ、と申します。お見知りおきを」

「そう、サシャさん。私はオオヤシマ・チヨって言いますー。オオヤシマという国のお姫様をやってるんですよ」

 お姫様がそんな短いスカート・・・袴?を着てていいのかよ・・・・。

「サシャ、オオヤシマの人々は名前が後で名字が前に来るんです。だからチヨちゃんの名前はオオヤシマさんではないんです」

 オオヤシマ・・・日本ではないか・・・・。

「そうなのですか、分かりました。ルノア様と仲良くしてくださってありがとうございますチヨ姫様。今後ともルノア様をよろしくお願い申し上げます」

 俺は立ちあがってチヨ様に頭を下げる。

 姫なら先に言ってほしかった・・・。

「そんなそんな、私って身分制度って固っ苦しくて苦手なんですよ。そんなに気にしないでくださいねー」

「そ、そうですか・・・」

 気にするなっていうけど、たぶんチヨ様の従者のチョンマゲがこっちを凄い顔で見てるんですけど・・・・。

「お気遣いありがとうございますチヨ姫様・・・」

「あーまたー」

 いや、だってあのチョンマゲが・・・。あぁほら刀に手を掛けてるんですけど!?

「さ、さぁ!アンミツを食べてしまいましょう!」

 この不穏な会話を強制終了させてチヨ様にも席についてアンミツを食べるよう促す。

 だからチョンマゲはこっちを見るな!




 アンミツを食べてチヨ様と別れて、ようやくルノア様の部活動が活動している部活棟に向かう。

「ルノア様はどんな部活動に入部しておられるのですか?」

 そういや聞いていなかったな。

「私は占い研究部に所属しているんです!」

「占い、研究部ですか・・・なるほど」

 もっとなんか凄そうなのに入ってると思ってたんだけど・・・まぁ可愛いからいいか!

 部活棟の廊下もそこそこ人がいて、各部室がにぎわっているようだった。

「ここです」

 そう言ってルノア様が指さした部屋はなかなかにドギツい装飾が施された部屋だったが、結構客がいるようで部室の中はうるさくはないけれど賑わっている。

 机の対面に占い師と客が座る形式らしい。女の子達が占い師の前で神妙そうな顔をしていた。

「結構混んでいるようですね」

 邪魔にならないように小さめの声で隣のルノア様に話しかける。

「そうですね。あ、でも・・・・」

 途中で言葉を区切ってルノア様が一つの空いた机の席に座る。そして俺の方を見て手招きをした。

「私もサシャの占いをすれば喋っていられますね」

 なるほど・・・この席に座っていれば喋っていても煙たがられないってわけか・・・。

「ルノア様は占いが出来るんですか?」

 俺の言葉を聞いていたのかはわからないが、ルノア様はどこからともなく大きな水晶玉を取り出した。

「私だって占い研究部ですから!むむむっ・・・・!」

 あぁ、力みながら水晶玉を見るルノア様も可愛いなぁ・・・!

「見えます・・・これは、サシャの未来でしょうか?たぶんこの人がサシャの旦那様

、ですかね・・・?」

 俺の旦那様?ゾッとするんだけど・・・。

「この方も黒目に黒髪ですね、オオヤシマの方なんですかね?」

 そう言ってルノア様が俺に水晶玉を見せてきた。

 水晶玉の中に映っているのは、暗い部屋の中で一人黙々と机に向かっている男の背中。大分、哀愁がただよっていてシンパシーを感じてしまうが、こんな奴と一生一緒はごめんである。

 なんか見たことある部屋だな・・・。押入れがあって、机があって・・・。あぁ、そういえば俺が日本にいた頃の寮もこんな感じに狭い部屋で・・・って、んん!?

 この部屋ってもしかして俺が日本にいた時の部屋じゃないか!?ってことはこの男は・・・・。

 水晶玉が男の顔を映し出す。

「コイツは・・・」

「お知り合いですか?」

 コイツは、日本にいた頃の俺の顔だ。つまり水晶玉は俺の未来を映しているのではなくて、過去を映している?

「ほら、メイド服の補修をしていますし、いい旦那様になるのではないですか?」

 いや、あれは俺が最後に作ったあのメイド服だ。

 でも、この背中・・・こんなに懐かしく感じるのはなんでだ・・・?いきなりこっちに飛ばされた日は今でもしっかり覚えているのに、昨日のように思い出せるのに。

 この背中は何度も、昔から、繰り返し見たような気がしてしまう・・・・。

「うっ・・・!?」

「サシャ?どうかしましたか?」

 急の頭痛が俺を襲う。だが水晶玉から視線を外すと頭痛は収まっていった。

「は、はい。大丈夫です・・・ご心配をおかけしてしまいました・・・」

「本当に?大丈夫ですか?」

 ああ、そんな顔をしないでください。

「大丈夫です。ほら!」

 俺が笑顔を見せるとルノア様も安心したようだった。

「それなら・・・よかったです。でも、無理とか、してないですよね?」

「はい」

 ルノア様の困った顔も可愛いけれど、あまりこんな顔をさせないようにしよう。特に俺のせいでこんな顔させるのだけは絶対に。

「どうかしたの?」

 ルノア様の後ろから誰かが話しかけてきた。

 怪しげなローブを着た少女だ。

「部長!占いをしたら体調が悪くなってしまって・・・」

「それはいけないわ。こっちへいらっしゃいな」

 いや、大丈夫なんですが・・・。

 ルノア様の方を見ると「行って!」と言わんばかりの顔をしている。仕方ないので立ち上がって部長さんに付いて行く。

「ルノアさんもいらっしゃい」

「わかりました」

 三人で部室の奥の部屋に入った。そこは更にドギツい、ゴシックでロリロリな感じだ。

「座って頂戴」

「は、はぁ・・・?」

 言われた通りに座る。

「占いで体調が崩れるっていうのは大抵いわくつきの人生を送るんだけど、勝手に覗かれてそんなことを言われても困るわよね。助言というほどの物ではないけれど、あなたの今後の身の振り方を教えてあげる」

 なんか上から目線だなコイツ。

「ルノアさん、あなたも一緒にね」

 いやほんといきなりだなコイツ。なんか怖いんだけど。帰っちゃダメ?

 俺がルノア様の方に目線を向けると、真剣そうな目で部長さんを見ているルノア様がいた。

 思わずため息が出た。

 部長さんはどこからかさっきのよりも大きな水晶玉を持ってきていた。

「これに手をかざしてちょうだい」

 俺はもう面倒くさくなって言われるがままにする。ルノア様も同じく水晶玉に手をかざした。

「『召喚イボーク 全知の王妃グレモリー』」

 なんかスゴイことしようとしてんじゃないの!?

 焦った俺がルノア様の方を向くと、ルノア様は平然としていた。

「大丈夫ですから、安心してくださいサシャ」

 大丈夫って・・・。水晶玉がめっちゃ発光してるんですが!?

「なるほどねぇ・・・魔女王陛下に似てるのね、あなた。まぁいいでしょう。さて、見せてもらいましょうか・・・」

 そう言うと部長さんも水晶玉に手をかざした。


 一分ほど経ってようやく手を離してもいいと言われた。

「なるほどねぇ・・・、それじゃあルノアさんにこれをあげる」

 そう言って部長さんはルノア様に銀色のスプーンを渡した。

「えっと?部長、なんで私にこれを?サシャじゃないんですか?」

 ルノア様の問いに部長さんは怪しい笑みを浮かべて答えた。

「サシャさんには不思議な所があるのよ。どうにも見通しが効かないというか。こんなの初めてだわ。だからこの銀色のスプーンはルノアさんが持っていなさい。そうすればサシャさんが少なくともあなたの近くからいなくなることは無いでしょう。大切な人なら、ね」

 え、結局なんなのさ!ねぇ、なんで当事者抜きで会話を進めるの!?マジで誰か説明してよ!

「分かりました部長」

 分からない!まだ俺が理解してないよルノア様!?




 結局、あの部屋で俺に状況を教えてくれる人はいなかった・・・。

「さ、今度はどこに行きたいですかサシャ?まだ時間はありますよ?」

「えっと・・・どこか落ち着けるところに・・・・」

 なんか座ってただけなのに疲れた・・・。

「それなら図書室はどうですか?あそこなら静かですよ?」


 そういう感じで来た図書室は、たぶんこの学院の中で最も大きいのだろう。その通り、実際中に入ると巨大な本棚に大量の蔵書が収まっていた。

「これは・・・すごいですね・・・・」

「この蔵書の全てが魔導書、魔法科学院が魔法使いの集う場所というのはこういう知識を収集している面で、一度は行った方がいい、ということなのかもしれないですね」

 巨大な本棚がずっと奥まで続く中、司書のいるカウンターと休憩所だけがスケール感が小さく、どこか場違いな感じがした。

「この休憩所内では飲食可なんです。その代わりに蔵書の持ち込みは厳禁ですけどね。サシャはここで待っていてください。出店で何か買ってきますよ」

「そんな!」

 ルノア様を使いッぱしりにするわけにはいかない、と大きな声を出すと司書に睨まれた。

「いいんです。私の占いのせいで体調を崩してしまったのだし、それに日ごろの感謝を示させてください」

「いえ・・・ルノア様にそんなことをさせるのは・・・・」

「やらせてください。サシャ、お友達じゃないですか」

 そういうとルノア様は図書室から出て行ってしまう。


 お友達、お友達か。そんな風に考えていてくれたんだな俺のこと。どこの馬の骨かも知れない俺を。

 あの娘はとても優しい娘だ。だからどうか、神様。あの娘を戦禍に巻き込むようなことだけは絶対にしないで欲しい。あの娘を守るためなら俺は何だってやってやるからさ。

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