第3章 ハルザス動乱編
第19話 清閑になった街の中で
ヴァラスクジャルブ連邦の地面に暖かな陽光が射し始めた春、連邦には緊張に満ちた空気が流れていた。
ハルザス共和国が東側諸国のほとんど属国化し共和連盟という軍事同盟を結成したからだ。
これによってヴァラスクジャルブ連邦の国境にハルザス共和国軍の影がちらつき始めた。
ルノア様に聞くと、授業は今まで通りらしいが、一部の生徒は本国に帰りつつあるのだとか。
主にいがみ合っているのは帝国と連邦と共和国なのだから、他の国の生徒が帰るのは理解出来るがビルギッタによればどの道、大陸を巻き込む大戦になるらしいからどこに居ようと関係無いらしい。
買い物に出たとしてもこの重い空気は如何ともし難い。街の住人の顔色はお世辞にも良いとは言えない。特に成人の子供を持つような人達は。
連邦では共和連盟が結成された時期に徴兵制が決まった。今頃、あの人達の息子達が敵の影に震えているのだろう。街の中にいてもこんな空気が漂っているのだから当然だと思う。
日用品を売っている店に着いた。この店は偏屈な爺さんがやってる店だ。口が悪くて、毎日店番の振りをしては寝てる。
こんなでもこの店が繁盛してるのはこの爺さんが街の人間に好かれてるからなんだろう。なんだかんだ言っても面倒見はいいんだよな・・・。
「こんにちわー」
俺が店の中に入るが、返事は無い。
爺さんいないのかな?
もう少しまで奥に行くと爺さんがいつもの定位置で居眠りしてるのが見えた。
「おーい、爺さーん。客だぞー?」
反応が無い。ただの屍のようだ・・・って、この歳じゃそれもあり得そうだな。まぁ生きてるだろうし、お会計の時だけでもいいか。
そう決めて商品が陳列されてる棚に目をやる。いつものことだが陳列が汚い。まるで爺さんの性格その物だ。横倒しになってそのままの物、潰れちゃってる物。
あ、これなんてひびが入ってる・・・。
俺が手にとったガラス瓶には小さくひびが入っていた。
見るに堪えん!
「ちょっちメイドの本気を見せてやるか・・・!」
横倒しになっていた瓶類をちゃんと立て、潰れてしまっている雑誌類を一度棚から抜いて自立するように入れ直す。見栄えが悪い陳列は端から大きい順に揃えてやる。
こういうの気になるんだよね俺。
売り物のハタキをちょっと拝借して棚の埃を落としていく。
うっわ・・・こんなに埃が・・・って、ちょっ!多すぎ・・・!
「げほっげほっ!爺さん、コレはちょっとひどすぎねぇか?」
店奥の爺さんを見る。
まだ寝てやがる・・・。
「う~ん・・・ここまでとは・・・うん。中途半端も嫌だしな」
店全体掃除してしまおう。
まずは商品類を全部店の奥まで持っていく。隣の薬屋のおばちゃんがずかずかと入って行っていくのを見たことがあるし、いいんだろう。
瓶類は瓶類、雑誌は雑誌。掃除用具は掃除用具でまとめて置く。
箒もしまおうとした時、鼠が外に走り去っていった。箒と箒の間に籠っていたらしい。
「ははは・・・」
他にも出て来そう・・・。
売り物の箒の一本をこれまた拝借してハタキで落とした埃を店の外に掃き出していく。
こりゃすごい・・・。埃が山のようだ・・・。
天井も掃いていく。店の隅には蜘蛛の巣も張っているのでこれも落としておこう。
結果的に床と大差ないほどの汚れが落ちてきた。これもさっさと掃いてしまう。
「さて、次は棚を拭こうか!」
店の奥で雑巾を探すが、売り物以外でそれらしい物は見つからなかった。
どうするか・・・・。そうだ!
俺は一度店を出て隣の薬屋に向かう。
薬屋の扉を開けるとおばちゃんが暇そうにしていた。
「おぉサシャじゃないか、どうした?どこか調子でも悪いのかい?」
「そういうことじゃないんですけど、ちょっと。雑巾を貸していただけませんか?それとバケツも。あ、水を入れてね」
俺のお願いにおばちゃんも不思議そうな顔をするが、少し待っていると持ってきてくれた。
「一体、どこを掃除するんだい?自分の部屋を掃除するのにわざわざウチまで取りに来てるわけじゃないんだろ?」
「まぁ・・・お爺さんのお店の掃除をちょっと」
「あぁ、隣の爺さんかい。全く・・・あの
「ははは・・・。それじゃお借りしますね」
「あいよ」
俺は会話を適当なところで切り上げて薬屋を出る。そうして爺さんの店に戻る。
店の扉は埃が少しでも出ていくように開けっぱなしだ。こんな汚いところに入る泥棒なんてまずいないだろうし、そもそも商品は店の奥だ。盗られるような物はない。
店の中に入ると居眠り爺さんが起きていた。
「おい」
「あ、起きたんですね。ちょっと掃除してましたよ」
「何勝手にやってるんだよ」
だってあまりに
「なんだその顔・・・」
やべっ、顔に出てた。スマイルスマイル!
俺の見事な営業スマイルが炸裂した!
「気持ち悪っ」
「おい、こらジジイ」
完璧な笑顔が可愛い美少女メイドだっただろうが!何が不満だコラ!?
「まぁお前の顔なんぞ見ててもどうしようもないわ。寒いから扉を閉めろ」
「へーい」
掃き掃除はやってしまったから、扉は閉めてもいいだろう。
「売り物はどこにやった・・・」
「店の奥ですぜ?」
爺さんが首だけ動かして店の奥を見た。確認出来たんだろう、首をもう一度俺の方へ向けた。
「勝手にやりやがって・・・」
俺は水の入った木製のバケツに雑巾を浸す。充分濡れたら水気を絞る。
「ねぇお爺ちゃん、壊れてる商品があったよ?」
「その気持ちの悪い喋り方はやめろ」
「おいジジイ、まともな商品管理が出来てねぇぞ。正直引いたわ」
「愛想がねぇなお前は」
どっちだよ!
水気を切った雑巾で棚を拭いていく。一段分拭いた雑巾は埃と汚れで黒っぽくなっていた。
うわぁ・・・。
俺はもう一度雑巾をバケツに突っ込んで付着した汚れを落とす。そうしてまた雑巾の水気を絞る。
「お前は国にゃ帰んねぇのか?」
「んー?まぁ、ハルザスの国境沿いなんだよ屋敷が。帰るよりこっちの方がまだ安全なんだ。まぁ向こうから帰って来いって言われたら帰ることになるんだろうが」
「そうかい・・・」
そういうと爺さんはまた瞼を閉じた。
まだ寝るのか。もう十時だぜ?
全ての棚を拭き終った。後は商品を棚に戻すだけだ。
店の奥から瓶類を持てるだけ持って棚に並べていく。この時に大きい順で並べていくのは俺の好みなので文句はダメよ。
女の子の両腕じゃ全部を一度に持っていくのは無理だから何回か往復することになる。面倒だけど仕方ないな。
「えっさ、ほいっさ」
次と瓶類を運ぶ。棚一列分が並び終わった。
個人経営の小さな店だし、そんなに、ね?
三回も行ったり来たりを繰り返すと瓶類はしまい終わる。
次は雑誌かな、でも・・・雑誌って手に取りやすい方がいいか。なら瓶類の下の棚に石鹸とかを置くか。
石鹸は箱詰めされてるから持ち運びが楽でいいや。箱の蓋を閉めれば重ねて持てるし。
棚に置くときには蓋を箱の下に敷いて、中の石鹸が見えるようにする。
石鹸の隣には掃除用具を置こうか。うん、そうしよう。
今度は店の奥からハタキと布巾、諸々を持ってくる。それを見栄えよく並べた。
うむ、満足だ!
こっちの平たい卓に雑誌を置こう。こっちなら折れる心配も無いだろう。
店の奥から雑誌を持ってくる。持ってきた雑誌は日本の本屋みたく平積みにして置く。
あ、いいね。結構整ってきたよ!この角っぽさ、よくない?よくなくなくない?
「もうちょっとだ!」
全てを戻し終わった店内は清潔で整然としている。
これこそ物を売る店だ!そうだ!
「おーい爺さーん。終わったぞー」
ずっと寝ていた爺さんの肩を揺すぶってみる。
「・・・・やめろ、やめろ!それで、お前の用事は済んだのか?」
「うんにゃ、これを買いに来たんだよ」
俺はそう言って爺さんに石鹸を差し出す。爺さんは差し出された石鹸をめんどくさそうに受け取った。
「銅貨一枚だ」
俺は自分の選んだ石鹸を見る。手で掴むブロック型の石鹸だ。
「高くない?」
「このご時世で石鹸一つ値切ろうとするのか・・・」
いや、まぁうん。でもさぁ・・・ね?店内見てみなよ。
視線だけで促して爺さんに店内を見させる。爺さんは一瞬目を大きく見開いたがすぐにいつもの気だるそうな目に戻ってしまう。
「スポンジも付けてやる。それで銅貨一枚だ」
来た。
「あと、あの雑誌も付けてくれない?ヴァラスク料理大全vol.1」
「思ってた以上に図々しいガキだな・・・。こっちは毎日閑古鳥だってのによぉ・・・、掃除の礼だ。銅貨三枚にしろ・・・・」
閑古鳥ってのは嘘だけど、やったね!これで料理を勉強しよう!掃除の時に目星を付けてたんだよね。
俺はヴァラスク料理大全という分厚くて重い本とスポンジと石鹸をお買い物カバンに詰める。入れ替わりに取り出した財布から銅貨三枚をつまみ上げる。
「二度とさっきみたいなことはしないからな」
「なら自分で毎日掃除をするんだなぁ。それじゃあ。また来ますねお爺様?」
去り際に滅茶苦茶に媚びまくった声で捨て台詞を吐いてみる。すると思ってた通りに嫌そうな顔する爺さん。
「ケッ。最近のガキは生意気でいけねぇ」
ふふん。褒め言葉だな。
バケツと雑巾を持って隣の薬屋に入る。
「おばちゃん、助かりましたー」
中にはやっぱりおばちゃん以外には誰もいなかった。
「あぁサシャ。どうだい?あのジジイ、嫌そうな顔したろ?」
「えぇ、でもほら。これ銅貨三枚で」
俺はお買い物カバンをおばちゃんにも見えるように覗かせる。見せるのは当然今日の戦利品だ。
「ほぉ、これは凄いねぇ!あの爺さんからここまでやったのはサシャが初めてじゃないかねぇ!」
「えっへん!あ、そうだ。風邪薬と頭痛薬をください。これのお礼といったらなんですけど」
俺はそう言ってバケツを持ち上げる。
「毎度ありさ!バケツと雑巾を貸したぐらいで薬が売れるなら毎日あんたの所に持って行ってやるよ!」
「ははは・・・」
そんな冗談を言いつつおばちゃんは整理された棚から風邪薬と頭痛薬を持ってきた。俺は財布を取り出す。
「そうだねぇ、銅貨六枚ってところかい」
銅貨六枚っと・・・。
俺は銅貨六枚を取り出して、おばちゃんの肉付きのいい手の平に載せる。
「はいよ、確かに。それじゃあね。病気なんかするんじゃないよ?」
目算で確かめるおばちゃん。俺も扉の方に向かって歩いて行く。
「それ、薬屋さんが言ってもいいんですか?」
「このご時世、命より大切な物は無いってね」
去り際におばちゃんはそう言った。
薬屋を出たら、もうすっかりお昼だ。ちょっと時間が掛かり過ぎたかもしれない。
「お昼はどうしよっかな・・・お金が少し余ったからな・・・」
今日の財布には銀貨三枚と銅貨一枚が入っている。思わぬ誤算である。銅貨一枚でもパンぐらいは買える。
少し歩きながら考えることにした。
朝食の余りはあるが、温め直さないといけないだろう。それにちょっと疲れたから、今日のお昼は外で買って行こうか。
「そうしよ。そういえばそっちの通りにおいしいパン屋があるんだっけ?」
メイドコミュニティーの間で度々話題に上がるパン屋だ。俺は行ったことないのだが、きっと美味しいんだろう。
そこにしよう。
そう決めて大通りを右に曲がってみる。人通りの少なかった道路が更に少なくなった。
石畳をカツンと鳴らしながら歩いていくと、パンの焼けるいい匂いやお昼時らしいお腹の空きそうな匂いが漂って来る。
向こうからやってくる白髪のおばあさんが紙袋を持って歩いてくる。俺はおばあさんに会釈をすると向こうも返してくれた。
すれ違った瞬間に、パンの匂いがした。道はあっているらしい。
さらに少し歩くと看板が見えてきた。
ルッセカットって名前なのか・・・。
なかなか小洒落た店構えをしていた。
扉を押して中に入ると鈴の音がカランコロンと店内に響いた。どうやら俺以外の客はさっきのおばあさんだけだったらしい。
「いらっしゃいませ」
綺麗なお姉さんが声をかけてくれた。
俺は小さく会釈をして、店内のパンを見ていく。どれも美味しそうで、値段もそれほど高くない。
その中から俺は大きなライ麦パンを選んだ。選考基準は値段に対する大きさです。はい。
選ばれしライ麦パンを携えて、売り子のお姉さんのところに持っていく。
「銅貨一枚です」
「はい」
あらかじめ用意しておりました。はい。
俺はポケットから銅貨を取り出す。それをお姉さんの手に渡す。
「ありがとう。また来てね」
そう言ってライ麦パンを紙袋に入れて渡してくれた。
俺は会釈をして店から出ていく。お姉さんは笑顔で手を振ってくれていた。俺もちょっと恥ずかしいけど手を振り返してみた。
また行こう、絶対行こう!
当分、朝食はここのパンになるかもしれない。
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