第5話 乙女と兵士とメイド
ツェルスト領ヴァランシの現在人口十万人、そのうち五千人が軍役に就いているらしい。
帝国側とハルザス側、中央に駐屯基地があるが、帝国側は千人程度が、ハルザス側に三千人が詰めていて残りの千人が屋敷近くの中央で働いている。
ツェルスト家の当主がツェルスト軍の指揮権を持つ。だが、慣習としてその子女にも一部隊の指揮権を与えていた。これは将来の軍団指揮の練習とのことらしい。
現在、俺はどこにいるかと言うと――
「我らツェルスト軍中央第四中隊はルノア嬢に命を捧げておりますッ!」
兵舎の庭に二百人を超える男達の雄叫びが木霊する。
その男達の視線の先に壇上のルノア様。今日のお召し物は黒い軍服である。そしてその後方に俺。
なにこれ?
檀上のルノア様の前に一人の男が立って口上を述べる。
「我らは貴女の剣。貴女の盾。例え彼の魔王が貴女の前を立ちふさがったとしても我らは打ち破ってご覧にいれましょう!」
男に続くように他の男達もまた雄叫びを上げる。
いや本当になにこれ?コイツらがなんなの?全員目がイッてるんだけど。
俺の困惑なんて気にもせず中央第四中隊はルノア様に忠誠の叫びを上げ続ける。
コイツらあれかロリコンか。
「ありがとうございます・・・。それでは皆さん、これより訓練を開始したいと思います。全員配置についてください」
ルノア様が一言言った途端、嵐のような騒ぎが収まり、あの狂騒が嘘だったかの如く男達はわずかのうちに綺麗な整列を見せた。
「全員移動始めっ!」
先頭の男がそう号令を発すると列は駆け出しで兵舎の庭から出て行った。
俺はほとんど呆気に取られていた。
変態が編隊を組んで走っていった・・・・。
「私達も行きましょうサシャ」
そう言ってルノア様はあらかじめ用意していた馬に跨った。ルノア様の身の丈以上の灰色の軍馬に颯爽と騎乗したルノア様。
「あ、あたしは乗馬とかしたことなくて・・・」
「分かっていますよ、ほら」
ルノア様は白く華奢な手を俺に差し伸べてくださった。
「ル、ルノア様・・・」
俺は恐る恐るその手を握って馬に跨る。
た、高い・・・!
自分の足が届かない高さというのは地味に怖い。
「それじゃあ行きましょうサシャ。遅れては武門の名折れです!」
あれ?いつものルノア様じゃない気が・・・。
「ルノア様・・・?」
「さぁ走りなさいグラニ!」
ルノア様がそう言うと軍馬グラニは文字通りに飛び出た。
速い速い速い!?馬ってこんなに速いものなのか!?
人二人載せてるとは思えない軽快な走りでグラニはヴァランシの道を駆ける。
その間俺は必死にルノア様の腰に抱き付いていました。役得?そんなこと考えてたら振り落とされてたよ。
城郭都市ヴァランシを離れた見晴らしのいい草原に中央第四中隊は整然と展開されていた。
ルノア様は馬上から今日の訓練について説明を始める。
「今日は射撃訓練をします。ルールは、第四中隊の基本兵装のライフルの最大射程二百メートルとして縦に四百メートルの模擬戦場の二つの陣地に的を一つずつ設置します。その的を先に撃ち抜いた陣営を勝利とします。人への発砲は許可しません。第四中隊を第一から第五までの小隊に再編成して総当りにします。それでは皆さん奮起して臨んでください」
「はっ!」
第四中隊全員がルノア様に敬礼し、一度列を崩した後に五つの列に並び直った。そうしてから先頭に立つ小隊長が細かい指示を出して準備を始めた。
長方形縦に四百メートルの戦場、向かい合うように互いの陣地に的が配置されて、その的の前に第一小隊と第二小隊がにらみ合っている。
ルノア様がピストルを空に掲げて戦場を見つめる。
「始めっ!」
掛け声と共に引き金を引いた。
陣地から男達が的に向かって突進を開始する。
「うっは~すごいなこれ」
むくつけき男達が一心不乱に突撃しては的を狙い、撃たせまいと狙撃手に体当たり・・・。
ただ感心するばかりの俺だが、隣のルノア様はなかなか渋い顔をしていた。
一組目の訓練が終わり、小隊長達がルノア様の前までやってきた。
勝ったのは第一小隊、小隊長も心なしか嬉しそうだった。
「今の戦闘に点数を付けるとしたら、30点でしょうか」
「それは何点満点なのですか?」
「もちろん100点満点です」
どうして30点?あれだけ
第一小隊の押しは第二小隊よりも強く津波のように敵を呑み込みながら進撃していた。
あ、第一小隊の隊長も同じこと考えてそう・・・。
「なぜ第一小隊は30点なのか、ご教示願います」
第一小隊長がそう言い返すとルノア様はため息を吐いた。
「第四中隊がどの兵科に属しているか分かりますか?」
「はっ、散兵科であります」
散兵・・・さんぺい?
「散兵の主だった役割は?」
「役割ですか・・・?申し訳ありません。分かりません」
ルノア様は小隊長の目をじっと見た。
「あなたの指揮は散兵の用いる戦術ではありませんでした。散兵はより迅速を求めます。さっきほどのあなたの指揮で私の希望を述べるなら射手を数人に限定し、それ以外の兵に敵兵の侵攻を止めさせた方がもっと速い幕引きになったと思います」
これが十代の女の子の言う事か!?やっぱり生きてきた世界が違うってことなのかな・・・小隊長さんも泡食ったような顔してるし・・・。
「なるほど。本官はこの訓練の本質を見誤っていたようです。ご教示いただきありがとうございました」
第一小隊の小隊長は頭を深く下げて自分の小隊へ戻っていった。それに続くように第二小隊の小隊長も同じように頭を下げて戻っていった。
お天道様が真上に上った。
「それではお昼休憩にいたしましょう。再開は一時間後に」
ルノア様が全員にそう告げた。
第四中隊の面々は手に持っていたライフルを置いて、その場に座り込んでそれぞれ荷物から缶詰を取り出し始めた。
お昼だ。
「ルノア様お弁当にいたしましょう!このサシャ、早起きしてお弁当を作ってまいりましたよ!」
大学に入ってからカップ麺で生きていた俺が久しぶりにまともな料理を作ってみた!
「まぁ!それは楽しみです」
俺は地面に敷物を敷いてその上にバスケットを置く。
「あたし、厨房から
俺はバスケットの中からお昼としてサンドイッチと水筒を取り出す。
このサンドイッチは自作のマヨネーズとゆで卵を擂り潰してあえたたまごサンドと、名前は分からないけどルーカルトさんにもらった葉野菜とハムと薄く切ったチーズを挟んだミックスサンドの二種類を用意した。パンはルーカルトさんからいただきました。
そして水筒の中身は冷えた水である。
「どっちも美味しそうです!いただきますね」
ルノア様はたまごサンドを手に取って口に運ぶ。
ルノア様は何も言わずに咀嚼を繰り返す。
「ど、どうですか・・・?」
ご、ごくり・・・!
「パンがふわふわなのと、あっさりとした味わいがありますね!こっちは・・・」
たまごサンドを片手に持ったままミックスサンドにも手を伸ばす。
あ~ん・・・。
しゃくり。
そんな擬音が聞こえてきそうですよルノア様!
「こっちはハムの塩気とチーズの甘さがちょうどいいし、サラタのしゃきしゃきの触感が楽しいです~!」
あの葉野菜ってサラタって言うんだなぁ・・・。覚えとこ。
そんなことより、喜んでもらえて良かったなぁ。
俺もミックスサンドを一口。
うん、コンビニのサンドイッチって感じだぁ。好きな味だけど。
トマトとかあればもっと色々出来るんだろうけど、あるんだろうか?あぁでもレタスっぽい野菜はあるからあるのかもな。ルーカルトさんに聞けば分かるか?
「今度聞いてみよ」
「何か言いましたか?」
「いえなんでも」
うんお水も美味しいなぁ。
午後もつつがなく、小隊長さん達はルノア様にしっかり怒られて今日の訓練は終わった。
また朝と同じように第四中隊がルノア様の前で整列している。
「皆さんご苦労様でした。今日の総括とすると・・・私が第四中隊の指揮権をいただいてからまだ二ヶ月。皆さんへの指示が完全に行き届いていないこと、自分の力不足、指揮不足を感じました。私もまだまだ半人前、ですが第四中隊の指揮を任せられることの意味は分かっているつもりです。ツェルスト家ひいてはヴァランシを守る為、一緒に精進していけたら嬉しく思います」
ルノア様が軽く礼をする。
「全員敬礼!」
兵士達は右手で敬礼をルノア様に、彼らの忠誠を示した。
「全員、ヴァランシまで帰還する。移動始め!」
第四中隊は荷物を手早くまとめて、ヴァランシに向かって走り始める。
俺はここまで相乗りしたグラニの轡を持って待っていた。
「お待たせしましたサシャ。私達も帰りましょう」
「はい」
グラニにすっと乗ってルノア様はまた俺に手を差し出す。
「よいしょっと」
うわぁやっぱ高いなぁ・・・。
下は見ない、下は見ない。
「それじゃあ出発します」
グラニが走り出した。草原の先の太陽はその顔の三分の一が沈んでいる。
朝ほど速くはないが俺はしっかりちゃっかりルノア様の腰に抱き付いている。
「サシャは今日の私のこと、どう思いましたか?」
「どう、と言うと?」
「いくら貴族と言っても当主以外が兵の指揮なんてしませんから・・・サシャに変と思われたら嫌だな・・・と」
おっかなびっくり、といった感じでそう言ったルノア様。
俺は小さく吹きだしてしまった。
「やっぱり変、ですか・・・」
「あ、あぁそうじゃないんです!兵隊さんの前ではあんなにカッコよかったのに、今は女の子みたいだなって。変じゃないですよ、むしろギャップ萌え?みたいな」
ルノア様だって年頃の女の子なんだ。きっと非日常が多いだけなんだろうなぁ。
「ぎゃっぷもえって何ですか?」
「ふふふ、可愛いってことですよ!」
「か、かわいいなんて・・・そんなこと・・・!」
照れるルノア様も可愛いなぁ!
急にグラニの走る速度が速くなった。
「か、可愛い・・・へへ・・・・」
どんどん速くなっていくグラニ。
「ちょ、ちょっと!ルノア様!?は、速い!速過ぎっ!」
ふわっ。
そうふわっってなって、気づいたらルノア様の部屋にいた。
俺はあの浮遊感に襲われた後のことを覚えていない。
ただ頭がとても痛かった。
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