最終話 斯くしてメイドはプリムを外し、乙女は過酷を乗り越える
俺の目の前に広がるこの焼け焦げた大地が戦場だったのだろか。その問いの答えはあっさりと見つけられた。
積み上げられた青の山。それは忘れもしないあの日、俺に深く不快なトラウマを刻み込んだあの男が着込んでいたあの青に他ならないからだ。
俺は目線を上げる。青の軍服が取り囲むようにして、中央には黒い制服の集団が存在していた。
あれは、ツェルスト軍の制服!ってことはルノア様は捕まってしまった?俺は間に合わなかった?
後悔で歩を止めてしまいそうになる。しかし、まだルノア様が死んだとは決まっていないのだ。どうにか確認する術はないものか・・・・。
俺はルノア様救出プランを考えるが、非日常を叩きつけられ過ぎた脳みそはまともに仕事をしてくれそうにはない。
それゆえに、荒々しい足取りで近づいてくる接近者に背後を取られるまで気づかなかった。
「っ!?」
「コイツはツイてるな・・・。こんなところに女が残っていやがった・・・・」
気持ちの悪い吐息が首筋に当たって、鳥肌が立ってしまった。
下卑た笑い声をあげる男は俺の口を手で覆って、そんなことを言った。背中には固い物が押し当てられている。
「おーい!そっちの茂みで連中の馬を見つけたんだが・・・・って、メイドがなんでまた戦場にいるんだよ?」
「俺だって知らねぇが、ツイてるぜ。行軍中は抜く暇が無かったからな・・・残党狩りなんて他の奴らに任せて、ここでスッキリさせて貰うぜ」
「んんっ!?」
待て、今コイツ何て言った?抜く暇?スッキリ?
残党狩りなどと、穏当じゃない単語が出てきているが、それよりも何よりも俺の貞操の危機が迫っていた。
「おいおい、抵抗すんなよ・・・。あんたにどんな目的があってここまで来たかは知らねぇが、俺達に見つかったのが運の尽きよ。全く動かないんじゃいまいち盛り上がらないが、とりあえず突っ込んで奥で出すだけだからよ。あんたはせいぜい股を開いていればいいだけだからよ」
男は口を塞いでいた手を離して、俺の服を脱がせ始めた。
「や、やめろっ!」
男は服を脱がすことに集中していたようで、俺が思いっきり身体を前に傾けて前に転がると、そのまま俺につられて男も転んだ。
「いってぇなおい!何しやがるこのアマ・・・!」
男が俺に向かって怒鳴る。勝手に襲ってきて、尻もちを着かされたら怒るとか本当に勝手極まりない。世の女性たちが男女平等を求める理由が分かってきた気がしないでもない。
俺はすぐに立ち上がって距離を取ろうと思ったが、もう一人の男が後ろに立っていた。
二人とも青の軍服、ハルザス軍の軍服を着ていた。それに残党狩りという言葉、ツェルスト軍が壊滅したのは確かなのだろう。
レイプまがいのことをされかけたのに、俺は自分でも驚くほどに落ち着いている。
茂みに隠していた騎馬を連れて来たもう一人の男に駆け寄って、胸倉を掴み、足を払う。
「邪魔っ!」
「は?」
身体を支える両足が地面から離された男を一本背負いの要領で投げ飛ばし、再び騎馬に跨った。こうなれば最早コイツらは怖くは無い。
「強姦魔どもに一つ聞きたい!ツェルスト軍はどうなったの?戦争は?」
「あ?んなもん、とっくのとうに終わったに決まってるだろ。じゃなきゃ俺達が残党狩りなんざしないっての」
やはり・・・・・。
そうなるとルノア様がどうなったのか、生きているのかそれとも・・・・。いや、悲観するなと首を振る。
「いまのところ相手さんで生き残ったのは捕虜として掴まって、指揮官が残ってないか確認中じゃねぇかな」
騎馬を引いてきた方の男は呑気にそう答える。
なるほど・・・、もしかしたら無事かもしれないのか!
「教えてくれてありがとう。それじゃ・・・・ご免あそばせっ!」
「お、おい待て!逃げるなら普通反対方向じゃねぇのか・・・・・?」
理解不能、そういった意味が籠った言葉を振り切って、俺は戦場を進む。目指すのはあの囲まれた黒服集団の中だ。
「退いた退いたぁぁ!」
俺は騎馬を強引にハルザスの陣中へと押し通らせる。
一体どの面を下げれば一介のメイドが兵士の脇を通って捕虜の下まで辿り着けるだろうか。
俺は文字通りの陣中突破を仕掛ける。なにか文句を付けられたらメイドだからってことで全部済まそう、うん。
「なんの騒ぎだ」
「サ、サシャ・・・・?」
様々な視線がぶつけられる。それは両軍双方から。
「サシャ・・・サシャだと?」
すぐに俺は騎馬から引きずり降ろされる。だが、俺はこの両目でしっかりとその可憐な御姿を確認する。金髪は砂と風によって寝癖のようになっているし、白い頬には赤い筋が走っている。幸いなことに衣服はどこにも目立った傷は無い。俺と違って引ん剥かれたりはされていないようだ。
俺は良かったと胸を撫で下ろすが、すぐに心臓を掴まれたような感覚に襲われた。
背中に霜が降りたみたいだ。あの視線に気づいた途端、全身が凍り付くかの如く悪寒がしてくる。
「ジャック・アルーソン・・・・・」
「僕の名前を憶えていてくれたんですね・・・・。これほど嬉しいことは生まれて初めてだ・・・!」
この野郎っ・・・!キザったらしいことを言いやがって・・・身の毛がよだつってこういうことかよ・・・・!
「全員、この女性に対しての一切の暴力を禁ずる。破るなら私直々に断罪を下す」
ジャックがそう言うと、全員俺を腫物を扱うがごとく手を引かせた。
「サシャ、今日はどうしてこんな戦場に?」
「そ、そうです!どうしてここに・・・・。なんで屋敷から抜け出してきたんですか!?」
ジャック、ルノア様。対照的だが同義の質問。ルノア様に対して答えねばならぬと頭は思えど、心は恐怖から声が出ない。
「あ、あたしは・・・ルノア様を・・・・・」
これ以上言葉が出ない。視界まで眩んでくる始末だ。
「気分がすぐれないご様子。誰か椅子を彼女に」
ハルザス軍の兵士が倒れそうになる俺の為に椅子を用意を運んでくる。絶対に、意地でも座るまいとするが、そよ風に吹かれるだけで倒れて座り込んでしまう。
「サンソン、彼女の容体を確認したまえ」
ジャックが一言そう言うと、メイドと同じくらいにこの場に不格好な白衣の医者がせっせかと走って近寄って来た。
「ふん・・・。こちらも手短に終わらせよう。戦死されたアルベリク・フォン・ツェルスト侯爵の跡取り、という認識でよろしいか?」
「はい。その通りですジャック・アルーソン将軍」
将軍・・・?あの粘着質野郎が・・・?世も末・・・吐き気がしてきた・・・・。
「それでは、これより貴家は帝国貴族家として、一番に離脱したことになりますね」
「・・・・・・」
あの野郎・・・ルノア様に向かってなんて口を聞きやがる!
「落ち着いてください」
俺が殴りかかろうとすると、医者の奴が俺の肩を必死に抑えつけた。全然力の入らない身体では碌な抵抗も出来やしない。
「さて・・・、我々ハルザス共和国は王族の打倒を掲げ、人民は平等という理念の下に建国された国家。貴族などという特権階級の存在を許すわけにはいかないのです。ご理解ください」
ジャックは腰からサーベルを抜いた。刀身が陽光を反射し、そしてルノア様の首筋を映す。
やめろ。そのサーベルを鞘に戻せ。
ジャックは腕を天へと掲げた。
「ちょ、本当にあなた病人ですか!?」
俺はこの邪魔な医者をすっ倒して、椅子から飛びあがった。おぼつかない足は地面に着いたが転んでしまう。
「サシャ!?」
ジャックは無様に転んだ俺に駆け寄った。治ってたような気がしないでもない悪寒と吐き気が甦る。
「無理をしてはいけませんよ・・・・」
俺は掛けよってきたジャックの両腕を掴む。
ルノア様を殺させるわけにはいかない。絶対に。その為に俺はここで今、生きているんだから。
「あ、あたしは・・・どう、なってもいい、から・・・ルノア様を殺さない、でください・・・・」
「サシャ・・・・」
その娘は俺の生き甲斐で、生きる理由で、死んでいく理由なんだよ・・・。その為なら、この身も心もどうなったって構わないから・・・・。
「・・・・・・・なるほど」
ジャックは俺を立ち上がらせ、サーベルを鞘に戻した。
「サシャ、私にサシャが命をかけるほどの価値なんてないのにどうしてそこまで・・・・」
「ルノア、様・・・もともとルノア様に拾って貰わなければ路地裏で果てていた命です。あたしはこの命を貴女の為に使いたいってずっと思っていたんです。それが叶って・・・本当に、嬉しい」
感情は一度漏れだすと歯止めが効かなくなる。今まで心の内に秘めていた事まで口に出してしまう。
「サシャは、私を泥沼の中から掬い出してくれました。空虚な人生の中で初めてお友達が出来たんだなって・・・私、すごく嬉しかったんです。ヴァランシの屋敷でも、連邦でも。サシャの存在がいつの間にか私の精神的な支柱に代わっていた。私はお友達、いいえ親友のサシャのことが大好きです・・・!」
「あたしもっ、ルノア様のこと・・・大好き、いやもっと!愛しておりますよ・・・!」
俺のことをルノア様が「大好き」だって!あぁ、この言葉があるならこの先に地獄しか無かったとしても俺は生きていけるだろう。
「お二人のお気持ち、理解しました。もしルノア嬢。貴女が貴族の地位を捨てられるというならばサシャと貴女の友情に免じて処刑は取りやめに致しましょう」
「ほ、本当に・・・!?」
俺は安堵の息を漏らす。
どうやらこの粘着野郎にも多少の人間の心があったってことなのかな・・・・。
「ではサシャ。僕と結婚してくれ」
こう、なるよな。分かりきったことじゃないか。ルノア様の命と引き換えにこの身はジャックに差し出した。俺の身体一つと交換なら安い物だ。
ジャックは一つしかない選択肢の答えを真摯に待っている。
俺も覚悟を決めなくてはいけない。俺は右手で頭上のホワイトプリムを掴む。それを外して、更に黒のドレスをコントラストに彩るエプロンの結び目を解く。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
ドレスをつまみ、頭を下げる。
「貴族社会の作法など不要です。共和国に於いて人々は平等であらねばならないのですから」
だからやったんだよ。きっともうこんなことをやることも無いんだろうからな。
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