第8話 メイド、告白する

 ドクロや腕の形の蝋燭台。脳味噌がはみ出た人形に手足が蹄の人体模型。色んな怪雑貨を売っている『魔女の店』。

 その店番台の前に椅子を置いて、そこに居座る。

「それでサシャちゃん、今日はどうしたの?お仕事は?」

 銀髪赤眼の魔女、先生は寝不足なのか目の下にくまが出来ていた。

「今は休憩時間なので。それよりも、その・・・相談したいことがありまして」

「相談したいこと?何かしら?」

 滅多に客が来た所を見ないが一応周囲を見回してガラクタしかいないことを確認する。

 自分から言うのって・・・かなり恥ずかしい・・!

 意味もなくスカートと息を整えてから、意を決して俺は口に出す。

「昨日告白されてしまったんですがどうしたらいいでしょうか・・・?」

「告、白・・・?サシャちゃんが?一体誰に?」

 先生の目が白黒している。

「えっと・・・昨日のパーティーで介抱したハルザスの軍人の方なんですが、会ってまだ時間も経ってなくて、好きでも嫌いでもなくて、もっと言うと全然興味無くて、そもそもその人の名前も知らないんです!どうしたら穏便に断れますか!?」

「男性にとってそれほど辛辣なお断りの文句は無いと思うわよ?」

 俺って断られたこと無いから分かんないんだよなー。モテなかったから・・・。




「まぁさっきのセリフだと高確率でお相手にトラウマを植え付けるからもっと穏当な答えを一緒に考えましょうか。そうねぇ・・・普通にごめんなさいでいいと思うけれど、それじゃダメなの?」

「いや、もう二度とあたしに告白する気になれなくなるような感じがいいんですよ。仕事に差し支えるのとか嫌なので」

 そう恋愛感情ほどビジネスに邪魔な物は無いと確信しているのだ俺は。

 あれは俺がコンビニでバイトを始めた頃、同僚の女の子がバイトの先輩に惚れて色々アタックをかけていたのだが、それがバイトの女の先輩に伝わって、バイト仲間内で応援してやろうということになったのだが、そのおかげでそいつらが全然仕事をしなくなった。その皺寄しわよせが全部俺に・・・・。

「違います・・・レジのお金が足りないのは俺のせいじゃないんです・・・そもそも俺レジじゃなくて商品の陳列と掃除してたのになんで俺なんですか・・・・」

 なんで真面目に働いてる俺が自腹でレジにお金入れて、あの先輩が昇給なんだぁぁぁ!

「落ち着いてサシャちゃん!?」

「はっ!?あたしは一体・・・」

 ダークサイドに堕ちかけた・・・。うん恋愛感情は駄目だ。

「う~ん、そうね・・・。あっ、ならこう言うのはどうかしら?」

 先生が俺に耳打ちする。

 俺は脳内でそのプロポーズに対する返事を反芻し、それを言う自分の姿をイメージする。

 これは・・・うん、なかなか・・・・。

 童貞殺すお断りの返事が誕生してしまった。先生・・・恐ろしいよぉ・・・・!




 屋敷地下の厨房。そこで長年働くコックは食堂で一人煙草を吸っていた。

「あの、ルーカルトさん。ちょっといいですか?」

 俺はルーカルトさんの隣に座る。

「あぁサシャ。どうした改まってなんだお菓子でも作るのか?そんなもん儂の許可なんて取らなくてもいいぞ?」

「それはありがたいですが、今は違います。ルーカルトさんにお願いが・・・」

 ルーカルトさんは煙草を吸い込んで煙を吐き出す。そして短くなった煙草を灰皿の上押し潰した。

「こんな老いぼれにお願いとな?どれ・・・出来ることは大してないと思うが、言うだけならタダだ。言ってみろ」

 ルーカルトさんは人の好さそうな笑みを浮かべる。

「それじゃあ・・・ルーカルトさんの服をください!」

「え・・・」

 え?

 ルーカルトさんの顔が急に引き攣った。

「ま、まさかサシャ・・・儂を身ぐるみ剥ぐ気か!?」

「・・・。そ、そんな訳ないじゃないですか!いらない服があったら貰えないかなって意味ですよ!」

 な、な・・・一体何を考えてんだルーカルトさんは!?い、いや俺の言葉が足らないのか・・・。服をください、だけじゃ勘違いしても仕方ないよな。うん。

「言葉が足りませんでした。もし捨てるような服があったらいただけませんか?」

「す、捨てるような服?貧乏人に捨てられるような物なんか無いが・・・そうさなぁ息子がガキだった頃の服ならそのまま残ってるかもなぁ。どれ、ちょうど暇してた頃だ。見てきてやろう。もし残ってたらお前さんにやるよ」

 この人、本当に優しい人だなぁ。

「ありがとうございます!」

「おう、鍋で出汁取ってるからお前はそっちを見てろ。それと、人に何か言うときはしっかり言葉を選ぶんだぞ」

 いやぁ耳が痛い。



 一人になった厨房、火にかけられた鍋の蓋を取ってみる。すると中には鶏ガラと野菜が煮られていた。

「鶏ガラか・・・」

 ラーメンぐらいしか料理が思いつかないけど、夕飯は何になるんだろ。

 茹でられるチキンがどうなるか考えているうちにお腹が空いてくる。

「唐揚げ食べたい・・・」

 作るか・・・?作ってしまうか?お菓子作りなら厨房は使っていい・・・でも、唐揚げってお菓子か?

「ってそんな!唐揚げがお菓子なわけないじゃん!おかしいよ、うん」

 そんな自己批判を口に出しているとルーカルトさんが戻って来た。

 屋敷の近くに住んでるんだなぁ。

「ほら持ってきたぞ。息子のクローゼットまでそのままだったわ。よかったなサシャ」

 長ズボンに麻で編まれたシャツ。俺はそれが自分のサイズに合うか広げて確認してみる。

 ズボンは履けると思う。シャツは・・・流石に男と女じゃ体の大きさが違うな。十六ぐらいでもこんなに違うんだ。

「ありがとうございます!助かりました!」

「しかし、こんな物何に使うんだ?」

 ルーカルトさんは椅子に腰かける。

「まあ仕事・・・?」

 仕事に集中できるようにフラグをへし折る、っていう意味です。

「そうか、熱心で結構結構」

「あっそうだ、洗濯物を取り込まないと!」

 思い出せてよかった。

 俺は小走り気味に食堂を出る。

 やっぱり恋愛絡みのイベントは仕事の邪魔しかしないな!



 もうすっかり夏と呼べる季節だ。だから朝干した洗濯物もすぐに乾く。昼過ぎには取り込めてしまうのがちょっと嬉しい。

「ふんふ~ん・・・」

 鼻歌混じりで旦那様とルノア様のクローゼットに服をしまう。

 窓の外、日はまだ高い。それにルーカルトさんの様子から夕食はまだまだ先だ。今からなら目的を果たしても夕食の準備に間に合う。

「よし・・・!」





「どうして私も一緒に行かなきゃいけないのかしら・・・」

「だって怖いですし!あたしに何かあったらどうするんですか!ルノア様のお世話が出来なくなるなんて嫌ですから」

 中央駐屯地には今現在ツェルスト軍の人とハルザス軍の人が滞在している。捕虜返還は確か明後日のはずだった。

「あたしが呼び出してお返事するので近くにいてくださいね。あたしがピンチになったら助けてください」

「だからって・・・ここは駐屯基地なんだから兵士でもいいじゃないの」

「先生、魔法を使えるし強そうじゃないですか。まぁもう着いちゃいましたし文句は後で聞きますから!」

 兵舎が見えてきた。確か二千人が居住出来るとか。それに見合った大きさである。

 当然入り口には見張りの人がいた。

「すいません。中に用事があるんですが入っていいです?」

「用件とは?関係者以外は特別な用件でないと入れない規則なんです」

「えっと・・・中にいるハルザスの方に会いたいのですが・・・・」

 ハルザスと言った瞬間、見張りの兵士の顔が厳しくなった。

「そういう用件はちょっと・・・」

「あれ?あなたは・・・おーい!メイドさーん!」

 いきなり遠くから呼び掛けられた。声のした方を向くと、いた。あの男が。俺を悩ますアイツだ。


「あ、あの・・・返事を言いに来てくださったんですよね?」

 俺は見張りの兵士の方を見る。

 中のハルザス兵士には会わせないくせにコイツが外に出るのはいいのか、と。そんなニュアンスを含めた視線をぶつけると見張りの兵士は目を逸らした。

「えっと・・・、実は昨日の夜から待ち人がいるから僕を外に出して欲しいとお願いしていて・・・基地から離れないならいいって言って貰って外に出てるんです。あっそうだ僕、ジャック・アルーソンって言います!それで・・・その・・・・」

 なんかここまで来てしまったが気乗りしなくなってきたな・・・。可哀そうで。でも、やるしかないか・・・。

 俺はおもむろにホワイトプリムとエプロンを外す。

「すいません持っててもらえますか?」

 そう言って先生に持っててもらう。先生は何も言わずにジャックを見ていた。

 次はエプロンの下の黒のドレス、背中の留め具に手を掛ける。

「あ、あの・・・メイドさん?な、なんでぬ、脱いでいるんですか・・・?」

 おぉおぉ顔が真っ赤だ。

 だがそれでも俺は脱ぐ。そして―――

「そ、そんなメイドさんそれ以上は・・・・、へ?」

「すぅ・・・はぁ・・・・」

 深呼吸をして心を落ち着かせる。そして出来るだけ声を低くして、先生が考えたセリフを話す。

「あたし、実は・・・」

「そ、そんな・・・まさか・・・!」

「女装趣味の男の子なんです。だからジャックさんと結婚は出来ません。ごめんなさい」

 これが先生が考えたセリフ。俺に自分は男だと言わせてそもそも酔っ払いの時の見間違いだったと思わせる。

 幸か不幸かこの黒髪は短いから男と言ってもまぁ通じなくもないんじゃないか。そして胸は、少女らしく発達中なのでサラシを巻いている!

 服はルーカルトさんの息子さんの服。長ズボンにシャツ。胸元のシャツも一番上は開けてさりげない男アピール。

「そ、そんなぁ・・・だってパーティーの時は、天使のようだったのに・・・・」

 天使って・・・。ま、まぁ俺ってば美少女だし?仕方ないな。でもルノア様に拾われた命だ。ルノア様に使ってもらいたい。

「だましたようでごめんなさい!そ、それじゃあ僕はこれで・・・・」

「待って!君の名前は・・・」

「僕の名前はサシャです。ジャックさん」

 ジャックは俯いたまま棒立ちになった。

 心中お察しします。同じ男として・・・・。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

「ジャックさん?今何か言って・・・」

 俺の体から急に力が抜けた。足に力が入らなくなり地面に倒れそうになった所で先生が俺の体を受け止めて支えた。

「先、生・・・な、なんか急に、力が・・・」

 それになんだか視界がぼやけて・・・それこそ酔っ払ってるみたいな・・・・。

「僕の魔法を受けても倒れない。そうか・・・やっぱり魔女がいたんだな。魔女め僕のサシャに何をした!お前がサシャに呪いをかけたんだろう!」

「呪いって言うのは今あなたがこの子にかけた魔法のことを言うと思うのだけど。『解呪ディスペル』。大丈夫?サシャ君、怪我は無い?」

 俺はまだはっきりしない意識で頷く。すると先生は微笑んで、そして俺を地面に優しく寝かせた。

「僕のサシャから離れろ!卑しい魔女が!『火球ファイア』、『火球ファイア』、『火球ファイア』!」

 ジャックの指先から火の球がどんどん現れ、先生に殺到していく。

「先、生・・・!」

「『魔法結界シールド・オブ・マジック』。私は大丈夫だから、サシャ君は私の後ろに」

 俺は言われた通りに力が入るようになった足で先生の後ろに隠れる。

「あぁサシャ可哀そうに。君は魔女に操られているんだ。僕が今すぐ助けてあげるから!」

 ジャックは休む暇もなく魔法を放つが先生の近くで消えていく。

「アルーソン、確かハールキース海に浮かんだ島を治める元田舎貴族姓だったかしら。田舎者は分からないようだから教えてあげるけど、逆上して攻撃的になる男性は都会じゃモテないの。『音響振動ヴィブレート』」

「魔女がッ・・・僕の家を馬鹿にしているのかッ・・・!ふざけるなよッ!」

 ジャックの足が崩れて地面に倒れ込む。先生の魔法による物だと思うが俺には何が起きているかは分からない。

 ジャックが鬼のような形相で先生を睨む。その目には、俺が抱いていたような優男のイメージなんて欠片も無かった。

 駐屯基地の鐘が鳴り響く。すると門が開けられて兵士達が出てきた。

「この男、急に襲い掛かって来たのだけどどうなっているのかしら。そもそも捕虜を外に出すなんてどうにかしてるわ」

 先生が倒れ込むジャックを指さして出てきたツェルストの兵士に言う。

 その中の隊長らしき人が先生の顔を睨んだ。

「商店通りの・・・。失礼いたしました、それではこの男は厳重に保護・・いたしますのでどうか気を静めていただきたい。それでは失礼」

 部下らしき兵士達がジャックの両肩を持って基地内に入っていく。

「はぁ・・・はぁ・・・・」

 恐怖から固唾を飲んだ。だって倒れたジャックが連れて行かれる際、ずっと俺を見ていた気がしたから。

「サシャちゃん、大丈夫・・・?」

「ひっ・・!」

 先生が俺の肩に手を置いた。それだけで震えてしまった。

「えっと、すいません・・・。大丈夫ですから、俺・・・。帰りましょう・・・」

 俺は立ち上がるが、ふらついて先生に寄りかかってしまった。

「あれ、おかしいな・・・大丈夫なはずなんですけどね・・・はは、は」

 ストーカーとかそんな感じの人に悩んでいる人ってこんな気持ちなのかな・・・。ははは・・・・。

「サシャちゃん・・・」


 帰る途中、俺は何度も振り向いてしまった。

 だってジャックの視線がずっと背中に貼り付いている気がしていたから。

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