第7話 酒乱とメイド達

 ツェルスト邸の大広間に人が集まるのを初めて見た。

 黒い軍服を着た集団と青い軍服を着た集団。水と油の如く綺麗に分かれていてこの会合の謎さ加減を如実に表していると思う。

「えーハルザス武官の諸君、今日は我がツェルスト家の為に遠路はるばるよく来てくれた。諸君のおかげでツェルスト家の財政は大いに潤った!次も懲りずに喧嘩を吹っかけてくるといい!はっはっはっ!」

 今日はツェルスト家開催の戦勝パーティ。

 司会を務める旦那様が心の底から愉快そうに笑った。それにつられるように黒い軍服集団もといツェルスト軍の方々もそれはそれは楽しそうに笑う。

 対して青い軍服集団改めハルザス軍の方々も苦笑いをしていた。

 その中で唯一地団太までして前に出てくるハルザス軍人が一人。

「その卑しい笑いを止めろ黒虎ァ!俺はお前を絶対に絶対に晒し首にしてやるからなァ!」

「ん~?おっとこれはローランド君、この前は賠償金振り込み予告ありがとう。楽しみ過ぎて最近寝不足だったんだ。いやぁ今日はいい夢が見られそうだ」

「舐めやがってェェェ!」

 旦那様とは対照的にローランドさんという方はご立腹の様子。

 ん?ローランドさんって宣戦布告しに来た人か!なるほど道理で見覚えのある顔だと思ったら・・・。

「君、おかわりを貰えるかな?」

「はい、ただいま」

 グラスを差し出してきたのはハルザスの軍人の人だった。

 俺は手に持っていたトレーから酒の入ったグラスと空のグラスを取り換える。

「ありがとう。それと、誰かアイツに水を持っていってやってくれないか?もう酔っ払ったみたいで」

 軍人が指を指したところを見ると柱にもたれ掛かった男がいた。

 そうとう酔っ払ってるなアレ・・・。

 一旦おかわりを求めた軍人に頭を下げて離れる。

「ごめん、これ代わってくれる?」

「いいよー」

 俺は近くにいた金髪のメイド、ローザさんにトレーを渡す。

 何故俺以外にメイドがいるかと言うと、旦那様が宣戦布告を受けた次の日にヴァランシの街で知らせて未婚の女性を募集していたのだとか。

 年中行事ってこういう・・・?

 募集に来てくれた未婚女性の中でも旦那様選りすぐりのメイド隊。そして俺がいつの間にかメイド長に一時昇進していた。

「いいのよ、ここで顔を覚えてもらって幸せを手に入れる為だもの!」

「わーたのもしいー」

 本っ当にたくましいな・・・・。

 一夜限りの我がメイド隊には生き遅・・・お姉さま方からルノア様ぐらいの歳の娘まで、幅広く参加してもらっている。

 確かにありがたいとは思うな、この数を一人で捌くのはとてもとても・・・。

 そう思いつつ予備のコップを取り出してウォーターポットからコップへ水を注ぐ。

 えっと・・・確か柱にもたれ掛かって・・・っと。

 いた。青い軍服はハルザス軍人の証。

 変に絡まれたりしないかな・・・・。酔っ払いの相手は嫌なんだよなぁ・・・。

「もしもーし?お水ですよー?」

 ありゃ動かん。これはどうした物か・・・・。

「ん・・僕は・・・?」

 お、起きた。

「大丈夫ですか?これ水です。どうぞお飲みください」

 俺が水を差し出すと男というよりは少年に近い声をした彼は震える手でコップを受け取った。

 だが案の定震えた手でコップを持てば零してしまう。

「おっと・・・。大丈夫、じゃなさそうですね」

 俺は仕方なく彼の震える手に自分の手を添えて口まで運ぶ。

「ぅ・・うっぷ・・・っぷはぁ・・・あ、ありがとう・・・・」

 彼の虚ろな視線が俺の手を見ていた。

「どういたしまして。体調が悪いようでしたら客間で休憩されてはどうですか?お連れしましょうか?」

 吐かれても困る。掃除って絶対俺だし。

「い、いえ・・・お構いなくお嬢さ・・ぅ、うぇ・・・・」

 はい、客間にお通ししますね。その前にトイレか。どっちにせよ掃除は俺か・・・。




 幸いと言えるかは分からないが吐くこともなく無事に客間に通せた。

「なにからなにまで済まないお嬢さん・・・」

 今にも吐きそうだ。吐くなよ?間違っても絨毯の上でリバースだけはしてくれるなよ?

 とりあえず花の無い花瓶を手渡しておくことにした。

「いえ、お酒を飲めば誰だってそうなりますよ。それではあたしはこれで・・・」

 部屋のドアノブに手を掛ける。

「待ってくれ。あなたのお名前は・・・」

 顔が真っ赤を通り越して真っ青である。あれは絶対安静のサイン。俺は酒乱の恐怖を知る男である。

「名乗るほどの者ではありません。それでは失礼いたします」

 地味に言いたいセリフが言えました。




 大広間は酒乱の地獄と化していた。

 泣き上戸、怒り上戸、笑い上戸。各種上戸のオンパレードに微かに頭痛を覚え始める。

「一体、なんでこんなことに・・・・」

「サシャさん・・・実は・・・・」

 俺は近くにいた助っ人メイドの一人に話を聞くと―――

「今日は無礼講だ!さぁどんどん飲め!酒なら浴びるほどあるからな!はっはっはっは!あっはっはっははっはっはは!!」

 そう言って旦那様が部下に地下の酒蔵からどんどんと酒を持ってこさせたとか。

 その中にアルコール度数がまずいことになってる北国から買い付けた酒もたくさんあって・・・・今に至る・・・。



 昼間に殺し合っていたとは思えない光景だ。黒の軍服も青の軍服も関係なく酒を注ぎあい、飲み比べをしている。

「し、死屍累々・・・」

 辺りを見回せば互いの軍服を交換し合う酔っ払い達。

「サッカーか!」

 メイドにお触りを求める酔っ払い達。

「キャバクラかよ!?」

 泣き上戸と化したローランドさんと笑い上戸の旦那様。

「いやぁお前の指揮が下手クソで本当に笑えるわぁ。何あれ、なんでいきなり騎兵で突撃するわけ?超受けるんですけど!」

「うわぁぁぁぁん、黒虎が俺を苛めるよぉぉぉぉママー!」

「うっわお前泣いてんの?そんなんだから軍術学院でも俺に勝てないんだよ!泣く暇があったらもっと動けってんだ!はっはっはっはっは!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 俺は何も言わず視線を逸らす。

 俺は何も見てない。酔っ払い中年なんか見ていない・・・。

「ちらっ」

 あんなの嘘だ。あんなのないよ。あり得ない。

「何をしているのサシャちゃん?」

「ん?」

 声がした方を見ると、メイド服を着た先生がいた。

 先生も募集に来てたのか・・・というか顔合わせにいたっけ・・・まぁいいや。

「先生、あの酔っ払いどうしたら消えますか!?」

「落ち着いてサシャちゃん。あの酔っ払いはここの領主とハルザスのエリートだから、滅多なことを言うものじゃないわよ?」

 暗殺者でも来ないかな、隙だらけなんだけど。あれ偉い人達なんでしょ?

「サシャちゃんは酔っ払いに恨みでもあるのかしら・・・」

「いやまぁ、父が酒好きだったのでよくウチで飲み会が開かれてたんですが、その後片付けは全部俺が・・・・」

 今思い出しただけで鳥肌と吐き気が・・・。

 先生は何も言わずに俺の頭を撫でた。

「そうなの・・・でも主催者が酔い潰れてしまったのだから今日はお開きでもいいんじゃないかしら」

 なるほど!

 俺は酔っ払い達の間を抜けて、大広間の壇の上に立つ。

「えー皆さま、今夜のパーティーは・・・」

 先生以外、誰も壇上に立つ俺など無視して酒盛りを続ける。

 なんだか無性にイラっとした。九州の実家と同じじゃないかッ!

 俺はなるべく大きな音が鳴るように足で床を踏みつける。

 ダンッと靴底が壇上を震わせた。これで酒乱共がようやく俺を認知した。

「よく聞けや酔っ払い共!もうテメェらに飲ます酒はねぇーんだよ!わかったらさっさとPi~~~~~(自主規制)」

 会場が静かになった。空気が凍ったと言ってもいい。

 それをチャンスと見たお触られメイド達が料理、酒、食器の片付けに入る。

 俺は嘆息しつつ壇上を降りる。

「サシャちゃん、苦労してるのねぇ・・・」

 そう言って先生はもう一度俺の頭を撫でるのだった。

 酔っ払い・・・戻しゲ〇・・・貰いゲ〇・・・・。いやぁぁぁぁぁぁっ!!



 大広間には強烈な酒の匂いとアルコール漬けのおっさんばかりが転がることになった。




 まだ酒臭い・・・・。

 酔っ払い達もメイドもそれぞれ屋敷から帰っていっていつものツェルスト家の朝が来た。

 でも旦那様は二日酔い、ルノア様は酒臭い屋敷の中を歩かせられないのでお部屋で待機してもらっている。

 いつも通りとは言い難いのだけれども。

「うぅ酒臭いよぉ・・・」

 窓を開けてもこれである。雑巾で床を擦れば雑巾からも酒の匂いがした。

「あぁ・・・ん?そう言えば・・・・」

 もう一人いたはずだ。酒に飲まれたあどけない軍人が。



「失礼いたします」

 客間のドアを開けると下戸の彼はベッドに寝転がって何かをしているようだった。

「朝食をお持ち致しました。と言っても使用人の賄いなのですが」

 主人の朝食はそれぞれ私室に運びました。そして二日酔いの旦那様に食べさせました。うぅ・・・ルノア様の方がよかった・・・・。

「あぁ、これはご親切に・・・僕もそろそろ出ようと思っていたのですが・・・」

「お客様は最大限もてなせと申しつかっておりますので、出来れば朝食も賄いなどではなくしっかりとした物を用意したかったのですが昨日のパーティーで食材が・・・・どうかしましたか?」

 顔が赤い。真っ赤だ。なんだこの人、昨日は真っ青で今日は真っ赤。明日は黄色か、信号機か。

「熱は・・・無いみたいですね。う~ん、薬をお持ちしましょうか?」

 彼の額に手を当てて熱を測ってみるが、至って普通だ。

「僕はっ・・・中央駐屯地で捕虜として賠償金と引き換えにハルザス本国に帰ることになるのですが・・・」

「はぁ・・・?」

 なんだ?

「ぼ、僕と一緒にハルザスに行きませんか!」

「は?」

 えっと・・・何?ハルザス?

「ぼ、僕はあなたに一目惚れしました!僕の妻としてハルザスで暮らしませんか!?」

「ひ、ひと・・・えぇ!?」

 これってプロポーズってやつなのか!?会って一日も経ってないのに!?

「や、やぁその・・・妻とか、そういうのは・・・・・」

「捕虜の返還までまだ時間はあるので、それまでに返事をいただけたら嬉しいですっ、そ、それじゃあ!」

 俺に何も言わせずに客間を出て行ってしまった。

 客間に残ったのは困惑する俺と温かな朝食ばかりである。

 これどうすんのさー!




 日は落ちてもう夕方、洗濯物を取り込み、ルーカルトさんの夕食の仕込みも手伝った。

 だが手を止めてしまうとどうしても朝のことを考えてしまう。

「あの人・・・名前なんなんだろう」

 そもそも名前も知らない人に付いて行くほど間抜けではないのである。

 お断りをしようにも名前が分からなければ中央駐屯地に行っても呼び出せない。

 放っておくか。いや、でもな・・・返事を待っているのにいつまでも焦らすのは・・・同じ男として可哀そうだし・・・・。

「どうかしましたか?サシャ。なんだか難しそうな顔をして・・・」

 はっ!この声は!

「ルノア様!なんでもありませんよ!もうすぐ夕食の準備が終わりますからね!」

 まぁルノア様を前にすればどんな問題も有象無象である。

「まぁ!それは今日はどんな夕食なのですか?」

「今日は魚が手に入ったとかで、ルーカルトさんがムニエルを作っていましたよ」

 プロポーズの件は、後で先生にでも聞いてみよう。

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