第11話 早起きは何文の得?
小鳥達だってまだ寝ているような夜明けの頃、俺の意識はぼんやりとしている。
朝だ・・・起きないと・・・。
俺はふかふかのベッドから身を起こす。
「んー・・・」
ゆっくりと体を伸ばして、カーテンを開ける。外は薄暗い。
帝国より北の方だから、朝は余計に冷えるんだよなぁ・・・。
ヴァランシが帝国の中でも南の方に位置していた。そのせいでヴァラスクジャルブの朝は余計に寒く感じるのかも。
俺は寝ぼけつつクローゼットの方へ向かう。その間に寝間着を脱ぐ。
クローゼットを開けてみても見事にメイド服しかない。俺は適当に右端の物を取る。
「朝ごはん何にしよう・・・、パンはあったし卵もあった。野菜は沢山。ベーコンもあったけ・・・フルーツはあるかな・・・?」
メニューを考えつつロングスカートの裾をつまんで広げる。
黒のスカートは今日も黒いままだ。
虫食いは無い、か。
そのまま鏡の前に立つ。簡素な化粧台にはブラシが一本。それを手に取って適当に髪を梳く。
髪の毛サラッサラで大して寝癖も出来ないから楽でいいや。
人前に出れるぐらいに髪を整え終わる。そしてまたブラシを置く。
両手で頬を叩くと痛みが脳まで届いた。鏡の中の俺の頬は僅かに赤い。
「さてと・・・今日も頑張りましょう!」
洗濯物を入れた籠を持って寮を出る。寮の近くに川があり、そこで洗濯をする。
旦那様の分が無いと籠が軽いぜ。
整備された川原まで降りる。そして籠を地面に置いて、その籠の中かたルノア様の下着を掴む。
「うわぁ冷たい・・・・」
冷水一歩手前の川に手を突っ込んで擦って揉んで。
白か・・・。
「次は・・・っと」
白のワンピース、寝間着だ。
ふむむ・・・、ルノア様ってお洒落に興味が・・・いやツェルストに服屋が無いだけか、ふむむ・・・。
「作業を急がねば!」
ついでにこれも早く洗ってしまいたい。風邪を引いちゃうよ。
大して量のない洗濯物を全部川の水で濯いぎ終え、籠に戻す。
川の水から出した手は寒さで紅くなっている。
「あ・・・洗濯物ってどこで干せばいいんだっけ?」
寮の庭・・・にルノア様の下着なんか干せない。寮の裏手・・・は狭い路地だからダメ・・・部屋干し?
「いやぁ」
川原の土手を登りながら考える。川に来た時よりは人の姿が増えた。黒いローブは魔法使いの証らしい。彼らは魔法科学院の方へ向かっていく。
勉強熱心なこって・・・、こんな朝早くから・・・。
そんな事を考えていると、寮の一階で窓を開けて紅茶を飲んでいるお婆さんと目が合った。俺は条件反射でお辞儀をしていた。
「あら、お洗濯したの?帝国の方は早起きねぇ・・・」
確かこのババアは寮母だったか。
「あの・・・寮母さん、洗濯物はどこで干したらいいですか?」
「お洗濯物なら朝だして貰って、私がまとめて洗濯してるんですよ。干すんならこっちにいらっしゃって。案内してあげるから」
なるほどすぐに干してクローゼットにしまえってことか・・・。ツェルストとは全然違うんだな・・・いやあそこが貧乏だっただけ?
寮の中に戻って寮母のいた部屋に入る。
あったかい・・・。
「こっち、こっち。えっと・・・」
「サシャです。寮母さん」
寮母は俺に呼ばれて優しく微笑んだ。
「役職で呼ばれたのは久しぶりだわ。メルヴィよ。名前で呼んでちょうだい」
「それは失礼しましたメルヴィさん」
「いえ、いいのよ。そうそう洗濯物を干すのよね、こっちに来て」
部屋の奥に進む。
暖炉の前に安楽椅子、古そうなテーブルに湯気の立つティーポットが置いてある。
「ここ、この中に洗濯物を入れるのよ」
メルヴィさんが指さしたのは変な模様の描かれた入れ物。正方形状のそれにはパイプが通してあった。
メルヴィさんがそれの入れ口を開ける。ここに入れろってことらしい。
俺は籠から湿った洗濯物をその中に入れる。全部入れ終わるとメルヴィさんが蓋を閉めた。
急に箱が光りはじめる。
「!?」
「これを見るのは初めて?これは魔道具の
一分も掛からないうちに洗濯物はすっかり乾いていた。
「私も詳しくはないんだけど、そこのパイプから魔力が流れてて自動で動くのよ。この魔力は魔力タンクから来てるの」
「へぇ・・・色々進んでるんですねぇ」
生活の中に魔法が入り込んでるんだな。流石魔女王の国ってところか。
「ふふ、いろんなところから人が来るからこういう自慢をするのがひそかな楽しみだったりするのよ」
「そうなんですか・・・確かにここに来てから驚いてばかりな気が・・・」
俺の答えが嬉しいのかメルヴィさんは俺に椅子に座るよう促す。
「よかったらお茶でも飲んでいって?お婆さんもたまにはお話ししたくなるのよ」
問答無用と言わんばかりに椅子に座らされて、目の前に出されたティーカップに熱々の紅茶を注がれた。
「えっと・・・」
あぁ、あの目は久しぶりに孫にあったジジババの目だ。そういえば九州の婆ちゃんは元気なんだろうか。
「いただきます」
とりあえず一口。
「美味しい・・・!」
身体の底から温まる感覚がした。それに甘すぎないさっぱりとした味がした。
「嬉しいわぁ!もっと飲んで飲んで!」
「はい!」
紅茶を飲んでいるうちにすっかり朝になっていた。
自分でも驚くくらいに饒舌になり、俺は一つ反省をした。
俺、婆ちゃんのことをATMなんて呼んで・・・俺心を入れ直したよ婆ちゃんごめんよ!
ルノア様の部屋に戻ると、リビングには着替えを済ませたルノア様がいた。
ルノア様は教科書を読んでいる。
「おはようサシャ、どこに行っていたの?」
「おはようございますルノア様、洗濯をしていました。今すぐ朝食をお作りいたしますので、少々お待ちください」
洗濯籠をどこか邪魔にならない場所に置いてキッチンに入る。
少し喋り過ぎたな・・・俺の予定だともう朝食は完成のはずだった・・・。まぁ仕方ない。
朝食のメニューは・・・スクランブルエッグとパンとフルーツでいいか?いや、でも・・・。
くぅぅぅ。
そんな可愛らしい音が聞こえた瞬間、俺の意識が考えることをやめ、体が勝手に包丁を振るっていた。
気づくと俺はルノア様の前にそれはもう見事な朝食をお出ししていた。
クロワッサンにポテトサラダ、ベーコン。牛乳と一口大に切ったフルーツ盛り。
朝は牛乳。異論は認めない。
「お待たせいたしましたルノア様。時間がなくて大した物を作れなかったのですが・・・・」
ルノア様の小さなお口にポテサラが入っていく。
ごくり・・・。
「美味しいですよサシャ!でも、この白っぽいソースはなんという調味料ですか?」
「はい!マヨネーズというのですが、卵と酢と油を混ぜ合わせて作るんです!」
ルノア様は次にクロワッサンを齧って、ベーコンに手を付ける。なかなか分厚いベーコンだ。
ベーコンはサイコロ状に切って塩胡椒をまぶしてある。
「ぅん~!」
ルノア様は旦那様に似てお肉が好きなのだ。ルーカルトさんも朝食には必ずベーコンやらを出していたのだ!
あぁ嬉しそうなルノア様可愛い・・・可愛いよぉ!
ルノア様は俺の作った朝食を完食してくださった。
しかも美味しいって!マジ嬉しいんだけど。
「ご馳走様でした。それでは読書の続きを」
ルノア様は教科書の続きを読み始める。俺は急いで朝食の皿を片付けを始める。
各料理に皿一枚使ったので、皿四枚にコップ一つ。
シンクに皿類を置いて、水道から水を出す。牛乳を入れたコップは早めに洗わんといかんのです。
ソースやら油やらで汚れた皿を手で擦って汚れを落として水気を拭きとる。
全部洗い終わった一息。
ん?おい待てよ、魔法科学院の始業って何時だ?
俺は時計を見た瞬間にドバっと冷や汗が噴き出てきた。
「ルノア様?遅刻してしまいそうですが・・・?」
「サシャの事を待ってたんです。学校じゃ一緒にはいられませんから、せめて校門までは一緒に行こうと思って」
ルノア様・・・・なんてお優しい人なんだ・・・・・って違う!
「遅刻っ、遅刻してしまいますよ!?」
「遅刻ってなんですか?」
俺はルノア様の手を引いて急いで部屋から飛び出した。
俺の、俺のせいでルノア様が入学早々遅刻の汚点を受けさせるわけにいかない!
ルノア様は俺が責任を持って送り届けました。お姫様抱っこ出来てサシャ嬉しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます