第12話 メイド、異国情緒に触れる

 俺の目の前で校門が閉められていく。

 ま、間に合った・・・・。

 校門の向こう側で俺に手を振るルノア様が見えた。俺も手を振り返す。

 可愛い、可愛いんだけど今はちょっと・・・。

 呼吸困難で咳き込む。

「大丈夫ですか・・・?」

 校門を閉めていた門番の人が駆け寄ってきた。

「だ、大丈夫ですから・・・お構いな・・・グフッ!」

 俺は普通のメイドとは違うんです普通のメイドとは・・・・。


 俺の強がりが伝わることは無く、門番の人の詰所まで運ばれてお水をもらってしまった・・・。

 金属製のコップに小さなポットから水が注がれる。透明な水底が照明を反射して俺の顔を照らしている。

「毎年、この時期はいるんですよ遅刻しそうな生徒さんを引っ張ってくる従者の方ってのは。まぁ抱きかかえて走ってきたのはお嬢さんが初めてでしたけど」

 半笑いの門番の人が言う。

「よく言われるんですよね、男っぽいって」

 あ、お水冷たい。

 俺はぐいっと全部飲み干した。

「もう大丈夫そうですね。なるべく遅刻はしないようにしてくださいね」

「ご迷惑おかけしました・・・それではあたしはこれで」

 俺は門番の人に見送られて詰所を出ていく。俺は詰所を出る間際でお辞儀をする。

 いい人だった・・・。




 上を見上げると雲一つない真っ青な空が広がっていた。

 帰ったら、洗濯は終わってるから・・・掃除したらアレの製作の続きをしよう。あ、夕食のスープの仕込みもしないと。

「あら、サシャさん?」

「ん?あ、リーラシッタさん!」

 おーい、と俺は手を振る。向こうの角からリーラシッタさんが歩いてきた。

「おはようございますサシャさん。何をしてらしたんですか?」

「その・・・ルノア様を学校までお連れしたところで・・・・」

 リーラシッタさんはポケットから懐中時計を出して、文字盤と俺を交互に見た。

「お疲れさま、って言ったらいいんでしょうか・・・」

「あたしは大丈夫ですから・・・ははは・・・・」

 乾いた笑いである。まぁ洗濯物を乾かしに行って遅れたから俺のせいだし。

「それはそうと、リーラシッタさんは何をしていたので?」

 さっき校門は閉まったよ?

「食料の受け取りに。ターリア王国はここからずっと南の方ですから、物を頼んでもすぐには届かないんです。一か月前に頼んでいた物がやっと届いたんですよ」

 一か月!それは遠いなぁ・・・。

「よかったら一緒に来ますか?」

「行きます!」

 即答。脊髄反射もかくやの速度だと思う。

「そ、そうですか・・・」



 外国からの荷物の受取はそれぞれの国の受け渡し所まで行く必要がある。

 俺とリーラシッタさんはターリア王国の受け渡し所まで来ていた。

 石造りの建物の中に入ると、そこはもう異国情緒に溢れていた。

「あれはターリア王国初代国王の肖像画です。それであっちは初代国王の彫像。あっちの方まで行くとレリーフもあるんですよ」

 謎の初代国王推し。凄いな俺なんか帝国の初代皇帝の肖像画も見たことないのに。ターリア王国の人はこんなに王様のことが好きなのか!

「ターリア王国は芸術の国って呼ばれてるんです。あ、着きましたね」

 そう言うとリーラシッタさんは受け渡し所の職員の人に話しかけ始めた。

「メラルメン家の使用人です。荷物の受け取りに来ました」

「それではこちらにサインを・・・はい、確認しました。三番倉庫ですね。こちらがカギになります」

 手続きが終わったらしい。俺もリーラシッタさんに付いて行く。

 受け渡し所ってこんな風になってるんだねぇ・・・。

 大理石の廊下を進んでいくと一、二と書かれた倉庫を通り過ぎて三番倉庫にたどり着く。

 リーラシッタさんが三番倉庫の扉に付いた錠に鍵を差し込む。ガキン、と音が鳴り、鍵が開いた。

「さ、入りましょうか」

 リーラシッタさんはそう言って扉を開ける。倉庫の中は両側の壁に松明が置かれ暗くはない。

 倉庫の中央の机の上には複数の紙袋が置いてあり、メラルメンと掛札がかかっていた。

「リーラシッタさん、これって何が入ってるんですか?見てもいい?」

「ええ、いいですよ」

 俺は紙袋の中身を覗く。

「これは・・・」

 ま、まさか・・・。

「帝国には馴染みが無いかもしれませんね。ターリア王国じゃ普通なんですが。これは小麦で作られたパスタって言うんです。フィオーラ様の好物なんですが、ヴァラスクジャルブに着いて早々に食べ尽してしまって・・・。これで夕飯の時に静かになりますね」

 そうかパスタ!こっちにもあるんだな!これがあれば夕飯のレパートリーがぐっと増えるのでは!?

「少し分けます?」

「ください!」

 脊髄反射もかくや・・・もういいか。



「ありがとうございますリーラシッタさん。後で帝国のベーコンとかハムとかソーセージとかお裾分けしますね!」

 酒に合いそうなんだよなぁ。飲んでないけど。

「それは嬉しいです。それじゃサシャさん。私はこれで」

「さよーならー!」

 ここはルノア様の寮の前。フィオーラ様の寮はもっと向こうにあるそうなので、ここで分かれることに。

 俺はリーラシッタさんが角で曲がって見えなくなるまで手を振った。

 今日の夕飯は予定変更だな。今日は久しぶりに・・・。

「パスタだ!麺が食える!」

 牛乳もチーズもあるし、クリームパスタでも作ってみようかしらん。

 俺はウキウキで寮の中に入っていくのだった。




 部屋の中に戻って、キッチンにパスタの入った紙袋を置く。

「ふっふふ~」

 鼻歌を歌いながら、俺の部屋から箒を取り出す。

 まずはリビングから。部屋の角から徐々に中央に寄せて集めていく。

 部屋の中央に集まった綿ぼこりをチリトリに移してゴミ袋の中へ。

 俺は箒、チリトリ、ゴミ袋の三つを持って次の部屋に向かう。

「失礼いたしますルノア様」

 そう言ってからルノア様の私室の扉を開ける。

 ルノア様の私室は屋敷にあるルノア様の部屋よりも狭い。部屋の四方にある本棚がそう感じさせているのかもしれない。

 ルノア様本人が几帳面な気があるので本棚に納まっている本は、ナンバリングされている本は番号通りに揃えられている。しかも本棚もルノア様が掃除をしている。

 まず窓を開ける。埃っぽくなってはルノア様の安眠を妨げることになるからな。

 机の下、ベッドの下。本棚の隙間は特に念入りに箒ではく。

 いやぁ今日もピッカピカだぜ・・・。

「後はベッドのシーツを取り換えて・・・っと」

 古いシーツを剥がして、新しいシーツを敷く。シーツの角をベッドの端で噛ませて、ピンと張る。

「これでよし・・・!」

 慣れた物である。

「しかし、よくもまぁこんなに本を集めたもんだよな」

 本棚から一冊、本を試しに取り出してみる。

「え~なになに?『帝国領内における植物生態図鑑』?」

 図鑑か。通りで重いわけで・・・。

 表紙をめくる。

 へ~こんなのあるんだ。全部同じに見えるんだけど。次の本は・・・。

 植物図鑑を戻して、その隣の本を取る。

「こっちは『勇者ケッツァーヘルトの冒険』か。へぇ、こういうのも読むんだねぇ・・・」

 これもパラパラとめくる。中身は勇者の冒険を描いたものらしい。字ばっかりだ。俺は次のページをめくる。ちょうど魔王を倒して勇者が囚われのブリューネ姫を助けた場面だ。

「これは・・・」

 ページの余白に絵が描かれていた。インクで滲んでいるが多分絵だ。

 勇者とお姫様、かな・・・?あ、魔王っぽいのが倒れてる。

「お姫様の絵の下になんか書いてるな・・・えっと、る、の、あ?」

 る、の、あ。ルノア。ルノア様!いかん、考えが繋がるのに数秒を要してしまった。しかしあのルノア様が・・・。

 俺は急いで本を戻し、箒、チリトリ、ゴミ袋を持って部屋から出る。

 あぁ鼻血が・・・!

 やはり堪えきれなくなって鼻血を噴いてしまう。

「やっぱりルノア様も乙女だもん!可愛いよぉ!」

 廊下の掃除はやり直しのようだった。




 夕方になった。魔法科学院から続々と人が出てくる。

 寮もなかなかに騒がしさが戻ってきた。

 俺はじっと鍋を見つめる。

 お、灰汁だ。

 お玉で灰汁をすくって別の皿に移す。

 そろそろだな・・・。

 鍋の中のスープが黄金色に透き通った。これで完成だ。

 俺は鍋の火を止めて、穴あきボウルの下に普通のボウルを置いて鍋の中身を流し込む。

 スプーンで出来たスープをすくい取って口に運ぶ。

「熱っ。でも、美味しい・・・」

 いいねぇ、時間をかけただけはあるよ。

 玄関の扉が開いた。俺は走って玄関に向かう。

「お帰りなさいませルノア様!」

「ただいまサシャ」

 俺はルノア様のカバンを受け取る。ルノア様はリビングのソファに座った。

「どうでしたかルノア様、初めての学院生活は?」

 俺がそう尋ねるとルノア様は嬉しそうに笑った。

「とっても楽しかったです!フィオちゃんと一緒に授業を受けたんですけど、フィオちゃんがとっても面白くて・・・・」

 よかった、テオバのクソには何もされなかったみたいだ・・・。

「フィオちゃんは火の魔法が得意なんですよ。それで実習の時に用意されていた的を全部倒すくらいなんです!」

「へぇ、それは凄いですね!ルノア様はどうだったんですか?」

 フィオーラ様と一緒にいるならテオバもちょっかい出し辛いのかな・・・。

「私は・・・的には当たるんですけど倒すまではいかなくて・・・・」

 的なら倒さなくてもいいんじゃね・・・?まぁ本人が悔しがっているんならそれはいいのかな?

「ルノア様、紅茶はいかがですか?お茶を飲みながらでもあたしにもっと学院でのことを教えてください」

「もちろんです!」




 しかしマジでフィオーラ様にべったりなんだな・・・。もうちょっと友達作りしてもいい気がするけど。

 鍋の中にはリーラシッタさんに貰ったパスタ。それとは別にフライパンに牛乳を入れて火にかける。

 ルノア様は宿題中だ。一年生は基礎をやって二年生になったら専門的に。三、四年生になると好きな教授の研究室に入ってそれぞれの研究を始めるらしい。その為に一年生は宿題が出るんだとか。

 う~んう~んと唸りながら宿題をやるルノア様も可愛いよ!

 そんな姿を眺めているうちに牛乳が沸騰を始める。そしたら作っておいたスープをフライパンの中で牛乳と混ぜる。

 ここで味見!う~ん・・・塩が足りないな。

 塩を一つまみ投入。

 もう一度味見。うむ、いい感じだ。

 今度は鍋の方を見る。パスタもいい感じに茹で上がった。鍋の中からパスタを取り出してフライパンに移して、中のクリームソースと混ぜる。

 フライパンの火を止めて、もう一つフライパンとベーコンを取り出す。

 分厚いベーコンを薄く小さく切って、さっき取り出したフライパンの中に入れて、火にかけ炒める。

 お皿、お皿っと。

 俺は平たいお皿を取り出して、クリームパスタを皿に盛る。

 黄色のパスタとクリームの白が結構なコントラスト?を生んでいると思えなくもない。いや生んでいる、うん。

 クリームパスタの上に炒めたベーコンを載せ、黒コショウをまぶす。

「チーズおろしは・・・」

 キッチンの棚を引くと沢山の調理器具が収納されていた。これを第四中隊のロリコン共がしまっていったのか・・・・。几帳面なことで。

 あったあった。

 俺はチーズおろしを手に取る。

 後はチーズ・・・。

 別の棚にチーズを保存してある。そこから適当なチーズを見繕って取り出す。

 パスタを盛った皿の上でチーズとチーズおろしを手に持って、チーズを削る。削られたチーズは熱々のパスタの上で溶けていく。

 おお美味そうだ!これで完成!



 ルノア様はワンピースに着替えて、テーブルについていた。俺はルノア様の席に今日の夕食であるクリームパスタを出す。

「サシャ?これは・・・?」

「ターリア王国で食べられるパスタ、という物でございます。今日、フィオーラ様のメイドのリーラシッタさんにお会いしまして、その時に分けていただいたんです」

「そうなんですか・・・・」

 ルノア様はおっかなびっくりという感じでクリームパスタを口に入れる。

「んん~!美味しい、美味しいですサシャ!なんと言うんでしょうか・・・なんか優しい味といいますか・・・どこでぱすたのレシピを知ったのですか?」

 どこでって・・・日本?

「レシピ本を見て知りました」

「そんな本もあるんですね!興味深いです」

 まぁ何はともあれ喜んでいただけて良かった。それだけだ。

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