第26話 面影の訳
男が女王に子供と寝たいと身振り手振りで拝み倒して、なんとか子供と寝れるようになって、監視を妹に頼んであたいは自室に戻って藁に寝転がり心の整理をしていた。
「あたいはどうしちまったんだろうねぇ……」
父の影が男に被さるのを見たくないが為に監視から離れたが、頭から離れない。腕で目を隠して気をそらそうとしても頭に浮かんでくる。
男と向き合えってことかねぇ。これまでの男の行動を見聞きしてる限りでは、あたい達人外のことを恐れてることはなかった。
いや、今ならわかるが一度男の部屋に案内するときにいつもより動きが硬かった。疲れてたのなら逆に力が抜けた状態になるはずだから、あれは恐れてたから動きが硬かった?なんで恐れてたんだ……言葉が通じない、裸でいた、人外を恐れない……他国から来たのなら人外のことを知らなかっておかしくはないねぇ。まあ他国は他国でも海の向こうのだけど。
ハーピーから聞いただけで見てはいないが、海の向こうにも大地はあるようで、そこにもここと同じように国があると言ってた。
あとは、なんで部屋の案内のときに恐れてたのか……そういえば、部屋に着いた次の日には普通だったねぇ。正しくは藁の上に寝てからか。
裸だったのは捨てられたから……にしては身体に汚れも怪我もなかった。敗残兵に襲われたなら、そもそも生きてないだろうからねぇ。
……駄目だねぇ。出身国以外さっぱりわからん。
言葉が通じればわかるはずなんだけどねぇ。まあ男の行動を注意深く見ていけば考えも追々わかってくるだろう。それまで警戒を厳にするしかないねぇ……明日は男に色々とさせて見て様子を窺うかねぇ。
あたいは考えに終止をつけ、明日に備えて目を閉じた。
次の日起きたあたいは昨日の考えを実行することにする。桶を四つそれぞれ手に持ち女王の部屋に行くと、子供をあやしながらいちゃいちゃしている二人がいた。
こいつらはあたいの身も知らずに楽しそうに……
あたいは無言で男に近寄ると桶を二つ押しつけると、女王があたいを睨んできた。
二人の時間を邪魔したのに怒ってるのかい?だったら、あたいの身も考えて行動してもらいたいもんだねぇ。
女王の睨みを気にせずにあたいは部屋の入り口に向かって歩いていくと、後ろで男が慌ただしく動く音が聞こえ女王に対してすかっとした。
今回はあたいと男の二人のみでの作業をさせてみることにした。昨日は妹も居たので行動を制限していたので、これで逃げるような素振りを見せたら腰の剣で殺す。これならあたいを悩ませる男の行動の見極めと、殺す訳もできて良いこと尽くめだ。
まずは最初の作業のメリュジーヌの住む川に水汲みに来た。
川に来るまで特に男の行動に変化なし。何かしてこいよ。
そう思ってたら桶を水中にある石に当ててしまってメリュジーヌを呼んでしまった。現れたメリュジーヌに頭を下げながら何か言っていた。
こいつはなにしてくれてんだい!?こないだのことから二日と経ってないというのに、またからかわれるねぇ。
「おはよう」
鋭い目で男を見ていたメリュジーヌに苦々しい顔をして声をかけると、鋭い目から一変して意地悪を企んでるような顔に変わる。
「あら、おはよう“お母さん”」
さっそくかい。あたいは溜め息を吐きながら訂正する。
「あのねぇ、あたいはこの男のお母さんになったつもりはないよ」
「そうだったの!?昨日の男に対しての発言や態度を見てあたいはてっきりお母さんになったものだと思ったんだけど……違ったかしら?」
「違うに決まってるじゃないかい!!」
「それはごめんなさいね~」
口では謝っているが悪いとは思ってない口調で言い、口元がにやにやと笑っていた。
この口調はまた同じネタでからかう気でいるな。メリュジーヌが飽きるまで受け流すしかないかねぇ。
「わかってくれればいいんだよ。あ~、それでではないんだけど、実は用事とかなくて、桶に水を入れるときにあの男が間違えて石にぶつけたみたいなんだよ」
用事がないのに間違えて呼ばれたとわかったメリュジーヌは呼んだ張本人を見て敵意の眼差しで見ている。そんな目を向けられた男は、あたいが水を汲み終えるまでひたすら頭をぺこぺこと上げ下げしていた。
あれは何をしているのかねぇ?
そのあと、あたい達は一度巣に戻り男を外で待たせ、あたいは巣の中に入り桶を置きに戻った。
新たに腐肉が入った桶を一つと、人間の胃袋で作った水筒を五つを手に掴み男を待たせている外へと向かう。
「これで男が逃げてくれていれば森狩りをして殺す口実ができるんだけどねぇ……ちっ」
残念ながら男は素直に巣の外で待っていた。
あたいは思い通りにいかないイライラを男にぶつけるかのように、持っていた一番重い桶を男に押しつけて、次の目的場所であるアルウラネのいるところへ向かった。
アルウアネの蕾が見えてきたところで振り返り男の様子を見ると、疲れた表情で付いてきている。
あの距離でこの疲れようかい。裸の時に見た限りでは身体は鍛えてる作りをしていたけど、歩くことはあまりなかったのかねぇ?しかし、一人で寝てる時に近づくと厄介なことになるんだよねぇ。アルラウネの妹がいたら問題なく近づけるんだけど、その妹も今は地中で療養中だからねぇ。
吊されるのはごめんだから待つかねぇ……いや、これは使えるんじゃ?あたいが吊されたら男は間違いなく逃げれる状況になる。うん、いいんじゃないかねぇ。
不安要素としてはアルラウネが何時起きるかわからないことかねぇ。まあ一番近い村はメリュジーヌの川を渡るしかない、他に近い村は反対にある方向だが、一日中歩いても森を抜けれない距離だから森狩りをすれば問題ない。それに男には女王の匂いが付いてるから追跡も楽なもんだ。
あたいは手に持った水筒を男に渡して茂みを出て蕾に近付くと、地中から触手が飛び出し足に絡まって宙吊りにされた。絡まった触手が手まで絡まってとうとう動けなくなった。
さあ、あたいは動けなくなったよ。逃げろ。逃げてあたいら人外に殺されろ。これで女王も目を覚まして、人間は信頼に値しないとわかるはずだ。
何かを投げ捨てる音が聞こえた。その音を聞いて、あたいの胸の中でも何かが落ちる感じがした。
ほらね。この男も逃げるんだよ。
期待どおりのことなのに、なんで落胆しているんだいあたいは?
茂みをかき分ける音がしたと思ったら、地中から触手が出るのが目の端に見えた。
いったいなんだい?そう思ったとき身体が引っ張られた。引かれた力で身体が回転して何が起こってるのか理解した。いや、理解出来ない。
逃げたはずの男が触手で宙吊りになりながも、あたいの身体に巻き付いた触手を掴んでいた。
なんで?逃げたはずじゃあないのかい?
男は触手が巻き上がる状況でも、あたいに絡まってる触手を掴んで離さない。
あたいはそんな男に困惑していたが、男の必死な表情を見て父と重なる理由がわかった。父があたいや妹と接する時の表情が男と同じなのだ。
こいつに取っては、あたい達人外と人間は変わらない存在なんだ。
重なる理由がわかると胸がすっと軽くなり、男に対しての疑念の気持ちも少しは無くなったような気がする。
男に絡んだ触手は腕まで進んでたが、腕の触手を構わずあたいを触手の束縛から逃がそうとしていた。
しかし、この男はアルラウネの触手に絡まれてるのに頑張るもんだねぇ。そろそろ教えてやったほうがいいかねぇ。
「おい、落ち着きな。触手に絡まれたからといって、死ぬわけじゃないんだから」
言葉にしたあとにあたいは驚いた。あたい自身でも驚くほど、落ち着いた優しい声音を発していたのだ。
今のあたいはどんな顔をして言葉を発してんのかねぇ。
何度か同じ言葉を男にかけると、男はもがくのを止めて静かになった。少しすると今度はあたいの視線から逃れようと顔を逸らし始めた。
なんだ?……ああ、これは恥ずかしがってるんだねぇ。
よくよく見ると男の表情は恥ずかしそうな、それでいて居心地が悪そうにしているのがわかる。
メリュジーヌではこの男のことで笑い話にされたからねぇ。いつか言葉を交わせる日が来たら、今日のことを話して辱めて笑ってやろうじゃないかい。
あたいはそんないつかの未来のことを楽しみにして、アルラウネが起きるのを待った。
アルラウネが起きたのはそこまで時間はかからなかった。
太陽が真上近くに昇ってる時でないと、日光が木々に遮られてしまうので、アルラウネが起きるのはいつもこの太陽の位置だからねぇ。
「おはようさん。さっそくで悪いんだけど、あたいと男を下ろしてくれるかねぇ」
寝起きのアルウラネはあたいの要求に頷きつつ、手で口を隠しながらあくびをしていた。下ろされてあたいはすぐに立ち上がれたが、男は立ち上がれないでいる。
全く自分のことを考えず突っ込んできて、上半身がふらふらじゃないか。本当に変わった男だ。
あたいは座り込んでる男に近寄って、肩を叩きながら「ありがとう」と言った。助けようとした男の軽率な行動を注意したかったが、それは一先ず置いて男の勇気に感謝した。男はきょとんとした顔をしたあとに、まじまじとあたいの顔を見ている。
そんなにまじまじと見るんじゃないよ。まあ言葉の意味は伝わってないだろうねぇ。
男は立ち上がる手助けをして欲しいのか、あたいに手を伸ばしてきたので引っ張ってやる。すると、立ち上がった男は微笑みながらあたいの顔を真っ正面から見つめて「ありがとう」と言った。
突然のことにあたいは固まってしまう。
今なんて言った?意味をわかって言ったのか?
男は尚も微笑みを浮かべて見てくる。
こりゃあ今日の出来事でいじる日も早いかもねぇ。早速起きたアルラウネに今の出来事を話そう。そして、アルラウネとあたいの二人で男をいじってやろう。
いつかの日のことを思い浮かべ、あたいは意地悪い笑みを男に向けアルラウネに向かった。
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