第14話 生命による絆

 未知の体験だった。交尾であんなに乱れことなんて今までなかったのに。今思えば恥ずかしい姿を娘二人に見られてしまった。

 思い出すとまた顔が熱くなってきた。思わず顔を手で隠して藁の上で手足をじたばたと動かしてしまう。


 絶対にあの子達他の子にも言ってるはずだわ。もう見られてしまったものはしょうがないけど…… 恥ずかしい!


 その恥ずかしい気持ちにさしたオスは、今は自分の部屋に着いてる頃だろう。


「落ちた鳥みたいにばたばたして、何してんだい?」


 いつから見てたのか、彼女が入り口に立って呆れ顔で私を見ていた。


 私はすぐに姿勢を整えて、何事も無かったように振る舞う。


「何のことですか?」


「いや。今更取り繕っても遅いよ。昨日は部屋の外で監視していたんだけど、相当楽しんだみたいだねぇ。ちなみに声が大きかったから、他の子達にも聞こえて追い払うのに苦労したよ」


 彼女はにやにやと笑いながら聞いてきた。彼女が面白がってる時の表情だ。


 そんなに大きな声だったかしら…… あの子達のことだから、もう話は出回ってるでしょうね。 


 私は天を仰ぎたくなる気持ちを抑え、やけくそ気味に彼女に答えた。


「その通りよ。あんな快楽は初めてだったわ」


 あの時のことを思い出しただけでも、顔が熱くなってくる。

 私は熱くなった顔を手で煽って冷まし、彼女が来た用件を聞く。


「それでどうしたの?」


「ああ、あのオスだけど部屋に着くなり眠ったよ。まあ、話を聞いてたから、ぶっ倒れてもしかたないとは思ったけどね」


 はい。途中から子作りの為ではなく、快楽の為に六回も頑張って起たせました。おかげで若返った気分になったわ。あのオスも喜んでたから幸せなはずだわ。


「あのオスが倒れたことはどうでもいいんだけどね。オスが起きたら服を与えようと思ってね。ほら、あのままだと妹達の目の毒になるから」


 確かにあんな物をぶらぶらさせてたら、娘達にも私にも目の毒だわ。


「わかったわ。そういえばアルラウネとの物資交換の日は何時だったかしら?」


「確か明後日だけど。もしかして連れて行くのかい?」


「ええ。人数が少ない今は少しでも人手が欲しいでしょ? 貴女が何日か一緒に付いて回って、他の娘に付けても大丈夫か判断してちょうだい」


「はいよ。危険だと感じたら、殺るからね」


 最後の言葉には何とも言えない凄みがあった。

 私は無言で頷き承諾した。


 彼女の直感はよく当たる。経験から生まれた直感なのか、産まれた時からなのかはわからないが、その直感のおかげで何人もの娘が命を救われた。

 だからこそ私は安心して頷ける。彼女の直感に経験があったから、私達は今もこうして生きていられるのだから。


 話が終わったところで、お腹を内側からどんっと蹴られるような感触があった。

 手でお腹をさすると膨らみが出来ている。いきなり蹴られるとびっくりするから止めて欲しいけど、その分元気な子が産まれてくれるなら嬉しい限りだわ。


「どうやら無事に授かったようだねぇ」


「ええ。いつも通りなら明日には産まれるはずだわ。久しぶりにあの痛みを味わうのね」


 我が子が刺針を通る時の痛みを思い出すと気が滅入る。


「あたい達には産めないからわからないけど、今年は頑張って産んでもらうしかないからねぇ」


「わかってるわよ」


 ふと、私との交尾でのオスの接し方を思い出す。今までのオスと比べると色々と期待してしまう。

 それで試してみたくなった。


「ーー子供が産まれる時にあのオスを連れて来て」


「なっ!? 出産のところをかい!? さすがにあたいは反対だねぇ」


 渋る彼女。おすに出産するところを見せることは初めてのことだが、その相手が仇ににたものなら尚更反対する。


 どうやって納得させようかしら…… 理屈では説明のしようがない。ごり押していこう。


「初めては誰にだってあるじゃない。それが今回ってだけのことよ」


「しかし、なにもあのオスじゃなくてもいいんじゃないかい?」


「あのオスだからこそ見せるの」


 そう。あのオスの態度が本物であるなら、他の種族の魔物でも同じはず。そうなると魔物絶滅の危機は逃れられる可能性がある。


「あんたがあたいに反対するなんて珍しい…… わかったよ。あんたが相当入れ込んでる相手だ。あんたを信用しよう」


 そう言って彼女は少し黙って、私の顔をじっと見つめて口を開いた。 


「入れ込み過ぎて、判断を誤らないよう頼むよ」


「わかってるわよ」


 あのオスは人間であって、魔物ではないのだから…… 


 そこで話は終わり彼女はオスの監視に戻り、私は出産の為に早めに休んだ。




 出産予定日。


 オスと彼女と監視役の三人が巣を出たという報告から、どのくらい経っただろう。その痛みは突然やってきた。


「いっ!?」


 腹の奥から痛みが走る。唐突な痛みに声が出てしまい、異変に気付いた警護の二人が駆け寄ってきた。


「どうしたのママ!?」


 まだ出産に立ち会ったことのない二人だ。何が起こってるのかわかってない。


「陣痛が始まっーー」


 説明しようとしたらまた痛みがきた。今度は子宮口を無理矢理押し広げて赤ちゃんが出てこようとしているのがわかる。

 私は目を閉じて、とにかく痛みに耐えるしかなかった。


 痛みはどれくらい続いただろう。赤ちゃんは一旦出てくるのを止めたのか、幾分か痛みが引いていく。


「ほんと…… この痛み慣れないわね」


 私は息を吐くと共に力んでいた身体から力を抜く。

 斬られたり殴られたりの痛みではなく、内部から押し広げられる痛み。ほんと、この痛みは慣れない。


 周りが騒がしい。目を開くと私の周りを娘達が心配そうに見守っていた。


「大丈夫よ。陣痛だから心配しないで」


 微笑んで皆を落ち着かせようと試みるも、うまく笑みを作れなくて逆に不安にさせてしまった。


「何か私達に出来ることないの」


 娘達の心遣いは嬉しいんだけど。


「ありがとう。けど、心配しないで大丈夫よ。皆が産まれてくる時はいつもこんな感じになるのよ」


 何人かの子は私の言葉を聞いて安心はしたようだけど、それでも心配そうな顔をする娘もいる。


 そして、二度目の陣痛が始まった。


「っつぅ!?」


 私のうめき声に娘達の顔が不安に曇る。

 伝えなければいけないことがまだあるのにタイミングが悪い。私は痛みを我慢しながら「片目とオスが帰ってきたら、ここに通してちょうだい」

と娘達に伝え終え、腹から押し寄せる痛みに耐えていた。




 波のように押し寄せる痛みにどれほど耐えただろう。赤ちゃんは子宮を出て順調に降りて行ってる。

 ただ、赤ちゃんが動く度に背骨が砕けるような痛みが走り、痛みに我慢出来ず叫び声が喉から迸る。


 幾度も来る痛みに体中からじっとりとした汗が浮かび、身体にまとわりつき気持ち悪く感じる。


 そんなことを思ってると冷たい物が私の額、鼻、頬、首筋と順々に触ってきた。


 気持ちいい。

 汗が拭われ、肌には微かにだが涼しげな風を感じる。


 誰がやってくれたのだろう。

 私は重くなった瞼を開け見てみると、そこには心配げに私の顔を見てくるオスの姿があった。


 本当にこのオスは、今までのオス共とは全く違うことをする。


「ありがとう」


 感謝の言葉を伝えると、タイミングを見計らったかのように痛みが始まる。


 止めどなく来る痛みに汗が止まらない。その間オスはずっと私の汗を拭い続けてくれてた。


 オスの手厚い看護を受けてる時、これまでの痛みとは違う意識が飛ぶような痛みが腹から頭に突き刺さる。


 とうとう来た。


 あまりの痛みに口から叫び声を出し何も考えられなくなった。

 痛みは体中に駆け巡り、痛みで身体を動かすことも出来ない。


 誰かがうつ伏せにしてくれたのようで、ほんの少しだが痛みが和らいだ。二、三秒の休憩。その間に次に来る痛みを覚悟する。


 股から頭にかけて槍で突き抜かれるような痛みが来た。耐える為に何かに掴まりたいと思った時、手を誰かが掴んだ。少し目を開け見ると、オスが両手で私の手を掴んでいた。

 私はその手を思いっきり握りしめ痛みに耐える。耳元で必死にオスが叫んで声が聞こえる。


 ふふっ。私が頑張らないといけないのに、貴方が必死な声を出しても意味がないのに。

 私は心の中で笑いながら、オスの手をしっかりと掴み痛みに耐える為に踏ん張っていた。


 赤ちゃんは無事に腹を通り抜けて、今は腹部に移動している。ここからが山場だ。針の部分を通る時、激しい痛みがくる。それと同時に針は固く、なかなか通らないので痛みが続く時間が長い。


 私はうっすらと瞼を開けて周りを見ると、横では自分の事ではないのに、心から心配そうに私の手を掴み叫んでるオスの姿が見えた。


 本当に変わったオスだ。


 そして、針に赤ちゃんが来た。

 意識が飛ぶのではないかと思うほどの痛みが、針から頭に向けて走り抜ける。


 意識を失ってはダメだ! 今意識を失うと、お腹の赤ちゃんが針を通り抜けれなくなって死んでしまう!


 私はオスの手を力一杯握りしめ、腹部に力を込めて赤ちゃんを押しだそうと踏ん張り、痛みは歯を食いしばって耐えた。


 身体が悲鳴を上げ、その悲鳴は口から叫びになって出る。


 針からぬるりと異物が出る感覚がした。すると、すっと身体から痛みが引き、腹部にあった重みも消えた。


 静まり返った部屋に元気な産声が響く。


 産まれた。


 少し経って娘達から歓声があがる。その声は部屋を震わせる程の声量で、顔を見なくても皆自分のことのように喜んでるのがわかる。


 私は息も絶え絶えにオスの手を離し、うつ伏せにしていた身体を横たえ

た。


 オスは私に向けて何か言ってきた。意味はわからなかったが、その言葉は柔らかく暖かみがある。そして、オスは手に持っている布で、私の顔を拭ってくれた。


 目の端に彼女が赤ちゃんを抱いて、私に抱かせようとしているのが窺えた。

 ふと、このオスが赤ちゃんを抱いたら、どういう反応をするのだろうと興味が湧く。


 私は彼女に意図を目で伝える。すると、彼女はぎょっとした表情をして、子供のように頭をぶんぶん振って拒否した。


 やっぱり嫌がるわね。けど、このオスは大丈夫だわ。

 今までオスの対応を体験した私は確信していた。


 尚も私は彼女に渡すよう目で訴える。私の考えが変わらないとわかったのか、彼女は諦め大きな溜め息を吐いて、空いてる手でオスの肩を叩いた。


 オスは振り向くと、彼女の抱いてる赤ちゃんを見て脇に寄った。どうやら私に渡すものだと勘違いしているみたいだ。


 彼女はまだ赤ちゃんを胸に抱いたままだ。彼女の顔を窺うと、まだ赤ちゃんを抱かせるかどうか悩んだ表情をしている。


「片目」


 私は彼女を後押しするかのように優しく彼女の名を呼ぶ。彼女は渋々ながら赤ちゃんをオスの胸に押し付けた。


 オスの反応は…… あっ、固まった。


 五秒ほどそのままの姿勢で固まっていたが、理解したのか決心したのかオスは赤ちゃんを胸に抱いた。


 そんな抱き方したら…… ああ、泣き出してしまった。


 このオスは自分の子供を抱いたことがないんだろうか?

 そもそも子供がいるのかしら?

 もし、私が初めての産みの親だったとしたら…… そのようなことを想い、心が弾む私がいた。


 私はオスの手を取って動かし、赤ちゃんが快適になるようにする。

 赤ちゃんは泣かなくなった。どうやらうまく出来たようだ。


 オスは手持ち無沙汰だったのか、赤ちゃんの髪を指でとかしてる。

 くすぐったかったんだろう。赤ちゃんは可愛らしい声で笑うと、その表情に釣られてオスの頬も緩んで微笑みが浮かんでいる。


 そんな二人の姿を見てたら、私も赤ちゃんを胸に抱きたくなった。


 私は手をオスに向けて無言で渡せと催促する。

 私がどんなことを思って催促したのかわかってようで、オスの顔には笑みが浮かんでおり余裕を感じさせた。その顔を見てると腹が立つのはなぜかしら。


 赤ちゃんがオスの腕を離れるとぐずり始め、オスは慌てて赤ちゃんを引っ込めようとしてる。それを私は手で止め、慌てずに赤ちゃんを優しく腕に抱き直す。


 この腕にしっくりとくる感じ久々だわ。


 私の腕に収まった赤ちゃんは安心して泣き止んで、今は口を開いてぼーっと見回している。


 何を思ったのかオスが赤ちゃんの頬を撫で始めた。赤ちゃんはくすぐたそうにきゃっきゃっと笑う度に、オスの頬が緩んでいく。


 突然赤ちゃんがオスの指を握りしめた。オスは身体を大きく震わせて驚いたあと、瞳を潤ませ泣きそうになってる。


 何か、胸を打つものがあったんだろう。


 その様子を赤ちゃんは不思議そうにオスを見つめていた。


 赤ちゃんは落ち着いた状態が続いている。これならもう言葉を覚えれるかな。

 私は赤ちゃんの目の前に指を持って行くと、赤ちゃんは指に注目がいく。


 うん。いけそうね。


 オスの前でママと呼ばせるのも恥ずかしいと思い。私はその指で私自身を指差し「お母さん」と何度も言う。

 すると、赤ちゃんの口から鈴の音のような声で「お母さん?」と言った。その言葉を聞いた私は喜びで胸が一杯になる。


 いつ聞いても赤ちゃんから初めて呼ばれるのは嬉しいものだわ。苦痛など忘れ、産んでよかったといつも思う。


 私は微笑みながら頷き、赤ちゃんの頭を撫でて褒めてあげてると、横からすっと指が伸びてきた。


 指の持ち主はオスだった。どうやら私の真似をして言葉を覚えさせようとしてるみたいだ。

 オスの後ろに立ってる彼女が止めさせようと動くのを、私は手で止めた。


 好きなようにやらせよう。また面白い反応が見れるかもしれないんだから。


 オスは赤ちゃんに「ぱーぱ」と呼びかけてる。


 あれ? たしかこちらの言葉は知らないはずだったはず。訛ってはいるが確かにパパと言った。何でパパと言ってるのかしら?


 名前がパパ…… いや、赤ちゃんに自分の名前を覚えさせる人間は見たこともない。もしかして、少しは言葉を知ってるのかもしれない。


 赤ちゃんは「だぁーだ」と喋った。さすがに訛ってたのでパパとは聞き取れなかったのかな。

 オスは諦めずに何度も「ぱーぱ」と言う。そうとうパパと言わしたいみたいだ。


 そして、とうとう赤ちゃんがオスの指を握りしめながら「ぱぁーぱ」と言った。


 指を掴まれ呼ばれたオスは涙しながらも嬉しそうに微笑み、声を震わせながら何か言っていた。


 本当に珍しいオスだ。あの忌々しい仇に似ながらも、中身は他の人間と違い、私達魔物を気遣い、喜び、そして愛してる。


 ……もう十年は交尾しないでも子供を産めるけど、私にも娯楽は必要だから少し相手してもいいかしら。

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