成長

第15話 注意

「暑い」


 巣に住み始め肌寒い季節を過ぎ、今は猛暑が続く暑い季節になった。


 あれから俺と女王との子作りは、四日に一度交尾しては赤ちゃんを産うといった日々が続き、気付けば二十一人の父親になった。

 こっちに来た時には、まさかこんなに子供に恵まれるなんて思いもしなかったもんだが、子供の無邪気な笑顔を見る日々もいいものだ。

 ただ子供が大人になるまで速い。


「ちょっと。ちょっと。がまん」


 すぐ横にいる子が呂律が回らない口調で、俺の愚痴に心配そうな顔で言ってくる。

 もうちょっとの我慢ってことだろうか?


「おう。がんばるぞ」


 隣を歩いてる娘は他の子達と同じ顔立ちをしているこの子は、何を隠そう俺と女王との間に産まれた最初の子だ。


 もう他のジャイアントアントと変わらない姿だが、ここまで成長するのに約十七日。十七年ではなく十七日だ。

 当時は一日寝るごとに一回り大きくなる娘に驚かされたものの、さすがに二桁の子供の成長を見てきたら慣れてしまった。

 それと同時に娘の名前をどうしようかと悩んでた俺は、全員の名前を付けるのをやめ一括りに「娘」と呼ぶようにした。


 慣れるといえば、俺は少しずつこちらの言葉を覚えていってる。

 お互いの言葉がわからないと間違えて覚えてしまうものだが、そこは問題なかった。


 なぜなら隣にいる俺の子供が驚異的な早さで、俺と女王の言葉を覚えていってるのだ。

 子供は物覚えが速いとは聞いたがここまでとは思わなかった。ただ、舌がまだうまく動かせないのか、舌足らずな口調になっている。


 そのおかげで俺は自分の子に通訳してもらいながら教わってる状態だ。


 で、現在娘と二人で川に水汲みついでに涼みに行ってるところだ。


 桶を両手に持ち森の中を歩く。森のおかげで日陰が作られ幾分か涼しいが、稀に葉と葉の間に出来た隙間から日差しが肌を焦がす。


 外よりも涼しい巣の中にいた方が涼しかったかもしれないと、後悔し始めた頃、茂みの向こうから水の流れる音が聞こえ始めた。


「やっと着いたか…… さあ、水浴びするぞ!」


 額から流れる汗を手で拭いながら、娘に声をかけると笑顔一杯に「うん!」と元気良く答え川に向かって走っていく。


 あの姿を見ると天真爛漫って言葉が思い浮かぶな。


 俺は怠くなった身体を動かし娘のもとに歩いて行く。


 先に着いてた娘は桶を地面に置いて、近くにあった流木で川の中に突っ込んでいた。


 メリュジーヌ。彼女がやってくる。


 彼女の名前を知ったのはつい最近だ。名前を知った経緯は、俺の仕事になった水汲みに片目ではなく娘を連れて行った時、メリュジーヌは娘と自己紹介(俺には紹介なし)をしていた。


 娘から聞いた時には、まさか予想が当たってるとは思わなかった。

 もし、行きつけのホームページに書かれてたメリュジーヌと同じ人物なら、自分の子が人殺しをしてしまった理由をメリュジーヌのせいにされ夫に罵倒されたメリュジーヌが、怒り狂って飛竜に変身し街を壊して去ったはず。


 その人物が目の前にいる…… いや、まだ書かれてたメリュジーヌだとは断言出来ない。

 信用されたら自然と過去の出来事など話してくれるだろう。まあ、未だに一言も喋ったことがないんだが。三ヶ月も顔を合わせてるのに、一言も喋ったことがないなんて、相当な人嫌いか人間不信だ。なにか切っ掛けがないことには、向こうから歩んで来ないだろうな。


 俺がメリュジーヌとのこれからを思うと溜め息をついてしまう。耳に娘の嬉しそうな声で「メリュジーヌ!」と言うのが聞こえた。


 娘の目線は俺の足下を見ている。目線の先をたどると、金髪の貞子が水面から顔を覗かしていた。

 その姿を見た俺は、情けないが思わず身を硬くして驚きの声を上げてしまった。


「どぅわっ!?」


 なんで貞子がここにいるんだよ!? んっ? よくよく見たらメリュジーヌじゃんか。


 濡れた髪で顔が見えないのでメリュジーヌだとはわからなかった。


 メリュジーヌはそのままの姿で娘の元まで行き、また川の中に沈むと静かに顔を出し、それを見た娘が棒読みで「どぅわっ」と俺の真似をして二人できゃっきゃっと笑っている。


 前の水汲みの時に、二人がこそこそ話してたのはこの計画の話をしていたんだな。メリュジーヌ、お前とは仲良くできない気がしてきた。だが、娘は可愛いから許す。


 二人が戯れてる間に俺は服を脱ぎ、川にゆっくりと入って行った。

 冷たい水が火照った身体を冷やしていく。


「はぁー、生き返るな」


 しかし、人前というか魔物の前で裸になるのに躊躇しなくなってきたな。

 まあメリュジーヌには裸や排泄場面などをいっぱい見られたから、羞恥心が薄らぐのも仕方ないか。


 対岸に枕代わりになる岩を見つけ泳いで岩の所まで行き、その岩に頭を乗せ瞼を閉じてくつろいでいると「パパー!」と娘の呼ぶ声が聞こえ、瞼を開け見てみると対岸娘が俺に向かって走り出していた。


「まさか……」


 俺は直感的に娘が何をしたいのか理解して、すぐに岩から頭を上げて受け止める体勢に入る。娘が岸近くまで走るスピードを緩めないのを見て、俺の直感が当たってるのを確信した。


 娘は岸ぎりぎりで大きく跳躍し、俺に向かって放物線を描きながら迫ってくる。


 覚悟を決め両手を広げて娘を迎える。娘は俺の胸に吸い込まれるように飛び込んできた。


 受け止めた衝撃で俺は頭まで水の中に沈み息が出来ない。慌てて手足をばたつかして、水中から顔を上げようとして思い出した。今腕の中には娘がいる。

 娘を離せばいいんだが、それはできない。

 なぜなら、娘は泳げないからだ。娘だけではなく、巣にいる他の娘達も泳げない。

 まあ泳ぐこと事態全くしないから、泳ぎ方がわからないんだろうな…… って、んなこと考えてる暇ない!


 とにかく娘の顔を水面から出せるようにするために、足で水面を蹴りその状態を維持して岸に向けて移動する。幸い岸の近くだったから少し我慢すれば着くはずだ。


 だが、いっこうに岸には着かない。

 身体を動かすたびに体内の酸素が消費されていき、肺が酸素を要求し、脳が口を開けろと言ってくる。 


 今口を開けたら水を飲み込んで溺れてしまう。そうすると娘まで……


 頭でわかっていても身体からの要求は止まらない。


 もう限界だと思ったその時、水中から何かに背中を押してもらい、顔を水中から出して息をすることができた。


 顔を出して最初の一度目の呼吸で朦朧と意識はなくなり、二度目の呼吸で意識ははっきりし、三度目の呼吸から必死に酸素を肺や脳に送り込み始めた。俺は何度も吸い込み、肺や脳に酸素という餌を与える。

 俺が必死に呼吸してる間、背中を押していた物が両脇に差し込まれ身体を仰向けにさして引っ張ってくれてた。


 そのまま俺と娘は岸まで引っ張ってもらい事なきを得た。


 岸に着いた俺は岩に娘をしがませ、先に上がって娘の手を引っ張って陸に上げた。


 俺はごつごつした岩の上に大の字に寝転がって大きく息を吐いた。


 ほんとに死ぬかと思った。この子は危険をまだ知らないから、大胆な行動をたびたびしてくる。


 さすがに今回のは度が過ぎてるので怒ろうとすると、娘が上から胸にしがみついてきて「ごっ、ごめ”んなざい!ごめ”んなざい!」とむせび泣きながら必死に謝ってきた。


 どうやら自分がどんなに危ないことをしたのか理解したみたいだ。


「いいかい。自分が泳げないのにああいったことはしないように。じゃないと周りの人に迷惑がいくからね」


 娘は首を激しく縦に振りながらも泣き続ける。そんな娘を俺は落ち着くまで頭を優しく撫で続けた。


 身体は大人でも心が子供だと再確認出来て良かった。もっと取り返しのつかないことでわかってしまったら、手遅れにもなるのだから。


 横を見るとメリュジーヌが心配そうに俺達を見つめてたので、娘の頭を撫でながら「大丈夫」と静かに二人に告げる。


 メリュジーヌはわかったのか川に潜っていった。




 娘は泣き終えると腕を絡め離さなくなった。

 桶に水を汲もうとして「ちょっとだけ離せるかな?」と聞くと頭を勢いよく横に振って否定する。


 メリュジーヌと別れる時も腕を離さず「またね」と小さな声で言っていた。

 そうそう。メリュジーヌが責任を感じたのか、いつの間にか桶を一つ持って行っており桶いっぱいに川魚を入れて現れた。


 俺はメリュジーヌに礼を言い、次の目的地であるアルラウネのとこに向かう。



「娘よ。パパはもう腕が疲れてきたんだけど、離してくれるかな?」


 無言の顔横振り。


 娘の分の桶を一緒に運んでるから桶いっぱいの水が三つに、魚でいっぱいのが一つの合計四つ……頑張るか


 俺は娘の甘えを堪能しながら、腕が棒になるのを覚悟でそのままアルラウネのところに向かった。

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