女王の思い

第13話 過去

 その日、彼女と一緒に狩りに出た娘はずの娘が、息を切らせながら部屋に飛び込んで。


「どうしたんですか? そんなに息を切らして? ……まさか!?」


 一緒に出た彼女に何かあったのでは。娘は息も絶え絶えに報告をしてくる。


「友好関係にあった…… アルラウネの妹が…… 人間により負傷しました」


 私の胸にどろどろとした黒い感情が浮かんでくる。また人間のやつらが。


「つまり、誰も亡くなってないのですね?」


 私の質問に娘は首を縦に振って頷く。

 ああ、よかった。私は強張った身体から力が抜け、胸を撫で下ろしたが。まだ、胸には安堵とは別の黒い感情が渦巻いていた。


「そう。亡くなった者がいないのは不幸中の幸いですね」


「あと、もう一つ、報告があります」 


 呼吸が整った娘は言いにくそうな顔をしている。

 私は娘を安心させる為に、言葉遣いを柔らかくさせて「どうしたの?」と、微笑みながら聞くと。


「実は、その場にマンドレイクを助けた人間がいまして、そこで姉さんが確保してこちらに連れてくると言ってました」


 人間。私はその言葉を聞く度に、嫌悪感で自然と眉間に皺が寄る。


 人間とは敵対関係だから当たり前なのだが、人外の男が全滅してからというもの。私達女の人外は、人間のオスを誘拐しては交尾をして、種族を絶えさせないようにしていた。

 稀に物好きな人間や、帰る場所が無くなって来た者などが自ら現れて、私達に捕まることもある。


 物好きな人間の大半は身体目的でやってくる。そういう人間は下卑た目線で、私や娘の身体を舐め回すように見てくるのでわかる。

 その度に心情的には殺して食料にしたい気持ちで一杯になるんだが。


 見回りや食料を確保に行ってた娘達が人間に襲撃され、数を減らして贅沢を言えない状況で、仕方なく受け入れるといったことの繰り返しだ。


 中には産まれてまもない娘に欲情して襲う人間もいた。もちろんその時の人間は、殺しては巣に引き入れた意味がなくなるので、繁殖に必要な部分だけ残してあとは削ぎ落とした。


「わかりました。では、いつも通りに警戒を厳重にしていて下さい」


 娘は頷くと小走りで部屋を出て行った。


 今回はどのような人間が来るのか…… 見定めて処遇を決めなければ。




 部屋の外が異常に静かだ。声は一切聞こえず、聞こえるのは金属音や足音のみ。娘達が緊張してるのが見なくてもわかる。だが、おかしい。いつもは人間のオスが来ても、ここまで緊張して静まり返ることなどなかったはずだけど。


 最初に入ってきたのは彼女だった。いつもはふてぶてしい笑顔を浮かべてる彼女が、渋い顔をして入ってきた。

 彼女があんな顔をするなんて、今回の人間はどんな人間なのかしら。


 親友の後に続いて入ってきた人間を見て、私は息を呑んだ。その人間は、人外の男達を全滅さした奴と似た容姿をしてた。


 黒い髪、黄色い肌、黒い瞳。忘れもしないあの戦争。




 人外と人間は友好関係にあったのだが、ある人外の娘が伯爵と結婚し子供も産んだんだが、その子供が人殺しをしてその殺害の理由を人外のせいにしてしまい。それが戦争にまで発展した。


 その戦争に終止符を打ったのが黄色い肌をした黒い髪の人間だった。


 あれは敵国の王が籠城している城を攻めている時だった。


 もう少しで城を落とせるという時に、正門が開き、その中から現れたのが問題の人間だった。


 そいつは一人で武器や防具などを持たず、純白の司教服を着て、両手に水筒を抱えて私達の前に現れた。


 様子を見ていた仲間は「降伏の使者に司祭を出したのか?」と疑問を口に出しながらも心なしか嬉しそうにしている者がいたが、別の者は違うことに考えていたようだ。


「司祭にしては髪や肌がまるで見たことがない」と周りの仲間が話してるのを未だに覚えてる。


 使者が門から出るとすぐに扉が閉まっていく。まるで、これから起こることから守るように……


 周りの人外達は警戒して様子を見ていると、そいつはいきなり「神の為に!!」と叫びながら、近くに居た人外の男達に向かって走りながら、持っていた液体を男達に振り撒いた。

 液体を浴びた人外は慌てて持っていた武器で攻撃した。その男は槍で身体の至る所を突かれ死んだが、顔には不気味に微笑みを浮かべていた。


 何故笑っているのかわからなかった……だが、その意味はあとになってわかることになる。


 それから数分も経たないうちに、優勢だったはずの戦場が逆転した。


 まず液を浴びた者が次々に倒れ始め、周りにいた者も徐々に動きが鈍くなり最後は倒れてしまう。それは水面に石を投げて出来た波紋のように広がっていった。


 撤退の笛が辺りに響き、無事な者は倒れた者を抱え後ろに下がっていった。


 その戦闘がこの戦争の最後だとわからずに。


 本陣に戻ると地獄絵図だった。男達が次々に倒れていく、総代将のケンタウロスも例外ではなかった。倒れた者は呼吸が出来なくなり最後には死ぬ。それは人外の男達が全滅するまで続いた。


 戦略的撤退ではなく、戦争継続不可能になり私達人外は負けた。


 幸いだったのは、私達はそれぞれ国や村などは持たないため、種族ごとにばらばらに別れ人間の追撃を逃れた。だが、中には人間に捕まり奴隷として未だに人間に酷使されてる者もいる。


 年に一度種族同士が集まり現状を話す場があるのだが、その時になって他の者の現状を知り、初めて人外絶滅という考えが出た。


 それは、私達人外に男が産まれなくなったのだ。


 他の種族も同様に産まれない。いや、産めないと言った方が正しいのだろうか。戦争の後それぞれ帰る場所に戻ると、子供から赤子に至るまで男だけが死んだ。


 「ならば、人間から子種を貰えばいい」と言った者がいた。


 オークやゴブリンの種族を束ねるオークの族長だった。聞くとそこらの村から人間のオスをさらうって試みたと言うのだ。その話を聞いた時は「相手選ばずか。さすが欲に忠実な種族だ」と憤り混じりに総代将の嫁であるケンタウロスが皮肉混じり言った。


「他の方法があるのなら言ってみろよ」


 その質問に答える声は上がらない。オークは鼻で笑うと続けて結果を言い出した。


 子は宿る。だが、問題があると言う。


 いくら産めど男が産まれない。


 つまり、人間の手を借りないことには子供を作れないということになる。未だに敵対関係である人間との交尾なんて、考えただけでも気持ち悪い。


 それから私達人外は嫌々ながらも人間のオスを捕まえてる。または受け入れることによって、種族を絶やすことなくやってこれた。




 目の前にいる人間のオスは、男達を死に追いやったオスと似た人物。

 なるほど。親友の渋い顔や娘達が緊張している理由はこれだったのね。


「始末するべきか迷ったんだけど、仲間の数を考えたら始末するのはまずいと思って連れてきたんだよ。最終判断はあんたにしてもらおうと思ってねぇ」


 申し訳なさそうな顔をして彼女は言った。


「これまで貴女の判断に間違いはなかったじゃない。だから、そんな顔してたら、他の娘達に示しがつかないわよ」


 確かに、ここ何年か種馬のオスが確保出来てないから、娘が減る一方だ。ここで種馬が確保出来ないと今度はいつ確保出来ることやら……


「それで、貴女から見てどう思う?」


「どうなんだか。見てわかるように裸だが、あいつはアルラウネの娘に連れられて来た時にはあの状態だったようでね。戦争の時のような液体などを持ってたり、振りまいたりといった行動はなかった。むしろ人間と敵対するような行動をしたようだねぇ」


 人間に敵対!? 人間同士の争いなどならわかるが、人間と魔物の争いでこちらを味方する者がいるとは。

 私は驚き言葉も出なかったが、彼女の話はまだ続く。


「あいつがいなかったらアルラウネの妹は連れ去られてみたいで、アルラウネが妹を助けて貰ったお礼に液を直接飲ませたら、最初は戸惑ってたが、何かを忘れるように貪ってたね」


 人間に敵対して、人外には抵抗せずねぇ……女日照りした人間なのかしら?


「素性を探ろうにも言葉が通じなくってね。困ったもんだよ」


 彼女はどうしようもないと肩を竦める。

 確か巣に持ち帰った人間に聞いた話では、教会の者が神からの使いが空から舞い降りた。神の使いは未知の知識を持ち、その命をもって魔物から我らを救っただったか。


 あのオスが神の使いなら、私達には知らない知識を持ってるんだろうが、それには言葉がわからないと本物かどうかわからない。


「どうするにしても、種馬が必要なのはかわりないから今日にでも交尾をしましょう」


 私の言葉を聞いた彼女は眉を顰める。


「それは早いんじゃないかい? もう少し様子を見てからでもいいと思うけどねぇ」


「貴女の言うことは最もだけど。この頃の人間達の行動が気になるの」


「それは巡回のことかい?」


「ええ。人間達の巡回が、私達の縄張りにまで進んできてるのは、貴女が一番わかってるわね」


「ああ。しかも、あたいが巡回の担当じゃない時に限って、他の娘と遭遇してる」


「そして今日の出来事。人間はアルラウネの場所まで侵入した。このままだとアルラウネも危ないけど、私達まで危険になるわ」


「そのために戦力を増やすのに、あのオスと一日でも早く交尾するのかい?」


 私が頷くと彼女は大きな溜め息をついた。


「それで決定だね。ただし、交尾の時には入り口の二人を監視としてつけるからね」


「ええ。確か、そのオスはアルラウネの液を飲んだのよね?」


「そうだよ…… まさか、もうおっぱじめるきかい?」


「液を飲んだのなら早く出来るから都合がいいでしょ」


 今は一日でも早く人間との戦闘に備えて、戦力を増やさないといけない。それに一度の交尾で十年は出産出来るのだから、早く交尾して神の使いかもしれない男を殺してしまおう。


「わかったよ。じゃあ入り口の二人に伝えてくるよ」


 彼女が背を向けて出て行ったのを確認して、こちらの意図を知られないよう表情を柔和させてオスを手招きする。

 オスは警戒もせず素直に近づいてきた。人外に対して敵意はないのだろうか?


「さて。人外の巣に入ってきたのですから、これから何をするか……わかりますね?」


 オスはどう答えたらいいのかというより、何と言ってるのかわからないといった表情をしている。


 言葉が伝わらないのは本当のようね。しかし、言葉が伝わらないのがこんなに億劫だとは。どうしたらいいかしら…… 言葉なしで誘うしかないわね。


 私はなるべく淫靡な笑みを浮かべ、藁の脇を叩いてこっちに来いと無言で誘う。すると、オスは決意した顔をして藁に腰掛け近寄った。


 人外に好意的なら囲う。敵なら敵で、私達の色事で惑わすして味方に付ける。


 このオスはどっちなのかしら……

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