第32話 不幸中の幸い

 目に飛び込んできたのは焚き火だ。そして火を囲むように男が五人が立って木製のコップを手に笑っていた。


『新人だから見張りばかりやらされるが、魔物じゃあるが女を一番に抱けるなんて思いもしなかったなぁ。この傭兵団に入って正解だったな!しかし、あいつの趣味はわかんないねぇ。あんなに殴りつけながらやるのがそんなに良いかね?』


『みたいだぜ。どうも殴りながらやると締め付けが良くなるとか言ってるが、ありゃあ締め付けが良いんじゃなくて、殴ってるのが気持ち良いんだろう。まあ、あいつのやった後じゃ、どんな女も顔を隠さないと俺は萎えて立たないがな』


 『違いない!』と男が相槌を打つと聞いていた周りの男達がどっと笑う。笑っている男達の視線はある一点を見ている。

 その視線の先には一本の木があり、男が一人ズボンを下げて腰を振っていた。男に組み敷かれる者が見える。顔を殴られてぱんぱんに膨れ上がり手は縄で木に括り付けられ、もう抵抗する力もないのか身動ぎ一つしない黒い鎧を来た女。女の周辺には着ていたであろう防具が捨てられていた。


 見間違うはずがない。娘だ。


 黒い鎧に見えるのはジャイアントアントの黒い甲殻だろう。ジャイアントアントとわかったのは木に括り付けられた四つの手だ。あんなに手の数の人間は他にはいない。そして、娘とわかった決定的理由は周りに散らばった防具だ。あれらは全て俺と一緒に選んだ防具だった。


 ああ、あんなに顔もボコボコになってしまって、今も涙を流している。何か喋っているーー


 ーーぱ、ぱぱ、パパ……


 娘はうわごとのように呟き続ける。


 大丈夫、大丈夫だ。今すぐ助けてやる……こいつらを殺して。


 助けることしか頭の中になかった。俺は片目との約束を忘れ茂みから飛び出した。


『なんだお前!?』


 一番手前にいた男が驚きながらも腰の剣に手を伸ばすのが見える。助けるにはまず敵の数を減らしてからだ。

 俺は答えの代わりに左手のナックルガードを一つ相手の顔面に投げつける。狙い違わず相手の額に命中し天を見上げる。俺はその隙を見逃さず、がら空きになった腹にナックルガードを握った右手を打ち込んだ。すると、天を見上げていた顔が今度は地を見るように頭を下げる。俺はそいつの髪の毛を掴み顔を上げさせ、素手になった左手で指を二本立て目に向けて刺した。ぐにゅりと柔らかい感触が指から伝わる。俺は指をぬるりと眼球の奥に滑り込ませ、指を曲げて捻りながら引き抜くと同時に掴んでた毛を離した。


『目がぁ!目がぁああ!!』


 男はあまりの痛みに両手で目を覆い、地面を転がってる。周りの男達は俺の指に絡まったものを見て固まってる。


『があぁぁぁ!目が!俺の目が無い!?何も見えねぇ!!』


 俺の指に絡まってる物は男の目だ。これで一人、残り五人だ。


 指に絡まった眼球を近くの男の顔面に投げつけながら地面を滑るようにして近付く。


 目の前に眼球が飛んできた男は『ひぃ!?』と悲鳴を上げて顔を両手で庇う。俺はその隙を逃さず背後に回って男の首にするりと腕を絡ませーー


 ごきっ。


 ーー有らん限りの力で男の首を回した。


 これで二人。ここまでは簡単に殺れたが……


 物言わぬ肉となった男を腕から離すと重力に引かれて地面に落ちる。残りの四人を警戒すると、男達が脇に差していた武器を各々持ち俺に向けて構えていた。


 ここからが本番だ。素手での即死方法は首を折るぐらいしかないから時間がかかる。どうしたもんかと男達に注意を払いながら投げたナックルガードを拾って考えてると、相手の人数が一人足りないことに気付いた。

 娘を犯していたはずの男が見当たらない。娘の方をちらりと見ると、男が娘に覆い被さっていた。頭から一本の矢を生やして。

 片目が殺したのかと考えてると、一番左にいた男の頭にとんっと一本の矢が刺さり倒れた。残り二人になった男達は別の方向からの奇襲に動揺し俺から視線を外れた。


『もう一人いるぞ!?』


 今しかない!


 俺はこのチャンスを逃すまいと、矢が射られた方向とは逆の右の男に駆ける。相手が俺の接近に気付いたのはもう目と鼻の先だった。


 男が目開き驚いている隙に、俺は正面に向けられた剣を避けるよう男の脇に移動しながら、股間に向けて膝を打ち込んだ。男は口を大きく開けて声にならない悲鳴を出しながら、剣を落とし股間を両手で押さえた。

 男の頭が下がったところで、腕を首に回し脇に抱えるようにする。男の喉元を支点にして、回した腕に持てる限り力を頭に入れて瞬間的に持ち上げるとーーぼきっ!と小気味良い音と感触が腕に伝わり、頸椎が折れたのがわかった。


 俺は弛緩した男の身体を投げ捨て周りの状況を確認すると、残った一人も背中から足、肩、胸、頭と矢で射られ地面に倒れ伏せており、もう立っている者はいなかった。 


『いてぇえ!いてぇええよぉ!』


 一人生きてる奴がいたな。


 まだ目を手で覆い地面に転がって喚いてる男に俺は近付く。俺は男の胸を右足で押さえ込むと、左足を大きく振り上げて喉に向けて振り下ろす。男の首の骨は折れ、喉も潰れるが、男は生きていた。

 男は喉が潰れたせいで息ができないのか、喉を掻き毟って必死に潰れた喉を元に戻そうとしている。


 これなら放っていても二、三分で窒息して死ぬな。


 俺は大きく息を吐いて力んでた身体から力を抜き、男から目を外し娘の方を向くと。いつの間にか現れた片目が、娘に覆い被さっていた男を退かし、木に繋いでた縄を切って解放していた。


 急いで俺も娘の元に駆け寄ると、娘の姿は遠目からでも顔が膨れてるのがわかったが近寄ると更に酷いものだった。


 娘の顔が殴られ続けたせいでか両目や頬が膨れ上がり、あの可愛い娘の面影もなくなっている。縄で括られていた手首は抜け出そうとしていたのか、繋がれていた部分の甲殻が割れ、本来甲殻に包まれ守られてる筋肉が剥き出しだ。腹も何度も殴られたのか綺麗な褐色色の肌が赤黒く染まっている。


 俺は「もう大丈夫だぞ」と娘に声をかけながら更に一歩踏み出し近付くと、足音に反応した娘が小さく悲鳴を上げ腕で頭を抱え震え上がっていた。


「俺だ!パパだぞ!」


 そう娘に言っても反応は変わらず、娘は恐怖で体を震わせ縮こまったままだ。

 俺は娘の反応に悲しさよりも、娘に乱暴した人間への憤りが膨れ上がる。


『目が腫れて見えないからあんただと理解してないだけだよ。それより、長居し過ぎたみたいだねぇ』


 片目は弓を構え矢をつがえながら、眉間に皺を寄せながらこう言った。


『囲まれてるよ』

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