第33話 英雄症候群
『囲まれてるよ』
囲まれてる?そんな感じは一切しなかったが……
俺は辺りを見回すが全くそのような雰囲気がないと思ってたが、焚き火の明かりに反射した鈍く光る物が茂みの至る所にあった。あれは金属類の反射だ。
逃げ場がない。それにこちらには一人では歩くこともままならない娘もいる。強行突破して逃げる手しか思いつかないが、片目なら他に考えがあるかも知れない。
俺の緊張が片目に伝わったのか、喋り始めた。
『妹を抱えな。あたいに考えがある』
やはり考えがあったか。俺は返事を返さずに娘に近寄り抱えようとするが、そこで問題が起こった。
『いやー!もうやめて!!』
抱えようとすると娘は突然暴れ始めたのだ。
「俺だよ!パパだよ!」
そう言って落ち着かせようとするが、俺の言葉が聞こえないのか尚も暴れる。
『ちっ、あたいが持つよ』
そんな俺達を見てどうするか迷っていた片目が、見かねて弓矢を投げ捨てて近寄ってきた。片目はすぐには娘を持とうとはせずに俺に顔を近づけて囁いてくる。
『あたいが娘を持ったら襲いかかってくるはずだから、あんたは目の前の茂みから出てくる敵をいなして、すぐにあたいの後を追ってくるんだよ』
俺は頷くが、最初何を迷っていたのか少し気になった。
『何を、迷った?』
妹を持とうとしていた片目の手がぴたりと止め口を開いた。
『あいつ等の狙いはあたい達人外だ。だから人外の一人であるあたいが囮になってあんた達を逃がす予定だったんだよ。それも妹がこんな状態じゃあ無理だろうからねぇ』
それじゃあ死ぬ予定だったということだったのか!?
俺は驚愕で目を見開くと片目は『あたいも、もう寿命が近いからねぇ』と言いながら苦笑していた。
『それじゃあ、行くよ』
片目が持ってる槍の邪魔にならないように娘を抱き寄せると、俺の時の反応とは違い、暴れるどころか片目を強く抱きしめ離すまいとしていた。その光景を目の当たりにした俺は、危機的状況の中だが父親として少なからずショックを受けた。そして、片目が娘を抱き立ち上がると茂みの一角から『今だ!!』という声が上がる。
その声に反応して周りの茂みから一斉に男達が飛び出してきた。
『男は殺していい!魔物は出来るだけ傷つけるなよ!』
何から何まで言うことが当たって、片目はまるで予言者だな。
俺は皮ベルトに差してある投げナイフを両手で一本ずつ抜くと、目の前から飛び出してきた男二人に狙い定めず投げ後ろに振り返り駆け出した。
当たったかの確認なんてしていたら、逃げれなくなるからな。
片目の背中だ。片目は娘を抱いたまま剣を手に持って茂みの奥へと走り姿が見えなくなる。片目の通った後には胸から槍を生やし倒れてる男、喉を掻き切られた男、手首から先が切り落とされ泣き叫ぶ男など死の道が出来ていた。
俺はその道を進みながらも近寄ろうとしてくる男達に、ナイフを投げつけながら片目が通った茂みに飛び込む。すると少し先に片目がこちらの様子を窺い走る片目の姿が見えた。が、俺を見た片目は目を大きく見開きこう叫んだ。
『身体を下げな!!』
なぜ?と思った時にはもう遅かった。
全速力で走っていた俺は、突然胸に掛かる圧迫感と共にひっくり返った。
急いで立ち上がろうとするが頭を打ったのか視界がぐらぐらと揺らぎ、浮遊感が身体を包みまともに立てず近くの木に寄りかかり頭を手で押さえる。
くそっ、ナックルガードを倒れた時に落としたな。今取ろうとするとまた倒れてしまいそうだ。それにしても髪の毛の紐があったのをすっかり忘れていた。
『今助けに行くから待ってな!』
片目の叫び声が聞こえる。俺はその言葉を聞いて俺も片目の仲間になれたのかと思い、こんな状況だが嬉しくて頬が緩む。
俺は揺れる脳で必死に片目が助けにきて逃げれるのか考え、無理だと決断した。
背後から土を踏みしめる音が迫ってるのが聞こえる。このニ、三秒の出来事で俺の生死は決まった。さすがの片目でも、また取り囲まれたら逃げようがない。
歪む視界の中で片目らしき人物に向かって、手をシッシッと振り俺に構うなと伝え、身体を反転さして迫る傭兵に向き揺れる脳味噌を覚醒させようと頭を振ってると後ろから片目が『必ず迎えに行くから諦めるんじゃないよ!!』と俺に励まし去っていった。
片目の叫び声は傭兵達にも伝わったのか、前方の茂みの向こう側からも指示する声があがる。
『男は無視して魔物を追え!』
その指示に従ってか俺の前方の茂みからではなく、両側の横の茂みから次々に男達が現れ片目を追いかけようとする姿が目の端に過ぎる。
「俺を無視してんじゃねーよ!!」
脳震盪が治まってきた俺は片目の逃走時間を稼ぐために、その場で振り返り男達に向かって腰のナイフを投げまくる。さっきのように適当に投げるのではなく、慎重に且つ素早く先頭を行く左右の男に向かって投げた。
先頭の男の脚に当てれたのは幸運だった。脚に当たった男は転び後続の男達も何人か巻き添えで転ぶと、その後ろの者は転んだ男達を避けようと走る速度を緩める。
動きが早い的に当てることは難しいが、遅い的に当てるのは楽なもんだ。
俺は残り少なくなってきた腰のナイフを投げていると邪魔する奴等が後ろから現れた。
『魔物はもういい!先に男を生け捕りにして魔物を誘き出すぞ!!』
やっと無視するのをやめたか。しかも俺を生け捕りにすると言ってる。もしかしたら生き残れるかもしれないがーー
「簡単に捕まえれると思うなよ」
ーー囮を引き受けた時点でもう生き残ることは考えてない。出来る限り片目達の逃げる時間を稼ぐ。
俺は落としたナックルガードを拾い迫る傭兵達を待ち受ける。
正面から迫る傭兵達を見て何故だかわくわくとした高揚感が俺の心に広がっていく。
何故?普通はこんなシチュエーションの時は恐怖心や緊張感が起こるものだが……ああ、俺の憧れてたヒーローの姿はこんな感じだったからか。
「死ぬ間際に憧れてたのになれるとはね。それもヒーローの特権なのかね」
俺は自嘲気味に笑みを浮かべた。
人外による人外のための人外 こんコン @konkon050
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