第5話 前へ

 アルラウネは壊れた男を触手を使って、自分の花びらの下に引きずり込んだ。もしかて死体を栄養にするってことだろうか。


 俺はマンドレイクが埋められた場所に行き、手を合わせ眼を閉じて黙祷する。

 この子に助けられてから何時間も経ってない。活発で可愛らしい子供だった。それが今は地面に埋もれて何も見えない。恩を返せず逝かれると、こんなにも無念と後悔が残るものなのか……

 目の前で殺された男も、今は同じように埋もれて死体になってるが、自分が殺したのではないから罪悪感はない。それにマンドレイクが死んだんだから殺されて当然のように思えた。

 

 もし、もしだが、言葉がわかって事情があることを知れば気持ちが変ったかも知れない。

 

 いや……もしもの話をしても仕方ない。マンドレイクも男も死んだ。そして恩は返せず、仇を取った。

 

 黙祷を終え、これからどうするかと考えていると、後ろから声がした。振り向くと何時の間に現れたのか、槍を片手に持った別の魔物娘がアルラウネの横で話し合っていた。


 その魔物娘は髪型は短髪で髪の色は黒色。額から二本の触覚が生えている。

 首から足の指先にかけて人肌と違い、虫の特徴的な黒い甲殻が肌になっていた。


 唯一人間の肌と思わしき所は首から上だけで、顔の肌は褐色で短髪と合わさって更に活発なイメージだ。

 あと手が合計四本あり人間と同じように腕はあるが、他の二本は肩の上から生えている。


 目も特徴的で人間と違い瞼と白目がなく、大きくクリッとした黒目一色があった。ただ、右目が切り傷によって潰れている。

 尻の所も変わっており、アリや蜂のような腹部が尻から生えていて、先っぽには刺針がある。


 記憶が確かならジャイアントアントという魔物娘だったはず。

 その片目のジャイアントアントが俺を見て、空いた手で手招きをしてきた。

 何だと思いながら近付いていくと、片目が俺に喋りかけてきたが、やはり何を言ってるのかわからなかった。


 「あー、俺の言葉がわかりますか? わかったら何か喋って…… それじゃあ、俺がわからないか。頷いてくれませんか」


 俺が聞くと困惑した表情をした。うん、言葉わかってないね。

 片目は溜め息を吐いたあと、俺に何か言うと背を向け歩き出した。

 去り際の言葉は淡々としていたが、片目の目にはどす黒い殺意がありありと宿っていて、俺は背筋が凍った。


 片目の目線で固まっていた俺を、アルラウネの触手が身体に巻き付いて引き寄せてきた。


 もしかして、殺される?


 頭の中についさっきの男の光景が浮かんでくる。そんな考えが浮かんでると、柔らかい感触が唇に伝わってきた。


 アルラウネがキスしてきた。


 いきなりのことに動転してたら、次に唇を割って舌が入ってくる。

 なすがままにされてると、舌を通じて少し酸味がする甘い柑橘系の液が流れ込んできた。


 俺は自然とその液を夢中で飲み下した。自分でも気付かなかったが、喉がからからに渇いていた。原因は目の前で殺された男なんだと思う。

 初めて人が死ぬ瞬間を見たんだから、それも骨という骨を折られて。嫌でも次は俺の番なんではと思ってしまう。けど、人間の欲求はすごい。


 今この瞬間に殺されても可笑しくないのに、俺は喉を潤す為に液を飲み、さらに魔物娘とのキスに興奮していた。途中から喉の渇きはなく、恐怖よりも性欲が増し、自然と互いに舌を絡ませ合う。

 

 まるでお互いの傷を舐め合うかのように……




 俺の後ろから咳払いがして我に返った。時間も忘れてキスをしてしまっていた。アルラウネの方も頬を赤く染めながら、俺の後ろにいる人物にどもりながら喋っている。


 振り返ると知らぬ間に片目の横にもう一人、瓜二つの顔をした片目の潰れてないジャイアントアントがいた。


 その二人に気が付いたアルラウネは、抱いていた俺の身体を離して、ジャイアントアントの方に優しく背を押された。

 二人に付いて行けってことなのか?


 眼に傷のないジャイアントアントが先に走って行き、片目の方は俺に槍の穂先を向てけ先に行った魔物娘の方向にちょいちょいと振る。


 あっちに行けってことだろう。ついて行くべきか少し考えたが、どうしようもないことに気付いた。

 何もわからないのだから、取れる行動は限られてる。だから俺は片目のジャイアントアントの言うとおり先に行った魔物娘の方向に向けて歩いて行くことにした。


 歩き出してふとアルラウネに礼を言うのを忘れてたの思いだし、後ろを振り返りアルラウネに手を振って別れをする。


 頭を上げた時アルラウネは意味がわかったのか、微笑みを浮かべて何か言った。

 相手も礼を言ったように思え、そのおかげで心の片隅にあったマンドレイクを助けれなかった後悔が少し和らいだ気がした。


 俺はジャイアントアントの歩いてる方向に向き直り、一歩、一歩前へ進む…… 途中で自分が素っ裸なのを思い出して、手で息子を隠しながら前屈みになりながらも進む。

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