第4話 別れ

 マンドレイクが膝から崩れるように倒れ込んでいく。その小さな背には縄を括り付けた一本の矢が生えていた。


 何が起こったのかわからない。なんで、マンドレイクに矢が生えてるんだ? 射られたからに決まってる。じゃあ誰にやられたんだ? わからない。相手が見えないんだから、わからないのは当たり前だ。俺は何をすればいいんだ?


 突然の出来事に混乱していた俺に、悲鳴にも似た叫び声が俺の鼓膜を震えさせた。見るとアルラウネが何か言いながら足元からいくつもの触手を伸ばし、マンドレイクを抱き抱えようとしてるのが見える。


 そうだ。矢に縄が括り付けてるなら、相手が次に取る行動は引っ張ることだ。


 俺は前のめりながらマンドレイクに向けて駆けだした。

 周りの動きがゆっくり見える。アルラウネの触手がマンドレイクに触りそうになったが、触手を避けるかのようにマンドレイクの身体が藪の方向に引っ張られていく。


 間に合うだろうか…… いや、間に合わせる!


 距離にして三歩分離れてる。だが、その三歩が遠い。周りの動きが遅く見えるせいもあって、時間が長く感じた。


 アルラウネの横を走り抜けて、藪の中に消えてこうとするマンドレイクの姿が見える。マンドレイクが藪の中に入ってしまったら、もう逢えなくなってしまうように思えた。


 頭に過ぎた予感を振り払う思いで、頭から飛んでマンドレイクに手を伸ばす。


 「掴んだ!!」


 俺の手には縄が掴めたが、未だに藪の中に引きずり込もうと引っ張ってくる。


 まだ諦めてないのか。なら、反対に引きずり出して、ぶちのめしてやる!


 俺は立ち上がると勢いよく縄を引っ張ろうとすると、顔の横を過ぎって縄に巻き付く物があった。

 蔓だ。どこから生えてる物なのか確認しようとしてやめた。蔓よりも先に、まずは縄だ。


 今まで縄を引っ張り合いをしていたが相手が疲れたのか、縄から力が抜けたのを感じ、持てる力全てで引っ張った。すると遠くの方で大きな音がした。

 前ほどの力はないが、何か括り付けてるような重さがある。そのまま引っ張っていくと、徐々に喚き声が近付いてきた。


 弓を射た相手だろう。俺はそいつがマンドレイクを射た相手だと思うと怒りがこみ上げてきて、猛然と縄を引っ張り藪から男が現れた。


 男は布の服を着ており矢筒を背に装備して、縄を腰に巻いて外れないようにしてた。男は未だに喚き散らしながら、腰に巻いた縄を解こうとしていた。


 俺は縄を離さずにマンドレイクがどうなってるか心配で、一度後ろを振り返ったら、アルラウネが地面から触手を出して、マンドレイクの背に刺さった矢を折ってから抜いていた。


 あっちは任せて大丈夫そうだな。じゃあ、俺は俺でマンドレイクの仇を討つ。


 まだ男は縄が解けていないみたいで、俺が近寄って行くとこちらを見て狂気した顔で殴りかかってきた。


 逃げるには縄を掴んでる俺を倒すないよな。俺は顔にきた拳を避けると同時に、相手の腹にカウンターで膝を思いっきり打ち込む。当たった瞬間ボキッという嫌な音が出たので、肋骨が折れたんだろう。

 相手は腹を抱えて倒れ込んで苦しいのかうめいている。その表情を見たら怒りがまたこみ上げてきたので、相手の胸ぐらを掴んで言う。


「痛いか?痛いだろうが。だけどな、お前が殺ったマンドレイクはもっと痛かったはずだぞ」


 言葉がわからないのは知ってるが、言わずにはいられなかった。

 俺は胸ぐらを突き放すように離し、仰向けに倒れた相手に馬乗りになって、顔を何度も殴る、殴る、殴る。怒りのおかげなのか、何度も殴ってた拳に痛みはなかった。

 最初は喚いていた相手だが、鼻が折れ、血が溢れてきた辺りから喚き声も消えた。


 俺は荒く息を吐き立ち上がり、相手の首根っこを掴んで引き吊りながら、アルラウネの元に歩いていく。


 アルラウネはマンドレイクを抱き抱えていたが、触手で優しく持ち。いつの間に掘ったのか、近くに穴が出来ており、その穴にマンドレイクを置き、触手で土を被せていた。


 ダメだったか。胸の中心に矢を食らって生きてはいないよな。マンドレイクは死んだ。なのに、その殺した張本人は生きてる。考えてたらまた怒りが沸き上がってきたが我慢して歩く。


 俺は邪魔しないようゆっくり、ゆっくりと歩き。埋葬が終わる頃にはもうアルラウネのそばにいた。


 アルラウネは俺を一瞥して男に視線を注いでる。男を見る表情は無表情で、俺は肌寒さを覚えた。


「この男をどうするかは部外者の俺が決めることじゃない。だから、貴女に任せる」


 俺は男を投げ捨てるようにアルラウネの目の前に放った。

 投げ出された男は眼前にいるアルラウネと目が合うなり、頭と手を横に振りながら何か言っている。それを聞いたアルラウネは更に顔が変わり、まるで鬼のような形相になった。


 アルラウネの側の地面から触手が現れ男に巻き付いてく。男はまた喚きだし、手足に巻き付いた触手を振り解こうとしてるが出来ず、首にも触手が巻かれてゆく。

 首に触手が巻かれると、男の喚きを遮ってアルラウネは短く一言言い、男の骨という骨を曲げ壊れた玩具のようになった。


 アルラウネの言った一言は、言葉がわからなかったが、憎しみに満ちた声音だった。

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