第20話 性(さが)

 また負けてしまった。

 今回は不慣れな槍を使ってなのだが…… いや、これは言い訳か。


 落ち込んでる俺の肩をぽんっと叩かれた。見ると片目だった。片目が何か言い、娘が通訳


「ちかく、たたかう、うまい。こんど、わたし、おしえる」


 うまいとは言われたものの負けた後では慰めにしかならない。今度の練習の時は絶対に勝つ。


 俺はそう決心したんだが……




 二ヶ月が経った。

 真夏だった時は暑くて死にそうだったんだが、その暑さも何処へやら。涼しくなったのは嬉しいが、この頃は肌寒くなってきた。今度片目に言って新しく服を貰おう。


 俺は現在娘と一緒に川を目指している。まあいつもの水汲みなのだが、防具や武器を着けての走りだ。

 理由は鍛錬なのだが、その鍛錬をし始めた理由が情けないことに片目に勝てないからである。


 片目に教わって繰り出す技も増えた。戦いの時の思考も前より諦めが悪くなった。だが、体力が続かない。

 この頃は片目が本気で槍や剣を放つようになったんだが、俺の体力が先に尽きてしまうのがほとんどだ。尚体力が尽きても片目は攻撃してきて、ぶっ倒れるまで練習は続く。


 そうして現在に到るわけだ。まさか現代での自堕落な生活がここにきて仇になるとは…… 大丈夫! 今は酒もタバコもやめてるんだから挽回できる。

 ただ肉欲は改善出来てない…… まあ、あれも運動の一種だから、改善しなくてもいいだろ。


「HAHAHA!」


「パパ突然笑いだして大丈夫?」


 突然俺が笑い出すもんだから、娘が心配して後ろから話しかけてきた。


「大丈夫大丈夫」


 後ろに振り返りながら返事をしちらりと娘を見てしみじみ思うんだが、一番初めに産まれ俺に懐いてくれてるこの娘は変わった。


 まず俺の使う言語を流暢に話せるようになっこと。

 次に俺に憧れたのか格闘技を教えて欲しいと言って、弟子……とまではいかないが教えてる途中だ。


 娘には足技オンリーだけ教えてる。ちなみに防御も足でのみで防具も足のみだ。補助として新しく入った投げナイフを腰に巻き付けてる。

 投げナイフを腰に巻き付けた時「パパとおそろいだぁ!」とはしゃいでた光景が微笑ましいと記憶に残ってるなあ。


 それにしても森を武器、防具を着て走るのがこんなに辛いとは。

 息切れしてきた身体が酸素を求め、武器防具の重さが腕や足の枷になり、両手に持った桶が地面と連動してるかのように身体から遅れ付いてくる。


 息も絶え絶えに走っていたら娘から「パパ見えてきたよ」と救いの声が聞こえた。


 顔を上げると見慣れた川が見えた。俺に取ってのゴールだ。

 あと、もう少しで……ゴール。


 川べりに着いた俺は身体を岩になげうち仰向けになった。


「もう……無理……動けない……」


「パパったら、桶から肉が飛び出てるよ」


 横目で見ると娘が落ちてる腐肉を取って桶に入れてた。


「すまない」


 情けない。これでも練習では娘に勝てるんだが、長時間やってると負けが多くなってしまう。本当体力付けないと駄目だな。


 息を整えてる俺の顔にいきなり大量の水が降りかかった。


 こんなことする奴はあいつしかいない。

 重くなった身体を起こし川に目を向けると、岩に両手を置いてその上に顔を乗せてにやにやと笑う金髪美人がいた。


「よう」


『おはよう』


「朝からえらい挨拶だな」


『気持ちよかった?』


『世界が見違えるようだ』


 顔にかかった水を手で拭いながら、皮肉ながら返事を返す。


 俺も少しはこの言葉が使えるようになった。娘からも教わってるがなかなか身に入らず、大体は女王とのベッドの上で教わった言葉の方が多いが。


 喉の渇きを癒す為にメリュジーヌの横を流れてる水を飲もうとすると嫌そうな顔をして『私の???飲むつもり?』と言ってきた。


 ん?何を言ってるのかよくわからなかったな。


『もう一度言ってくれる』と聞くとメリュジーヌが何故か俺から距離を取った。


「パパ、メリュは私の体液が混じった水を飲むつもり?って言ってたよ」


「あ~……やっちまった」


 娘が通訳してくれて意味がわかった。つまり、俺はメリュジーヌに卑猥な言葉を言わせようと思われたはずだ。

 セクハラ、駄目、絶対。一刻も早くメリュジーヌに謝らないと。


『ごめんなさい』


 メリュジーヌに謝ると無表情で顔を川の中に入れた。

 なんだ?なにする気だ?


 とにかく相手の反応を見るために水中を見続けていたら、水中でメリュジーヌは回転して尾びれが水面を押し上げてきた。


 これはおしおきですね。わかります。


 尾びれに押し上げられた水は水面を出る。尾びれに乗った水は慣性で乗ったままだ。

 その尾びれが俺の目に全体が見えた時ぴたっと止まり、慣性を失った水が、俺の顔に向かって飛んでくる。


 うん。これはやられても仕方ないし、水分もなく疲れた身体でこれを避けるの無理だ。


 顔に水が思いっきり当たり、鼻の中にまで入りむせることになった。咳き込みながら顔に付いた水を手で拭ってると、メリュジーヌが俺を睨みながら顔を出してきた。


 メリュジーヌは何かを待ってる様子だ。間違いなく俺の言葉を待ってる

はず。

 この言葉を……


『ごめんなさい』


 俺は手を足に着け、上半身を前に九十度下げて謝る。最敬礼、サービス業などでは一番上の敬礼だ。この状態をメリュジーヌの許しが出るまでする。


 俺の謝罪の気持ちが伝わったのか。あるいは、いつまでも姿勢を崩さないとわかって根負けしたのかメリュジーヌから言葉が聞こえた。


『許す』


 そう言って俺を気遣ってか、両手で椀を作って中にある水を差し出してくれる。


『ありがとう』


 喉の乾きはまだ続いていたからありがたい。俺は差し出されたメリュジーヌの手に両手で下から覆い、顔を近づけ手の中の水を啜った。


 啜り終わったあと顔を上げるとメリュジーヌは頬を少し赤くしてそっぽを向いている。

 こういうのに慣れてないのか? 伝承のだと城主だったか地位の高い夫も居て、子供も二人いたはずだから慣れると思ったが……


 記憶との相違を考えててると『手を離して』とメリュジーヌはまだ赤い顔で言ってくる。


 そんな顔されるとからかいたくなることあるよね。


『君の味がしたよ。ありがとう』


 ちなみにこの言葉もベッドで覚えた言葉だ。


 愛し合ったりする時に使う言葉だが、それを聞いたメリュジーヌの反応は劇的な変化が出た。

 少し頬が赤いだけだったメリュジーヌの顔が、温度計のように首から徐々に赤く染まって最後は頭全体まで赤くなった。


 いや~、酔って顔が赤くなる奴や運動して赤くなる奴は見たことあるが、言葉のみでここまで赤くなるのは初めて見た。しかし、こんなに反応するとは初々しいなあ。


 メリュジーヌは両手を素早く引っ込めながら、俺に対して聞いたことのない言葉を喚き散らしている。


 困った俺は娘の方を見るが、娘は娘で頬を膨らましてそっぽを向いてる。もしかして、やきもちを焼いてるのか? けど、そんな顔も可愛いぞ!


 さっきまで喚いてたメリュジーヌが静かになったので視線を戻すと、顔を赤くして肩で息をしているメリュジーヌがいる。


 何を言っているのかわからないからどう返したらいいもんか……困った時はこれだな。


「HAHAHA!」


 困った時は笑っておけ。


 あっ、メリュジーヌが顔を伏せて肩をぷるぷる振るわせてる。これは先ほどの気恥ずかしい感じじゃなくて、怒ってる時の反応だ。


 メリュジーヌはまた潜ったんだが、さっきよりも数倍早い速度だ。


 本能的に逃げなければと思い、俺は疲れた身体に鞭打って転びそうになりながら立ち上がって娘の方へ走る。


「なんでこっち来るの!?」


「鍛錬の一環だ! ほらほら走れ走れ!!」


 横から銃弾のような水が飛んでくるのが視界の端に映るが、取れる行動は走るのみ。俺は娘と一緒に川を辿って走る。


「パパ!何でまたからかったの!」


「あんな顔してたらいじりたくのが男の性だ!」


「じゃあ、何でいんまさっきみたいに謝らないの?」


「いいか。前のは意図せずの行為だったから謝ったが、これは意図してやったから謝らなかった!」


「どんな理屈なの!? 最後に何で逃げるのに森に行かないの?」


「それは森の方に行けば川から縦に走ることになって水を避けれないからだ! あと、メリュジーヌが疲れたら顔を出すはずだから、その時に全力で謝るためだ!」


「なるほど……って、結局謝るんじゃない!?」


「そろそろお喋り止めて走るのに専念するぞ! 嫌な音がパパに近づいてきてるから!!」


 そうしてお仕置きは俺が酸欠でぶっ倒れるまで続き、娘にひこづられてメリュジーヌの前に連れて行かれ土下座して謝り続けた。

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