第29話 凶報

 いつもの決め事を終え、部屋に帰ってきた俺は藁に寝転がり疲れた身体を休ませながらここまでの出来事を考えていた。


 親子会議から一週間が経った。女王からの許しを得た娘は、毎日のようにあの手この手で俺を押し倒そうとしてきた。

 時には睡眠中に、時には食事中に、またある時には鍛練中に色々としてきたりなどなど……俺はその度に逃げたり抑え付けたりしている現状で、休む暇がない日々が続いた。


 今日はその娘が初の見回りの仕事に就く日がやってきた。


 俺の子では初めての見回り仕事だ。一番早くに産まれたこともあって選ばれたのだろうか?


 これで平穏な時間が少しは作られるだろう。


 娘は夕方辺りから見回りに出るようで、その話を聞いた時に俺は「夕方からは危ないんじゃないか?」と聞いてみると。


「夕方になると人間達は、村に帰るか野営の準備に入るから安全なんだって」


 確かに夜間での行動は、明かりがないと危ないもんな。


「なるほど。ちなみに人間を見つけた場合どうするんだ?」


「その時は何もせずに、巣に帰って女王に報告」


 どちらにせよ危険な仕事には変わりないな。娘のことが心配だが、一緒について行こうとしたら女王や片目に止められるのが目に見えてる。


「危険な仕事だから、十分に注意して行くんだぞ」


「見回りは経験豊富なお姉ちゃんと一緒だから大丈夫だって。けど、心配してくれてありがとうパパ」


 その時は片目が一緒なら大丈夫かと思っていたが、後に片目本人から聞くと片目ではない娘が行くと言うのだ。

 心配させまいと娘が嘘をついたのかと考えたが、片目が自分の次に経験豊富なのは間違いないと言っていたので安心したが、やはり少し不安だった。


 腹時計が夕方ぐらいだと知らせてきたので、娘の見送りに行こうと藁から立ち上がろうとすると娘が部屋の入り口に姿を見せた。


「これから見回りかい?」


「うん」


 娘はこれから行く初めての見回りに緊張しているのか、言葉数少なく返事をする。顔も緊張のせいかいつもの笑顔はなく、表情が強張っているのが一目でわかった。


 少しぐらいの緊張なら丁度いいのだが、さすがにこれは緊張しすぎだな。


 俺は娘の緊張を和らげるために近寄って、緊張している娘の身体を優しく包むようにして抱きしめた。


「パパ?」


「そんなに緊張するなって言っても無理だろうからな。ただ今のお前は緊張し過ぎなのはわかるな?」


「うん」


「経験豊富なお姉さんも一緒だってお前も言ってただろ?」


「うん」


「それに安全な夕方を選んでくれたんだから大丈夫だよ」


「うん」


 こんだけ言っても娘の緊張はまだ解けないのか……仕方ない。


 俺は娘の顔を上に向かせ軽くキスした。

 親が子にキスするくらいは普通だから、これぐらいなら親子のスキンシップのうちに入るだろう……たぶん。


 娘の反応は……固まっていた。

 それはもう見事なまでに固まり、肩を押せばその姿勢のまま倒れるんじゃないかと思うほど、娘は彫刻のようになっている。


「おーい」


 娘に声をかけながら目の前で手を振ると、娘は正気に戻ったのか俺の目を見つめてきたかと思うといきなり腰を低く構えタックルを仕掛けてきた。


 この娘はいきなり何してくるんだ!?と思いながら、俺はタックルを受け止めた。


「やっとその気になってくれたんだねパパ!」


 タックルを受け止めながら勘違いしたんじゃないかと考えてたが、予想通りだったよ!


「違う!元気づけようと思ってしたことで、決してお前を誘った訳じゃない!!」


「まあまあ、そう言わずにちょっと試してみようよパパ!」


「全力で遠慮させてもらいます!それよりも見回り!見回りの時間!!」


 娘は俺の言葉で仕事を思い出したのか、娘の身体からふっと力が抜けたので押さえ込んでた身体から手を離すと、未練がましい表情をした顔が上がってきた。


 この子は俺とどんだけしたいんだ!?けど、仕事を思い出して押し倒すことを止めたのは俺にとっては良かった。


「ほらほら、入り口まで送って上げるから。はい!回れー右!」


 動かない娘を手で押して、巣の入り口まで押していった。

 巣の入り口まで連れてくと、警備の二人とは別にもう一人が立っていた。


 この子が今回うちの娘と同行する子か。


『遅れた。娘、よろしく』


『その子の噂は聞いてるんで遅れるとは思ってましたよ。出来る限り危険がないようにします』


 そう言いながら苦笑している。あの会議から一週間経ってるから、噂も全員に伝わってるますよねぇ。


 そうして娘は同行する子に連れられてというよりも、引っ張られて穴から出て行った。


 俺は手を振りながらも娘と同行する子の無事を祈って見送った。




 娘を見送った後、俺は女王の部屋に行き娘の報告待っていたが、少しすると不安が胸に広がっていく。気分を紛らわす為に筋トレなどをしていたが、時間が経つにつれて不安がどんどん大きくなる。


 女王はそんな俺を見ながら微笑んでいる。娘のことが心配にはならないのだろうか?


 時間が経つのが遅く思えて仕方ない。俺は筋トレでは紛らわせないとわかってからは、部屋を歩き続けてた。


 その時部屋の外から慌ただしく走ってくる音が聞こえてきた。その音を聞いた瞬間帰ってきたと思い、胸に広がっていた不安が飛び待ち遠しさに変わった。


 娘が慌てて帰ってきたか。これはまたタックルしてくるかもな。


 めんどくさいと思いながらも嬉しさがこみ上げてくるが、姿を現したのは肩を矢で貫かれ血を流してる子だった。


 俺は頭が真っ白になり、何が起こってるのかわからなくなった。


『どうしたの!?』


 女王が血相を変えて娘に訳を聞いている。


『待ち伏せに遭いました。相手は村人ではなく、我々人外相手専門の傭兵で、わかるだけでも約五十人ほどいました』


 娘は息も絶え絶えに報告している。少し間を置き俺をちらりと見て、言い辛そうにしながら続けて言う。




『……私が矢で負傷したのを見て、新人の娘が囮にーー』





 俺はその言葉を聞いた途端、心が絶望という名の底の見えない落とし穴に落ちていった。

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