第30話 葛藤
沈痛な沈黙が部屋を支配していが、その沈黙を破ったのは女王だった。
『急いで片目を呼んできて。あと、足の速い子を四人選んで呼んで』
『はい!』
もしかして、娘を助ける考えが思い付いたのか?
俺は女王に目を向け聞こうとしたが、女王の目がどのような決断をしたのかを物語っていた……見捨てると。
俺は自分の勘違いだと思いたくて震える声で聞く。
『娘、た、助ける?』
女王は悲しげに俯け俺の顔を見ずに喋る。
『呼ぶ四人にはメリュジーヌとアルラウネの所に向かわせて、今回のことを伝えて警告する為の四人よ……相手が五十人もいる状況で助けに行くとなると、私達も数を揃えて行かなければならないわ』
そこで女王は俺の目を見てこう言った。
『そして、間違いなく戦闘が起こって娘達の何人かは死ぬことになるの。貴方は自分の娘を救う為に他の娘を殺せる?』
娘達に自分の娘を救う為に死ねとは言えない。けど、自分の娘も救いたい気持ちがある。
俺は女王の言葉に返事を返せない。
『私はあの子達の母でもあるのだけど、それと同時にジャイアントアントの女王でもあるの……ごめんなさい』
女王は諦めた。娘を助けに行くことを。
『仕方ない』
そう女王は女王なんだ。だから、仕方ない。
頭では助けるのは無理とわかってるんだが、俺の心は助けないと叫んでる。
『行ってくる』
気付けば口から言葉が出ていた。口にすると不思議と身体も心に従う時があるが、それは本音に素直になるということなんだと思う。
それが今だ。
『行くって……ちょっと待ちなさい!』
耳に女王の声が届くが、俺はもう女王に背中を向け部屋の入り口に向かって歩いていた。が、俺の進行を邪魔する者がいた。
『待ちなよ』
入り口にいたのは片目だった。
『女王が待てって言ってんだ。戻りな』
『娘、待ってる』
『駄目だ』
片目は道を譲る気がない。このままじゃあ時間だけが過ぎるだけで、埒が明かない。
『邪魔するな』
片目相手に勝てる気がしないが、こうしてる間にも娘の死が迫っている……やるしかない。
俺が構えると片目は溜め息をついて、こう言った。
『止めても無駄みたいだねぇ。あたいも妹の救助に付いてくよ』
へっ?俺はてっきり娘の救助に反対するばかり思っていたんだが、逆に手助けをしてくれるとは思いもしなかった。
『貴女まで!?』
『あたいの命令でこうなったんだ。責任を取って迎えに行くのが筋ってもんだろう?』
『それで毎回無茶して傷を負って帰ってくるんでしょ!その目の傷だってそうじゃない!』
片目の身体に残る傷跡は妹達の救助で出来たものだったのか。
女王の言葉を受けた片目は、傷跡の残る目を撫でながらこう言ってのけた。
『妹を助けるための代償みたいなもんさ。安いもんだよ』
片目の顔には後悔を微塵も感じさせない笑顔で言う。
そんな片目の姿は昔憧れたヒーローの姿に似ていて、俺は羨ましく思ってしまった。
だが、女王は逆に片目の言葉が気に障ったのか、先程よりも声を荒げ片目に訴えかけた。
『今回のはいつもの傭兵とは違って人外専門で数も違うのよ!怪我だけじゃ済まないわ!死ぬ可能性だってあるのよ!!』
女王の興奮とは対極して片目は落ち着いた口調で、だけどきっぱりと答える。
『わかってるよ。けど、残った妹はあたい達のことを待ってるかも知れないんだよ』
『そんなことはわかってるわよ!!けど、私は子供達の母でもあるけど、その前に女王だから危険な選択を選べないの……』
女王は唇を噛みしめ自らの立場に対する悔しさを露わにする。
『あたいはあんたの手足みたいなもんだよ。頭ではわかってるけど身体は動く、それが今の状況じゃないのかい?』
片目の問いに答えず目を瞑り眉間に皺を寄せて無言になった。多分行かせるべきかどうか葛藤しているのだろう。
長く思えた沈黙が女王の目を開けたことによって破られた。
『……貴方達二人に娘の救助を命令するわ。毎回言ってるからわかってるだろうけど、娘が死んでた場合はそのまま戻ってくるのよ!敵討ちや遺体の回収など馬鹿なことは考えないように!いいわね?』
『あいよ。おい!急いで防具と武器の支度をしな!用意が出来たなら巣の入り口に来るんだよ!』
女王の許可が下りた片目の行動は早く、返事をするや否や部屋を飛び出していく。
俺も慌てて片目の後を追って出て行こうとすると、女王に呼び止められた。
『待ちなさい。片目には前々から言ってたから言わなかったけど、月が真上に昇るまでに帰って来なかったら、巣の入り口を潰すわ。どうしても時間までに戻れない場合は片目を頼りなさい』
制限時間まであるのか。尚更急がないとやばいな。
『わかった』
返事を終えた俺は装備を整える為に大急ぎで自分の部屋に向かった。
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