親友で有り近衛
第23話 忌まわしき者
あいつと会ったのはアルラウネとの物々交換の日だった。
妹と一緒に肉の入った桶を持ってアルラウネの所に向かってると、目的の方向から男の声が微かに聞こえてきた。
あの方向はアルラウネのいる方向……まさか人間の襲撃かい!?
あたいは両手を離し桶を捨て、急ぎアルラウネの住む場所に向け駆けた。
「いきなりどうしたんですか!?」
一緒に付いてきてた妹が、あたいの行動に驚きながらも追いかけてくる。
どうやら妹には声が聞こえてなかったみたいだね。
「男の声が聞こえた!あんたはあたいの捨てた肉と桶を拾って、警戒しながらゆっくりきな!」
妹にそう言い捨てて、あたいは更に走る速度を早めた。
アルラウネの住処に近付くにつれて走る速度を緩め、周りを警戒しながら進む。
遠目にアルラウネが見えてきたので、近くの木に隠れて様子を見る。
戦況はどうなってるかねぇ……まさか、あれは!?
そこには黒髪と黄色の肌の人間がいた。
忘れるはずがない、忘れるはずもない。戦争の傷跡としてあたい達女の心に刻み、人外の男どもを殺した憎っくきあいつだ。
男は同種であるはずの人間の首根っこを掴んで、アルラウネの方にひこずりながら連れて行ってる。アルラウネはマンドレイクの胸に刺さった矢を折ってから引き抜き、触手で穴を掘って埋めていた。
普通の人間ならアルラウネの加勢に入ったんだが……
「アルラウネには悪いけど、あたい達種族のためにあいつの行動を見極める餌になってもらうかね」
言葉では軽く言えるが、心は罪悪感で重くなる。ふと、耳にぎりぎりと締め付ける音が聞こえる。音の出所を確認すると、憤りと憎悪と罪悪感で、無意識に槍の柄が悲鳴を上げるぐらい握りしめていた。
あたいは深呼吸を何度かして心を静め、男の様子を見る。
男は掴んでた人間をアルラウネに投げ渡して何かを言ってるようだ。
何か言ってるのはわかるんだが、何故かわからない。
あの人間は仲間じゃない?それとも助けてもらうために仲間を渡したのか?
投げ出された人間は意識が戻ったようで、目の前にアルラウネがいるのを見て悪態を尽きだした。
「くそ!この男が邪魔しなかったら、俺はあの悪魔を売って金持ちになって、あの悪魔も殺せたんだ!」
その言葉を聞いたアルラウネは怒り、人間の手足を触手で掴んでいく。
人間は殺されるのがわかって暴れ出したが、触手は一向に解けない。
「離せ!俺は金持ちになって、あの村を出るんだ!それでーー」
「死ね」
人間の首に触手が巻かれる。アルラウネはまだ喋っている男の言葉を遮って、静かに、だが、はっきりと怨恨がこもった一言を人間に投げた。
その一言を合図に、人間の首、肩、肘、手首、膝、足首などの関節が触手によって無慈悲に折られる。さらに触手の位置をずらして、今度は骨という骨を折っていった。
死体となった人間を売った男は、その行為をやられて当たり前といった顔で眺めていた。
この男は何を考えて仲間を渡したんだろうねぇ……
男は人間がアルラウネの養分になる所を見届けたあと、マンドレイクが埋められた場所に行き、何やら手を合わせている。
あいつは一体何をしてるんだ?どうやらアルラウネの方は信用しているようだが……
あたいが男を探っていると、アルラウネがあたいに気が付いて、こっちに来いと手招きされた。
見つかったなら今後の関係のこともあるので、出るしかないかねぇ。
音を出して男の気を引かないよう気を付けながら、アルラウネの元に歩いて行った。
「加勢に入れなくてすまない。そこの男を見たらどうするべきか迷っちゃってねぇ」
あたいの言い訳に、アルラウネは頬に手を当てて溜め息をつく。
「私も娘がこの男を連れてきた時は驚いて、どうするか迷ったもの。仕方ないわ」
そう言った後に、続けてこうも言った。
「ただし、次はないからね」
慄然とさせる表情と声色で言われ、あたいは無言で首を縦に振った。
接近戦最強のアルラウネに言われては、はいと言わざるえない。こりゃあ、妹達に弓の練習をさせないといけないかもねぇ。
今後起こるかもしれない戦いを考えてると、静寂を破ってアルラウネが喋り出した。
「娘はあの戦争の時には産まれてなかったから、男のことを何も知らなかったのよ。この男を連れてきた娘は誇らしげだったわ」
悲痛な表情だ。一人娘を失ったんだ、ひどく悲しいのは当たり前だろうねぇ。
「それで娘が伝えてきた内容では、面白いことがないか探索に出かけてたら、男が裸で寝てたってことよ」
「マンドレイクから見たら、あたい達人外にヤられたいだけのように見えたわけかい。それで連れてきたと」
「ええ、普通の人間なら囲ったんだけど。あの肌、あの髪、私達人外では忌諱する存在だから……私だって最初は娘にあれは駄目だって言ったのよ」
また溜め息を吐くアルラウネ。しかし、次の話を切っ掛けに表情が一変する。
「けど、娘を助けてくれてた時の表情を見ると、終戦理由の男とそこの男は別だと思ったわ」
その時のことを思い出してか、悲痛な表情は柔和な顔に変わった。
「ちょっと待った。マンドレイクは死んでないのか?それにあの男が人外を助けたって?いやいやいや、冗談もほどほどにしなよ」
ありえない。ありえないはずだ。
「死んでないわよ。連れ去られてたら死んでたでしょうけど、そこの男が阻止してくれたおかげで助かったわ」
あたいの認識の壁を、アルラウネは崩していく。
「ああ、あとね。そこの男は言葉が通じないわよ」
「なんだって?だとすると拷問をしても意味がないねぇ」
「あの男に似てるけど、一応は娘の恩人なんだから、拷問するくらいなら一思いに殺してね」
ついさっき、人間を折りまくった奴が言う言葉じゃないと思うんだがねぇ。
「わかったよ。じゃあ、こいつはあたい達のところに連れて行くけど、異存はないね?」
「ええ、私じゃ衣食住整えられないしね。それと引き替えに、その男を時々連れてきてね」
「あいよ。妹と肉を置いてきたから迎えに行ってくるから、戻るまでの間はあいつを好きにしな」
アルラウネとの話を終えて男を見ると、目と目が合った。
ついでだ、言葉が本当に通じないのか確認するかね。アルラウネの言うことを信じてないわけじゃないが、念のためだ。
あたいは男に近寄って罵詈雑言を浴びせた。
「おい、そこの黄色い肌をした汚らしい男。お前は裸で感じる変態野郎かい?そんな物を見せられたら不快だねぇ……その股間にぶら下がってる粗末な棒を切って、お前の口に咥えさして自分で舐めてみるかい?」
男は股間を隠すこともせず困惑している。次に男から喋り出したが、全く意味がわからない。
どうやら本当に言葉が通じてないねぇ。あんなこと言われたら普通は股間を慌てて隠すもんだけど、未だに隠す様子はない。さらに、あたいも聞いたことがない言語だ。
ほんとやっかいだねぇ。
あたいは溜め息をしたあと、男に近付いて念押しをする。
言葉や意味がわからなくても、気配はわかるだろう。
「アルラウネになんかしたら殺す」
淡々と殺気を込めて言うと、男は彫像のように固まった。
どうやらわかったみたいだねぇ。
固まっている男を触手が絡め取る。そのまま男はアルラウネに抱かれ蜜を飲んでいた。
アルラウネの奴、まさかおっぱじめる気かい?だったら早く妹を連れてくるかね。
その場を足早に離れ、置いてきた妹の所へ向かった。
来た道を戻ると、両手に桶を持って肩の手で槍を構えながら歩む妹を見つけた。
あたいは妹の姿を見て、溜め息をつきながら近付くと、妹はあたいに気付きホッとした顔で構えてた槍を下ろして、あたいに駆け寄ってくる。
仲間が一人で戻った時には人質になってる可能性があるから、仲間には近寄らず周りを警戒しながら話しかけるようにと、あの子には前に教えたはずなんだけど……頭が痛くなるねぇ。
「姉さんどうでしたか?」
「その前に、この間教えたこと覚えてるかい?」
あたいの言葉を聞いた妹が、はっと思い出して凍り付いていた。
「帰ったら、教えを忘れても大丈夫なくらい練習しようか」
妹は涙目になりながら「はい」と、か細い声で返事をした。
生き残れるように教えてるんんだから、そんなに怖がらなくていいと思うんだけどねぇ。
あたいは妹が持ってる桶を半分持ち。今頃盛ってるであろうアルラウネの所に足早に向かった。
道すがら起こったことを簡潔に話。アルラウネのとこに戻ると、二人は顔を重ねていた。
「まだ飲んでたのか」
妹を迎えに行ってそれなりに経ってるが、まだ口付けしていた。
ん? あれは飲んでるんじゃなくて、互いに舌を絡めてるのか?
愛などを確かめるなら口付けだけで良い、まして蜜を飲むなら舌を絡めては飲みにくいはずだが……
「姉さん、あれは何してるの?」
「さあねぇ、あたいにもわかんないよ」
ただ、アルラウネ達がしてる行為を見てると、子宮が疼く。
こんな気持ちになるのは、あたいだけか?
その疑問の答えを確かめるために妹を見ると、脚をもじもじさして熱に浮かされたような顔で二人を見つめていた。
どうやら変な気分になったのはあたいだけじゃなかったみたいだけど、妹はあたい以上に夢中なようだけどねぇ。
あたいは桶を地面に置いて妹の眼前で手を振ると、妹ははっと気が付きあたふたと桶を地面に置こうとして、中身を撒いていた。
「なにしてんだい。慌てなくていいから、肉を拾って桶はそこら辺に置いときな」
頭が痛い。妹も興味がある年頃だから仕方ないか……ああ、だからか。
あたいは交尾を知ってるから、二人の行為を見てもあまり変な気分にならなかったのかもしれない。
「あとは夢中になってる二人に、あたい達のことを気付かせるかねぇ」
あたいは男の背後まで歩いて行くが、全く気付いた様子がない。
アルラウネも目を瞑って口付けに夢中だねぇ。いや、夢中というよりは貪り喰うといった感じか。
そんな二人の行為に待ったをかけるかのように咳をすると、見ていて面白いほど二人は身体を跳ね上げ驚いていた。
あたいが白い目でアルラウネを見てると「な、なによ。私は……そう、お礼!妹を助けた礼をしただけよ」などと顔を赤くしながら言い訳する姿を見て、あたいは自然と溜め息をした。
「はぁ……とにかく時間だよ」
一言そう伝えると、アルラウネの表情から恥じらいは無くなった。
抱いていた男を離してあたいの方に歩かせる。
横にいる妹を見ると極度の緊張で顔が青ざめ男に向ける槍も微かに震え、さっきまで興奮していた妹の見る影も無い。
こりゃ駄目だねぇ。わざと男について人間としか伝えてなかったけど、母親である女王から戦争の話は聞いてるだろう。負けた原因である男の特徴とかもね。
「あんた先に帰って女王にこのことを伝えてきな」
このまま男の監視をさせてたら、妹がへまをして人質になる可能性もありうる。ならさっさと帰してしまえばいい。
「え?け、けどーー」
「あたいに刃向かうのかい?こりゃあ帰ったら練習じゃなくて試合をしないといけないかねぇ」
あたいの言葉を聞いた妹は身体の震えがピタッと止めると「すぐに伝えてきます!」と逃げるかのように走って行った。
妹はこれで良し。あとはこの男か……
妹を見送ってから男に向き直り、妹の後を追うよう槍で何度か男と妹を交互に指すと、男は意味がわかってか少し迷うような素振りを見せたが、決心がついて妹が去った方向に歩き始めた。
抵抗しなかったみたいだけど、何をしてくるかわからないし警戒するに越したことはないねぇ。あっ、桶のことをアルラウネに伝えないと。
あたいはアルラウネにわかるよう肩の腕で桶を置いた場所を教え、男に警戒しながら後ろについて歩き始め。アルラウネのなわばりを現す茂みを通ろうとしたところで、男は振り返ってアルラウネに別れのためか手を振った。
男の突然の行動に、あたいは反射的に槍で突き殺しそうになるのを、なんとか踏みとどまることができた。
しっかり男の行動はちゃんと見てたはずなんだけど、知らず知らずのうちにあたいも緊張してたのかもねぇ。
まだこの男が戦争の時の男とは限らない。そう考えてたはずなんだが、心の奥ではあの時の男だと決めつけようとしてる。
昔のトラウマに対しての葛藤で悩んでるあたいの耳に、アルラウネのぽつりと呟いた言葉が風にのって聞こえた。
「さようなら」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます