第22話 日課

 アルラウネとの一戦のあと、娘に謝りマンドレイクの埋められてると土に水を撒き。桶に入れてた腐肉とアルラウネの唾液を交換して帰路に就いた。


「帰ったらママともやるくせに……なんでアルラウネともやってるの?」


「それは、唾液飲んだら……猛り立つんだよ」


 今日二度目となる娘からのお説教を言われながら歩いてる。

 走らずに歩いてる理由はアルラウネの唾液は貴重なので、走らず慎重に運ぶためだ。

 しかし、あれだな。娘から「ねぇ、なんでパパは毎回浮気してるの?」と聞かれてるような心境だな。


「たけりたつ? なにそれ?」


「ものすっごい興奮するって意味」


「ふーん……じゃあパパは興奮してるから、見境がなくなって目の前にいるアルラウネとやっちゃうんだ?」


「いや、どうなんだろう? あれを飲む時はいつもそばにママかアルラウネしかいないからわからないな」


 俺の言葉を聞いた娘は、さっきまで膨れっ面だったのを引っ込め、何かを考えるように下を向いて喋らなくなった。


 なんかおかしなこと言っただろうか?


 それ以降、娘はずっと考えたまま何も喋らず気不味い雰囲気のなか巣に戻った。




 巣に帰ると娘はそそくさと持ってる桶を返しに行ってしまった。普段なら俺の荷物も持って行ってくれるんだが……うーん、やっぱりアルラウネとやってしまったのが原因だろうか?


 どうやって娘との仲を修復しようかと考えながら、桶を食料庫に持って行き、武具を自分の部屋に置いて女王の所へ向かった。

 女王はいつも通り優雅にベッドで横になっている。


『ただいま』


『おかえりなさい。皆さんは今日も無事でしたか?』


『問題なし』


 俺は返事をしながらベッドの端に腰掛け、女王の頬にそっと手を添え、唇を軽く啄(ついば)むようにキスをする。

 女王は何も言わず俺の行動を受け入れてくれてた。


 キスが終わるとそのまま食事に移る。

 この食事内容は毎回変わらず果物のみだ。あ~、肉やら米やらパンなどが食いたい。


 そう言えば肉で思い出したが、前に珍しいというか初めての光景を目にした。


 その日は巣の外から嗅ぎ慣れない臭いがしたので、外に出て見に行くと片目達がたき火を使っていたんだ。俺はその光景に驚いて『何してるんだ?』と片目に聞くと『キャンドルを作ってる』と言っていた。


 近寄ると白い塊を大きな鍋一杯に入れられてるのが見え、白い塊は脂肪だと思うんだが、家で焼いた脂肪の臭いとは違うような気がした。多分元の世界とは違うから臭いも違うのかもしれない。


 鍋の横には筒状の鉄が並べられ、その中に脂肪から出た油を入れて、紐のような物を刺してある程度固まるまで持っている。


 丁度火を使ってるので『肉を食いたい』と聞くと片目は目を大きく開け驚いていた。けど、それも一瞬のことですぐに強張った怖い顔をして『駄目だ』と静かに、だけどはっきりと拒絶された。


 あの時の片目の表情が忘れられず、未だに腐肉を見ると思い出す。


 ただこの頃他の娘達が果物を切って、外で天下干しをしているのをちょくちょく見るので、俺専用の保存食を作ってるのかもしれない。

 肉を食べれないのは残念だが、娘達が作ってくれものを食べれると考えると楽しみだ。


 隣で女王が腐肉を食べてる。この世界に来た時には全く腐臭はしなかったが、この頃は腐臭の臭いが多くなってきた。猛暑の時は暑くて生物(なまもの)が腐るのは当たり前なんだが、もう涼しくなってきたというのに腐臭は増すばかりだ。


 この変化は良いことなのか、それとも悪いことなのか……何も起こらないといいが……


 食事を終えた後、木で作ったコップに入ったアルラウネの唾液を飲む。

 この唾液の良いところがもう一つあった。これを飲むと、口内から鼻腔にかけて柑橘系の香りで一杯になるんで、腐臭の臭いが気にならなくなる。そして、俺と女王はベッドで愛し合うんだが、不思議なことに女王が最近は子供を生まなくなった。

 この変化は良いこと……ではないと思う。腐肉と関係があると思うんだが、女王が不満そうに俺を睨んでるから、また暇な時に考えよう。

 俺達はもつれ合いながらベッドに倒れ込んだ。




 夜の戦いのが終わり、女王が俺の腕で無防備に寝てる。俺は起こさないように腕を引き抜く。


『おやすみ』


 頬に優しくキスしてからベッドを離れ部屋を出る。


 うん? 今日は片目が監視役だったのか。


 俺は軽く手を上げて挨拶し、片目の持ってるランタンを貰い部屋を離れた。他の娘達は眠っているのか穴から漏れる明かりは少ない。明かりが点いてる部屋では、何かを入れた皮袋を揉んでいる娘がいた。

 あっ、目があった。『おつかれ』と俺が言うと娘も『パパもお疲れ』とにっこりと微笑みながら返事をしてくれる。


『それは何してるんだ?』


『防具や武器に塗るオイルを作ってる最中だよ』


 話を聞くと皮袋の中にはある実が入っていて、それを揉み続けて実から汁を出している最中だと。娘は『この実がそうだよ』と言って置いてあった桶から実を見せる。

 実はブドウを数倍大きくしたような形で色は黒ずんでた。


『パパが食べてるのは、まだ熟れてないやつだから色が違うんだよ』


 ああ、確かに俺が食べる中に形が一緒のやつで緑のがあったな。あれは渋い味で油っぽかった。だからオイルにも使えるのか、なるほど。


 これ以上居ると作業の邪魔になるので、娘に礼を言ってその部屋を離れまた薄暗い通路を進んで行く。


 ランタンの明かりを頼りに進み自分の部屋に着いた。自分の部屋に入り持ってたランタンを置いて、日課の武具の手入れ作業に取り掛かる。


 まずは投げナイフの確認からっと。


 ジャイアントアントがコーティングした床の上に座り、置いていたベルトからナイフを一本抜いて、ランタンの光にかざしてナイフの状態を確認する。この作業を差してある全てのナイフを一つ一つやっていく。


 刃先に刃こぼれなし。刀身には研ぎ傷はあるものの、これぐらいなら大丈夫だろ。また刃こぼれか大きな傷が出来たら片目に頼んで研いで貰おう。


 ナイフの状態確認が終わり、ナックルガードにひびや錆がないのがわかり、次に防具を点検していく。


 防具のベルトの繋ぎ目良し。ひびなし。錆なし。あとは油を塗るだけだな。


 部屋の隅に置いてる油の入った桶を取って近くに置き、桶の縁に掛けてある布を手に取って、布を桶の中に入れて染み込ませる。

 その布で防具を一つ一つ丁寧に磨いていき、最後に磨き残しがないか確認が終わると、使っていた布の上に防具や武器を置いて終了。


 作業が終わった俺はランタンの中に息を吹きかけ火を消し、藁の上に寝転んだ。


 今は季節で言う所の秋だと思う。前に片目から言われたが『この秋は食料の宝庫だ。それ故に人間も必死で森に入ってくるから気をつけろ』と。


 ジャイアントアントも俺が女王と繁殖に勤しんでるので、人数は増えたがその分食料が必要になるだろう。女王が途中で子供を生まなくなったのはそれが原因なのかもしれない。


 飢餓と心を冷淡(れいたん)にする寒い冬は近寄ってきている。

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