第2話 夢の樹にて

 両手は塞がってるので仕方なしに肩で扉を押して入る。扉に取り付けてのか、来客を告げる鈴の音が響く。

 扉を開いたら樹木特有の匂いと、ジャズ調のリズミカルなピアノの音が店内から流れてきた。

 店の中は狭く、カウンターに椅子が5つ、壁には三人ぐらい座れるソファーが二つあった。その正面にはテーブルと背もたれのない丸椅子がいくつかある。

 夕暮れがかったような照明が点いている。明かりが届かない所は暖かみのある影できてる。


 真っ先に目に入ったのは、カウンター席に座ってる女性だ。その女性は、店内の雰囲気とは合わない今風の髪型と服装をしている。

 髪色は赤茶で、短髪を後ろに流していて髪型と色のせいか、男勝りな性格を思わせる。

 服装は赤のキャミソールに短パンでスニーカー。全く店の雰囲気と合ってない。

 ただ、気になるのは、肌が見えてる太股やふくらはぎに、贅肉などが余り付いておらず。筋肉に力を入れてない状態でも、十分に筋肉が盛り上がいて、なにかしらの格闘技をしてるのかもしれない。



「いらっしゃーい」


 カウンター席の女性は、俺に関心がないのか見もせずに言って、グラスを傾けて飲んでる。

 俺はユルを腕から下ろして、近くにあるソファーに座らした。

 声に反応したのか、カウンターの奥から新たな女性が現れる。


「いらっしゃいませ。あら? 姉さん。お客さんを連れてきたの?」


 出てきた女性は落ち着いた雰囲気の大人な女性だ。

 髪は艶やかな黒で、胸の辺りまで伸びていて軽く巻き毛になってる。

 服装は胸元を大きく露出した薄緑のドレスを着て、谷間を強調していて魅力的だ。歳は雰囲気も合わさって自分と同じか、ちょい下なのかもしれない。


 この店はそこらのキャバクラなんかとは比べられないほど、女性のレベルが高いな。

それにしても、この腕に抱いてる子が姉さん? まったく見えないな。


「ううん。酔っぱらいに暴力振るわれた時に助けてもらって、その時に足をくじいたから連れてきてくれたの。あっ、ここまで店まで運んでもらい、大切な時間をとらせてしまいすみません」


 ユルが妹に返事をして、俺に頭を下げた。こういう時は、礼をいうのが普通なんだがな。


「姉さん!また悲観的になって。こういうときはお礼をいうの。姉を助けて下さり、ありがとうございます」


 妹から注意されたユルが、目線を下に向けて落ち込んでる。「また」と言ってたから、たびたび叱られてるのかもしれない。


「いえいえ。男なら当然の行動です。失礼ですが、お二人は姉妹なのですか?」


「はい。そちらにいるのが長女の優流で、私が次女の瑠奈です。あと、カウンターで飲んでるのが、三女の紅籠です」


 カウンターの女性は話を聞いてたのか、こちらも見ずに手を振って挨拶してくる。


「そうなんですか。こんな美人三姉妹がいる店にしては、お客さんが居られないようですが」


「ええ。やっぱり立地が悪いせいか、なかなかお客さんが寄り付かないんです。立ち話もこの辺にして、姉さんの横に座ってはどうですか?くつろぎながら色々話ましょう」


 いやいや、さすがに立地が悪すぎでしょう。こりゃあ、ぼったくりに捕まったかな。


「よう。あんたが姉ちゃんを助けてくれたんだってな。あんがとよ」


 まだ落ち込んでる長女の横に座ったところに、三女が両手にグラスを持って向かいの椅子に座ってきた。


「ほら。これは私からのおごりだ」


 片手に持ったグラスを渡してきたので受け取ると、イソジンのような鼻にツーンとくる独特の匂いが漂ってきたので中身がウィスキーだとわかった。渡し終えた三女はテーブルを挟んで向かい側に座った。


「ありがとうございます。それではもう一人が来てから飲ませてもらいますね」


「あら、待たせちゃたかしら?」


 待ってたかのように次女がトレーにウィスキーの瓶、氷入れ、おしぼり、グラスを載せてきた。


「ううん。大丈夫だよ。じゃあ、座って乾杯しよ」


 長女が落ち込んだ状態から回復したようで、次女に微笑みながら返事をした。そして次女が俺の横に座ってきた。両手に華とはこのことだな。

 長女は座るのを確認してから酒のグラスを手に取り、俺に向き直って礼を言ってきた。


「私を助けて下さってありがとうございます。お礼とはいってはなんですが、ここのお支払いは私のお財布からださせてもらいますので、ゆっくりしていって下さい」


「私達の飲み代もか!?」


 横から三女が口を挟んでくる。三女は驚きを隠さずに聞いてきてるところを見ると、長女はなかなか奢りはないらしい。は笑いながら「そうだよ」と答えるの聞き、ガッツポーズをして喜んでる。


 そうとうお酒が好きなのか、財布の中が寂しい状況なのだろう。俺も金が浮くのはありがたいので、ご厚意を受け取って飲むとしよう。


「では、乾杯!」


 長女の言葉を合図に全員酒に口をつけた。

 長女と次女は少しづつ飲んでるが、三女は豪快に一気飲みしてる。俺はこの店に来るまでに飲んでたので、ゆっくりと飲むようにしよう。


 ウィスキーのアルコールの強さに喉が燃えるように熱い。その熱さは喉を通り身体に吸収され、全身に熱さが回り暖かくなってくる。やはりウィスキーは利くなあ。


 飲む手を休めて胸ポケットからタバコを出して口にくわえると、横から次女がライターを手に火を点けてくれた。その行動は見てわかるほどの自然で、身体に染み込んだ動作だ。


「ありがとう。手慣れてるけど、この仕事はどのくらい続けてるの?」


「そうですねー。2000年以上だったかしら」


 次女はそう言って、口を手で隠してくすくすと笑ってる。わかりやすい冗談だが、俺も雰囲気を壊さないよう笑った。


「あんた、体つきが良いけどなにか運動でもしてるのか?」


 笑い終わった辺りから、三女が質問してきた。


「ああ、空手を小学の頃から習ってるからな。もう10年以上は続けてるかな。そういう君も何かやってるんじゃない?」


 俺の答えを聞いた三女はニヤリと笑う。それは自分の答えが当たったからなのか、または別のことでなのかはわからない。


「私か? 私は色々とね。一戦交えたらわかるから、やるかい?」


 そう答える三女の目は挑発するかのように言い、目を細目て俺を真っ直ぐに見てきた。細めた目から見えたものは、戦いへの嬉々に満ちている。


「こら! またクーちゃんはお客様にそんなこと言って…… どうしてこんなに好戦的になったのかしら」


 次女が叱って、長女は落ち込む。もしかして、長女が原因で好戦的性格になったのか?


 変な雰囲気になってるのを長女は察したのか、空気を変えるために、いきなり話題を変えて聞いてきた。


「そういえばお名前を聞いてなかったですね。なんて呼べばいいんですか?」


「ああ、俺は多田仁紀。代わり映えしない名前だろ?」


「そんなことないですよ。私を救っていただいた素敵な名前です」


長女はドキッとすることを自然に言ってくるな。まあお世辞だと思って流しておこう。


「仁紀さんは子供の頃、どんな子供だったんですか?」


次は次女が質問してきた。子供の頃か。


「そうだなあ…… そこら辺にいる子供と一緒で、ヒーローはいるって信じてた子供だったなあ。けど、ヒーローはいないってわかったら、自分がなるんだって思い始めて空手を習い始めて今に至った」


 それまでに世の中のことや、歴史、正しいことなどなど。色々なこともわかって自分なりの観点と道徳を学んだ。おかげでと言っていいのかわからないが、変わった人物になった。


「可愛らしい子だっったんですね。今はヒーローに憧れてないんですか?」


「わからないとしか言いようがない。今まで色んなものを経験してきたからなあ。ただ、ならなきゃいけない時はなるだろうね」


 今までそうしてきたように。


「あんたの趣味って空手?」


「空手は日課だから違うな。趣味は魔物娘だな」


 突然三女が質問してきて、咄嗟に本当の趣味を喋ってしまった。


「魔物娘?」


 三姉妹が声を合わせて言った。

 やっぱり知らないよな。この頃は漫画にもなってきて、流行ってきてるジャンルではあるんだが。普通の人だと引いてしまうから言わないようにしてるんだが、アルコールで思考が鈍くなってるのかもしれない。

 言ってしまったものは仕方がないか。


「そう、魔物娘。擬人化した魔物の女性と思えばいいかな。色々と度合いがあるけど、魔物と変わらないぐらいの女性だったたり、人間にケモ耳や尻尾が付いてるのとかもあったりする」


「どういった経緯で魔物娘を好きになったんです?」


「あー、元カノと別れてから時間に余裕が出来て、ネットで面白いものないかなと探してたら、魔物娘って単語を見つけたんだ。それで魔物娘で検索して一番上に出たサイトを開いたら、上目の一つ目のイラストがデカデカと貼られてたんだ。最初は驚いたけども、よくよく見ると可愛くてな。今考えたら一目惚れしたんだと思う。んで、今は色んな魔物娘が関連してる物を探してはハアハアしてる感じだな」


 最後は冗談めいた言い方をしたが、家では言葉通りのことをしてるが。

 三姉妹の反応を見てみたが、よくわかってないのか引いてる様子はないようだ。

 長女がある質問をしてきた。


「仁紀さんは魔物娘に逢えるなら、何もかも捨てて逢いますか?」


「もちろん」


 迷うことなく、俺は即答した。


「即答なんですね」


「今は未練がないからな。妻や親もいないし、貯金もしてない。さらに、習慣になってる空手以外することがないから、ギャンブルや風俗なんかに金と時間使ってる状態なんだよな」


「さっき言ってた魔物娘を探したりしないんですか?」


「まだ専用のサイトが少ないから、毎日見てるサイトは一つしかない。だから、自然と暇な時間ができる」


「じゃあ、今日はその大切な時間を、私達のお礼に使って下さいね」


 長女はグラスをこちらに寄せながら、満面の笑みで言ってきた。

 こんな美人と飲めることなんて、そうそうないしな。


 自分の持ってるグラスを長女のグラスに軽く打ち付けて、返事を返した。




 「ただいまー、と言っても誰もいないけど」


 俺は玄関に靴を脱ぎ捨てて、ふらふらしながらベッドに横たわった。

 夢の樹では、あれから三女に飲み比べを挑まれて負けて、長女の膝枕で休ませてもらい。その間に次女が三女を叱っていた。

 その後、タクシーに乗せられて家である、アパートに帰った。


 ベッドに縫いつけられた身体を糸を解くように離す。パソコンの前までいき習慣になってるサイトにいく。


 魔物娘を初めて出会ったサイト。ここを見始めて約三年経つだろうか。

 一日ごとに一人の魔物娘が紹介されており、好物やら弱点などの設定もきちんと書かれいて、毎日飽きなかった。


 今日もいつものように、寝る前に魔物娘を見て、その魔物娘との妄想をしながら寝よう。


「うん?なんだこれ?」


いつもの魔物娘のイラストではなく、真っ白い画面に文字が書かれていた。


『貴方は魔物娘の為なら、何もかもを捨てますか?』


 長女に聞かれた質問が一瞬頭を過る。


「もちろん」


 文字に指を触ろうとしたが触れなかった。いや、触ったのかもしれない。

 その瞬間に、俺の意識は遠退いていった。

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