人外による人外のための人外
こんコン
プロローグ
第1話 日常という名の非日常
「歯を食いしばれよ」
俺は酒臭い中年男に向かって拳を振り上げ、勢い良く相手の顎に降り下ろしぶち込んだ。酒のせいなのか相手はろくに避けることも出来ずに、ゴミ袋の山にぶっ倒れた。
「田中課長! 大丈夫ですか!?」
横に控えてたスーツ姿の若い男が慌てて埋もれた男を助け起こそうとしてるが、自分でも惚れ惚れするほど綺麗に入ったので、脳震盪を起こして気絶してるはず。
気を失ってるのがわかったのか、男が俺に向かって怒鳴ってきた。
「お前なんてことしてくれたんだ! うちの会社のお得意様に!!」
どうやら会社員で接待中だったようだ。まあ俺には関係ない…… が、怒鳴られて頭にきた。
「ありゃま。それはお気の毒だな。けどさ、そっちのお得意様が嫌がる女性に手を挙げたのが悪いんだよ。それにお前も悪い。口ではやめてくださいと言うだけで、体を張って止めようとしなかっただろ……」
いったん間を置いて俺は息を吸い込み、一番言いたかったことを言う。
「お前はバカか!!」
怒鳴り声が辺りに響き渡る。あまりの声量だったのか、不意だったからか、通行人までがびびって俺を見てくるのが目の端に見れたが、気にせず続ける。
「女性が怪我するかもしれなかったのに、止めないのを見てるだけ。それでも男か!」
言い終わると同時に、俺は軽く前にステップして近づき片目に向けて拳を振るう。
さすがにさっきの中年男のように酔っていなかったので、顔を逸らして避けようとしたのを見て、とっさに拳を戻してフェイントに変え、反対の拳を握らず、力を抜いた状態で手の甲を素早く顔面に放つ。相手に当たるのを確認して、すかさず左右の目に一発ずつ正拳突きを叩き込んだ。
男は半回転してお得意様の上に覆い被さるように倒れ込む。
これで少しは身に染みただろう。
「そうそう、アドバイスしてやろう。お得意様がその女性に手を挙げて、お持ち帰りなんてして訴えられたらお前もどうなるかわかるよな?」
あのまま見て見ぬ振りでもするつもりだった男に、ドスを利かせて言うと「はい」とうめき声に混じって聞こえてきた。
意外に素直だったので、褒美に良いことを教えていくか。あと脅しも忘れずに付け加える。
「出血大サービスで、もう一つアドバイスしてやろう。そちらのお得意様よりひどい怪我をしろ。でだ、お得意様が起きたら自分の怪我を見せろ。その怪我を見せて、自分が守りました! とアピールすれば、許してもらえるかもしれないぞ。次見かけたとき同じような行動をしてたら、顔をボコボコにして誰かわからないようにしてやるからな」
俺はそう言い残して後ろに振り返る。背後には片頬を手で押さえて、座り込んでる女性がいる。
女性がビンタされてるのを見て、すぐに近寄ったのでちゃんと容姿などを見てなかった。
女性はメイクなどはあまりしておらず、鼻周りのそばかすと小顔で都会慣れしてない印象に見える。だが、そこが男慣れしてない印象で初々しい。そのせいか、人によっては未成年に見えなくもない。
髪も黒髪で肩辺りまで伸ばしており、光に反射して輝いてる。見ただけでも痛みなどなく、大切にしてるのがわかるほどだ。
服装はキャバ嬢などが着る露出が多い水色のドレスと、白のハイヒールで、印象と似合ってない。が、そのギャップのおかげで、少女が背伸びして大人の真似をしているようで可愛らしい。
本当に未成年じゃないよな?
その可愛らしい女性は目の前で暴力を見たせいか、青ざめた顔で目の端に涙を溜めて俺を見てる。微かにだが肩も震えていて恐怖してる。もしかしたら、次は自分に暴力してくるかもと思って、俺を怖がってるかもしれないな。
無理もないか。普通は暴力とは無縁だろうしな。
「立てるか?」
片膝を着いて同じ目線のたかさまで腰を下ろし、恐怖心を煽らないように心掛けて、なるべく優しい口調で聞きながら、微笑んで片手を差し出す。端から見ると姫と王子のままごとをしてるように思うかもしれない。
危害を加えないとわかった女性は、手を握って立ち上がろうとしたが。
「ありがとうございます…… いたっ!」
右足を立たせようとしたところで顔を歪めたのがわかった。倒れた拍子に足を挫いたのかもしれない。一言断って打たれた頬と右足首を見てみた。
頬は赤くなっていたが、腫れてなかったので痣にはならないだろう。足首のほうだが、まだ腫れなどといった症状が出てないので捻挫かもしれない。ただ、腫れなどの症状が出てくるのが2時間ぐらいからなので、骨折の可能性もあるにはある。
「とりあえず頬のほうは痣にはならないだろうから心配ないね。足首はこのままの状態なら捻挫だろうけど。腫れてきたら骨折してるかもしれないから、一度病院に行くようにね」
女性は頬の話を聞いた辺りで安堵した顔になっていた。女性は顔が命だからな。それに加えて接客業なら尚更大事だろう。
「じゃあ、怪我のことは安心したことだし、次はお店の人に説明しにいこうか」
俺は断りを言わず、壁に寄りかかってる女性をいきなりお姫様抱っこした。
ふむ。小柄だから成人女性とは比べられば遥かに軽い。
「きゃっ! あ、あの、恥ずかしいので降ろして下さい」
「照れない照れない。捻挫だからって歩かせるのは良くないから我慢してね。じゃあ、店までの道案内よろしく」
羞恥心で顔が真っ赤になってる女性を腕に抱き、腕に伝わる柔らかい感触を堪能しながら歩き出す。
「そういえば君のことはなんて呼べばいいかな?」
「店では優流と呼ばれてますので、そう呼んで下さい。あっ、右の路地に入ってもらえますか」
言われた道は、繁華街の明かりが届かない裏路地だった。
こんな人が寄りつかない道の先に、店を建てるなんて訳有りでもない限り普通はありえない。
「ここを真っ直ぐ進んだ先にお店があります」
ユルが指さした先には、30mほど離れた所に月明かりを背に影になった建物があり、暗闇の中で緑に光る看板と、その明かりで照らされた木製の扉が見えた。
……誰が見ても怪しい。すごーく怪しい。
繰り返される仕事、酒、ギャンブル、喧嘩などに飽きてきた俺には、危険な香りがするこの瞬間。子供時代に知らない所を冒険する時のようなドキドキ気分になっていた。
「オッケー。じゃあ行きますかな」
扉に進むにつれて、繁華街の明かりが一歩、一歩と遠ざかり。緑の蛍光で照らされる扉に近寄っていく。
俺は周りや足下に注意しながら進んでいった。
明かりが少なくてわからなかったが、目が暗闇に慣れてきて、今進んでる道の不自然に気づいた。
足下はアスファルト、壁はコンクリート。ここまでは普通だ。隣が貸しビルだったのは、裏路地に入る前に見てたから壁がコンクリートなのはわかってる。
なんで、横道などなく扉までの一本道で、ビルの全階に窓などが一つも見当たらないんだ?
「あのー。立ち止まってどうしたんですか?」
腕に抱いていた女性の言葉で、俺が足を止めてしまったのに気がついた。
普通ならここで引き返すんだろうが、背中に嫌な汗が吹き出るのがわかるが、胸の高鳴りが止まない。
「ちょっと足下で動く物が見えたんで、ネズミかと思って確認してたんだ」
とっさに誤魔化す為に、からかい混じりの嘘を言った。その言葉を信じたのか女性はびっくりしたのか、地面に目を向け、体を強張らせながら俺の首に回してた腕に力を入れてきた。
「どうやら見間違いだったみたいだけどね」
女性は嘘に怒ったのか、頬を膨らまし眉をつり上げながら視線を合わさなかった。
……あー!!ウジウジ考えてもしかたない。どうせ何か起こっても損害は俺一人だし、その時はその時で出たとこ勝負だ。
重い足を進ませて店の扉までやっと来た。
今から入ろうとする扉の横には、怪しく光る看板があり店名が書かれていた。
「夢の樹」
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