特別編。鍋パーティー
※この特別編は、少し前に行ったTwitterのアンケートの結果から書いたものです。
もし読者の中にアンケートにご協力いただいた方がおりましたら、この場を借りてお礼申し上げます。
ありがとうございました。
──────
こたつ。それは魔性の暖房器具。
こたつ。それは堕落の象徴。
ちゃぶ台を片付け、設置を手伝ったハスターさんは、こたつの魅力に陥落した第一犠牲者である為か、その言葉には言い知れぬ説得力があった。
「やばい」
「やばいです」
「やばいわね」
口に出すにも憚られるほど、恐れと畏れを体現する邪神三柱は、少しでもこの温みを求めるかのように、各々背中を丸め、掛ふとんを出来る限りたぐり寄せながら、真面目な表情でそう呟く。
「こ、この
「ぎりのあねうえ。それ、いいたいだけでしょう」
頬を赤らめ、夫であるハスターさんにぴったりと寄り添うシュブ=ニグラスさんは、すっかりこたつに魅了されたようで、悔しそうに呻きつつもその目をとろんと蕩けさせている。
そんな義姉に冷静にツッコミを入れるヴルトゥームちゃんだったが、元々寒さに弱い為か、その小ささを生かして今ではすっかりこたつむりと化していた。
「……イタクァ対策を得たり」
そんな中、一柱だけは他よりも少しズレた観点でこたつに対する評価を下し、見慣れた漆塗りの菓子入れに、山盛りに積まれた蜜柑を1つ手に取った。
「あら私の羊ちゃん。まだイタクァちゃんと喧嘩しているの?」
同じく蜜柑を手に取って、両の手で包み込み皮を揉むシュブ=ニグラスさんの問いかけに、ハスターさんは首を横に振った。
「あれはもう過ぎ去った。けれどもしもう一回けしかけられたら……と考えた結果だ」
「あにうえと、イタクァのいさかいは、おおあにうえとのそうどうよりも、まきこまれたくはありませんね」
「全くもってその通りね、羊ちゃんったらこんなに可愛らしいお顔しているのに、やることなす事エゲつない所があるから」
そこが好きなんだけれど〜。と最後に惚気を付け足して、揉み終わった蜜柑の皮を剥き、一口分の房に分けたそれを、薄皮ごと食べる。
「はぁ、甘酸っぱくて美味しい……」
恍惚のため息を漏らしながら、ひと房、またひと房と蜜柑を食べ進めるシュブ=ニグラスさんの、何とも形容し難い色気に、茶の間の空気が微妙な雰囲気になり始める。
が、そこに澄んだ空気を送り込む存在が、おんぼろスクーターのエンジン音と共に帰ってきた。
「ただいまー! いやー、大量! ショゴスちゃーん。これ台所にお願いねー!」
よいせっ。よいせっ。という掛け声と共に、玄関を開けて待っていたショゴスに美澄香さんは薄緑色の葉が覗く、ズッシリと重そうな段ボール箱を手渡すと、玄関の段差に腰を掛けて大きくため息を吐いた。
「お疲れミスカ」
「ハスターさん、ただいまー」
寒空の下にさらされた、形の良い鼻の頭を赤くして、美澄香さんは、少々疲れてはいるが清々しい笑みを浮かべて迎えてくれたハスターさんを見上げる。
「あら、白菜! こんなに沢山、重かったでしょうに」
「いろもよく、ぱつぱつにふとった、よい はくさいですね」
ハスターさんに続いて、ようやくこたつから抜け出したであろう二柱は、ショゴスが抱えている段ボールの中身を見て、感嘆する。
「そうでしょー! 坂の下のおじいちゃん……
そう話しながら、泥を落としたまだ水滴が光る長靴を脱ぎ、茶色く湿った軍手を外して下駄箱の上に置く。
「親子三世帯で大きな畑でお仕事してるんですけど、今日は息子さんご夫婦が所用で街の方に出てしまったんですって。なので私がお手伝いして来たんですけれど、そうしたらお給金の他にこんなに沢山白菜を頂いちゃって」
台所へ白菜の入った段ボールを運ぶショゴスの後ろ姿を、嬉しそうに見送る美澄香さんの話を聞いて、ハスターさんは「ああ」と何かを察する。
「栗毛のあの坊主の所だな」
その言葉に、美澄香さんは驚いたように目を丸くした。
「そうですよ!
「来る度に、チラッと様子見していたからな」
信吾。というのは美澄香さんが手伝いに行った日向農園の三代目である孫の事だ。
美澄香さんより4つ下で、時々畑で取れた自慢の野菜を、軽トラの荷台に乗せて村中売り回る。
勿論、美澄香さんも何度も利用した事があり、ハスターさんはその度に影からこっそりと、相手を見張っては帰れオーラを振りまいている。
とどのつまり。
「あら? あらあらあら? 私の羊ちゃん。その子に嫉妬?」
面白いおもちゃを得たとばかりに、端麗な顔を愉悦に歪めてシュブ=ニグラスさんが夫の肩に手を乗せる。
「そうよねぇ、羊ちゃんは男の子だものねぇ〜。良かったわあ〜。一途に私だけを愛し続けてくれるのも嬉しいけれど、私的にはそろそろ次の妻を娶ってもいい頃合いだと思っていたのよ」
黄衣の奥に潜む、表情の分からない顔を両手で包み込みシュブ=ニグラスは頬擦りをした。
「私だったら歓迎よ! 甲斐甲斐しくってお料理も上手で……毎回私の味覚の処女を散らす責任も……取って貰わなきゃ、ねぇ?」
「いや、いやいやいやニグラス。僕はまだミスカを娶るだとかそういう事では無くて……」
「あら甲斐性なし、実の父親から私を強奪したあの頃の羊ちゃんはどこへ行っちゃったの? なのに未だに私に手を出して、神格をこさえないなんて、奥手にも程があるんじゃないの? だからクトゥルフちゃんに寄せ集め集団なんて馬鹿にされるのよ?」
「ううっ。うううううううーーーっああああ■■&@/-#=%+@●@=%+!!?」
シュブ=ニグラスさんの絶妙な言葉のタイミングに、流石のハスターさんも言い返せないらしく、フードを深めに引き下ろし、遂には人には発音出来ない言葉で何事かを吐き出し始めた。
ちなみに、この話の中心にいなければならない美澄香さんは、ちゃっかりとヴルトゥームちゃんに連れられて、白菜をどう料理しようかと相談しながら台所へと向かってしまった後なのだが、この夫婦は全く気付いていない。
「ほら、大図書館の保管書物の題名を、頭文字順に諳んじている場合じゃないでしょう。人間はたった百も生きない脆弱な生き物なのよ? 年頃の男女が同じ屋根の下、何も起きないはずも無く……ってウ=ス異本にも書いてあるの。いつヤルの? 今でしょ? 既成事実作っちゃえばこっちのもんなのよ? ほら頑張って! 羊ちゃんのちょっとイ・イ・ト・コ・見・て・み・た・い♡ そーれ♡ おっき! おっき!」
遂には軽快な手拍子でハスターさんを斜め上の方向から励まし始めるシュブ=ニグラスさんが、ようやく美澄香さんが居ない事に気付いたのは、そこから30分も後の事であった……。
「お待たせしまし……ハスターさんはどうしてグロッキー状態でこたつむりに?」
湯気を立てる両手でようやく持てるほど大きな土鍋を手に、美澄香さんは苦笑する。
「色々あったのよ」
そう言って前髪をかき上げたシュブ=ニグラスさんの表情は、疲れ切っていた。
そこから汗で湿った何本かの前髪の存在がはらりと垂れ、疲弊したシュブ=ニグラスさんの表情に、未亡人じみた妖艶さを付け足す。
どんな行動、どんな表情でも美人は美人。
その事実に、美澄香さんは羨ましげに唇を尖らせながら、既に設置されたカセットコンロの上に、土鍋を置く。
と、同時に。ガラリ、と玄関の引き戸が音を立てた。
「やぁーお孫さん! お呼ばれに来たよー」
そう声を掛け、勝手知ったる様子で一升瓶を手土産に、イグがやってくる。
「おや、ぎりのあにうえ! すでにとうみんしているものだと」
「あら私の小蛇ちゃん! すっかり冬篭りしていると思ってたわ」
「なんだイグ。もう2度と目覚めない冬眠にでも入っててくれてたら良かったのに」
「ねぇ、なんで君らは私をそこまで冬眠させたいんだい?
あとハスター。お前次言ったら図書館の棚のどっかにスープの夢突っ込んで稀覯本ベトベトにしてやるからな」
後ろから荷物を預かりにやってきたショゴスに、持ってきた一升瓶と分厚いコートにマフラーを手渡すと、こたつにすっぽりと埋まっている邪神三柱を見渡しつつハスターさんを指差す。
「イグさんいらっしゃい。もう少し掛かりますからお好きな所に座って待っててくださいますか?」
カセットコンロのガス残量を見ていた美澄香さんが、そうイグに声をかけると、彼は一重の目を細めてニコリと微笑んだ。
「ああ、じゃあ美芳子ちゃんに挨拶をしてくるよ。今年最後になりそうだからね」
「分かりました! じゃあ出来たら声掛けますねー」
「そこまで気にかけてくれなくても大丈夫だよ。挨拶したら戻ってくるから」
ひらり。と、薄い手のひらが踊り、イグはそのまま仏間に向かう。
その背中が、仏間に消えるのを見送って、美澄香さんはカセットコンロのつまみを捻れば、青い火が綺麗な輪を作って点火する。
「そういえば」
既に小さな両手に、お気に入りのプラスチックで出来たヒヨコ柄の器と三叉のスプーンを持ち、準備万端なヴルトゥームちゃんが訊く。
「なぜおなべなのですか?」
その問いに、便乗するかのようにハスターさんも「そうだな」と呟いた。
「今日はクリスマスじゃないか」
すると、シュブ=ニグラスさんが「あら!」と唇に指を触れさせて、今ようやく気付いたらしく目を丸くした。
「そうよね。嫌だわ、今日に限って全くテレビを見ていなかったから、気付かなかった」
やーねー。と、コロコロと玉が転がるような声で彼女が笑う。
が、直ぐに何か気付いたかのように、時計を見て「やだ!」と声を上げる。
「性の6時間っていう一大イベント逃しちゃった! 羊ちゃんとの間に今度こそ
「分かった。分かったもう勘弁してくれ……」
性に関しての話題なら、叡智を詰め込んだハスターさんより引き出しが多い彼女が、また暴走する前にと。
ハスターさんは夫の責務として、皮を剥いた蜜柑を口栓代わりに詰め込んだ。
「あにうえ、ぎりのあねうえのあしらいかた じょうずになられましたね」
「褒められても、嬉しくない……」
頭を抱えるハスターさんと、美味しそうに詰め込まれた蜜柑を頬張るシュブ=ニグラスさんの、デコボコ夫婦のやりとりに、美澄香さんは声を上げて笑い、土鍋からは生姜の香りがする湯気が、空気穴から勢い良く噴き上げていた。
「それでは、御開帳!」
それぞれがこたつの中に足を入れ、仲良く肩を寄せ合う中、美澄香さんの声がけと共に開かれた土鍋は、待ってましたと言わんばかりに溜め込んでいた蒸気を、天井にまで届かんばかりに舞いあげた。
そして、蒸気が捌けた鍋の中では、透き通った醤油色のスープの中に、豆腐や、ネギ、しいたけ、美澄香さんが採ってきた白菜、手作りの鶏団子に、たっぷりと水菜が入っている。
「おばあちゃん直伝、鶏団子鍋ですよ! うちではクリスマスは仲良くお鍋で温まるんですよ〜!」
そう言いながら、全員の器に料理をよそってあげようとした美澄香さんに、シュブ=ニグラスさんが手を伸ばし、彼女が持っていた大きなレンゲを優しく取り上げた。
「私がよそってあげる。全部人任せなんて厚かましい事、豊穣神としての私が許さないわ」
そう言い、シュブ=ニグラスさんは美澄香さんの器に、バランス良く……白菜を多めによそって渡した。
「ありがとうございます!」
「いいのよ、さあほら。羊ちゃんに小蛇ちゃん、それと可愛い可愛い蕾ちゃん。器を貸しなさい。
あ、でもお代わりは自分でやるのよ?」
柔らかな微笑みは、邪神としての一面でも、豊穣神としての一面でも無く、ただ可愛い子供を見守るどこにでも居る母親のものだった。
「皆さん、行き渡りましたか? それでは! 手を合わせて!
いただきます!」
「「「いただきます」」」
──テケリ・リ
──わんっ!
恒例の合図の後、各々自分の気になっている具材から食べ始める。
ハスターさんは十字の切れ目が入ったしいたけに、かぶりついた。
小振りながら肉厚なしいたけは、1つだけでもかなりの食べごたえで、噛む度に火傷しそうなほどたっぷりの出汁が口の中に迸る。
はふはふ。と、口の中の熱さを逃がすように呼吸をすれば、フードの奥の暗闇から、白い息が度々上がるのが面白い。
ヴルトゥームちゃんは斜めに切られたネギを掬って、食べた。
斜めに切ることで、火の通りが良くなったネギは、外はしゃっきりとした食感を残しながら、中はトロっとした甘みが広がる。
この程よい甘みが、醤油味のスープとよく調和し、飲み込んだ後に胸の中心が温かくなり、ホッと一息付いて、その心地よい温かさに目を細めた。
イグはメインディッシュの鶏団子にかぶりつく。
一口大にしては、ごろっと大きい鶏団子には、細かく刻んだタケノコが軽快な食感と共に口の中で弾け、臭み消しに練り込まれた生姜の香りが鼻の奥から抜けて行く。
『卵、卵と……思っていたけれど、いやいや流石、君のお孫さんだね』
二つ目の鶏団子を噛み締めながら、イグはくつくつと静かに笑った。
困ったな。また好物が増えてしまった。
シュブ=ニグラスさんは、初めて見る豆腐に興味津々だった。
スープの中で震える。四角くて、白いそれ。
試しに、小さくスプーンですくい取り、舌の上で転がしてみれば、滑らかな舌触りの中に、ふくよかな風味と、砂糖では出せない優しい甘さがふわりと広がる。
『ああ凄い……ッ! こんな、こんなの私初めてよ……!!!』
身体の端から端まで、未知の味に悦び震える。
まろやかなのに、さっぱりとしていて。
淡い味なのに、塩気の強いスープを、丸く収める力強さもあって。
『ああっ……こんなの駄目よ……。私、私は、私は万物の母なのにっ……!』
だが、この味覚の悦楽に身を任せる堕落が何と心地好い事か……。
カップラーメンに引き続き、豆腐にも魅了された彼女は、スーパーでたったの70円ぐらいで売っている事に衝撃を受けることになるのだが、それはまた別の話……。
ショゴスは、一切具に手を付けず。スープを啜って……打ちひしがれた。
美味しい……。
鍋作りを手伝ったショゴスは、スープの味付けを知っている分、この複雑な旨みが一体どうして生まれるのか。という疑問に頭を悩ませている。
──御主人が留守の時。この家での中枢に等しい厨を任されているからには、生半可なものは提供出来ない。
根が真面目なショゴスは、美澄香さんの全面的な支えになるべく、しばらくスープを啜っては深刻そうに眉間にシワを寄せていた。
ビヤーキーは……、特に言うことがない。
器に顔を突っ込んで、がふがふと鼻を鳴らしてがっついている。
その食べっぷりと、激しく揺れる尻尾の動きは、無駄な言葉がいらない事を、全身で表していると言っても過言では無い。
しゃっくり。と、気持ちのいい歯切れの白菜は、収穫での疲労を吹き飛ばすほど瑞々しく、スーパーで買うのとは違う、新鮮だからこそ味わえる白菜が持つ本来の……真の味を噛み締めるように味わいながら、美澄香さんはぐるりと周りを見渡してみる。
あーん。と口を開けるシュブ=ニグラスさんに、ハスターさんは恥ずかしそうにしいたけを彼女の口元まで運び。
ヴルトゥームちゃんは、イグに頼んでお代わりをよそってもらい。
先程まで難しそうな顔で出汁を飲んでいたショゴスは、いつの間にかイグの持ってきた日本酒を燗で付けて持ってきていた。
「ああショゴス。お前は気が利くねぇ。さあお孫さん! まずは一献」
お酒が来た事にさらに機嫌を上乗せしたイグは、ちゃっかりと美澄香さんの隣に移動して、猪口に熱燗を注いでにっこりと微笑む。
「今日は誘ってくれて本当にありがとう。こうやって異教の神が集って鍋つつくなんて今まで無かったものだから」
美澄香さんにお酒を注ぎ終わると、今度は手づからで自分の猪口に酒を注ぎ、一気に煽った。
「ハスターはいけ好かない奴だけど、君と一緒のご飯の席なら、奴と一緒にいてもどこか楽しいんだ」
また注いで、一口で乾す。
それに習うかのように美澄香さんも続こうとするが、少し含んだだけで辛口のその酒は、元々酒に弱い美澄香さんの顔を火に当てたように真っ赤にさせた。
その様子に、ははは。とイグは陽気に笑う。
「今日は本当に楽しいねぇ。冬なんて寒くてひもじいだけで、いい所なんて全く無いと思っていたけれど……今日の事で冬もそんなに悪いもんじゃないと、考えを改めさせられたよ……
だってこんなにも温めたお酒が美味しいんだからね!」
どんなに世界が違えども、やはり蛇というのはうわばみなのだと、美澄香さんは陽気に笑うイグを見ながら思わず感心してしまった。
「ちょっと小蛇ちゃん、聞き捨てならないわねえ。冬はお酒が美味しいだけじゃないのよ? 寒い事を言い訳に良い人としっぽり……」
「はーいはいはいはい分かったから! お前はほら豆腐を食べててくれ僕のをあげるから!」
「しょごす。しょごす。ぼくにおさけをつぐことをゆるします。だからこのちいさいのではなくて もっとおおきいうつわでですね……」
各々が好き勝手に喋り、飲んで、食べる光景に、美澄香さんはまだ猪口の中に半分残ったお酒に視線を落として、そこに小さく写る自分の顔を見てふふふ。と笑う。
初めは、1人で始まったのに、今ではこんなに賑やかになっている。
たとえ孤独でも、おばあちゃんの家を継げたらそれでいい。と、人生を投げ売ったような選択肢を選んだにも関わらず、美澄香さんの下にはどうしてか癖のある神様ばかりが揃ってしまった。
「きっとね」
いつの間にか、お銚子を1本空にしたイグが言う。
「私達はサンタクロースの贈り物なんだろうさ。お孫さんはいい子だからねぇ、仕方ないねぇ」
何が仕方ないのか分からないが、2本目のお銚子を上機嫌でショゴスから受け取った彼に、深くツッコミは入れないことにした。
が、その代わりに、美澄香さんは思い出したかのように「あっ!」と声を上げた。
「サンタさんで思い出しました! それでは皆さんお手を拝借!」
たった1杯も飲み干していないのに、酔いが回ったのか美澄香さんは猪口を持った右手を前に突き出し、乾杯のポーズを取る。
それにつられ、各々も猪口や水の入ったグラスを手に取り……唯一ビヤーキーだけは首を上げてキリリと締まった顔付きをしてみせている。
「えー! それでは、皆さんとの出会いに感謝を込めましてー! ご唱和くださーい!
メリークリスマス!」
いや。今更!!?
と、誰かの鋭い指摘が入ったようだが、また誰かがケラケラと笑うと、笑いが連鎖して結局全員笑い出していた。
鍋を囲んだ小さくも温かい輪が、種族も、宗教も、様々な観点を超えた確かな縁を持って、ここに生まれた瞬間であった。
「そうだ。お鍋の〆はどうします?」
「雑炊」
「うどん」
「ラーメン」
「そば」
悲しきかな。輪は〆を何にするか論争で、儚くも崩れ去ってしまったのであった。
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