12膳目。ナポリタン

 それと出会ったきっかけは美澄香さんOL時代のころ。

「美澄香先輩、今日は有難うございました! この企画は絶対に通したかったので相談に乗ってくれたおかげです~!」

「ううん、私は相談に乗っただけだもの。形にしたのは吉野さんの努力よ」

「美澄香先輩~! 私一生付いていきますぅうう!」

 お団子の頭がよく似合う一年下の後輩が、まだまだピカピカと輝くビジネスバッグを抱えながら、頬を興奮で赤く染める。

 今日はこの可愛らしい後輩、吉野さんの企画書が見事通っためでたい日。

 お昼前ですきっ腹の外回りも、この日は妙に清々しい。

「次のアポまでまだ少し時間があるし、先にお昼済ませていきましょ。吉野さん、行きたいところある?」

 だがいくら清々しいといっても空腹は空腹、美澄香さんは就職祝いに父が買ってくれた腕時計にちらりと視線を落として時間を確認しつつ言った。

「本当ですか! じゃあこの先に美味しい町中華のお店があるんです! そこに行きましょうよ」

 人懐っこく、自分の意見をしっかりと言える彼女の素直さにとても好感が持てると、美澄香さんは穏やかに微笑みながら「あっちです!」と進行方向に指をさす彼女の後に付いていく。

 その案内で到着したお店は、年季が入ってはいるが綺麗に保たれたレトロな外観で、ガラスケースに入れられた看板代わりの少し色あせた食品サンプルが何とも言えない哀愁を漂わせている。

 しかし、ガラスの引き戸をカラカラと言わせながら店内に一歩足を踏み入れれば意外と賑わっており、客層はサラリーマンや美澄香さんと同じオフィスレディ、あとは地元民と思しき普段着の一人客が多い。

「いらっしゃいませー! お好きな席にどうぞー!」

 笑い皺が特徴な、元気のよい女性店員にそう声掛けられて、二人は丁度空いていた二人掛けの席に座り、足元の籠にバッグを入れた。

「こちらメニューと、お冷におしぼり。ご注文が決まったら呼んでくださいねー」

 ランチタイム用か、A4サイズのラミネートされたメニューを二人で覗き込みながら熱々のおしぼりで綺麗に手を拭く。

「私タンメンにします~! セットの餃子も魅力的ですけど、さすがにアポ前に食べるのはいけませんよねえ」

 カウンター席から見える厨房では、今まさにパリッと焼かれた大ぶりの餃子が皿に盛られている瞬間だった。

 その食欲をそそるニラとニンニクの匂いにうっとりとしながら、美澄香さんは週末のご飯は餃子にすると心に決めて、自分も注文を決めようと視線を下に滑らせ……。

「! すいませーん、注文お願いします。タンメンとあとこの……!」





「……と、言うわけなんです」

 今日のお昼はナポリタン。

 真っ赤なケチャップにピーマンと玉ねぎとハムが入ったみんな大好きナポリタン。

 しかし他と違うのは、卓上にあるのは粉チーズでもタバスコでもなく、なんだかミスマッチなラー油の小瓶。

 あの日、町中華のお店で見つけたナポリタンの字。

 ラーメンやチャーハンといった中華の定番の中でひと際異彩を放っていたその五文字。

 更に運ばれてきたナポリタンに付いていたのはラー油。

 これには美澄香さんも面食らったが、意外や意外にもナポリタンとの相性は抜群だった。

「けど家で作っても何だか喧嘩するんですよ。ラー油以外はいたって普通のナポリタンだと思っていたので」

 ナポリタンを口に運ぶ。町中華ではフォークではなく箸で食べた。

 その習慣が抜けないわけではないが、このナポリタンはフォークではなく箸なのだ。

「それもそのはずですよ~! 中華スープの素で味付けしてあったんですもん~しばらくあのお店に通い詰めて、やっと知れた時は嬉しかった~」

 もっちりした麺、それに絡まるトマトケチャップ。

 甘い玉ねぎ、ほろにがピーマン、そして塩っ気が美味しいハム。

「本当に美味しいわぁ~♡ 同伴で連れて行ってもらったお店でナポリタンを食べたんだけど、あっちがフレッシュトマトを使って高級に上品に味付けしたものなら、こっちは素朴な甘さでほっとする味♡ そこに風味豊かなラー油がアクセントでもう最高! これ以上食べたら太っちゃうのに、お代わりの手が止まらないわ~」

 大皿にドンと盛られた山から、トングで各々好きな量を取り分ける。

 シュブ=ニグラスさんは大層これがお気に召したようで、あと一口あと一口と言いながらその手を休める事はない。

「ぎりのあねうえーたべすぎですよ! ぼくのぶんも ちゃんとのこしておいてくださいねえー!」

 ケチャップで真っ赤になった口の周りを、ショゴスに拭かれながらヴルトゥームちゃんが言う。

「あぁんごめんなさい♡ でもあと、あともう一口だけぇ♡」

「うんうん、沢山食べるといい。僕は君が増えるという事には大賛成だよ」

「あにうえー! すきあらば のろけるの やめてくださーい! はんりょがいない わたしへのあてつけですかー!」

「あ、ヴルトゥームちゃんにもそういう感じのあったんだね」

 和やかな団らんの中、ナポリタンの山はどんどん小さくなっていく。

 先にたっぷりと食べ終えたビヤーキーは、小屋の中からその光景をぼんやりと見つめて、くぁっと大きくあくびをしたのだった。






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