13膳目。アジフライ(後編)
(クティーラのギャル文字はハスターさんが魔術で読みやすくしてくれました)
立ったまま気絶した親友を玄関に置いておくわけにもいかず、結局ハスターさんの暴走をきっかけにわらわらと降りてきた神格とショゴスに手伝ってもらって全員が居間に集合、美澄香さんは悠子さんを座布団を畳んで作った枕で寝かせたり冷やしたタオルを額に乗せたりして、とりあえずの応急処置をしておいた。
それを見計らって、シュブ=ニグラスさんが話し始めた。
「この子はクティーラ。私の金の羊ちゃんとヴルトゥームちゃんのお兄さんである、クトゥルフちゃんの娘よ」
「チョリース! クティーラだよ〜! おねーさんよろ〜!!!」
「……あ、はい! よろしくお願いします」
桃色のタコ、もといクティーラはハスターさんの手によって大きな瓶の中に閉じ込められたが、特に気にもしていない様子で元気よく触腕の1本を上げた。
「つまり……ハスターさんとヴルトゥームちゃんの姪っ子になるんですかね」
「ええ、そうなるわ〜! けれど私の金の羊ちゃんはこの通りクトゥルフちゃん嫌いでしょ〜? 姪っ子のこの子の事もあまり得意ではないみたいで〜」
困ったわ〜。と胸を強調するようにちゃぶ台の上に乗せて頬杖をつく彼女だったが、その色っぽい仕草をいつも諌めるはずのハスターさんは、声を荒らげながら瓶を上下に振り回す。
「こいつが存在する限りクトゥルフを殺しても産みなおされてしまうんだぞ!!! そのまま煮殺してしまいたいぐらいだ!!!」
「でもハスターさん、そう言っている割には手にかけようとはしませんよね」
そう指摘すると、ハスターさんは大きくため息をついた。
「手にかけた所でそいつは分体のひとつだ。殺したところでなんの意味もない」
「分体???」
「つまりわ〜ここにいるウチわドローンみたいなもんでぇ〜ほんとのウチは海の底でヒッキーしてんだよね〜ウケる」
瓶を乱暴に扱われているにも関わらず、ケラケラと年頃の女の子よろしく笑う彼女に、はあ……と苦笑いしか浮かべられない美澄香さん。
神様って奥が深いんだなあ……みすを。
「けれど どうしてちじょうに? ぶんたいといえども おまえは げんじゅうにまもられていると ききますが」
ヴルトゥームちゃんの言葉を聞いて、クティーラは瓶の中で相変わらず愉快そうに笑っている。
「あれで厳重とかウケる〜ヴルちゃまは知らないとおもーけど、パパの神殿しばらく浮かぶ予定ないからさ〜周りめっちゃダレてんだよね〜ウチ本体はともかく、これぐらいだったらヨユーなわけ〜」
「ほう、浮かぶ予定は無いのか、それは1番の朗報だな」
「あ、これキミツジコーだっけ? まいっか〜」
ようやく少し機嫌を直したのか、瓶は掴んだままなものの、振ったりなんだりするのを止めたハスターさんに、美澄香さんはホッと胸を撫で下ろした。
神様だから大丈夫だとは思うが、あれだけ勢いづけてブンブン振り回していたら、いつか手からすっぽ抜けて飛んでいってしまうかもしれないという懸念があったためだった。
「んで〜ウチは家でヒマしてるウチの為に出てきたってわけ〜、んでしばらく海で泳いでたんだけどさ〜、そこのおねーさんの釣り糸が目の前に垂れてきてね? 地上も見たかったしわざと捕まったんだよね〜! ウチってマヂ天才だと思わん〜?」
クティーラは、丸っこい頭(タコと同じ体の作りをしているなら胴体)をゆらゆら揺らして、肯定しろと言わんばかりに触腕を使って瓶の表面をコツコツと叩いた。
ハスターさんは呆れたようにフードの奥の見えない視線を彼女に注いでから、寝ている悠子さんに向けた。
「そいつも災難だったな、クトゥリヒなら普通のタコと変わらぬから油で煮て食えたものを」
衝撃の話に美澄香さんはハスターさんを2度見した。
「え!!? 普通じゃないタコって居たんですか!!?」
その疑問に答えたのはシュブ=ニグラスさんだった。
「いるのよそれが〜♡ 私もこの間の同伴で連れてってもらったスペイン料理でタコのアヒージョを頂いたんだけど♡それがクトゥリヒだったのよ〜♡やだも〜♡♡♡」
「何ですかそれー!!! じゃあ私が今まで食べてきたタコ料理の何割かが地球外生命体だったと!!?」
「まあというか、にほんじんがタコを おくせずたべすぎなんですがね」
衝撃の事実を知ってしまった美澄香さんは、しばらくポカンとしながら今までのタコ料理の思い出を走馬灯のように巡らせていたが、ハッと意識を取り戻すとペチペチと自分の顔を叩いて気付けを入れた。
「だ、脱線してしまいましたけどクティーラちゃんがなぜここに来たのか理由は分かりました。本当は海に返した方が手っ取り早いんでしょうけど、ゆっこがこんなんだし……」
ちらり。と美澄香さんは悠子さんを見た。
「簡単なことだ、そいつが目覚めなくともビヤーキーに運ばせて海に捨ててくればいいだけだ」
ハスターさんがちょいちょいと庭に向けて指で合図をすれば、犬小屋からビヤーキーが尻尾を振りながら出てきて縁側の側でお座りをした。
すっかり番犬というか、犬のような仕草が染み付いてきたビヤーキーは、命令を待ち焦がれるように尻尾をパタパタと動かしている。
「だっ、ダメですよ! 今は明るすぎますから飛んでる姿が誰かの目に入っちゃいます!」
「ダメか? 一応宇宙まで飛び上がって星間移動も出来るぐらいには早く飛べるぞ」
「そんな速度でここから飛び立ったら衝撃波でここら辺色々と壊れちゃいますよ!」
「むぅ〜」
不服そうに、恐らく唇を尖らせて不満を顕にしているハスターさんを、シュブ=二グラスさんがまあまあと宥めてくれる。
「とりあえず、周りが暗くなるまで待ちましょうよ♡イイコトもワルイコトも、ヤルなら明かりのない暗闇の中がムードがあるってものなのよ♡」
色気たっぷりにハスターさんを説得すれば、そこは愛妻家の彼の事、むぐむぐと何かを言いながらも小さくコクンと頷いた。
「じゃあそれまでに私もひと仕事するとしますか! ショゴスちゃん、悪いけれどゆっこの事少し見ていてくれる?」
ぽんと膝を叩いて立ち上がった美澄香さんに、ショゴスはいつものように返事をする。
すると、瓶の中からクティーラが声をかけてきた。
「なになに〜? おねーさん何するのー?」
「お夕飯の準備ですよ〜。ゆっこが釣ってくれたアジを痛む前に全部仕込みますから!」
むんっ。と力こぶを作るマネをしてクティーラにそう伝えた美澄香さん。
クティーラは黒々とした目できょろきょろと美澄香さんや周囲を見渡してから言った。
「ウチも見たい〜瓶から出ないからさ〜見せて見せて〜」
神の娘という肩書きはあれども、クティーラも大雑把に言ってしまえば生き物である。
海の水底にて父の復活を信者達と待つ間は、その巨体の維持と万が一にも父が死んだ時に産み直す為にと毎日の食事は欠かせない。
しかし、食事とは言ってもそこら辺を泳いでいる適当な魚やら、運悪く信者に捕まった人間を頭からバリバリ食べるだけに過ぎず、そこに興味を示すことは無かった。
一応は、時々飛ばしている分体からの情報で、人間は魚釣りや地引き網といった手法で魚を得る事を知ってはいたものの、人間も頭から魚をバリバリやるのだろうと勝手に結論付けてそれ以上の詮索をしないでいた。
しかし、まだ人の記憶を持ちつつこちら側に帰依した信者が、時々思い出したかのように生で齧る魚を見ながら「ソテーにしたい」だの「フライにしたい」だのと、知らない単語を使うので、東に住む人間はクトゥリヒを食らうという情報から、分体の身をもってどう人間が自分を食らうのか。という興味を満たす為に、今回のクティーラは行動を起こした。
そうしたらどうだ、なんの因果か知らないが何億年と前に父と袂を分かって殺し合う叔父や、火星で傍観を決め込んでいると思っていた小叔父、それに黒山羊の地母神に奉仕種族が2匹もが入り浸っているちっぽけな人間の娘の家に連れてこられてしまった。
『人間の食生活に興味を示しただけなのに、とんでもねーとこにやってきちゃったじゃん???』
来て早々、
「よーし、じゃあいっちょうやりますよー!」
そう言うと女は、先が鋭く厚みのあるナイフ手に、クティーラが詰められていた魚入りの冷たい箱の中から、釣られた魚を1匹取り出し木の板の上に乗せると、刃の部分で尾の側にあるゼイゴを削いだあと、間髪入れずにエラの辺りからざくりと頭を切り離した。
「ひょえ!!!」
これには思わずクティーラは声を上げるが、青い色の魚が嫌いな叔父は、フードの奥で隠れて見えないものの、その表情は恐らく満面の笑みを浮かべていると予想できるほどに、ご機嫌な空気を漂わせていた。
「あ、びっくりさせちゃいました? それだったらごめんなさい、あんまり気持ちのいいものじゃなかったかな?」
女はヘラヘラと笑いながら、ナイフを持つ手は次に魚の腹にあてがわれ、すっと真っ直ぐ肛門の辺りまで撫でるように切りつけると、テロンとパンパンに膨らんだ内臓が姿を現した。
「ひゃっ!!!」
クティーラは思わず飛び上がって蓋の裏に張り付いた。
女はまだヘラヘラと笑って「もし怖かったら居間に戻って大丈夫ですからね〜」と彼女を宥めながら、内臓を抜いた魚の腹の中を水で洗っている。
叔父は相変わらず愉快そうな様子を隠そうともしていない。
「ハスおじ!!? ハスおじ!!? ヤバくないのあれぇ!!! ヤバい通り越してやばたにえんなんだけどぉ!!!」
「何もヤバい事などないだろう? ミスカの包丁さばきには胸がすくようだ」
恐らくこの叔父は、あのよく切れる厚ぼったいナイフでスパスパ切られる
女も、呑気に鼻歌を歌いつつナイフを魚の背に添わせると、カチカチと骨の音を響かせながら、魚の半身を切り離したのだ。
そして反対側も同じように……。
「ふ〜っ、少し腕なまってるなあ」
女は小さくそう言って、頭と、内臓と、半身と、残った骨を別々の平たい容器に入れて、2匹目に取り掛かった。
それもまた同じように、次は1匹目よりも手早い動きで仕上げてしまうと、今度は先程よりも少し小ぶりなものを掴んでいた。
「おっとこれは丁度いい大きさ! しかも金アジ! たまりませんなあ〜」
またこれも同じように……とゼイゴを取り除いていた女が、突然叔父に視線を向けるとにへらと笑みを向けたのだ。
「ハスターさん、おばあちゃん直伝の背開き、見てみますか?」
背開き……。つまりは背中を開くのだろう。
こういう自分の知らない事にはめっぽう弱い叔父は、声も出せずにドン引きしているクティーラが入った瓶を持ったまま、いそいそと近寄っていく。
「いいですか。さっきはお腹を切ってましたけど、背開きはですね……」
そう言って女は腹鰭と背鰭の辺りにチョイと切込みを入れ、エラから指を突っ込み、頭を引き抜いた。
すると、頭と繋がった内臓が、続くようにぞろりと出てきたのを見て。
「ホギャーーーーーーーーーー!!!!!!!」
クティーラは、瓶の中で伸びてしまったのだった。
「黄色いレインコートの化け物ぉーーーーーーっ!!!!!」
悠子さんはがばりを身を起こし、叫びながら目を覚ました。
そこはシンプルなウィークリーマンションの一室ではなく、どこか遠くでヒグラシの鳴き声がする畳の居間で。
「あらおはよう。大丈夫?」
縁側への戸を開けられて、赤い夕暮れに目を細めるそれはそれは妖艶な黒髪の美女が……。
「どちら様ですか!!?」
「あっゆっこ! 目が覚めたんだね〜良かった〜!」
パタパタと足音を立てながら、エプロン姿の美澄香さんがおひつを両手に抱えながら現れた。
「美澄香! よかった! さっきのレインコートの化け物にやられたのかと……」
「ぼくに何か用か?」
「オギャーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
美澄香さんの後ろから、味噌汁の入った鍋を持ってひょっこり顔を出したハスターさんを見て、悠子さんはギャグ漫画よろしくひっくり返る。
シュブ=ニグラスさんは「あらあら元気ねえ」と上品に笑って、美澄香さんの配膳を手伝った。
「美澄香……? 美澄香……? ちょっとお話があるんだけど……」
ひっくり返ったまま、動揺を隠せずに震える声で美澄香さんを呼ぶと、まだまだおかずがあるのだろう、台所に再び向かおうとする彼女が「ちょっとまっててね」とだけ声をかけて再び行ってしまった。
「ごめんなさいねえ、私の夫が無礼を働いちゃって……怖かったでしょう?」
シュブ=ニグラスさんは、悠子さんの体を起こし座らせながら、ハスターさんの暴走を真摯に謝った。
ハスターさんは悠子さんを見下ろしながらも「すまなかった」と謝罪をする。
「えっ夫婦!!? あっ、いえ、あの……どうも」
顔の見えない黄色いボロのレインコート(のような衣服)に身を包んだ不審者と、目の前で甲斐甲斐しく自分の心配をしてくれる美女が夫婦という衝撃の事実やら何やらと、あまりにも多すぎる情報量についていけず、生返事をするしか出来ない悠子さん。
しかし、シュブ=ニグラスさんの謝罪のお陰か、目の前の人は悪い人ではないと理解して、一応安堵のため息をついた。
「おみずをどうぞ」
ふと隣で可愛らしい声と、白い両手に包まれたガラスのコップが差し出された。
ああこの夫婦の子供だろうか、とコップを受け取りお礼を言おうとそちらを向いた悠子さん。
「あにうえが しつれいをしました」
──テケリ・リ
蝶の羽を持った、下半身が花で包まれている美少年。
それを持ち上げている、なんだかよくわからない、人ぐらいの大きさのある玉虫色のスライムのような何か。
脳の処理速度を越えた情報量が、また再び入り込んだ事によって、悠子さんは口を真一文字に引き絞り、コップをもらった姿勢のまま固まってしまったのであった。
「神様ぁーーーーーー!!?」
「うんそうだよ。ゆっこ、中濃とタルタルどっちがいい?」
「あ、私はどっちもかけて食べたい……じゃなくてさあ! なんでそんな事になってるわけえ!?」
「ん〜良くわかんない」
「分かんないってあんたねえ……」
「ショゴス、麦茶のおかわり」
「あら〜いい飲みっぷり〜♡素敵ねえ私の金の羊ちゃん〜♡子供でもこさえます?」
「ぎりのあねうえ、そのながれは もうなんかいも みましたよぉ」
「昔からそうだったけど、あんたって肝が据わってるっていうか……」
「そんな事ないよお〜、私達の中ではのんのが一番据わってたよ」
「いやあの子は据わってるっていうより天然と鈍感のフルセットだから……」
がやがやと、水の中で称えられる祝詞ではなく何やら雑多な……しかしクリアな声にクティーラは目を覚ます。
「あえ〜〜〜……」
ショックなものを見てしまったせいか、本体との同期が中途半端に切れてしまった弊害で
「おや、あにうえ。クティーラがめをさましましたよ」
ころころと鈴を転がすような声は、小叔父のものだろう。
声を頼りに触腕を伸ばすが、なにやら透明なものに阻まれてしまったので、ここで自分が瓶の中に居ることをようやく思い出した。
「なんだ、お前意外にも繊細な所があったんだな」
瓶を持ち上げ、目線の高さでゆらゆらと揺らしながらからかう叔父の声色は、それはそれはご機嫌そのものだった。
「ねえあなた、その子は魚の解体でしばらく伸びてたんだもの、変な事はしないだろうし出してあげたらどう?」
妻である豊穣神が笑みながら言う。
その手元には2本の細い棒を使って器用に摘んだホタテ色の何かがあった。
「しかし……」
叔父は渋ったが、結局妻に言いくるめられ不本意ながらもクティーラを瓶の外に出してやった。
そこは円形のテーブルの端に置かれた、白い皿の上だった。
「さかなのモツぬきで きぜつするなんて、おまえもまだまだですねえ」
小叔父がクティーラをからかいながら、小さな銀の三叉でホタテ色の何かを突き刺し、はふはふと頬張っている。
彼らがそれを口に運び、咀嚼する度にサクサクカリカリと言った何やら骨を噛み砕くのとは違う音が聞こえた。
「ねえ、さっきからムシャってるけど、それなぁに?」
「アジフライですよ〜もう最高なんですから〜」
そう言ったのは魚の頭を内臓ごと引っこ抜いた方の女だ。
その隣ではクティーラを釣り上げてすぐ眉間にナイフで一撃を入れた女が、目を逸らしながらアジフライというものをもぐもぐと食べている。
「一口食べてみる? はい、どうぞ」
豊穣神が柔らかく微笑みながら、クティーラの乗っている皿の上に一口分の大きさに切り分けたアジフライを乗せた。
クティーラは触手の先でツンツンとアジフライをつついてから、くるりと掴んで口に運んだ。
「!?」
カリカリしっとりふわふわじゅわわん。
異なる食感の四重奏にクティーラは混乱した。
『ウチいま何食べたん!!?』
ぴぴぴっと八本の触手の先が震える。
それは決して生の魚や肉では感じたことの無いものだった。
それに、塩味とも違うこの甘いような辛いような妙味は一体。
「こっ、このしょっぱおいし〜の何ーー!!?」
「中濃ソースですね、あっこっちもどうぞ試してください」
次は魚の頭ぶっこぬき女が一口分に切ったアジフライに、何やらつぶつぶとした具入りの白いものを乗せて差し出した。
これもまた、触手の先でつついてから口に運ぶと、中濃ソースとは違うきゅんと酸っぱくてポリポリほくほくっとした新たな食感に再び驚く事になる。
「えーえー!!! さっきと違う! なにこれヤバくない!!? ちょー美味しいんだけど!!!」
「気に入ってくれてよかった〜 これさっき背開きにしたアジなんですよ。白いのはタルタルソースって言って、刻んだピクルスとゆで卵がたっぷり入ってるの」
「うっそ!!! あの魚がこうなるの!!?」
今日は何度驚けばいいのだろう。
分体である自分がこうなら、本体はどれほどの衝撃だろうか。
「家にいる時はさ、毎日食べてたけどそんな美味しいもんじゃなくてさ〜。なんつーの? もう流れ作業的にムシャッてたんだよね〜」
無意識なのか、小叔父の皿に残っていたアジフライに触手を伸ばしていたクティーラは、彼の持っていたフォークに刺されて反射的に引っ込める。
その一連の流れを見て、釣り上げた方の女が笑みを引き攣らせながら。
「あ、あたしのアジフライどうぞ……」
と、半身が残った大きなそれを皿に移した。
「マジでーーー!!! おねーさんありがとー!!! めっちゃいいひとじゃーーーん!!!」
クティーラは大喜びで黒と白に彩られたソレにがばりと覆いかぶさると、ヤバイヤバイと言いながらアジフライを堪能する。
「ちょー美味しい!!! なに? 外側カリッカリなのに中身ふわっふわでじゅわじゅわでちょっと塩味でぴりっとしてて……チューノー? タルタル? ってのがこれとめちゃくちゃあっててさー!!! 今でもこれが魚だって信じらんない! マジ神!!! ヤバくねーーー!!?」
「神はあなたなのにねえ〜」
豊穣神がふふふと笑いながら、空になった皿や器を重ねればもう既に食べ終わっていたらしい奉仕種族がテキパキと片付けてどこかへ持っていった。
その間に、クティーラは半身に付いていた尾までぺろりと平らげて、皿やテーブルに落ちたパリパリの衣までもを拾っては口に入れたのであった。
「それじゃあね美澄香、元気でね。またメールするから」
「うん、ゆっこも気を付けてね」
次の日の早朝、玄関先で美澄香さんと悠子さんは固い握手を交わしていた。
「お弁当まで貰っちゃってごめんね」
「いいのいいの! それと味醂干しは出来次第ゆっこの実家に送っとくね」
「ありがたーーーい!!! もう美澄香最高! 心の友!!!」
握手の次は熱い抱擁を交わしあい、悠子名残惜しそうに少しはにかんでから、持ってきたクーラーボックスを持ち直した。
そのベルトには、最初に付いていなかったピンクのタコのぬいぐるみのキーホルダーをぶら下げて。
「クティーラちゃんもじゃあね、元気で」
「もち〜! おねーさんもね。あとハスおじにヴルちゃまもじゃーねー!」
「できれば二度と顔を見せるな」
「おもうぞんぶん ちじょうをみてまわってきなさいね」
結局、昨晩クティーラは悠子と共に気ままな諸国漫遊をする事に決めた。
理由はアジフライに感激した彼女が、その作り方を美澄香さんに聞いたところ、もしかしたら口から内臓を引きずり出され、あっつい油に投入されるかもしれないと思ったからだった。
「もーウチ、どう料理されたいとか思うのやめにする」
「あはは、確かに料理される側になったらアジフライの工程ってめっちゃホラーだよね」
助手席にクーラーボックスを置き、悠子さんは車のキーを捻る。
すぐにエンジンが付くのは、日本産の車の最も安心出来る点であると思う。
「しっかしあたしも妙な事に巻き込まれた感が否めないんだけど」
「まーまー、ウチが一緒にいる限り変なのには近寄らせんようにするからさ〜」
「たいした期待はしないけど、まあこれも縁ってことでよろしくね」
シフトレバーをドライブに動かす。
サイドブレーキを外す。
玄関先で手を振る美澄香さんに、小さく手を振り返してから、ゆっくりとアクセルを踏んだ。
「ところでさ〜ウチお腹めっちゃペコなんだけど、おべんとっつーの? たべていい?」
「ピンク色のタッパーのがあんたのらしいよ。緑のはあたしンだからね、勝手に食べたら顔面ギュッて握ってやる」
妙な同乗者と共に、仕事道具のパソコンと、趣味と実益を兼ねた釣り道具を乗せて出倉悠子の車は走る。
次の目的地はメモリのガソリン量と相談しながら、またはたまには家族の顔でも見に帰ろうかなど様々な考えを巡らせる。
『まっ。次に変な色のタコやら魚やらを釣ったら黙って海に返さなきゃね』
と、クーラーボックスの鍵を器用に開けて、中のお弁当に手を伸ばすクティーラを横目で見ながら、悠子さんは密かに決心したのであった。
──to be continued.
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