8膳目。エビマヨ
背に包丁を入れる。
そして、ワタを取る。
「えびのなかみは、こうなっていたんですね」
ショゴスに抱えられ、海老の下処理を見学するヴルトゥームちゃんがそう言う。
「わたは、たべられないのですか?」
「気にならない人はいいらしいけれど、臭いし舌触りが悪くなるから私は取っちゃうなー」
ワタを取った剥き身をボウルに入れ、塩と片栗粉を入れて、身を潰さないように揉む。
「これはなにをしているのですか?」
「塩は臭み取り、片栗粉はエビから臭み以外の水分が出ないように保湿するの」
手を洗い、玉ねぎの皮を剥く。
茶色い皮は、捨てずに小皿に取っておく。
「たまねぎのかわを、どうするのですか?」
「後で他の野菜の皮とブーケガルニと一緒にスープを取るの。そしたら休日にそれでロールキャベツを煮込むんですよ」
テケリ・リ。と納得するようにショゴスが鳴く。
勿論、ヴルトゥームちゃんも野菜の皮すら余さず使う彼女の精神に感心していた。
その間にも玉ねぎは、半分にされてみじん切りに。
これはまな板の端に寄せられて、開いた真ん中にヘタを取り洗ったプチトマトがコロコロロ……。
「彩りは大切。エビマヨは白いからね」
「しろとあかいろのあいしょうは ばつぐんですからね!」
若葉に包まれた朝露のようなハツラツとした共感の声に、美澄香さんの顔が綻ぶ。
美しいものは良い、それが邪神であろうとも……心を満たす活力剤になる。
しかし料理には集中し、プチトマトは半分に切られて、これもまたまな板の端に寄せられる。
「片栗粉を付けたエビを、沸いたお湯に入れてサッと湯通し」
「わあ……はいいろだったせなかが、いっきにあかくいろづきましたよ!」
ボウルの中では自由な形で片栗粉に塗れていたエビが湯通しされると、くるくると体を丸めてころりとした一口サイズになる。
軽く火の通った頃合で、美澄香さんはエビを湯から引き上げ、綺麗なボウルの中に移す。
「ここに、たまねぎ。トマト。マヨネーズと無糖のヨーグルト、そして塩を少々」
まだ湯気が立つエビの上に、今までの具材と調味料が加えられ、大きなスプーンでざっくりと混ぜられていく。
途中、スプーンが引き上げられると、美澄香さんはそこに付いたマヨネーズソースを薬指で拭い味見をした。
「もう少し塩と、後味をくっきりさせる為に黒胡椒を加えて……」
ほんのひとつまみの塩と、ミールで砕かれる黒胡椒が追加され、またざっくりと混ぜられる。
そして再び味見をし……頷く。
「うん。美味しい」
マヨネーズソースに入れたヨーグルトのお陰で、ほのかに酸味がするさっぱりとした後味なら淡いエビの味にもピッタリだ。
エビマヨは本来、エビチリのように油で揚げるのが基本の料理なのだが、美澄香さんは湯通しするこっちの方が好きだった。
「はい、二人ともお勉強」
箸で摘んだ小ぶりのエビを、ヴルトゥームちゃんとショゴスに食べさせる。
ぷりっぷりのエビに絡んだマヨネーズソースに、鼻を通る黒胡椒の風味が絶妙だ。
思わず「もう一口」とねだってしまいそうになる。
「その顔だったら問題ないですねー。良かったー」
青磁の大皿に洗っておいたレタスの葉を数枚敷いて、その上からこんもりとエビマヨを盛る。
ヴルトゥームちゃんは先駆けて味を知ってしまった身から、溢れる唾をゴクリと飲み込んだ。
「さあ、それじゃあ早速持っていきましょう! ハスターさんお待たせさせちゃってますからね!」
エビマヨの皿を持ち、軽快な足取りで今晩の食卓に向かう美澄香さん。
その後ろから、ショゴスに抱えられたままついて行くヴルトゥームちゃんは、細い線の背中を見つめて、慈愛のこもった笑みを浮かべた。
「にんげんとは。いがいと かわいいものなのですね」
ヴルトゥームちゃんの呟きに、ショゴスは同意するようにテケリ・リと鳴けば、ヴルトゥームちゃんはその粘液の塊を見上げた。
「あゆみがとまってますよ ほらはやくはやく。あにうえにとられてしまうまえに」
そう言いショゴスを急かすヴルトゥームちゃんを抱え直し、ショゴスは美澄香さんの後を追った。
「お待たせしましたー! 今日のメインはエビマヨですよー」
数歩先の居間から、楽しげな美澄香さんの声がする。
ちゃぶ台に置かれたエビマヨを覗き込む兄夫婦の姿を確認すると、腕の中のヴルトゥームちゃんは身を乗り出して声を上げていた。
「あにうえ! きょうはわたしがあじみをしたので すっごくおいしいですよ!」
花開く満面の笑みを浮かべるヴルトゥームちゃんは気付かなかった。
その身に、微かな変化が訪れていた事を……。
──To be continued.
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