リクエスト食材・トウモロコシ

 冒涜的スーパーロボット大戦、ケイオスハウルと邪神任侠の作者である海野しぃるさんから頂いたバトンを、受け取らせて頂きました!

 本日はトウモロコシ祭りです!

 ***

「あっれぇ……おかしいなあ。すいませーん! 井ノ口さん、いらっしゃいませんかー。お届けものでーす!」

 夏真っ盛りのとある日、傍から見れば廃神社まっしぐらの巳為守みなもりの境内に、若い宅配員の声が響く。

 野太い男の声は、イグの内耳を不愉快に震わせた。

 軒下の日陰で、穏やかな惰眠を貪っていた彼は不機嫌そうに鎌首をもたげ、チロリと青白い舌を出す。

 ──全く、誰だ私に届け物など……。

 ついにあの無貌の神が、暇を煮詰めすぎた結果何か厄介なものを送り付けてきたのかと思い、無視を決め込んで二度寝を決め込もうとその身を横たえた。

 が、その時。蛇の優れた嗅覚に、ある匂いが突き刺さってきた。

 その匂いを感じるや否や、イグは大慌てで軒下から這い出ると、その長い身体にパパパッと魔術をかけて井ノ口という人間の姿に変身させてから、神社裏からパッと姿を現して、その手に荷物であろうそれは大きな段ボールを抱え、踵を返していた宅配員を追い掛けた。


「はいはいはい! 待っておくれよお兄さん! 井ノ口はここに居るよぉ!」



 段ボールをえっちらおっちらと抱えて、やって来たのは美澄香さんの家だった。

「お孫さん! ちょっと頼まれてくれないかな」

 と声掛けて、縁側で好々爺のようにのんびりと茶を飲んでいた黄色い邪神をあしらうと、彼の座っていた場所に無遠慮に段ボールを置き、ふぅと大きく息を吐いた。

 黄色いの……ハスターさんが迷惑千万と言わんばかりの視線でイグを睨め付けるが、彼は知らん顔だ。

 すると数秒置いて、台所から小走りで美澄香さんがエプロンで手を拭き拭きやって来る。

「こんにちは井ノ口さん。何ですかこの大荷物」

 邪神が公共機関を使える事には何も疑問を感じないのか、美澄香さんは率直に中身を訊ねていた。

「いやぁね、北海道から届け物があったんだよ、お裾分けついでにお孫さんに軽く仕上げて貰おうかなって」

 北海道。

 その地名に美澄香さんはパァと顔を輝かせた。

「北海道! 魚介に酪農にじゃがいもの楽園! どれどれ、品目には何て書いてありますかね~」

 エヘエヘヘ。と、完璧に顔を緩め頬を紅潮させた彼女は貼られた送り状に目を落とした。

 普段なら、その品目に行くのだが、今日ばかりはそこではなく、送り主の名前に目が行っていた。

 その名前は、それほどまでに珍しいものだった。

「きょうおうす……?」

京王洲けいおす

「はー、はぁー……はね?」

羽宇琉はうる

「けいおす はうるさん!北海道の人は不思議なお名前なんですね!」

「ミスカ、多分違うと思うぞ」

 なかなかお目にかかれない、というより苗字全集にも乗っているかすら怪しい名前に、後ろから読み仮名を呟くハスターさん。

「まあまあ、北海道の言葉には十勝とかニセコとかヒンナとかホロケウカムイとか色々ありますから。京王洲なんて珍しくないんじゃないですかね」

「ミスカ、最後のはアイヌの言葉だ」

 冷静なハスターさんの指摘だが、直ぐに品目に目を通して『野菜(トウモロコシ)』と書かれているのを理解すると「トウモロコシ!」と叫んでハスターさんの手を取った。

 どこか自慢げな視線をイグに送る黄色いのに、彼は美澄香さんが後ろを向いているのをいい事に物凄い顔芸を披露するまで、悔しがる。

「おやトウモロコシ。ぎりのあにうえのだいこうぶつですね」

 すると、話を聞きつけたのか家の奥からショゴスに抱えられてヴルトゥームちゃんが登場する。

 どうもシャワーを浴びていたのか、ふわふわで滑らかな頭髪を覆うようにタオルを巻き、花弁にはキラキラと日光を浴びて輝く水滴が付着している。

「ヴルトゥームちゃん、もう平気そう?」

「ええ、とてもきもちよかったです。やれやれちきゅうのなつを、あまくみておりました」

 どうやら連日の猛暑に、遂に花弁を萎れさせたヴルトゥームちゃんは、先程頭から冷水をザブザブと被ってようやく潤いを取り戻したらしい。その証拠に肌がぷりぷりと艶めいている。

 その潤いに美澄香さんは軽いジェラシーに焦がれていると、ショゴスにダンボールの所で下ろしてもらった彼は、躊躇いなくガムテープをビリビリと剥がしていた。

 そして、テープが剥がれた箱を開けば、そこに現れたのは薄緑色の外皮に包まれ、長いヒゲを幾十にも伸ばしたトウモロコシがぎゅうぎゅうに詰まっている。

「ああ、これはいいトウモロコシですね」

 ヴルトゥームちゃんは、その中のひとつを両手で抱えるように掴むと、その小さな胸をいっぱいに膨らませて香りを吸い込む。

 あの甘い香りが、全身をゆったりと巡っていく。

「うん。ずっしりと重くてヒゲもいっぱい。今日はトウモロコシ祭りですね!」

 よっ。という掛け声と共に重いダンボール箱を持ち上げる美澄香さん。

 ヴルトゥームちゃんはその様子を見ると、持っていたトウモロコシをついでにショゴスに持たせてやった。

「ショゴスちゃん。手伝ってー」

 ──テケリ・リ

 声色高らかなショゴスを連れて、美澄香さんは台所へと消えていく。

 さて、残された三柱はと言えば、顔を見合わせるだけ。

 しかも、あまり相性のよろしくないハスターさんとイグは、今にもどちらかが取っ組み合いそうな雰囲気を醸し出している。

「あにうえ。ぎりのあにうえ。ぼくとトランプをしてあそんでください」

 これはいけないとヴルトゥームちゃんは、最近覚えたばかりのトランプゲームに二柱を誘うと、かの神は少し躊躇ったものの、可愛い弟のお願いを無下には出来ないと判断したのか、ヴルトゥームちゃんの提案に乗る事にした。


 ……そこからしばらく、三柱はババ抜きで大盛り上がりする事になる。



「はーい!お待たせしました……って皆さん、どうしたんですか?」

 畳に散らばったトランプ、その上に被さるように倒れる三柱。

 その姿はカードゲーム絡みの殺人事件、もしくは決闘者デュエリストの敗北姿、漫画も熟読している美澄香さんはそのどちらの姿も思い浮かべる事が出来たようで、思わず「ふふっ」と笑みを零す。

 が、直ぐに手に持っていたザルの中、茹でたてホヤホヤのトウモロコシをちゃぶ台の上に置くと、もうすっかり手馴れた様子でパンパンッと手を叩き、三柱に声掛けた。

「ハスターさん。ヴルトゥームちゃん。イグさん。トウモロコシが茹だりましたよ~」

 しかしその言葉もそこそこに、美澄香さんはエプロンも外さずに定位置に付くと、その両手の指で熱々の茹でトウモロコシを持ち上げていた。


 ──茹でトウモロコシの消費期限は、湯気が出ている間まで。


 これは、完全に美澄香さんの自論であるが、茹でトウモロコシは今のヴルトゥームちゃんの肌のようにはち切れんばかりにぷりっとした身が。冷めて、乾くと、萎れてみすぼらしい姿になってしまう。

 更に、熱さを堪えて齧り付く応酬に、口に広がる甘味の放流は、茹でたてにしか許されぬ特権である。

 これをみすみす己から失うような愚行、食いしん坊の美澄香さんは許さない。

 なぜならば、ハスターさんとヴルトゥームちゃんがようやく身を起こした時には、美澄香さんは茹でトウモロコシに齧り付いていた後だったからである。

 ……ちなみに、いつの間にか起き上がっていたイグは「あつい!あつい!」と言いながら茹でトウモロコシ相手に悪戦苦闘していた。


 ──パリッ。ぷちぷちぷちっ。


 歯を立てれば薄い皮が弾け、鮮やかな黄色から甘い甘い天然のスープが迸った。

「あっまーーーい! すっごく甘いですねコレ!」

 スーパーで買ってはこうはいかない新鮮そのものの甘さに、美澄香さんは頬を赤くして感激する。

 それは、イグも同じだった。

「甘い! まるで砂糖を舐めているようだよ! トウモロコシはこんなに甘いものだったのかい!!?」

 古代から、供物にトウモロコシを捧げられていたイグはどんな神よりもトウモロコシの味を知っていると自負していた。

 ……が、それは詭弁で傲慢であったという己の無知に打ちのめされた。

 粒の一つ一つ、その小さな実のどこにしまい込んでいたのか疑問に思うほどの甘露の放流。

 それに表皮に染み込んだあっさりとした塩味。

 齧り付く度、熱々のトウモロコシから立ち上る湯気すら極上で、イグは無我夢中で食べ進める。

「ほんとうですね、とてもきもちのこもった、よいトウモロコシです」

「うん、甘くて美味しい。それに特に黄色が良い」

 ようやく立ち直った二柱も各々トウモロコシに齧り付き、その美味しさに思わず吐息を漏らす。

 真夏日続く中で、熱々の茹でトウモロコシを食べる。

 しかし、夏野菜のポテンシャルは凄まじく、衰えるはずの食欲を再び沸き上がらせてくれる。

 甘くて美味しいトウモロコシ。

 その風格は夏野菜の王者と言っても過言では無いだろう。

 パリパリぷちぷちと、全員が無言でトウモロコシを食べ進める中、チリンと風鈴が鳴った。

「あ、風……」

 それはハスターさんが起こしたわけではない天然の風。

 その優しい風は玉のような汗を浮かべていた美澄香さんの顔を撫でるように通り抜けた。

 髪の毛すら動かせないほどの力だったが、涼むにはそれで充分だった。

「はー……気持ちいい」

 目を細めて一身に風を感じる。

 熱いものを食べた後の噴き出す汗はかくも心地よい。

 この場では、体温すらご馳走だ。

「ふぅー。ご馳走さま」

 カゴいっぱいの茹でトウモロコシはすっかりその黄色の身を失って、肌色の芯だけの姿となってカゴの中に戻った。

 ──テケリ・リ。

 完食を見計らい、ショゴスがカゴを持っていこうとするが、満足そうにお腹をさすっていた美澄香さんが慌てて止める。

「まってショゴスちゃん! それまだ捨てちゃダメだよ」

 その言葉に、ショゴスを含め三柱も思わずポカンとした顔をしたが、美澄香さんだけはニッコリと笑って続けた。


「トウモロコシの真髄は、芯にあるの!」



 カナカナと侘しげなヒグラシの声を背に、神社の階段に腰を掛けたイグは、ラップで綺麗に包まれた三角形のおにぎりに目を落とした。

「おや、我が神よ。美味しそうなお土産をお持ちでいらっしゃいますね」

 拝殿の戸が僅かに開き、線の細い巫女が背中を向けた姿で、愉快そうな声色を浮かべながらイグに語り掛ける。

 戸の隙間からイグを伺うように除く横顔は、整った顔立ちをしていたが、その目は瞼の無い──ギョロりと丸い蛇のソレだった。

「一ついるかい?」

「いえいえ、神の供物を賜るなどたいそれた事、畏れ多くて出来ません」

「そうかい。では僕が独り占めするとしようか」

 今ではめっきり少なくなった、先祖返りを起こした純粋な蛇人間である背後の巫女は、かつての栄華を誇ったあの時のようにイグを唯一神として慕ってくれている。

 彼女と、祭りの時にだけ街からわざわざ来てくれる神主の働きのお陰で、四年に一度という頻度ながら、たらふくゆで卵が食べられるようになったのだ。

 神ながら、彼女達には感謝しなければいけない。

「あら、珍しいおにぎり。トウモロコシの混ぜご飯ですの?」

「ああそうだよ。何故だか知らないが今朝方北海道から新鮮なものが届いてね。まあどうせあの道化が気まぐれでも起こして送り付けたものだろうが……美味しく料理してもらってね」

「ああ、例の想い人のお孫さんに?」

「そうとも。美味しい茹でトウモロコシにしてもらったよ。あと、これにもね」

 そう言い、イグはラップの包みを丁寧に解いてトウモロコシの粒がたっぷりと入ったおにぎりを見せつけつつ、蛇の神にしては小さな口を開けて、おにぎりにかぶりついた。


「すごいです! おこめがトウモロコシのあじがします!」

「そうでしょー? 芯と一緒に炊き込むと、香りがお米に移って最高の仕上がりになるの」

 今日の美澄香さん宅の晩御飯ではトウモロコシご飯が生姜焼きを押しのけて堂々の主役だった。

 味付けは茹でトウモロコシと同じく塩だけというシンプルさで仕上げているが、芯を一緒に炊き込むという裏技で、ご飯茶碗一杯にもちもちのトウモロコシを食べているような多幸感に包まれる。

「沢山あるからお代わりしてくださいねー」

「ミスカ。お代わり」

「はいハスターさん」

「わうわうガウガウ」

 ──テケリ・リ。

「はいはいビヤーキーさんもショゴスちゃんも待ってくださいねー」

 甘くて美味しいトウモロコシ。

 邪神も大好きトウモロコシ。

 巳為守の境内では、幸せそうにおにぎりを頬張るイグが。

 美澄香さん宅では、わいわいと賑やかに円卓を囲んで食事をする神話生物達が。

 各々、その心中に「おいしい」という感情を抱きつつ、トウモロコシのくれた甘い一日は穏やかに過ぎてゆくのであった。



 ──to be continued.

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