【NEW】創作者の憂鬱 [現代ドラマ][ショートショート][ユーモア]
私は今、職業小説家としての危機を迎えている。週刊誌の掌編連載。我が才能の鉱脈はとうとう尽きたか、原稿用紙たった数枚が、思い浮かばない。書けない。文書データには一文字の文字も打ち込まれていない。きっかけになるタイトルすら考えられないていたらくである。
〆切は数日前にブッチ切った。いよいよデッドラインという昨夜からは、編集者が家に押しかけてきた。缶詰というやつだ。Webとクラウドの時代に、なんというアナクロニズムだろう。そんな時代に〆切をほしいままにブッチしている私が言えた義理ではないが。だが、復讐者めいた顔の編集者が、ドアを隔てただけの居間に陣取っていては、感じるのは殺意のごときプレッシャーばかりだ。そんな状態で自由な発想が浮かぶはずもない。
一晩はそのプレッシャーにも耐えた。だが耐えることが目的化してしまい、原稿がビタイチ進んでいないことに気付いた朝、私は逃げ出した。
だいたいが、家で狭い部屋に閉じこもっていても筆が進まないタチなのだ、私は。こうして街中のカフェで、床に足が届かないスツールに腰掛け、タブレットPCとワイヤレスのキーボードを組み合わせて、意識高い系っぽく執筆する方が性に合っている。カフェモカには、シナモンを少し散らせるのがお気に入りだ。
執筆に疲れて顔を上げれば、道路に面した窓から街の風景が、非日常を構築することに疲れた頭を癒やしてくれる。カップを手に取れば、温かいショコラの香りが気持ちを慰めてくれる。これだ。これこそ仕事をする環境と言うべきなのだ。
まぁ非日常もなにも、今なお原稿は進まず、この場の格好をつかせるための意味のない文章が連なっているだけなのだが。
そうして頭を悩ませていると、眺めていた街の景色の中に、遠目からも分かる邪気が見えて来た。ヤツだ。とうとうヤツがここを嗅ぎつけてきたのだ。編集者め。いやこのカフェは私のお気に入りの仕事場所だから、ヤツだって知ってはいるのだが。
いかん。時間がない。今更ここから逃げるにも、タブレットの電源を抜いて鞄にしまって……とか間に合わない。ヤツは近付いてきている。もう表情も見えて来た。やだ怖い。もうダメだ。私はここで死ぬ。多くの原稿を書いてきたこの場所が、私の死に場所となるのだ。いやそれは、ある意味で幸せなのかもしれぬ。ここは私にとって、創作という名の戦場だ。そこで死ぬのだ、これは名誉の戦死であると言えよう。とか考えていたら編集者がいよいよカフェに飛び込んできた。
「
鬼だ。鬼がいる。人はどのようにすれば、こんなに誰かを憎む鬼になれるのだr
――ああチクショウ、真面目に書いてたのかと思えばこんな下らん日記みたいなテキストかよ。Twitterとかこういうのだけ妙に書きやがるの、仕事馬鹿にしてんのかコイツ。誰が鬼だ誰が。本気で殺すぞ。まぁこれでもオチさえ付ければ格好くらいつくか。読者のみなさんにお報せです。この連載は今回で打ち切りです。先生の別雑誌での次回作にご期待ください。
―了―
みひらき物語 ~ 1400字掌編集 久保田弥代 @plummet_846
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